第六話 『青の終焉』 その16
『メルカ・コルン』の剣術はしなやかだ。猫科の猛獣をイメージさせるな。体型もそうだが、やはり、シアン・ヴァティにも似ている動作だ。
オレは竜太刀を押し込むようにして、ククル・ストレガを後方に飛ばしていた。シアンが相手ならば、ここから畳みかけるように打ち込まなければ、とてもではないが封殺出来ないのだが……ククルの肉体には、それだけの技巧は宿ってはいない。
「く……っ!?」
床に両足をついて着地はしたものの。重心は揺れて、バランスは崩れてしまっている。
「……まだまだ甘いな、ククル」
「『コルン』の技を、読み切るかッ!!」
「武術というのは、極めれば一つの道に至るのかもな。お前の剣術は、オレの団にいるシアン・ヴァティにそっくりだ……残念ながら、シアンの技巧には、遠く及ばない。速さも重さも足りないな」
「……屈辱だ。アルテマさまの戦士として、私は失格だな」
「事情を聞かせてもらえないかね?……オレの妹分、ククル・ストレガはどこにいったんだ?」
「目の前にいるではないか?私が、ククル・ストレガだ!」
そう言いながら、ククルは不敵な笑みと共に斬撃のラッシュを仕掛けてくる。いい動きだぜ。防御に徹しているからというのもあるが―――反撃の隙は見えない。
無理やりに、力で崩して、この連携に割り込むようにしなければ、反撃することは不可能だな。
「防ぐかッ!!」
「ああ、妹分の未熟な技巧に、負けてやれるほど……ソルジェ兄さんはヒマじゃないんでなッ!!」
竜太刀を振り抜き、ククルの手から剣を弾き飛ばしてやる。ククルは隙だらけになるが、オレは追撃などするつもりはない。すれば、殺してしまうではないか……ッ。
ククルはオレの戸惑いにつけ込み、バックステップで逃げてしまう。
「……ハハハ!大した勇者だな、だが、追撃ナシとはな?……『私』に傷を負わせたくないようだな!!」
「当然だ。お前は、オレの大切な妹分だからな」
「……そこまで大切なら、傷つけられんな?それはいい、私は、『私』を盾に出来そうだ!!こちらが一方的に攻めさせてもらおうか!!」
「攻撃するつもりはない。だが、お前の攻撃を受けてやるつもりもねえよ」
そう言いながら、竜太刀を背中の鞘にしまったよ。
「……おい、何のつもりだ?」
「素手でも、お前をさばけるからだ。ムダに傷つけるつもりはない」
「余裕ぶりおって……ッ」
プライドが高いようだな、『魔女の尖兵』とやらは。オレの可愛いククルの顔を、怒りのシワで歪めてしまう。
「……それで。教えてくれるか、ククル?」
「え?あ、はい。『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』は守っています……って!?」
「なるほど、まだ、その人格に慣れていないようだな」
「う、うるさい!!」
……殺気や武器を向けないと、ククルらしさが出てくるのか。まあ、いきなり『他人』になっちまうというのは、難しいコトみたいだな……。
「それで、何を守っているんだ?」
「言うと、思うか?」
「隠すようなことか?」
「いや……べつに、そうじゃない。ヤツは、守っている。我らが祖にして、正当なる支配者、アルテマさまの聖骸をな!」
「……『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』の名は、本当だったか。ルクレツィアもククルも否定的だったが……」
「ああ。『メルカ』の『ホムンクルス』たちは、本能的に否定するように、思考には呪術が刻まれている……それが、『叡智』を抜かれたことの代償だな!思考に、歪みが生まれてしまうのだ」
「奪われた『叡智』にまつわる推察には、否定的になっちまうのか?」
「そういうことだ。本能から来る行動だ。彼女たちは、その思考に課せられた制約を、疑問に思うことさえないのだよ」
「……ふーむ。それで、アルカード騎士たちは、あのバケモンが『アルテマの死体』を守っていることを知っているのか?」
それならば、あれだけ被害を出しながらも、戦いを継続する理由にもなる。錬金術師にとっては、アルテマの死体……いいや、その中にある『星』は、ノドから手が出るほどの宝にもなるだろう。
呑み込めば、途方もない『叡智』と『魔力』を手に出来る、大いなる宝だ。
「もちろん、ヤツらは知っているさ。何せ、私が教えてやったからな!」
「なんだと?」
「『叡智の実』……『星』を継承したければ試練に打ち勝てと、そそのかしてやった。ヤツらは、大して強くもないのに、よく戦ってくれている!」
「どうして、そんなことをヤツらに教えた?」
「むろん、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』を滅ぼすためだ。いい戦力だぞ、モンスター混じりもいるようだが、暴走することなくヒトの範疇にいる……現代の錬金術師も、やるようだな!」
……なんというか、オレと同じようなことを考えていたらしい。
「……あいつらを共倒れさせたがっているのか」
「ああ!そうだ、私にとっては、どちらも『任務』に邪魔な存在だが……『コルン』単独では、『千年樹霊/ベルカ・ガーディアン』の戦闘能力を超えられんからな」
「任務ってのは、何だ?」
「フフフ。アルテマさまの復活に決まっているだろ?……『コルン』は、仕えるべき存在が欲しくてたまらないのさ。アルテマさまがいなければ、『コルン』にも『クイン』にも、生きている意味がないんだからな!」
