第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その27


 両手首を後ろ手に縛られたまま、マキア・シャムロックは頷くよ。オレの言葉を肯定するという意味に他ならない。


「なるほど。『アルテマの呪い』は、『あの子/レオナ』には無効であり、『ホムンクルス』はヒトとの間に子を成した……だが、その子は……シンシア・アレンビーには、『呪い』も『叡智』も受け継がれていた?」


「……そうなるな」


「どういうことなのだ?逆ならばともかく、レオナが継承していなかった『呪い』と『叡智』が、娘であるシンシアに継承される?……おかしくないか?」


 リエルが首を傾げながら発言する。オレに訊いたのか、それともシャムロックに訊いたのか、どちらともつかぬ場所を見ながらね。


 つまり、シャムロックに質問したということだな。オレに訊くなら、オレの目を、あの翡翠色の瞳で覗き込んでくれるはずだから。


 シャムロックのことが嫌いで、素直にヤツへと質問したくないということだろうよ。


 シャムロックも、そういう態度を取られることに慣れているのだろう、リエルを見ることなく、オレを睨みつけたまま口を開いていた。


「おそらく、『叡智』も『呪い』も血には残ったままだったのだろう。母親であるレオナの肉体にも、それらは宿っていたが……『発症しないように抑えられていた』のではないかと考えている」


「……じゃあ、娘であるシンシアは、その『発症』を抑えるための『何か』をされていないから、発症した?」


「……そうだろう。それ以外に、どう考えられるというのだ!?」


「専門家ではないオレを威嚇するな」


「む……っ!……そうだな。貴様のような蛮族に、問うてもしょうがないことだ」


 そうなんだけど。そう言われると、少しだけ自信失っちまうというかね……?まあ、いいんだけどさ?


「……しかし。オレはシンシアを目撃しているが、彼女は、面影こそなくはないが、『コルン』からは離れ過ぎている……それなのに、何故、『魔女の呪い』が発動していない?子供の頃は、少々、『判定』が甘いようだが……彼女は、もう23だろ?」


 成長過程にある存在には、『アルテマの呪い』は発動しない。そう聞いているぞ、ルクレツィアに。


「ああ。おそらく栄養環境や疾病などから受ける、成長過程の振れ幅を補完するための仕組みだろうな」


 なんだか難しい言葉を言われた気がするが、オレの認識は間違ってはいないということだな。


「だったら、どうしてシンシア・アレンビーは無事でいられるんだ?……もしかして、対処をしているのか!?」


「……『アレ』が、処方を教えてな。一時的にだが、『アルテマの呪い』を抑える薬は存在しているのだ」


「なんだと!?」


「本当か!?」


「やったああああ!!」


 猟兵の声が暗がりに響いたよ。オレたちが探し求めていた答えを、マキア・シャムロックが持っているらしいことを知れたのだからな!!あとは、拷問でもして、その手段を聞き出せばいいんだ!!


 歓喜に、心が染まり……オレは、この錬金術師の顔が、暗い表情になっていたことを見過ごしていたよ……。


「……浮かれるな」


「……ああ?」


「一時的にと、言っただろう?」


「……効果は、限定的なのか?」


「そうだ、限定的だ。『アレ』は、狡猾にシンシアを人質にしているようだ。ついには、彼女をここまで誘導した……」


「……おい、アンタ、さっきから『アレ』と言っているが、誰のことを言っているんだ?」


「……それは―――」


「―――まて!!モンスターだぞ!!」


 せっかく、大事な話をしている時だというのにな。そのムカつく生き物どもが、この『観客席』に雪崩込んでくる。


 『徘徊する肉食の小鬼/ゴブリン』どもの群れだった。小さな刀と、革の鎧を身につけた、子供のように小さな小型モンスターどもが、闇に紛れ込むようにして、この場所に侵入してくる。


『ぎぎききい……っ』


『ぐきききい……っ』


 闇の中で、小鬼どもの言葉が響いて来る。その醜いうめき声は、闇が持つ不気味さには似合っているが、もちろん美的な音とは言いがたい。


 しかし、あんなかすれた音で会話を成すとはな。まったくモンスターとは、理解に苦しむ存在だよ。


 小鬼どもが身を低くして、オレたちを取り囲もうとしているな……その数は、14。戦いになれば、殲滅するのは容易いが……後ろ手に縛られた中年を守りながらとなると、なかなかシビアだな。


「しょうがない。マキア・シャムロック。両手を自由にしてやる」


「……ほう。いい判断だ」


「逃げるなよ。追いかけていって、ぶちのめす時間は、オレたちにもアンタにも、ムダだろうからな」


 そう言いながら、オレはナイフでシャムロックの手首を結んでいたロープを切り裂いていた。


「……武器はくれんのか?」


「アンタは魔術も使うだろう。ゴブリンが来たら、それで対応しろ。ロープを切れなかったところを見ると、『雷』の使い手か?」


「ああ。背後から、お前たちを撃つかもな」


 本当に性格の悪い男だな。こんな土壇場で、自分の不利にもなる言葉を、言い放って来るとはね……開いた両手の指に、『雷』を走らせている。


 自分がオレたちにとって有益な情報源だと、理解させてしまったかもしれないな。ゾッとするね。賢いヤツに、立場を把握されてしまったよ。


 だが。


 その脅しはオレたち『パンジャール猟兵団』には効かないんだよ。


「……シャムロック。後ろからオレたちを撃ちたいなら、やってみてもいいぞ。お前の殺気に、オレたちは反応して、それを妨げるからな。その手首を切り落とされることになるだけだ」


