第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その34
作戦の重要さは全員に伝わったようだ。
そうだ、『カタコンベ・チーム』には、大きな役割がある。『黒羊の旅団』の精鋭たちの排除、『青の派閥』のリーダーであるマキア・シャムロックの確保、そして……『あの子』の『娘』かもしれない、シンシア・アレンビーの確保だ。
「つまり!シンシアって子と、シャムロックってオッサンを拉致するんだね、お兄ちゃん!!」
「そうすれば……ククリやククルたちにかけられた、忌まわしい『呪い』を解くことが出来るのだな?」
「……可能性のハナシだ。あくまでも、オレの魔眼が見せた『夢』に、大きく依存した情報だ。それに、『夢』で見た背の高い眼鏡野郎の、こ―――」
『交尾不全』という言葉は呑み込んだ。下品な言葉だから、乙女たちの耳を汚すに値しない単語だってことは、蛮族でも分かる。ヒドい言葉だよな、交尾不全のヘタレ野郎って?
「こ?どうかしたのか、ソルジェ?」
「眼鏡野郎の『子供』ではないかもしれん。ボブ・アレンビーは裸眼視力が船乗り並みの男かもしれないんだぞ?」
「それはそうだが、お前のアーレスは気の利いた竜だ。おそらく、良い風に導かれることになるだろう」
そう言いながら、オレの正妻エルフさんが、眼帯オフになったままの、金色の瞳を覗き込んでくれる。
「おーい。そうだよな、アーレス殿?」
リエルの声が、魔法の目玉の奥に宿る古竜の魂に語りかけた。返事は、ない。でも、なんか、こんなことされるの好き。オレは、リエルの翡翠色の瞳を見つめていたよ。なんか吸い込まれそうだ。
アーレスは、照れているのか冥府から語りかけては来なかった。
「……あら。朝からノロケちゃってるのねえ?」
「な!?の、のろけてなど、おらぬぞ!?」
エルフの足が、床板を蹴って、その体は軽やかにピョンと跳びながらオレから離れていた。ルクレツィア・クライスは、両手の指を組ませたまま、その指たちで口元を覆っている。見せたくない表情でもしているのか?
というよりも、笑っている?
「フフフ。ライバルが多くて大変ね……ああ、竜騎士さん家は一夫多妻制だから、まったく問題ないのよね?」
「……カミラとも、ロロカとも、ちゃんとラブラブだからな?」
いつか四人でする予定だが―――って、言葉は公衆の面前で発言してはならない。そもそも、マイ・スイート・シスター、ミアの耳に、汚れた大人の性欲にまつわる言葉を届けたくはないのだ……っ。
もっと、綺麗な言葉ばかり聞いて育って欲しいな。
「四人も、六人も……七人も一緒ね」
「どういうこった?いきなり、三人増えてるとか?うちは、ジュナとは死別したから、今は四人夫婦だぞ?」
「ど、どうでもいいじゃないか、兄さん!?」
「そ、そうですよね、ソルジェ兄さん!?」
双子たちが何だか必死だ。ミアは、目を細めて遠くを見ている?妹チームが変だな。だが、たしかに今は遊んでいる場合ではない。
「……うむ。そうだな、確かに、今は作戦について話し合うべき時間だ」
「そ、そうだよ、兄さん」
「そ、そうよね、ソルジェ兄さん」
妹分たちは、そうだ、命がかかっている。『アルテマの呪い』を解かなければ、20才前後で死ぬ……二人はもう17才。いつ、その呪いが降りかかるか、分かったものじゃない。
「……よし。作戦会議を続けよう」
「……そうね。姉貴分として、面白がっている場合でもないわ。ソルジェ殿、『カタコンベ・チーム』のメンバーは?」
「まずは、リーダーはオレ。偵察能力もあるし、50人の傭兵を殺すとなると、オレの竜太刀の出番だ。シャムロックとシンシア、両名の顔を知っていることも大きい」
「そうね。両名の確保は、絶対だものね、死なせても、逃してもダメ」
