第六話 『青の終焉』 その7


「あああああああああああッ!?あっちこっちから、敵さんの声が聞こえてくるんですけどおおおおおおッ!?」


 コーレット・カーデナはパニック状態だ。それでも、ちゃんと走れているところは感心するな。田舎育ちなのか、このレミーナス高原での8週間で鍛えられてしまったのか。


 とにかく、あれだけ大騒ぎしながらも、ちゃんと走ってくれることは有り難い。いい錬金術師になるのかは分からないが、ガルーナの錬金術師には向いているような気がするぜ。


「……な、なんだか、寒気が……っ!?」


「無駄話しない!ちゃんと、前を向いて走りなさい!」


 フルフェイスの鉄兜をかぶったククルが、コーレットに怒鳴りながら、後方を警戒してくれる。騎士が来ているのだろうか?……リエルが『エンチャント/属性付与』を刻みつけた矢を放つ。


 『風』の『エンチャント』の矢だな。とんでもない長距離射程を誇る。有能な剣士なら、その長距離射程の矢は、武器やら盾で防いでしまうかもしれないが、防御の動作を行うことで、時間稼ぎにはなるのさ!


 ククルの視力の良さを頼るとしよう。オレは、シンシア・アレンビーと共に、この足首を痛めてしまった足手まといの中年を引きずりながら、敵から逃げないといけないんだ。


 なかなかの体力仕事だよ。『ハーフ・コルン』のシンシアも女性にしては力が強いが、『コルン』ほどの筋力はない。オレが努力しなくてはなるまい。まあ、男として、それはいいんだがね。


「あと、もう少しだ!!全員、がんばれ!!」


 勇気づけるために、そう叫んでみる。そうだ、あともう少し。ほんの四百メートルぐらい、この中年太りのオッサンを引きずるようにして走れば、『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』の入り口にたどり着く……ッ。


 ああ、まったく。不思議な集団だよ。夕暮れに染まる、『ベルカ』の廃墟のあいだを、なんとも不思議な集団が走り抜けているな。


 竜騎士、鉄仮面な『メルカ・コルン』、盲目なのによく見えるドワーフさんに、二重人格の『ハーフ・コルン』に、中年の帝国人の錬金術師に、バイトの苦学生?


 くくく!


 ……世界に不思議なことは多いが、今のオレたちも全力で不思議だ!!


「う、うう!?なんで、私ってば、武装した『アルテマの使徒』と走っているのだろう!?ストラウスさん、私の人生の進路、本当に安泰なんですかああ!?」


 コーレットは元気だ。体力を分けて欲しい。魔力と体力が枯渇した状態で、中年男の体重をカバーしながらの全力疾走は、なかなか疲れるもんだよ。


「聞いてますか、ストラウスさん!?」


「……オレは君の師匠か何かか?」


「就職先、ちゃんと紹介して下さい!!私、コネとかないし!!……それに、いい子なのに、こんな酷い目に遭うとか、かわいそうじゃないですか!!」


「世界には、かわいそうなヒトたちはたくさんいるんだ」


「うわーん!!そんな一般論なんかに、私の悲惨な人生の苦しみを、埋もれさせたりしないで下さいよう!!」


「……まったく、元気な子だ」


 オレの助言など無くても、この子ならば、元気に生き抜くだろう?どんなに傾斜がキツめな坂道が多い人生だったとしてもよ?


「ソルジェ!!」


「……リエルか!!」


 リエルが、オレたちの接近に気がついてくれた。『アルテマのカタコンベ』の入り口から踊り出ると、彼女は『雷』を帯びた矢を弓から放ってくれる。


 いい選択だな。敵兵が安易に防ごうものなら、一瞬で感電する。


 あるいは、敵の群れの中央に落としてくれたら、大地を伝って、数人まとめて感電してしまう。殺傷力は高くはないが、足止めには持って来いではある。


 そうさ。


 そんなサポートに、貴重な矢を費やさなければならないほどに、オレたちは囲まれつつある……。


 敵は、およそ50人ほどか。かなりの手練れたちだが、夜の闇に紛れたら、猟兵たちの敵じゃない。三人の猟兵と、ククルと、ガントリー・ヴァントがいれば?……すぐに殲滅してやるというのにな。


 ……最重要の護衛対象であるシンシア・アレンビーに、帝国人の錬金術師と苦学生。それらを守りながら、敵と戦うのは難しいんだよ。オレの頭の中にも混乱がある。この状況に対して、あまりにも納得出来ていない。


