第五話 『戦場は落陽の光を浴びて、罪過の色をより深く……』 その3


 『ストーン・ゴーレム』たちは、なんというか怠惰なモンスターであるようだ。明確な敵意と共に、攻撃魔術を展開しているというのに、見向きもしないなんてな……?ある意味では、人工的なモンスターらしいと言えるのかもな。


 獣のように生存を追求する、野生的な本能はない。あまりにも受け身の戦略だな。あくまでも、こちらが攻撃しない限りは、無反応を続けるのか。


 岩に擬態していると言えば聞こえは良いが、ただ全身を丸く屈めたまま、手足を放り出すようにして寝転んでいるだけだあった。


「……これで、本当に『メルカ』の『用心棒』になるのか?」


「見てのお楽しみよ。さあ、攻撃してみて?」


「わかった。ミア、ちゃんと捕まってろよ?」


「うん!さあ、お兄ちゃん、ドカンとやっちゃって!」


「了解だ!!」


 右手を連中に向けて狙いを定める。『ターゲッティング』は使わない。あれでは威力をムダに上げる可能性があるからね。


 『ストーン・ゴーレム』に、攻撃を加えたいわけではない。この石切場の『レストラン』から、用心棒として最適の位置へと移動して欲しいだけだ。


 ……『ファイヤー・ボール』を放つ時のコツは、矢を射るようなイメージを持つことだ。弾道をきちんと予測して、ちゃんと利き目で狙いを定める。可能であれば、息を吸った状態で止めて、重心を安定させるのさ。


 相手がいきなり動いたとき、どう対処するかも考えた上で―――決断し、放つ!!


 手のひらに熱と衝撃を受ける。『ファイヤー・ボール』を放った証拠だった。三つの『火球』が風を貫き、空を駆け抜けて、想像していた通りの軌跡を描きながら、怠惰に眠る『ストーン・ゴーレム』たちの巨体へと命中していた。


「全弾、命中っ!!」


 観測手ミアが、笑顔と共に『ファイヤー・ボール』が成功に終わったことを報告してくれる。オレは一瞬、喜んでくれるミアを見た後で、『ストーン・ゴーレム』たちを睨む。


 石の魔物は、目を覚ましていたよ。


 バキバキバキイイイ!と落雷にも似た騒音を立てながら、『ストーン・ゴーレム』どもが起き上がる。


 大型が5、小型が3。合わせて8体ものモンスターの群れである。とくに大型は馬車が逆立ちでもしたかのようなほどに大きく、そのずんぐりとした巨体は立ち上がると、7メートル近くはあったよ。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 岩が固まっただけのような、デコボコした顔面にある亀裂のような口元から、その大きく低い声が放たれていく。


 なんだか、とても怒っているらしいな。群れを構成する一個体への打撃は、群れ全体への挑戦だと受け止められるようだ……。


 まったく魔力を込めちゃいない、『ファイヤー・ボール』の一撃程度で、ここまで怒ってくれるとはな。このモンスターたちが持つ怒りの沸点は、かなり低いようだ。


 ヤツらが歩いた。


 ズシン!ズシン!!という、重量感を帯びた足音は、そのリズムを加速させながら、こちらへと接近してくる。子供の全速力ぐらいはあるだろうな。


「走れ」


 馬に命じて、移動を開始させる。先頭を走るのは、ククルの白い馬だ。そのあとを、ルクレツィア、リエル、オレの馬が蹄を鳴らしながら列を成す。


 8体の巨大な自動人形たちはオレたちを追いかけて、山肌を這う道を走り始めた。


「思っていたよりも、速いな」


「うん!!迫力がある!!」


 ミアは楽しんでおられる。


「……戦いたいなあ!!ゴーレムちゃんたちの、岩の『すき間』に、『風』を撃ち込んでみたい」


「その攻撃はかなり有効だろうな。ヤツらは、大小の岩が、泥で連結して動いている存在だ。繋ぎ目である泥を攻撃すれば、崩れちまいそうだから」


「そうよ!えらい子ね、ミアちゃん!!『ストーン・ゴーレム』の『実体』とも言えるのは、岩の肉体をつないでくれている粘土状の物質よ。力尽くで壊すには、なかなか骨が折れるはずだけど……すき間に『風』を入れて粘土を打撃すれば、かなり脆くなるわ」


