元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(『最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~』KADOKAWAコミックウォーカーで連載中)
第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その26
第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その26
マキア・シャムロックはしばらくのあいだ無言であった。賢いこの男にも、オレの口から25年前のことが語られるとは考えられなかったはずだよ。
「……何故、そんなことを知っている?」
「否定しないか」
「事実を否定してもしょうがない。貴様は、どうやったのか知らないが、我々の過去の一部を知っているようだな……」
「……それで、『あの子』はどうなった?ボブ・アレンビーに懐いていただろう?」
「……彼女は、『レオナ・アレンビー』は、ボブの妻になった」
「そして、シンシア・アレンビーを『出産』したのか?」
「25年前のことを調べられて、どうして、レオナとシンシアの関係性を知らない?」
「知っているのが、25年前のあの日だけ。オレは、ときどき死霊と話せてね」
「正気か?……しかし、その左眼は……何だ?亜人種の目を、移植でもしたのか?」
グロテスクな言葉を聞いたよ。だが、マキア・シャムロックは本気で聞いている。コイツは、亜人種の肉体で、そんな『人体実験』を主導したことでもあるのか……?
……だとしたら、今すぐにでも殺すべき男だが―――情報源だ、殺せないのが辛いところだよ。
「……いいや。古竜の力を継承した。まあ、死霊と対話出来るようになったのは、オレに力を託してくれた古竜にとっても、想定外だったらしいがね」
「なるほどな。人外の力を、移植する……興味深い。貴様は、モンスターとヒトを混ぜた『集合体』だな」
……そうだけど。その言い方されると、なんだかアイデンティティが傷つく。オレはもっと神秘的な立場であると考えていた。モンスターとヒトの混ぜ物みたいに言われると、これほどショックだとはな。
「……アンタ、ヒトから嫌われやすいだろ?空気読めないって?」
「フン。痛ましい『事実』に傷ついたか?」
「ああ。今、傷口にガンガン塩を塗られている気分だよ……まあ、いいや。それで、シャムロック。『あの子』は……『レオナ・アレンビー』は出産出来たんだな?」
「……そうだ」
「……出産した直後に……死んだりは?」
「いいや。亡くなったのは、シンシアが14の時だ。ハーフ・エルフの浮浪者に、刺されてな」
「……なに?」
「レオナは、強盗殺人の被害者だ。彼女もボブも、貧しく哀れな亜人種どもに、慈善的な活動を施していたというのにな」
「……悲劇だな」
「そうだ。悲劇だ。亜人種と人間族……両者の間に産まれる『狭間』。ハーフ・エルフ!……ヤツらは、社会の害悪そのものだ」
「―――口を慎め。私の腹は、そのハーフ・エルフを産む予定だ」
我が妻リエル・ハーヴェルが、気高い怒りと共に、シャムロックに忠告していた。ミアが、リエルの放つ雰囲気に、ちょっとビビっている……。
「『狭間』の子など、産むべきではないぞ、エルフの娘。誰からも祝福されん存在だ。孤立し、社会の敵となる。エルフ族も、その存在を長らく疎み、虐殺の対象とすらしただろう」
「過去など知ったことか。私と、私の子は、幸せになる。そのために、帝国だって滅ぼしてやる」
「出来ると思うか?……人種の壁は、帝国があろうがなかろうが、永遠に存在し、ヒトの心を分かち、暴力と悲劇の温床となるだけだ」
「―――いいや。そうとは限らんさ」
「……何だと?」
シャムロックがオレを睨む。睨むことしか出来ない彼に、オレは慣れて来てもいる。怒れるインテリの心が描く理論ってのも尊いのだろうがね。間違いではないのだろうが、それが全てではないさ。