 ククルは、大丈夫なのかとか。


 『今』のシンシアは、本当に『ゾーイ』ではないのかとか。


 新たな薬物を打ったというガントリーの体調は、心配しないでいいのかとか。


 ……そもそも、このまま『アルテマのカタコンベ』に戻ることが、最良の判断だったのかとか―――さまざまな懸念が心を乱して、疲労と混沌が、オレの戦略を蝕んでいくのが分かる。


 副官の存在ってのは、大事だな。


 この状況でも、賢い副官がいてくれたなら、自分の判断が正しいかどうかを確認出来るし。もしも、正しくない状況ならば、次善の策を用意しながら、フォローしてくれるはずだから……。


 どんなに強い集団も、混沌に引き込めば脆いもんさ―――ガルフ・コルテスの言葉が、オレの頭に響いて来る。そうだ。混沌。この現状把握さえも難しくする、焦りと苛立ちの渦。思考が、鈍感になり、ただ周囲の状況に流され、対応するだけだ。


 こういうときには『罠』にハマりやすいんだよ。


 信頼出来る仲間しかいなければ、それでも、精神的に落ち着けているはずなのだがな。このパーティーの中で信用がおけるのは、ククルと……ガントリーだけだ。他の三人は、大なり小なり『敵』の要素があるし、足手まといでもあるんだよ。


 ああ、馬の足音が聞こえないのが、救いではあるよ。リエルとククルが、必死になって弓で牽制してくれているおかげで、騎兵が馬を射られることを警戒してくれているのだろうさ……。


 この状態で、騎兵に突撃を仕掛けられた日には、かなりキツいぞ。誰かが転けでもしたら、そいつのことを見捨てなければ、敵に囲まれちまう。そうなれば、オレはともかく、他の連中は死んじまうぞ……ッ。


 正直なところ。


 この中年の錬金術師の男を捨てちまったら、かなり楽に逃げ切れるんだがな―――心に余裕が無くなっているせいか、オレの口は舌打ちの音を放っていた。


「……すまない……僕が、足を、引っ張っているね……ッ」


 当たるつもりはないんだが。オレの騎士道も未熟だな。ロビン・コナーズを追い詰めてしまっているな……ただ、生きたいと願うだけの、哀れで無力な男だ。


 たしかに、『戦士の薬』というオレたち『自由同盟』サイドには、マイナスにしかならない薬物の製造者だが……家族のために生きようとしている男だということは、認めてやるよ。


「……いいや。スマンな。アンタに当たるつもりはない」


「……すまない。でも、僕は……し、死にたくなくて……ッ」


「死にたい人なんて、いませんわ、コナーズ先生!」


「……し、シンシアくん……」


「ほら、あと、もう少しです!……がんばって下さい!!」


「あ、ああ!」


 シンシア・アレンビーの言葉に、コナーズは希望を見つけたようだ。あのモンスターだらけのダンジョン目掛けて、中年の男は、必死になって片脚で大地を蹴っていく……。


 希望を振りまく、この娘。


 彼女のことを、最も警戒しなくてはならないということこそが……最大のストレスだ。悪い予感が疼いている。彼女の瞳が、ブラウンから、いきなり赤に変わってしまうんじゃないかとな―――。


 ……『新たな魔女/ゾーイ』ってヤツの、戦闘能力はどれぐらいだ?……どれぐらい、性格が悪いヤツなんだ?……シンシアの『一部』だというのに、シャムロックが毛嫌いするほどの存在だぞ?


 クソ。きっとオレは、ガントリー・ヴァントに恨まれることになったとしても、このロビン・コナーズを見捨てて、地面に投げ倒し。『ゾーイ』という脅威を宿している、シンシアに強烈な当て身でも喰らわせて、気絶させて確保するべきなんだよ。


 それが、最善。


 全員を危険に晒さずに、『シンシア/ゾーイ』を確保する、最高にして唯一の選択肢のはずなんだがな―――。


 なあ、アーレス。


 オレは甘いのだろうか?……敵だぞ?殺すべき存在だぞ、ロビン・コナーズは?ヤツの肝臓を腐らせたヨメは、どうせ死んじまう。だからか?……だから、コナーズの娘から、父親までも奪いたくないのか、オレは……?


 甘すぎる。


 誰も彼もを、助けられることなんて出来ないじゃないか。今のオレたちには、そんな余裕がないはずだ。『シンシア/ゾーイ』とシャムロック、その二人だけを確保することに全てを注ぐべきなのにな。


 なあ、ガルフ。


 アンタはオレのコトを怒るだろうか?……『パンジャール猟兵団』の団員のことを、自分の『家族』のコトだけを、極限状態では考えるべきだと、教えてくれたじゃないか?