「攻撃魔術には、脆いということか?」


 ルクレツィアの黒毛の馬に自分の馬を併走させながら、リエルは質問する。あのゴーレムを製作した人々の末裔は、あははは!と豪快に笑う。


「そうよ!!あの子たちは、魔術を帯びた攻撃こそが弱点ね!!『風』で、泥を乾燥させたり、弾いてしまうのも致命的だけど―――『炎』で泥を焼いて固めてしまっても動けなくなるわ!!」


「弱点が多くあるように聞こえるぜ?」


「魔力のコントロールに長けた術者でなければ、それは難しいでしょう?……十分な魔力と、その制御に及第点をあげられる術者は、そう多くいるものじゃないわ」


「まあ、そうだろうな」


「……それに、本来なら、ゴーレムたちだけで突撃はさせない。『コルン』と、『デモン・ワスプ』が連携に入る」


「そのセットが、『星の魔女アルテマ』の軍勢か」


「ええ。勝てる集団はいなかったわ。レミーナス高原だけじゃなく、バシュー山脈のあらゆる小王国を支配してしまうほとにね」


 モンスターの群れと、三つの属性魔術と武術を使いこなす『ホムンクルス』か。攻略法を考えるのは難しそうだ。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


「……みんな!坂道に入ります、ゴーレムたちが転がって来ますよ!!魔力の動きをよく読んで、馬を走らせて下さいね!!」


 白い馬の背で、そのしなやかな体をひねりつつ、ククルは警戒を強めろと叫んでくれていたよ。オレたちにとっては、いいアドバイスだが……魔術的な素養の少ない戦士には、それでは難しい。


 『ストーン・ゴーレム』どもの体が、岩をこすらせることで鳴るギギギイ!という音や、重量がありすぎることで生まれる、ズシン!ズシン!!という足音でも気取る方が、確実なアドバイスではあるかもしれん。


 それに、ときおり、馬の背で後方を振り向いての『目視』も重要だな。『イモータル・ヒドラ』のように、体表に魔力をもらさない術を施す存在を、『ベルカ・クイン』が創造したのは……魔力の感知に頼りがちな、『コルン』の戦術に付け入るためかもしれない。


 もちろん、ククルも後方を確認しているが、その回数はオレたち猟兵よりも少ない。あれだけ大きく雑な魔力だ。見なくても分かるが……そこを逆手に取られるとは考えていないようだな。


 閉鎖された戦場で、育ち過ぎている。


 完成度の高い戦術、十二分な能力ではあるが、血肉が継承している『叡智』を使いこなすほどの経験値や発想が不足しているかもしれないな。あとで、嫌われるのを覚悟で、指導してやりたい気もするよ。


 さて、オレは見たい光景があるから、背後を向くよ。ミアが右に乗り出すように後を向いたから、オレは左に重心をやや傾けて、馬にバランスを与えてやる。


 見たかったのは、下り坂に入るそのときさ。『ストーン・ゴーレム』たちは、腕や脚をぐにゃりと丸めて、『球体』へと近づいた。


「おお!!お兄ちゃん、丸まった!!」


「丸まったな!」


 岩石と、それを繋ぐ泥で出来ている……そのことがよく分かる動きだな。


 くくく。関節や何やら、全ては見せかけのようだ。丸められた泥団子のごとき巨体が、ゴロゴロと転がり始めたよ。


 完全な球体からは程遠い形状だからな。ときおり、大きくバウンドしたり、段差や地面から突き出た岩なんかに、引っかかったりすることは多い。


 だが、たしかに速さは大したものだ。


 もちろん走っているというよりは、まあ、本当にただ転がっているだけで、ほとんど自分の力を使って、その移動を制御している様子は無いがね。


 馬たちは背後から迫る音に、怯えながら、坂道を走りつづける。馬の脚に負担がかかるから、オレは転がるゴーレムさんを見て、猫耳をワクワクの躍動で揺らしているミアに、前を向こうぜと囁いた。