「……脅すのか?」


「お返ししているだけさ」


「そうか。ならば、やめておいてやる……貴様らが、狡猾で残忍な『メルカ・クイン』の部下だというのなら……生かしておいておく価値がある。私を、彼女の元に連れていけ」


「狡猾で残忍か、そういうキャラクターの女性じゃないが……アンタを『メルカ』に拉致して運ぶことには、賛成出来るな―――」


『ぎぎぎぎぎぎいいいいいいいッッッ!!!』


 ゴブリンどもが叫びながら、突撃して来やがる。


 取り囲むようにしての、全体からの攻撃か?……さすがに、『ベルカ・モンスター』だよ。知恵がよく回るじゃないか。


 慎重に動いて、隊形を完成させた。そして、全くの同時に全力の突撃となると、こちらも対応がしにくい?


 そうでもないさ。


 準備をしていたのは、オレも同じことだからな。『ターゲッティング』。魔法の目玉が放つ呪術の視線を、オレは、この小鬼どもに当てて、3体のゴブリンに黄金色の呪印を刻みつけていた。


 『ファイヤー・ボール』を召喚し、闇に向けて放っていたよ。真紅の軌跡が闇に沈む空間を走り抜けて、三カ所で獲物へと命中して、爆発を起こす。『ターゲッティング/絶対命中の呪い』に反応し、低級魔術とは思えないほどの爆炎が暴風が戦場を焼いた。


「なに!?低級魔術の火力ではないぞ!?」


「いい魔術だろ?」


「しゃべってる場合か!!」


「殺しまくりターイム!!」


 リエルが男どもへの説教と共に、突然の爆発により、突撃のための悪知恵に満ちていた陣形を破綻させられて戸惑う敵に矢を放つ。


 二本同時の矢が、それぞれゴブリンの小さな体を射抜いていた。ミアは、ナイフを構えたまま突撃していたよ。オレの魔術に怯み、リエルが開けた敵の包囲網のすき間。そこへと突撃しながら、二刀流モードのナイフを振り回していた。


 雷光が走り、モンスターの肉が電熱で焼き払われる。『雷』の『エンチャント』がかけられていた刃は、ゴブリンの体にわずかにでも触れたら、ああなるようだ……。


 ここのモンスターどもは、基本的に『雷』に弱いからな。25年前の冒険の時には、『雷』使いのマキア・シャムロックは、さぞや活躍したのではないかね―――。


 暗殺妖精は神速の舞踏を用いて、敵陣を突破しながら、左右のナイフで小鬼どもを切り裂いていった。ミアのスピードに、まったくゴブリンどもは対応出来ていない。またたく間に左翼に展開していたゴブリンどもが全滅させられる。


 そうなることを、お兄ちゃんは分かっていた。


 ミアの仕事の速さを、誰よりもオレは理解しているんだからね!……つまり、オレはとっくの昔に、右翼側のゴブリンの群れに突撃していたということだよ。


 竜太刀を振り回し、ゴブリンを斬り捨てて回る!!


 血と脂と悲鳴が、闇に飛び散り……小鬼どもの邪悪な命が、壊れて行く。快感にも覚えるのさ。リーチが違い過ぎるんだ。爆発なんぞに怯むことなく、突撃を続けるべきだったな。


 一度止まってしまった足は、ヤツらの守りにも攻めにも祝福を与えることはない。銀の斬撃が暴れて、小鬼どもを殺戮していったよ。


「おい、陰湿錬金術師!!ソルジェの右手に『雷』を放て!!」


「古き迷信に支配された、未開のエルフなどが、私に命令するな!!」


 背後で仲の悪い連中が、言葉の火花を散らしながらも魔術を放った。どちらも『雷』属性の魔術だよ。


 闇を照らす稲光が、戦場を駆け抜けて……殺意に満ちた小鬼どもを、焼き払っていく。


『ぐやがががぎゃあああ!!』


『ぎゅがごごごごおおお!!』


 『雷』に命を引き裂かれながら、モンスターどもが小汚い悲鳴を解き放つ。リエルはもちろんだが、マキア・シャムロックの魔術もそれなりの威力だった。リエルが100ならば、70というところだろうか。


 人間族の術者にしては、かなりのものだな。


 『古き錬金術師』とやらが持つ、魔術師としての腕を褒めてやりながら、ストラウス兄妹が、この一連の攻撃を生き残ったゴブリンどもに、それぞれの鋼を叩き込み―――短い戦闘は終わったよ。


「……ゴブリンか。雑魚の代名詞ではあるが、会話中に襲ってこられるのは、つまらんなあ」


 体力と魔力と、物資の損耗につながる。ダンジョンの探索は、無傷である時間が長いほど有利だからね。敵が弱くとも、手抜きで戦えるわけじゃないのさ。


 『黒羊の旅団』の装備を回収出来たから補充は叶ったものの、リエルの矢の数だって無限じゃないしな……。


「おい、シャムロック」


「……なんだ」


「アンタが開けようとしていた扉の奥は、安全そうか?」


「……そのはずだ。このダンジョンには、幾つか、モンスターが本能的に近寄らない場所がある」


「そいつは、いい場所だ。何がある?」


「……錬金術の実験場だ。『ベルカ・クイン』は、モンスターにそういった場所を荒らされたくはなかったようだな。まあ、当然のことだが」

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