第六話 『青の終焉』 その6


「さすがだな、ガントリー・ヴァント!」


「まあな。運動不足じゃなければ、もっと早くに仕留めていたところだ。この連中は、オレのように背の低いドワーフとは戦い慣れていない。そして、あろうことかオレの包帯でグルグル巻きにされている目玉の動きを、読もうとして、顔を見ちまい、驚いていた!」


 へへへ、とガントリーは嬉しそうに笑い。左手の剣で、死んだ騎士のケツを叩いていた。


「目玉が無いからって、バカにしてんじゃねえぞ?ノーベイ・ドワーフはな、目玉を儀式で失ってからじゃないと、女を抱くこともねえんだよ!目玉を地の底にいる先祖の墓に捧げてからが、オレたちの青春だ!!へへへ!!」


「……アンタのところの文化も興味深いが、さっさと移動するぞ。シンシア・アレンビーは確保しているのか?」


「ああ。嬢ちゃん、ロビン、出て来い!この巨大な剣をブン回す危険人物は、アンタを傷つけることはないぞ」


 ガントリー・ヴァントの言葉に、杉林の奥から二人の人間族が姿を現す。長い黒髪と長身の美女……オレが求めてやまない女性、シンシア・アレンビーだ。生きていてくれたようだ。彼女に支えられて、足を引きずる中年錬金術師もいるが、そっちはどうでもいい。


「ほら、オレにつかまれ、ロビン・コナーズ。情けねえ」


「す、すまん。足首を、酷い捻挫してしまって……」


 足首が悪いか。


 この場に捨てるしかないかもしれないな。まあ、それはいいんだ。ロビン・コナーズの生死には、さほど興味がない。


 シンシア・アレンビーに出会えてことが一番だ。彼女は、ククリとククルと……いいや、全ての『ホムンクルス』から『魔女の呪い』を解くための鍵になる女性だよ。


 ……だが。


 安心は出来ない。


 どっちだろう?今の彼女は、シンシアなのか、『ゾーイ』なのか……?彼女の不審者を見るように怯えた顔を、じっと見つめる。すぐに顔を背けられる。戦場で見知らぬ武装した男に凝視される美女は、貞操の危険を感じて然るべきだな……。


 よく分かる常識的な判断だ。


「悪さはしない。シンシア・アレンビーよ、オレは、マキア・シャムロックに依頼された者だ。君を、無事にこの戦場から連れ出すためにな」


「お、おじさまから?ほ、本当ですか!?おじさまは、生きておられるのですね!?」


 いい子に見える。そして、瞳の色も、落ち着いたブラウン。昨日、一瞬だけ見てしまった赤い瞳ではない。『邪悪な人格/ゾーイ』ではないのだろうか?……印象では、そうだ。見た目もそう―――しかし、そのどちらも信じすぎてはいけない。


 何故かって?


 いい子ちゃんの演技をしているかもしれないし、オレみたいに、瞳の色を呪術で変えられるかもしれないからだ。


 竜騎士に出来る術を、『星の魔女アルテマ』に迫る知識と悪辣さを持つ『ゾーイ』ちゃんがこなせないはずはないからな。そして、それはシンシアにだって言えることかもしれない……。


 魔眼で探る。


 シンシアは、『炎』属性の素質はないとのことだ。たしかに、今は、彼女の体内を流れる魔力に、『炎』の比率は少ないように見える。


 むろん、ヒトである以上は、三大属性の魔力の全てを身に宿すが、術を使えるほどの才ある者は、それぞれの属性の魔力が多いのさ。


 今のシンシア・アレンビーは……『炎』使いになれるほどの魔力は、無い。信じてみるか。疑っているほどの時間もないしな―――。


「―――あ、あの……おじさまは?無事、なのですか……?」


「……ああ。シャムロックは生きている」


「良かった!……地下からは、戻られたのですか!?」


「いいや。地下にいるぞ」


「では、お迎えに!!」


「……それは、どうしたもんかな。姿が見つけられた以上、ダンジョンに潜れば敵に囲まれる。敵が君を追いかけている以上、君をここから離す方が戦略的には有効だ」


「なるほど!いい考えだぜ、兄ちゃん!敵を分散するんだな!!」


「そうだ。つまり、この林の道を行くことで―――」


「―――ソルジェ兄さん、それは出来ません!!」


 ククル・ストレガが杉林の奥から現れていた。気づいていないワケじゃなかったが、いい隠遁の技巧である。兄貴分としてナデナデしてみたいほとにだが……今は、そんなセクハラしている場合ではない。


