第六話 『青の終焉』 その15
ゴブリンの血霧が舞う中で、オレは周囲を見回した。ここには死が満ちていたよ。モンスターの死骸が、13に……騎士の死体が二人分、錬金術師のローブを着た男が一人だ。
騎士の死体も食い荒らされていたな。モンスターとの戦いで死んだのか。アルカード騎士にしては、腕前が悪いようだな……ん?こいつら、皆、脚を切られている……?頑丈なはずの革のブーツが、切り裂かれているようだ……。
罠にでもかかったのか……?
いや、死体を調べている場合ではない。
あの床の痕跡を追いかけるべきだ。次に見つける死体も、敵のものとは限らないのだから。モンスターとヒトの流した血で、床は汚れてはいたが……引きずられていく痕跡を見失うほどではない―――。
追跡を再開する。ここが何番目の階層になるのかは分からないが、ダンジョンはずいぶんとシンプルになっていた。通路の分岐が、極端に少ない。迷宮とは呼べないかもしれないぞ。ここでなら、迷うことはそうないだろう。
定期的に『風』を放ち、ダンジョンの内部を探ろうとするが、シンプルな音のみが反響してくる。ここは、基本的にまっすぐな道ばかりと、幾つかの大きな部屋があるだけの階層のようだな……。
おそらく、掘るにしたって、深さの限界だったのかもしれないな。さっきの霊泉もそうだが、ここらの地下は水気が多すぎるんじゃないだろうか。
だから、あまり多くの部屋を掘ることが出来なかった。通路もストレートなもので、部屋が少ない。『ベルカ・クイン』のモンスター繁殖施設としては、これ以上、深く掘る意味はなかった……?
いいや。それなら、せいぜい、第三階層まででも良かったんじゃないか?……他のダンジョンと接続させていたんだ。別に深く造らなくても、広さを確保することは出来たわけだ。やはり、深く掘る必要があったのか……?
『メルカ』の『ホムンクルス』たちは、『アルテマの星』の所在を知らない。かつて『クイン』たちの争いで、『アルテマの叡智』の取り合いが起きたときに、彼女たちからは『アルテマの星』の所在にまつわる『知識』は奪われたからだと言う。
……だが。
……やっぱり、『ここ』にあるんじゃないのか?……『アルテマの星』。崩落やら、水があふれる危険性ってものを考えたとしても、この深さまで掘り進める意味ってのがあるとするのなら……『アルテマの星』を『探す』、あるいは『封じる』ためではないのか?
分からん。
分からんが……このシンプルな道と、減ってしまった部屋の数では、その内……仲間にも敵にも、追いつけそうだな。なにせ、剣戟と怒声が聞こえて来ているんだ。あきらかに戦闘中の音だな。
複数の男の声が聞こえる―――つまり、オレの仲間たちじゃない。アルカード騎士たちが、『ベルカ・モンスター』と戦い続けてやがるのか……好都合ではあるぞ。共倒れに導ければ、オレたちがこのダンジョンから脱出するのが容易になる。
戦闘の音に紛れるために、オレは足音を消す。速さを無くして、音を消して歩くのだ。モンスターもアルカード騎士も、オレが斬るべき相手だからな……まずは状況を見極めて、どちらから仕留めていくのかを選ぶ必要がある。
「魔術を、放てええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
「近づけさせるな!!触手に絡み取られてしまえば、終わりだぞおおおおッッッ!!!」
『ギキシシシシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』
モンスターの声が聞こえた。地下のダンジョンを揺らすほどに、巨大な音だ……サイズの想像がつかない。身を屈めながら、通路から上半身をのぞかせる。戦場となっているその部屋は、『毒炎の大蜥蜴/サラマンダー』がいた闘技場のように広い。
いや。
それ以上の広さかもしれないな。
そこには、地下の湖が広がっていた。ふむ。幻想的な光景だ。あの霊泉と同じ水だな。神々しい水色の輝きをたたえた水面が広がっている。
この地下の湖は巨大なもので、通路の出口から見える限りでは、その横幅は300メートル以上は確実にあるな。反対側の壁までは、少なくともそれだけある。奥行きも、似たようなものか。
天然の湖なのか、それとも、『ベルカ・クイン』が造らせたものなのか……どちらかは分からないが、オレはこれほど巨大な霊泉を見たことはない。
その湖で、アルカード騎士とモンスターたちの戦いが繰り広げられていた。騎士どもは霊泉の水を蹴散らしながら、無数の『触手』と戦い続けている。そうだ、触手だ。それは緑色の長い触手だな。
霊泉のなかを蛇のように泳ぎ、獲物である騎士に近寄ると浮上して突き刺しにかかる。その突き刺す攻撃を防いだところで、触手はしなり、騎士の胴体や手足に絡みつこうと襲いかかっていた。
……『樹霊』ってヤツだな。
動く植物の集合体とも呼ぶべき存在。沼地に生息して、近寄る生命を触手で絡み取って捕食する―――希少金属が好きだというハナシも、オットーがしてくれていたヤツだ。しかし……おそらくオットーだって知らないだろう、こんなに巨大な『樹霊』なんて。
『ギキシシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッ!!!』
超大型の『樹霊』が叫んでいた。ああ、ドーム型に掘られた、この地底湖の天井にも、ヤツの枝は伸びているし、地底湖にも大量の根を注いでいる。うごめく無数の枝やら根が絡み合うようにして、巨大な球体が地底湖の宙に浮いている。
動く枝か根なのか、それともツルなのか……あるいは、それらの全てなのだろうか。緑と茶色の混じった無数の触手が、騎士を攻撃するために、地底湖の水面を這いながら襲いかかる。
捕まった騎士は、その触手に持ち上げられてしまうのだ。脚に絡みつき、騎士を逆さに吊してしまう。
「い、いやだああああああああああああああああああああああああッッ!!」
絶望を帯びた声が放たれ、もがく騎士は必死になって剣を振る。触手を切り裂こうとするが、なかなかに頑丈らしく、断ち切れない。そして、触手を傷つけられた『樹霊』は、騎士をブンブンと振り回し水面に強く叩きつけてしまった。
騎士は気絶してしまったようだ。
「た、たすけるんだあああ!!」
「だが、捕らえられているぞ、『炎』を使えない!!」
「斬るんだ、脚に絡む、触手を切り裂くんだよ!!