「ラジャー!」


 いい子はそう返事して前を向く。脳裏に焼き付けた『ストーン・ゴーレム』が転がってくる光景を思い出すようにしながら、ミアは上機嫌に首を揺らしていたよ。


「……迫力があって、楽しかったな!」


「うん!!たくさんの大岩が、同時に転がってくるとか、迫力満点だよ!!……でも、最初のデカブツさんを、『風』を注いで、丸まりを無理やりに解いてあげれば楽そう」


「いいアイデアだ。そうすれば、崩れたゴーレムに乗り上げるように、他のゴーレムたちも衝突するな」


「崩せたら、背後かつ上方を取れちゃうね」


「そこからなら、戦いやすいな……ゴーレムどもの、最大の『弱点』は―――」


「―――頭にある、赤い石だよね。あそこが魔力の『要』っぽいし」


「小賢しくも、岩の『まぶた』で、隠そうとしてやがるもんな」


「うん。回転し始めるときは、包むようにして、空間を開いているね」


「ああ。衝撃が赤い石の目玉に伝わると、死んじまうんだろう」


 だから、もっと丸くなれるのに、丸くならない。あの赤い石だけは、『ストーン・ゴーレム』さんは守ろうとしているな……。


「慣れたら、スリング・ショットだけでも、潰せそう」


「そうだな。機会があれば、オレも竜太刀で崩せるかどうか、腕試しをしたいところだが……アレは、仲間だから、殺しちゃダメだ」


「……うん。頭のなかだけで、殺すね……」


 猟兵の職業病の一つかもね。


 敵兵やモンスターの仕留め方を、ついつい頭に描いてしまう。大岩に追いかけられる、このスリリングな任務のなかで、あいつらを何百回、頭のなかで殺したことか!


 ミアとオレは小さな声で、モンスター狩りの仕方について、馬上で語り合った。竜太刀で斬り殺すには―――あの怠惰というか、合理的なゴーレムさんが、起立する時に使っている、体の軸用の『縦に長い岩』……。


 ……言わば、ヤツらの『背骨』を『風』の魔剣で切り崩せば楽そうだなと結論づけた。


 捕まると深刻なダメージを負わされそうなので、まともに正面から戦うときは、ヤツらの手首に『風』を注いで壊してから。動きを止めたいときは、股関節か膝の関節を『炎』で焼いて止めちまおう。


 背後の警戒を怠ることもなく、そんなハンター的な議論をしながら、オレたちストラウス兄妹は強さを磨くことに余念が無かったよ。


 『ストーン・ゴーレム』に追いかけられるシゴトは、大きな問題が起きることもなかった。馬の脚を考えて、坂道だけでなく、登り道もククルは選んでくれたからね。


 登り道では、ゴーレムたちは赤子のように四つん這いになって、その巨大な重量をどうにかこうにか、よじ登らせる。あまりにも、弱点が多く見えたが……条件さえ整えば、このゴーレムの強さは無敵かもしれない。


 弱点さえ攻撃されなければ、相当な防御力ではあるしな。


 戦場で魔術を使うのは、リスクが高い。あまりにも体力を消耗してしまう。そもそも、このカーリーン山を登ってきた時点で、普通の戦士は息が上がっているだろうしね。


 竜騎士の呼吸法があるから、オレは平気だが……ミアはあの程度の乗馬で、少しだけ呼吸が乱れている。山の上は空気が薄い。


 ゴーレムのこの巨体に驚き、テンションが上がる。それだけでも、ミアほどの猟兵が呼吸を乱す。これといきなり遭遇すれば、『黒羊の旅団』レベルのベテラン戦士たちでも、予想外の混乱を招くだろう。


 『ストーン・ゴーレム』はこの環境で敵を待ち受けているだけでも、十分な威力をもたらすな。敵の体力を大きく削るのさ。あとは、やはり援護がいる。巨体な割りにスピードはあるが、小回りは利かない。そこを補うのは『コルン』だな。


 可能な限り、平坦な場所で……『コルン』たちのサポートが受けられる場所がいい。そこで敵兵の群れとぶつけさせるんだ。コイツら坂道は、ダメだ。避けられちまえばそれでお終いだ。ゴーレムには混戦で、多くの敵兵と戦わせるべきだな。


 敵集団全員のスタミナを奪いにかかる。その混戦状態で、敵を疲弊させながら、『コルン』の弓あたりによる各個撃破で敵を減らすのが最良かな。


 そうだよ、たとえば、ククルとルクレツィアの馬たちが導いた、この開けた空間に『ストーン・ゴーレム』を並べておけば、最高のパフォーマンスを発揮するかもしれない。


 小さな四階建ての『砦』がある。そこに、何人かの『コルン』たちがいたよ。見張りの砦……あそこからなら、矢を遠くまで撃てるだろう。とくに、リエルの『風』の『エンチャント』を帯びた矢ならね。


