第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その2


「……ソルジェ兄さん、あそこにいます」


「……ふむ。よく擬態しているようだな」


「ホントだー、岩ソックリだね」


 その岩肌が剥き出しの斜面には、大きな灰色の岩が転がっていた。岩だらけのこの場所は、何とも殺風景だ。石切場にも似ているし、採掘された痕跡もあるが……それもずいぶんと昔の話のようだ。


 今となっては、巨大なモンスター専用の『レストラン』としてのみ機能しているらしいね。


 新しい魔銀の眼帯をずらして、この場所にいる『石喰いの自動人形/ストーン・ゴーレム』どもの擬態を見破っていく……馬車よりも巨大な大型が5体、ヒトほどの大きさの小型が3体いる。


 微動だにすることなく、意志の炎を保つために必要な最低限の魔力の流動が、やつらの灰色の肉体を走っているだけだな―――これは、荒んだ山肌に慣れてしまった後では、注意を怠ってしまうかもしれない。


「ここのゴーレムは、『メルカ』の者が造ったのか?」


「ええ、そうよ、リエル殿。三世紀前に……『ベルカ』を裏切ることを決めたとき、当時の『メルカ・クイン』は報復を恐れていた。その時に、大型のゴーレムを三体ほど増やしたの」


「……ふむ。それほどの技術があるのならば、『同胞』たちに協力してやるべきではなかったのか?」


「耳が痛いわね。まあ、当時の『メルカ』と『ベルカ』には信頼が無かったのよ。私たちはどちらも、『一つに融け合う』ことだけは避けたかったの。魔女へと至る……そうなれば、『ホムンクルス』の残酷な支配者が復活するかもしれない」


「……だから、消えてしまえばよいと願ったのか」


 リエル・ハーヴェルの純粋すぎる正義は、その事実を短い言葉で的確に指摘していた。沈黙が風に流れて、エルフの弓姫自身が、己から始まった沈黙を終わらせる。


「……責めるわけではないのだ、ククル、ルクレツィア。すまないな。私は、言葉を濁らせる術に、長けていない……」


「いいのよ、リエル殿。貴方の言葉は真実ね。まっすぐな矢のように、正確な言葉よ。それは、私には慰めにもなる」


「私の言葉が、慰めになるのか?」


「ええ。認めたくない真実を、隠してしまいがち。それが、私の悪いところ。クールじゃないわよね?」


 クール・ビューティーであることに誇りを持っている、ルクレツィア・クライスは、息を潜める大岩の怪物どもを見つめながら、静かな言葉で語り始めた。


「―――かつて、イース教徒が攻めて来たとき……『メルカ・クイン』はチャンスだと感じたのね。イース教徒たちと手を組み、『ベルカ』を抹消し……緊張感のある共存ではなく、孤独な安全を求めた」


「……『ベルカ』が消えれば、『メルカ』の『アルテマの使徒/ホムンクルス』たちは、魔女に堕ちないからか?」


「そうよ。『同胞』を裏切る、あまりにも残酷な判断だけど……おそらく、私が当時の指導者であったら、同じ選択していたと思う。なぜならば、『メルカ・クイン』と『ベルカ・クイン』は……お互いの存在を消し去りたいと、ずっと願っていたから」


「相手の気持ちも、お前たちは分かってしまうのだな、ルクレツィア」


「そうよ。同じ、『魔女の分身』だからね。同じことを考えていることが、分かってしまうのよ……」


「……理解し合うのではなく、攻撃し合う形に行き着いたのか」


「ええ。残念ながらね。相互を理解する能力が証明したのは、お互いの心にある大きな不安と、それから逃れるために、相手を消し去りたいという衝動だけだった」


 悲しい言葉だ。


 お互いを理解するための、『交信』という能力を宿している、とんでもなく賢い人々が選んだ選択が―――共存ではなく、排除だったとはな。


 それは、あまりにも人類らしい選択ではある。知れば知るほど、拒絶が深まることもある。人類は……善良な動物ではない。誰よりも同じ不安を抱えていた人々だからこそ、最も野蛮だが確実な答えである『排除』という手段を選んだというわけか。


 そのために造ったのが、ここにいる『石喰いの自動人形/ストーン・ゴーレム』ってことか。『ベルカ』は……イース教徒たちが来るずっと前から、『オレ』こと『ヒドラ』を強化しようとしていた。


 あの無数の大蛇に、何を喰らわせたかったのか―――悲しいかな、オレはヒトだから理解出来てしまうよ。


 『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』は、イース教徒の侵略を受けるずっと前から、『メルカ』の人々を滅ぼすために造られていた兵器だったのさ。


 両者は、イース教徒の侵略が無かったとしても、いずれお互いのうち、どちらかを攻め滅ぼしていたんだろうな。そして、おそらく負け戦を選ばされていたのは―――。


「……12人の『クイン』たちは、お互いが継承した『叡智』を奪い合ったわ。それでも最後の1人になることだけは、恐れて、怖がった。魔女にはなりたくなくてね。私は、かつての『メルカ・クイン』の『裏切り』を、否定は出来ない。アレをしていなければ、『メルカ』は、きっと滅ぼされていたわ」


「……『ベルカ』の方が、強い、だったな?」


「そうよ。ソルジェ殿。『ベルカ・クイン』は、『メルカ・クイン』より多くの『魔女の叡智』を宿していたからね……元々、私たちは劣勢だから、この土地に追いやられていたの」


「……正当な理由がある行いだったのだな」


 リエルは悲しそうだし、バツが悪そうでもある。複雑な顔をしている。そうだな、複雑であるべき感情だろう。


 当時の『メルカ・クイン』の『裏切り』を、評価する行いは、かなり難しい作業ではあるのさ。あの『イモータル・ヒドラ』が、『ダーク・オーク』どもを引き連れて、このカーリーン山を這い上って来たら?