「あ、ああ!!ダメだ、く、喰われちまうぞおおおおッ!!」
気絶した騎士は再び持ち上げられた。そして、地底湖の宙に浮かぶ、『樹霊』の本体のように見える、巨大な球体へと連れ去られていく。球体が裂けて、あまりにも巨大な口が現れる。
『樹霊』は騎士をその口のなかに放り込むと、球体を大きく縦や横に歪ませながら、咀嚼を開始する。騎士の鋼が折れて曲がる音と、骨が砕ける音が地底湖に響いていた。そして、球体は絞るように捻れた。
血だろうな。捻れて曲がった球体からは、騎士の肉から絞られた血潮が、周囲の宙へと放たれていく……そして、酸も使うのか。ジュシュウウ!と焼けるような音を、球体は放つ。咀嚼し、潰した騎士の肉を、より吸収しやすい形にするために、酸で融かしたようだ。
「お、おのれえええッ!!」
「『炎』を放てええええええッッ!!」
アルカード騎士どもが、一斉に魔術を放つ。『樹霊』を焼き払ってしまうつもりだろう。『樹霊』はまたたくまに炎に包まれてしまうが、悲鳴を上げながらも、その巨大な球体をずるりと落下させて、地底湖の水で消火してしまう。
そして……復讐も始める。幾つかの触手を絡めると、ヤツは本体から分離していく。その分離体は、まるで植物の根で編まれた大蛇のように、うごめきながら騎士どもに襲いかかっていく。
そうか……アレか。床の上を這った痕跡を追いかけて来たが……どうやら、それはあの『樹霊』のモノのようだな。『ヒドラ』よりも巨大で、しかも長命か。
……なるほど、とんでもないモンスターを、最後の『守護神』として用意していたもんじゃないか、『ベルカ・クイン』よ。
「く、くそう!!バケモノが!!」
騎士が大蛇に大剣を突き刺す。大蛇はそのダメージで死んだのか、動かなくなる。いや、そうじゃないな。『炎』の魔力を、体内にため込んでいる。『風』の魔力も少々……あの騎士が仲間なら、離れろ!と叫んでいたが、敵だから無言で観察を続ける。
「よ、よし、やったぞ――――――――――」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンッッッ!!!
『根っこの大蛇』が大爆発しやがった。『炎』と『風』を合わせた、爆炎の魔術。近くにいた騎士は、その熱風を正面から浴びて、致命傷を負ってしまったようだ……。
……爆発。
ふむ。爆発したな。たった一部分だけでも、強力な爆発だ。もしかしなくても、25年前にシャムロックたちが聞いたのは、コイツの爆発か。
シャムロック……いや、正確には『あの子/レオナ・アレンビー』を逃そうとして、あの『ヒドラ/アメリ』は、コイツと戦ったのだろうかね……そして、追い出された?
あの樹霊に敗北し、そのまま地上へと追い出された。やがて自我を失い、あの沼地にたどり着いたのか?……『部下』である、『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』たちと共に、『野生化』していったのだろうか……。
詳しい事情は分からないが、あの『樹霊』こそが、このダンジョンで最強にして最後の護り手か―――。
「―――そこまでして、あの木の怪物は、一体、『何』を守っているんだろうな?……なあ、もしも、心当たりがあるなら、教えてくれるかい?」
背後から忍び寄ってきていた存在に、オレは質問をぶつける。そいつは、一瞬、驚いたようだが、次の瞬間には、オレ目掛けて飛びかかって来やがった。
反転しながら、竜太刀を振りぬく!!
ガギイイイイイイインンッッ!!
鋼と鋼がぶつかり合い……オレは、見知った黒い瞳を飛び散る火花の向こう側に見つける。そうさ、魔力で分かっていたんだが―――現実に目の当たりにするまでは、本能的にその理解を拒んでいた。
「……やるな、赤毛の騎士よ!!」
「……そりゃそうだろう、オレは、お前のソルジェ兄さんだぜ、ククル?」
狩人の……いいや、暗殺者の技巧を帯びた忍び足。そして、迷うことのない、斬撃。まったく、いい腕しているぜ、オレの妹分はな……ッ。
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