「どうしてだ、ククル?」


「あの、この奥には、猟犬を連れた部隊がいます。犬の数は、15匹……戦士はともかく女性や、ドワーフの足では犬からは逃げられませんし、敵兵を突破するのも、難しい……」


「なるほどな。では、選択肢は一つだけだが―――」


「―――はい。ソルジェ兄さん、『ターゲット/シンシア・アレンビー』と共に、ダンジョンに潜って下さい。ゼファーちゃんとの連携で、突破する方法があります」


「……しかし。お前は、どうするつもりだ」


「……私は、地上で囮になります!『メルカ・コルン』として、ソルジェ兄さんをサポートします!!」


 その意気はいい。戦士として、正しい。


 だが。


 だが……オレは、ついさっき、この腕のなかに兵士に陵辱されて死んじまった『メルカ・コルン』を抱きしめていたんだぞ?……ククルを、彼女の姿に重ねて、あまりにも心が苦しかったんだよ。


「……ククルを置いていくことは出来ない。オレも残る」


「そ、そんな!!ダメです!!敵は、多いんですよ!?時間稼ぎをしないと……生き残れません!!ソルジェ兄さんまで、犠牲になる必要はありません!!」


「オレは、君たちを助けると誓った」


「私は、いいです……私の代わりに、ククリを助けてあげて―――」


「君も助ける!オレは、二度と『妹』を失いたくない!」


「そ、ソルジェ兄さん……っ」


「それじゃあ、兄ちゃん、どうするんだ?シンシアとこのヘタレ野郎だけをダンジョンに突っ込んで、オレたちだけで戦うか?」


「アンタも消耗しているだろ?」


「……大丈夫だ。ヘタレの怪しい薬を打たれて、眠くてだるくなっていた体を、どうにか元気にしているぜ!まだまだ、やれる!死ぬまで、オレ、動けるぞ」


「……死なせたくはない」


「……胸を打ついい言葉だが、現実は厳しいぞ?その女の子は、ダンジョンに入れねえのかよ?」


「そうだ。だから、オレが残って、ククルを守る。お前らはダンジョンに潜れ」


「そ、ソルジェ兄さん!」


「なんだ?」


「……じ、実は……長老から、預かっているモノがあります」


 そう言いながら、ククルは腰裏に巻いてあった『包み』から、午前中にルクレツィアとオットーが遊んでいた物体を見つける。


「そいつは、『メルカ』の兜か?」


「は、はい。特別に調整と呪術を施した、『メルカ・ミスリル』製で―――と、とにかく!コレがあれば、私も、『アルテマのカタコンベ』に入れるかもしれません」


「……しれませんとは?」


「り、理屈の上では、大丈夫かもしれない……そういうレベルの品です」


「……そいつに頼れと?」


「……はい!長老は、多分、大丈夫だと……」


 多分。その言葉がつくような行為を、許容することは難しい。


「いや。リスクは冒せない―――」


「―――いえ。大丈夫だと思います」


 シンシア・アレンビーの言葉だった。


「どういう意味だ、シンシア?」


「あの、私も、その、『ハーフ・コルン』です。ここの地下に近づくと、気分は悪くなるのですが……この薬を使うと、精神的に落ち着きます。呪術に対する抵抗を、強めてくれる薬ですから。だから、きっと」


 シンシアが、赤い薬の入った薬瓶を取り出していた。『ゾーイ』のことを聞いているオレは、疑いの気持ちが心に生まれる―――彼女は、心優しいシンシアなのか?それとも、邪悪な『ゾーイ』か?