 ……それが、最も正しいコトで、オレたち『パンジャール猟兵団』が最も大切に守るべき信条じゃないか……。


 それでもな。


 それでも、何だか、このオッサンを見捨てられない。帝国人で、敵であり、殺すべき存在であるはずなのに、みじめに泣きながら、生きたいと、家族のもとに帰りたいと、家族の名前を、あえぎながら呼んでるオッサンを、見捨てられなくてな!!


 奥歯を噛む!!


 ……決めた!!


 このオッサンを、助けてやるぜ!!


 家族のもとに、帰してやるさ!!


 そうすることが、正しいからだ!!……帝国に戻せば、『戦士の薬』を作るというのなら、『自由同盟』の土地に、このオッサンと、娘と……もしも生きているとするのなら、肝臓を腐らせたヨメとやらも連れてくればいい。


 ゼファーは、それを可能にしてくれる、奇跡を起こせる、オレの力だよ……ッ。


 そうだ。


 ゼファー!!


 ―――『どーじぇ』!!いそいでるよ!!……けど、まだ、そっちには、つかないよ!!


 構わん!!……今、オレたちを囲みつつある敵は、フツーの敵ではない。


 錬金術師の組織がついている。


 このまま地下に潜ったところで、何をされるか分かったものじゃない。眠りの呪毒を帯びた煙でも放たれたら、眠らされちまうさ。


 お前の到着を、待っている余裕はないんだ。


 ―――じゃあ、どうするの!?


 ……『ベルカ』から、最も近くにある坑道を探してくれ。そこに、歌を流せ!!そこから、這いだしてやる!!……そうだな。おそらくは……北東だ。


 『ベルカ』から最も近い坑道を探せ!!


 北東の方角にある坑道を探して、そこから歌を流してくれ!!あとは、どうにかする!!


 ―――わかった!!そうするね!!


「ソルジェ!!全員で駆け込め!!」


「おうよ!!全員、地下に進むぞ!!ミア!!先導してくれ!!シャムロック!!アンタの昔なじみを、代わりに支えろ!!」


「うん!!」


「わかった!!来い、シンシア!!コナーズ!!」


 オレたちはダンジョンの地下へとつづく階段に雪崩込みながら、それぞれの役割を全うする。オレは、ロビン・コナーズをシャムロックとシンシアに任せて、彼らから離れた。


 竜太刀を抜く!!


 疲れ切った肉体に無理をさせるんだよ!魔力を鋼に注ぎ込み、竜太刀に黄金色の焔を発生させていく―――リエルが、オレの動きから意図を察知して、ククルとガントリーを引っ張り込むようにしてダンジョンの奥へと降りていく。


 さすがだぜ、オレのリエル・ハーヴェル!!いいコンビネーションだぞ!!


 刃に宿る黄金色の焔が、爆発的に巨大化しながら、逆巻く螺旋の軌跡を描く。黄金色を帯びた熱風が暴れて、オレの身を焦がしていくのさ!!


 視界の先に、赤を身につけた騎士どもの姿が見える。騎兵が、間合いを詰めて来ている。こちらが立て籠もることを、悟ったらしい。手槍や弓を構えている者たちがいるが……構うことはねえッ!!オレがぶっ放す方が、早いんだからよッッ!!


 竜の劫火が暴れ、黒く焦げた魂がオレの業火に火力をくれる。炎は融け合い、渦と螺旋と熱風を描いて放ちながら、荒れ狂う黄金の煉獄を、世界に顕現させるのだ!!


「魔剣!『バースト・ザッパー』ああああああああああああああああああッッッ!!!」


 竜太刀を振り抜き、刃に宿った黄金を放つ!!『アルテマのカタコンベ』の入り口付近の天井部を、黄金の爆撃が貫きながら爆撃していた!!300年、揺らぐことなく硬化しつづけた『ベルカ・レンガ』の天井が、黄金の一撃で吹き飛ばされる!!


 一瞬、夕焼けが終わろうとしている空が見えた。


 いい一撃だと唇を歪めて、牙を剥く。舌なめずりしながら、煉獄の熱を顔と舌で感じ取るのさ。


 あとは……逃げるのみだ!!


 熱風と、光と、爆音と、衝撃波……崩れてくる大量の土砂と砕けた岩!!そういうものが土煙の津波となって、オレたちを呑み込もうと迫ってくる!!ただひたすらに、階段を駆け下りて、オレたちは……どうにか生き埋めを免れていたよ―――。

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