「人種の壁が越えられない?……考え過ぎだ。現に、オレはリエルを娶ったぞ?」
「例外があったところで―――」
「―――シンシアの存在も認めないのか?」
「……っ!?」
「シンシア・アレンビーは、『ホムンクルス』と人間族の『狭間』だ。アンタが世界に絶望を抱くのは勝手だが、世界には、その絶望しか無いとは限らんよ」
「……若造が、知った風な口をきく」
「老いただけで、正しい言葉が口から出るようになるとでも言うのか?」
「それは……」
「アンタは、亜人種に対しては差別的かもしれないが……『ホムンクルス』には親切なのか?……『メルカ』を……『アルテマの使徒/ホムンクルス』たちを攻めようとはしなかったな」
「……必要が無い行為だからだ」
「では、この『魔女の地下墓所/アルテマのカタコンベ』とやらを調べる必要は、何だったというのか?」
「……教える義務はない。拷問でもするか?」
「いいや。アンタが『ホムンクルス』に否定的でないのなら、別にいい」
「いいのか、ソルジェ?逆さに吊して、腕の一本でも切り落としてやれば、素直な口になるかもしれんぞ」
オレのリエルちゃんが、激おこモードのままだなあ。まったく、シャムロックの野郎はヒトを怒らせることに関して、とんでもなく優秀でやんの……。
困った捕虜サンだよ。オレたち、『アルテマの呪い』を解くための情報を必要としていなかったら、間違いなく、このオッサンをとっくの昔に殺していたな……。
「……まあ、落ち着けリエル。気分が良くなることも、オッサンは教えてくれたしな?」
「え?」
「……『あの子』が……『ベルカ・コルン/ホムンクルス』は出産したんだぞ?『アルテマの呪い』は、『あの子』―――『レオナ・アレンビー』には、かかっていない」
「ということは……あるというコトか?」
「ああ。あるようだ。『アルテマの呪い』を解くための術は、存在している……」
「……貴様らは、『アルテマの使徒』たちに、雇われてもいるのか?」
シャムロックは賢い。状況を把握する能力には長けている。知恵が回るおかげで、話していないことまで見透かされるようだ。
厄介な相手だな。
『この状況』で良かったよ。この人物が、オレの『敵』の手に落ちることは、二度とないわけだからな。こっちの情報を読まれても、問題がない。
「そうだ。貴様たちが襲撃した『アルテマの使徒』の町……『メルカ』の長老に雇われている。彼女たちの錬金術が、オレたち『自由同盟』の力になるだろう」
「蛮族どもに、彼女たちの高度な錬金術が理解出来るとでも?」
「アンタはアホじゃないから分かるだろ?蛮族だろうが、文明人だろうが……賢いヤツってのは、ほぼほぼ生まれながらの才能だ。錬金術を理解する天才は、人間族以外にも同じ割合で存在しているさ」
「……その報酬欲しさに、我々を妨害したか」
「そうだ。それもある。だが、それだけじゃない」
「……『アルテマの呪い』を、解きたいのか?」
「ああ。彼女たちのことを、あのクソみたいな呪いから解放してやりたいんだよ」
「……何故だ?」
「人道的な理由と言えば、アンタは疑うか?それならば、オレを理解は出来んな」
「……いいや。あの呪いは……たしかに、邪悪だ。ヒトを縛り、苦しめている……っ」
「シンシアにもかかっているのか」
「なに!?」
「お兄ちゃん!?」
リエルとミアが驚いているな。まあ、オレだって確証を持っての言葉ではない。この冷血蛇野郎が、人道的なやさしさというか、人間性を見せるのは―――オレが知る限り、シンシア・アレンビーについてだけでね……。
まーた睨みつけられるのかと、考えていたんだが……。
シャムロックにとっては、やはりシンシアだけは特別な存在であるようだ。
その表情には、猛禽に似た怒りではなく……悲しみを浮かべていたよ。無力さに疲れ果てたフツーの男に見えるほどに、その表情からは攻撃性が消えていた。
「……どこまで、知っている?」