 だが、事情を知らぬククルは、希望を見つけたという顔をしていた。


「……私にも、有効なんですね?」


「はい。確証は持てません。でも、おそらく……その兜と、合わせることが出来れば、『メルカ・コルン』を守る力は、かなり高度なものとなるはず」


「なら。その策で行きましょう!」


「おい、ククル!」


 ククルがごねるオレから逃げるようにして、シンシアの手から軽やかに薬瓶を奪う。そして、そのフタを巧みな指さばきで開くと、ゴクリと飲み込んでいた。


「……さあ。飲みました!」


「お前……っ」


「ソルジェ兄さん、行きましょう!このままでは、前後から囲まれてしまいます!護衛対象を守りながらでは、しのぎきれない!……正直なところ、私は囮で死ぬつもりでした!だから……チャンスに賭けれるのであれば、とてもありがたいことです!」


「……ルクレツィアの命令か?」


「いいえ。私の自由意志。『メルカ・コルン』は、死を恐れません」


 マジメな娘だ。そして、たしかにどこまでも戦士としては、正しい。彼女を放置すれば、このまま敵に対して特攻しかねない。確実に、オレたちを後退させるために……敵が四方から近づいている。どうにも迷っている時間もないな。


「……わかった。兜をかぶれ!!」


「はい!!」


 ククルはその不細工なまでのフルフェイスの鉄兜を被ったよ。頭からずっぽりとな。可愛い顔がまったく見えないが、見えないほどに『呪い』から守られているというのなら、それはそれで十分だ。


 ……有効かは分からないが、リエルの『呪い避け』も後から上乗せしてみよう。


「走るぞ!!」


 オレは、ガントリー・ヴァントにもたれかけていた、ロビン・コナーズに肩を貸す。反対側は、ガントリーに代わって、長身のシンシアが肩を貸した。


「走るぞ!足が痛くても、とにかく走れ!!」


「がんばってください、コナーズ先生!」


「あ、ああ!!」


 オレとシンシアの力は強い。そのまま、ロビン・コナーズを引きずるようにして走り始めた。コナーズは、片脚で跳ねながら、どうにかこうにか、この力づくの牽引について来る。


「ククル!弓で、前後を警戒しろ!犬が来れば、射殺せ!」


「はい!!」


「ガントリー、後衛につけ!」


「ふざけんな!ノーベイの上級戦士は、前衛向きだぞ!?」


「アンタは、行き先が分からんだろ!」


「……たしかにな。くそ、無知を蛮族の男に指摘されるとは、悲しくなるが、たしかにそうだ」


 監禁生活で変な知恵をつけたドワーフは、オレと同じ蛮族のくせに、どこか偉そうなんだよな!


 『ベルカ』の廃墟を、オレたちは走る!……瓦礫の壁から、こっちを見ている眼鏡の子供を発見したよ。


「おい!ついて来い!コーレット!!」


「よかった推薦状が生きてる!!……じゃなくて、無事で何よりです!!ああ、シンシアさんと、コナーズ先生もいる!」


「コーレット!よく、無事でしたね!」


「は、はい!」


 コーレットが合流する。若いだけあって、脚力は十分だった。しかし……犬の吠え声が背後から聞こえてくる―――オレは舌打ちをしたよ。


「ソルジェ兄さん!」


「矢を一本寄越せ!」


「は、はい!どうぞ!」


 ククルから受け取った矢に、魔眼で『ターゲッティング』を刻みつける。くそ、魔法の目玉に、痛みが出て来たぞ!


「ククル!こいつを、犬どもの先頭に撃て!射るときは、声を出してな!その矢に、魔術がついて行き、爆発を起こす!」


「は、はい!!」


 ククルが加速して、オレたちの前方に踊り出る。そして、弓を構える!オレたちが、彼女の隣を駆け抜けるとき、ククルが矢と共に、オレを呼んだ!


「ソルジェ兄さん、撃ちます!!」


「おうよ!『ファイヤー・ボール』!!」


 自由になっている右腕から、火球をぶっ放す!


「ぎゃいん!!」


 射殺された猟犬が鳴いた、直後、その猟犬を屠った矢に刻まれた金色の呪印に対して、加速した『ファイヤー・ボール』が命中し、巨大な爆発を起こしていた。犬どもの気配と泣き声が、爆音の熱量の嵐の果てに消えて行く―――。


 だが。


 これで、この戦場にいる全ての敵に、居場所を知らせてしまったな……ッ!

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