「ああ。護衛を排除して、二人を拉致してくる」
「責任重大ね」
「ミスは出来ないな。だからこそ、責任者であるオレが乗り込む。それに……状況次第ではあるが、錬金術師どもを、全員仕留めることになるかもしれない」
錬金術師どもが、『賢者の石』にまつわる知識を得ていたら?……全員を殺すか、拘束することになるな。
ガントリー・ヴァントと合流したら、今度こそ、彼をこちら側につけよう。ガントリーは腕が立ちそうだし、魔法の目玉組合の一員だ。敵に回すと、厄介この上ない。
シャムロックはともかく、シンシアを拉致しようとすると、ガントリーは敵に回るかもな。シンシアを追跡されると、厄介だが……あの『何でも見える盲目』ならば、やってのけるだろう。
「あの集団には、殺すべきではない善良な者たちもいる。可能な限り、そういった人物たちは殺したくはないのだ」
「……情に流されないようにしてね?」
「……ああ。善良な者は捕らえて連れて来る。君たちの好きにしろ」
「ええ。好きにするわ」
為政者の見せる、殺意を帯びた指導力―――そういうモノを、ルクレツィアに見てしまったよ。彼女は『メルカ・クイン』だ。『メルカ』のためならば、容赦なくヒトを殺すだろうさ。
ああ、死んで欲しくない連中が、4人もいる。シャムロック、シンシア、ガントリー、そして……善良で素朴なロビン・コナーズ…………ああ、そうか。
このロビン・コナーズも、学生時代からのシャムロックの知人。ふむ、肝臓を悪くした遊び人の『妻』と『娘』がいるんだったな。だが、『夢』で見た男とは、印象が異なる。別人だろう。シャムロックを超える情報を持ってはいなさそうだな。
まあ、シンシアが『あの子』の『娘』でなかったとしても、シャムロックには有効な人質として機能することは明白ではある。確保は絶対だよ。
……ああ、善良なるシンシアを人質?……荒れた尋問になりすぎないように、オレも立ち会うべきかもしれんな。オレの妹分たち、捕虜になったエレンくんの指を何本か切り落としているっぽいし。
いつか酒場で出会った片脚のない男が言っていたよ。女の方が、残酷な拷問をすると。彼が自由な歩行を奪われたのは、その教訓を得るための代償だったりしなければいいんだがね。
人生の中にある、確認することを躊躇った謎の一つではある。
……さてと、脱線してしまったな。
「……とにかく、『カタコンベ・チーム』のリーダーはオレだ。この戦場は、複雑にもシンプルにもなる。状況判断はオレが下す。不必要な被害を避けるためにもな。それでいいな、ルクレツィア?」
「ええ。もちろん問題はないわ。貴方は戦争のプロフェッショナルだものね」
「ありがとう。さて、二人目はミアだ。『アルテマのカタコンベ』は地下のダンジョン。小柄なミアは、小さな隙間も抜けられる」
「うん!そういうの、得意!」
「戦闘能力の高さは、ルクレツィアもククルも知っているな?」
「ええ!ククルから聞いているわ。まるで、小さな悪魔のようだったと―――」
「わあああああああああああッ!!あ、悪魔じゃないです!!もっと、可愛らしい存在ですからね、ミアちゃん!!」
「小悪魔モードも、可愛いんだよ!」
ミアは悪魔あつかいされるのが好きなのか。たしかに、オレも13才ぐらいの頃、悪魔崇拝者みたいな黒いフードを被った戦士とか、カッコいいとか思っていたな……っ。
お兄ちゃんと、おそろいだな、ミア!
「……ダンジョンが地下であることを考えると、ミアの夜間視力の高さも十分に活躍するだろう。ああ、鍵開けも可能だね。そして、シンシアを拉致するさいに、説得要員になるかもしれない。この愛くるしい見た目だから、警戒感は薄まるだろう」
「そうね。ミアちゃんは、可愛いもんね!」
「うん!ルクちゃんは、クールなビューティー!」
そうだっけ?