 この開けて平たい場所にたどり着く前にある山道でも、あの『砦』から超遠距離射程の矢を頭上から撃ち込まれる。矢の雨を越えて来たとしても、ゴーレムどもとの乱戦が即時に開始されるのさ。


 無視して突破することが最高の策だが、『メルカ』に向かう上り坂にたどり着いても、しばらく『砦』からの弓の射撃が待っている。『砦』をどうにかしないと、ほとんど達人並みの『コルン』たちの弓に、撃たれまくることになるな。


 この砦は、攻めにくいな。高さがあるし……火薬と油の臭いもするぞ。色々と、持ち込んでいるよ。


 小さな砦だが、近寄ろうとすれば、矢と爆弾が落ちてくる。油をかけられて火だるまにされることもあるだろうな。手こずれば、ゴーレムに背後を見せる時間が長くなるぞ……。


 さすがは、『アルテマの使徒』たちだよ。この立地で、『ストーン・ゴーレム』と『砦』が待ち受けているのは、敵にはかなり辛い。


 いい造りだ。この『砦』は接近そのものを拒絶するための城塞ではない。あえて平坦な場所に造ることで、敵をおびき寄せるための『砦』だな。攻略するしかないし、攻略するための足がかりがあるように見せている。


 それこそが、少数精鋭『メルカ・コルン』の戦いの真髄だろうよ。敵をこの場所に釘付けにする作戦だ。あえて敵に囲まれることも覚悟している……勇敢な女戦士たちだ。何日だって立てこもり、少数で多数を苦しめるのさ。


 敵からすれば、ここを突破するしかないが、その突破する手段がなかなか見当たらないだろう。最良の攻略法は、勇者に頼ることだ。


 死を恐れぬ、勇敢で有能な戦士に、この戦場を走り抜けさせる。その小集団を『メルカ』に向かわせる、そうなれば……戦場は『広がる』。少なくない『コルン』が、あの『砦』から降りて、『メルカ』に向かった勇者どもを追いかけるだろうから。


 数の少ない『コルン』たちは、戦場が広範囲に広がれば、その密度があまりにも薄くなるのさ。


 薄くなれば、『コルン』より数の多い敵ならば、強兵ぞろいの彼女たちをも容易く呑み込む。『コルン』たちからすれば、背水の陣でもあるな。彼女たちは、この場所に戦場を『固定』する必要があるんだ。ここで可能な限り敵を疲弊させる。


 そのあとは……ジュナがしたように、疲れた敵に対する少数の追撃。命がけの特攻で、敵の数を減らして、自分も死ぬのさ―――この『砦』は、『メルカ・コルン』が採れる『最良の戦術』のための、生け贄の城塞だな。


 悲惨なことではない。120人しかいない、少数集団である『コルン』たちにとって、最良の戦果を生み出せる場所だ。戦士としては、最高の死にざまを飾れる『砦』なのさ。


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 ようやく『ストーン・ゴーレム』どもが坂道を登り切り、この平らな場所にやって来る。ヤツらは低い声で歌うと、『それ』に向かう。ああ、オレたちはムシされちまったよ。『コルン』たちが馬で運び込んでいたと思われる、鉄鉱石の山に殺到していったのさ。


 体を四つん這いにして、その鉄鉱石を『食べる』のだ……。


「食べてるの?」


「そうよ、ミアちゃん。あの鉄鉱石には、呪術をかけてあるわ。『ホムンクルス』への失われた『忠誠』を取り戻させる呪いが、たっぷりと入っているのよ」


「ならば?彼らはあの石を喰えば、君の虜になるのか?」


「ええ!!これで、完璧な連携が取れるわ!!ウフフ!!私の呪術で、この子たちは、私の意のままに操られるのよ!!」


「スゴい!クール・ビューティーだ!!」


「でしょう!!」


 馬から下りた、クール・ビューティーと、うちの妹はニコニコしながら手と手を取り合っていた。なんだか、やたらと馬が合うな。ミアは、ああいうクール・ビューティーになりたいのかな?


 ……もっと、可愛い小悪魔系美少女になって欲しいんだが―――べつに、ルクレツィアに文句があるわけじゃないけどね。

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