「そうかよ……それで、オレの妹分はどうなっているんだ?」
「真実の『コルン』に戻っただけのこと」
「……『魔女の尖兵』にか」
「ああ!十二の氏族に分割されていた情報が、私のなかで統合した!滅んだ『ベルカ・コルン』たちの情報を喰らい、私は、真実の『コルン』に戻ったんだ!!」
そう言いながら、ククルは素早くバックステップを連続しながら、腰にくくりつけていた弓を外す。
しなやかに両脚を開きながら、ククル・ストレガが弓を構える。やわらかで変則的な姿勢だが、こちらを狙う矢の射線にブレはない。接近戦での弓術……『コルン』の技巧か。
「この間合いからなら、どうだ?」
「やってみればいい」
「ああ!!試してやるぞ、ソルジェ兄さん!!」
ククルが矢を放つ。まっすぐな矢。オレの心臓を狙っている軌道だ。だから、達人の指は、それを掴む。
「……ほう。いい動きだな、『赤毛の戦士』?」
「まあな」
握力を使い、その矢をへし折って捨てる。ククルは無言のまま再び射撃体勢に入った。二本同時の矢だ。オレは『風』を使う。真空の刃を放ち、こちらを射殺そうと飛来してきていた矢を、真っ二つに切り裂いてやった。
それも防がれると読んでいたのか、ククルの体が弓を捨てながら飛びかかってくる。右手にはナイフを逆手に握り、左手には『炎』の魔力を溜めていた。
「燃えろッ!!」
『炎』がこちらへと襲いかかってくる。かなりの熱量だが、オレは構うことなく『炎』へと突き進む。
素早く加速することがコツだな。多少の火傷を負うが、ストラウスの剣鬼は、竜の炎を見て育つ。瞬間的な『炎』の不安定さを識っているのさ。
しかも、『コルン』とはいえ、ヒトの魔力であるのなら、たかが知れている。『煙幕』代わりの『炎』の壁を突破して、オレはククルのナイフに篭手を使った打撃を浴びせていた。
バギイイインンッッ!!と鋼が歌い、ククルのナイフが真っ二つに折れる。
「なに!?」
そのまま宙にいる彼女へ、肩を使ったタックルを浴びせて後方へと押すように飛ばしてやったよ。
ククルは再びバランスを崩していた。プライドを傷つけてやるつもりの一撃だったが、効果は十分だったようだ。口惜しさに歪む貌で、オレを睨みつけてくる。
「……貴様ッ」
なかなか、感心すべき能力だがな。世界中の戦場で、色々な戦士を見て来た猟兵の技巧には及ばない。
「力の差は歴然ってヤツだ。素手の相手に、ここまで対応されるんだからな」
「……認めてやろう。お前は、私たち『コルン』が識る中で、最強の戦士だ」
「そうかい。それは嬉しいよ」
「……なあ、契約しないか?」
「契約だと?」
「……そうだ。アルテマさまの騎士として、千年生きる長寿と、今よりもはるかに強い魔力を与えてやってもいいぞ?」
「魅力的な申し出だが、『ホムンクルス』から『アルテマの呪い』を消し去るっていう報酬の方がいいな」
「……それは、出来ん相談だな」
ククルは……いや、『魔女の尖兵』は武器を失った両手で、自分の腹をさする。
「いいか?赤毛の戦士よ。この腹はな、この『コルン』が産まれる以前よりも、誰を宿すか決まっておるのだぞ?……『アルテマさまを産み続ける』……それが、私たち『コルン』の存在理由の一つだ……呪いを解けば、血にアルテマさま以外が混じる可能性がある。認められんな」
「下らんことを言うな。ククル。お前は、シンシアが産まれて来たことを祝福した」
「そ、それは……っ」
「しっかりしろ。お前は、ククル・ストレガだぞ。偉大な女戦士であったジュナ・ストレガの妹で、ククリ・ストレガの双子の妹だ。シンシア・アレンビーの誕生を祝うのがお前で……お前たちは、アルテマの分身を産むことを、望んでなどいなかった」
「うるさい!!私は、『コルン』だ!!真の『コルン』だ!!私は、正しい!!私は、アルテマさまのためだけにある!!それが、『コルン』だからだ!!」
「違うな。いいか、ククル。聞け!負けるな!……アルテマだか、『コルン』だか、もう、そんな下らんことはどうでもいい!!千年も昔のことなんて、お前には関係ない!!お前は、オレの妹分で、『メルカ』の、ククル・ストレガだ!!」
「……そ、ソルジェ兄さん……っ」
「ちょっと寝てろ。当て身を入れて気絶させてやる。そのあと縛って、ルクレツィアのところまでオレが運んでやる。ルクレツィアなら、何か解決策を思いつくさ」
「……ハハハッ!たかが、『メルカ・クイン』などに―――ッ!?」
「……なんだッ!?」
とんでもなく強力な魔力が、やって来る!?
「見つけたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!ククルううううううううううううッッッ!!!」
怒りに満ちた声を放ちながら、シンシア・アレンビーがオレたちのもとに駆け込んでくる……ッ。いいや、彼女は、『ゾーイ』か!!瞳が赤くなっているし、右手と左手のどちらにも、強烈な『炎』の魔力を集めている!!
シンシアには、『炎』を操る才は無いはずだ……ッ。それは、いいが……ッ。
「どうして、オレたちを狙う、『ゾーイ』ッ!!」
「うるさい、お前なんてどうでもいいのよ!!私が、殺したいのは、そっちの『コルン』なんだからああッ!!」
「なんだと!?」
「巻き添え食らいたくないなら、どいてなさいよ、ソルジェ・ストラウスッッッ!!!」
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