たしかに、美女ではあるのだけれど、クールだっけ……?ちょっと違う気がするんだよな。
でも、クールなビューティーさんは大喜びしているから、ツッコミすることは出来なかった。オレ、年上の女性苦手なのかな。姉貴のせいかも。
「……三人目は、リエルだ」
「ああ!待ちわびたぞ、さあ、褒めろ!」
褒める前からドヤ顔されているから、ちょっとやりにくい。システムを悪用されている気がするな……。
「リエルは魔力が強い。『風』と『雷』の攻撃属性魔術のエキスパートだ」
「―――そうだけど、『炎』も使えるんだからな?」
「そう。『炎』も使える。『エンチャント/属性付与』の力は、ルクレツィアは知っているか?」
「見せてもらったわ。三つの属性の全てが、水準をはるかに超える能力ね!」
「弓術の腕前も最高だ。飛ぶ鳥二羽を、一発の矢で仕留めることもある」
「あら、カッコいい!」
「エルフの秘薬は、オレたちを助けてくれているぞ。致死性のケガでも、大ケガで済む可能性がある。最高の薬草医でもあるし、研究熱心で勤勉だ。おおくの戦況に対応するために、いつも努力してくれている」
「まあ、素晴らしいわよ、リエル殿!そう言えば、毒薬にも精通しているとか?……やるわね、まさに戦士の妻の鑑のような存在ね!」
「う、うむ…………っ」
あれ?
リエル殿が、ドヤ顔モードにならずに着席する。顔が赤くなっている、耳まで真っ赤になっていたな。
「どうした?チャンスだぞ?」
「チャンスとは、何のコトだ?」
「いや、ドヤ顔になる?」
「お、お前は、私をどんな女だと思っているのだ?私は、栄光をひけらかすような女などではないのだぞ……いつも、おしとやかな存在であろう?」
そうだっけ?
「でも、褒められたかったんだろ?」
「そ、それが……なんか、想像していたよりも照れるんだ」
「照れる?」
「う、うむ。改めて、私の有能さを聞かせられると、なんか、思っていたより、照れてしまうのだ……っ」
そう言いながら、リエル殿はあの長いエルフ耳を両手で押さえていたよ。
「こ、これでいい!褒められすぎると、私の繊細な乙女の心が、羞恥に耐えられなくなるのだ!!さあ、作戦会議を進めるんだ!!」
「……いや。聞こえなかったら意味がないから、外せ」
「え?何と言った?」
それは聞こえにくいだろうさ?……夫婦コントをやっている場合でもない。オレはリエル殿の両手を下ろして、『褒め声キャンセラー』を解除したよ。
「……べた褒めはしないから、それでいいな?」
「……それは、それで、どうなのか?……まあ、いいのだが?」
いいと言っているくせに、リエル殿は頬をふくらませておられる。
「君の有能さは皆が知っているさ」
「……う、うむ。そ、そうだな!」
「―――なんていうか、異性を見る機会のない29年間だったから、初めて理解している感情なんだけど……いちゃついている男女というのを見ていると、腹が立つのね?」
ルクレツィア殿が目を細めたまま、そんなことを呟いていた。言うべきツッコミが見つかったのだが……どうしても、言えなかった。それが『嫉妬』という感情なのだと語ると、睨まれる気がするんだ。
「まあ、一般的な感情だよ」
「そうなのね」
「リエルは多彩だ、魔術の専門家だし、薬草医としての知識がある。モンスターからの毒や酸の傷にも対処してくれる。弓矢は、地上での戦では強力な武器になるな。『黒羊の旅団』の傭兵どもを殲滅するタイミングは決めていないが……彼女がいれば、敵の逃亡を完全に防ぐだろう」
『狩人』としてのスキルもあるからな。敵の足跡を追跡させれば、猟犬をはるかに超える有能な追跡者にもなれるのさ。
「……なるほどね。ソルジェ殿、リエル殿、ミアちゃん……この三人がいれば、小規模の敵戦力を仕留めることは、容易いというわけね?ソルジェ殿には、竜もいるわけだし」
「ああ。ゼファーは、基本的にオットー班をカバーするが……傭兵の殲滅時には、こちらを手伝ってもらうかもしれない」
「そうね、情報の少ない場所だもの。柔軟な戦略が要求されるのね」
「そういうことだ。そして……これは、ルクレツィア、君への要望なのだが」
「何かしら?」
「ククルを、このチームに貸してくれないか?」
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