 まちがいなく、『メルカ』の連中は全滅していただろう。


 お互いにあった悪意と、相手を滅したときにのみ得られる安心……『同胞』と素直な気持ちで呼べる相手では無かったのさ。


 この場に流れる、さみしい気持ちを感じたのだろうか?


 ミア・マルー・ストラウスが、オレの胸に後頭部を埋めてくるよ。


 オレは、ストラウス兄妹のいつものお約束に従って、アゴ先をミアの黒髪に、やさしく当ててやるのさ。


「……なんだか、すまない。変なことを話させてしまった。300年も前のことで、お前たちを責める気なんて、無いんだぞ」


「分かっているわ、リエル殿」


「……分かってくれたなら、幸いだ。私は、お前たちが好きだぞ。美味しくて甘い料理も好きだし、お前たちが星を見上げるときの表情も、どこかさみしげだけど、好きなのだ」


 オレたちが沼地に行っていた時に、リエルとルクレツィアは、一緒に星空を見上げていたのかもね。この任務が終わったら、その物語を、リエルの口から、ゆっくりと聞かせてもらいたいところだよ―――。


「―――さて。そろそろ本題に入ろうぜ」


「ええ!悪知恵の働く、『メルカ・クイン』さんが説明してあげるわ!戦士たち、よく聞きなさい!……あの『ストーン・ゴーレム』たちは、元々は『メルカ・クイン』が造らせたものよ。だから、私たちが近づいてもフツーは襲って来ない」


「何百年経っても、友軍あつかいは健在なのか」


「ええ。『悪魔蜂/デモン・ワスプ』もそうだけどね。あっちは、野生化の度合いが強いし……あまり接触したくないわね。蜜蜂の巣箱を襲うこともあるから、あまり『メルカ』の近くに来て欲しくないのよ」


「あの大きな蜂さんも、蜂蜜が好きなんだ?」


「ええ。蜂なんて、みんな蜂蜜が大好きなのよ」


 あの巨大な蜂や、その幼虫が……蜂蜜をすするか。まあ、ヒト並みに巨大な蜂だからな、自力で花蜜を採取することは、難しいだろう。


 あんな肉食を体現するように大きく凶悪な牙で、花の蜜を吸うという繊細な行いは、あまりにも向いていない。ほかの蜂に集めさせた花蜜を、強奪するしかないだろうな……蜜蜂さんの巣箱とか、台無しにしちゃいそう。


「……とはいえ、『デモン・ワスプ』の群れもそろっていれば、一大戦力なんだがな……」


「ソルジェ兄さん、そこまでの戦力を集めるべきなのですか?」


「ああ。念には念をだ。敵の動向には、やや疑問が残るからな」


「安心しろ、ソルジェ。私の『エンチャント/属性付与』を刻んだ鋼を、『コルン』たちは装備しているのだぞ?……十分な戦力だ!」


「……そうよ?それに、この『ストーン・ゴーレム』には……私が『特別な細工』をするつもりだから、安心しなさい」


「……分かった。なあ、ルクレツィア。以前、言ってくれたことを覚えているか?」


「どのことかしら?」


「対応しきれない戦力に攻められた時は、『メルカ』を捨ててでも、民の命を選択する」


「……もちろんよ。町よりも、人命……それは、ちゃんと理解しているから安心して」


「……わかった。どうにも、心配性になりすぎているな」


「それだけ、親身に心配してもらえていると思うと、うれしいです、ソルジェ兄さん」


「ああ。お前たちの故郷を失わせたくはないんだよ」


 故郷を失う苦しみは、オレには分かるんだ。


 あの悲しい喪失感を、妹分たちにはして欲しくない。


 ……ナーバスになりすぎている?……そうかもな。まあ、『悪魔蜂/デモン・ワスプ』を探す時間も無いだろう……アレは行動範囲も縄張りも、かなり広そうだしな。時間は有限、全てをそろえることは出来ない。やれることだけを、完璧にこなすとしよう。


「……じゃあ。作戦を説明するわね?」


「頼む」


「『ストーン・ゴーレム』を怒らせます。適当に攻撃していたら、激怒して襲いかかって来るのよ。だから、馬で逃げるわ。攻撃を避けながらね?」


「そのまま、目標地点まで、つかず離れずで移動して、誘導します」


「山の西側までか……ヤツらは、馬がいるほどに、速いのか?」


「動きは通常は緩慢ですが、下り坂では、転がって来ます」


「転がる?なにそれ、楽しそう!」


「た、楽しくはないですよ、ミアちゃん?とんでもなく、速く転がってくるんです!馬たちは、慣れているから、勝手に避けてくれると思いますが……巻き込まれたら大ケガは必至です。注意して下さいね?」


「ああ。了解だ。さて、さっそく……ゴーレムちゃんを威嚇するかね?」


 作戦開始だ。オレは馬の背の上で、右手の指を広げる。


「『炎の球よ、我が指のあいだで踊れ』―――『ファイヤー・ボール』」


 広げた手のひらの上に、三つの『炎』の球体が発生する。


「これをぶつければいいかい、ルクレツィア?友軍あつかいの君らより、見知らぬ蛮族の『炎』の方が、ヤツらを挑発するには向くだろ?」


「ええ!やっちゃって、連中、群れで追いかけてくるから、あとは上手く誘導するわよ。私とククルの馬を、追いかけてね?」


「……ああ。牛追いの逆だな。まかせろよ、そういうの得意だ」

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