「……多分、アンタが『あの子』……『ベルカ・コルン』である『レオナ・アレンビー』から聞かされた知識と同じ程度には、あるんじゃないか?」
「……なるほど。お前の状況把握も完全ではないのか」
「何事も不完全なもんだろ?とくにオレとアンタは他人だしな、信条も違う、立場も違う、そもそも初対面。相互理解を阻むことが多すぎる」
「……それは、そうだが」
「オレを知りたければ、アンタも情報を吐くことだな。オレたちは敵同士だが、『アルテマの呪い』に関しては、お互いにとって共通の敵だろう?」
「……お前の言葉が真実ならな」
「愛する妹分の命がかかっているんだよ。嘘をつくわけがないだろう」
「……そうか」
「話せよ。アンタ、『あの子』に……『レオナ・アレンビー』に、何を聞いて、何を知ったというんだ?」
「―――私が、この土地にまつわる『情報』を知り得ているのは、レオナから聞いたからではないぞ」
「……何だと?」
「彼女が、覚えているのは……自分にいつも優しかった『母親』と、ボディガードの『モンスター』についてだけだった」
……『母親』というのはアメリのことだろうし、『モンスター』ってのは、『オレ』ことヒドラだよ。それは、ちょっと嬉しい。『あの子』が、あの二人を覚えてはいてくれたか。
「『あの子』は、どこまで記憶があったんだ?」
「しっかりとした記憶ではなかった。優しい声の『母親』と、『モンスター』がいつも側にいたことだ……私とボブは、それが真実なのかどうかも疑っていたほどに、不鮮明な記憶だった」
……ハッキリとではないが、認識してくれてはいたのならば、あの二人は少しは報われるような気がしたね。
「そうか。じゃあ、『レオナ・アレンビー』は、この土地のことや、その……『魔女の叡智』について、知らなかったのか?」
「そうだ。彼女の知性はかなり高く、一度見た文献を二度と忘れぬ程度には賢かったが、それについては、特別に珍しいハナシではあるまい」
「十分に感心出来る脳みそには違いないけど、たんに、優れた記憶力や賢さを持っていただけなのか?……『知識』は?」
「事情を知らせずに、精神科医に診せたら、レオナは『記憶喪失症』だと診断された。貴様の言う『魔女の叡智』とやらには、心当たりはあるが―――あの純朴なレオナから、そんなものにまつわる言葉を聞かされたことはない」
「……彼女の『夫』になった、ボブ・アレンビーはどうだったんだ?……お前にではなく、彼にだけは話した可能性があるんじゃないのか?」
「私とボブは情報を共有していた。錬金術師には、共同で研究を行う友が、稀に出来るのだ。私の人生では、ボブと、ボブの助手になったレオナだけだったが……」
その二人の親友を、ハーフ・エルフに殺された。ふむ。悲劇だな。『狭間』への憎しみの元凶か?……だが、その辛い過去よりも気になることがある。
「いい友情を築けていたようで、何よりだが……じゃあ、アンタ、『レオナ・アレンビー』からでなければ、この土地の情報を、どうやって知った……?」
「……自分たちで調べたことが多い。かつて、この土地を訪れ。命がけで調べ上げたからな。『ベルカ』についても、『メルカ』についても、かつて、このダンジョンを調べた時に把握した。教会から提供された資料も、不完全ながら役には立った」
「大したもんだな。だが。それ以上の知識を、アンタは持っているように感じるな……考古学的な情報収集だけではないだろう。情報源は、他にいたな」
「……蛮族のくせに、目ざとい男だ。しかし、それほど勘がいいのなら、どうせ見当ぐらいはついているだろう?」
「まあな。『アルテマの分身/ホムンクルス』は、もう一人いる……正確には、その血を引く存在であり―――『アルテマの呪い』をも、その身に受け継ぐ存在。シンシア・アレンビー……彼女は、『魔女の叡智』を継いでもいたのか?」
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