第四話 『青の野心家と、紅き救い手と……』 その35
「え?ソルジェ兄さん、私ですか?」
ククルが意外そうな顔をして、こちらを見つめていたよ。
「ああ。お前の力を借りたいんだ、ククル」
「で、でも。私たち『アルテマの使徒/ホムンクルス』は、『ベルカ』の『地下』には入れませんよ?……『ベルカ・コルン』の『情報』が私に入れば、私は、『アルテマ』の尖兵になるかもしれないんです……」
「うん。だから、ダンジョンに入れとは言わない。十分に安全な距離に、『拠点』を設けたい。そこで、連絡要員と後方支援をして欲しい」
「連絡要員……つまり。ククリとの、『交信』を使うんですね?」
「そうだ。お前がオレたちと行動を共にしてくれたなら、『アルテマのカタコンベ』と、『フラガの湿地』の間の情報をやり取り出来る……オレが地下に潜っているとき、異変を察知したら……ククリに伝えて、ゼファーに援護を要求出来るだろ?」
「……ソルジェ兄さんたちが、ダンジョンに潜ったあと、『地上』に異変が起きる可能性があるんですか?」
さすがに察しがいい。『コルン』たちも、戦士としての千年の『知識』を継承している存在。戦略を嗅ぎ取る感覚にも優れている……こちらの懸念に勘づいたか。
「……ああ。オレは、正直、敵の『増援』を気にしている」
「ソルジェ殿は、『黒羊の旅団』の本隊が来ると考えているの?……連中の総数は2000なのよね?」
さすがに長老殿が反応してくるな。ルクレツィアは、『メルカ』を防衛する義務を帯びた『リーダー/メルカ・クイン』だからな。
「……さすがに全員で来やしない。ヤツらは他の仕事をしている。仕事を放棄することはないさ」
「そう。でも、増援が現れる可能性はあるのよね?ククルを借りたがるのだから」
「そうだ。本隊に連絡を入れる可能性は否定できない。何せ、連中は消耗している上に、戦力を分けたんだ……君たち『アルテマの使徒』という想定外の敵もいるしね」
「『想定外の敵』ねえ。あちらから仕掛けて来ておいて、その言いぐさはヒドいわ!」
「まったくだが。戦力が減れば、補充することもあるさ」
「来るとすれば、どれぐらいなのかしら?」
「多くても200……少なくとも100だ」
大陸の傭兵は、100人単位で動く連中が多い。『黒羊の旅団』も、その例外には漏れないのさ。何故、100人かと言うと、大昔からの伝統に由来している。
『戦術論』という古典を書いた、ロー・ジュールという将軍がいた。彼が名将だったという歴史的な事実はない。なにせ、ジュール将軍の故国は滅び去ったからな。
だが、彼の『戦術論』は名著だ。学者としては有能だったのさ。数々の戦を分析し、その敗因を見つけることに長けていた。そんな彼の名著が100人という数での管理を推奨した。
戦場という混沌とした状況のなかで、指揮官が完璧に把握することの可能な人数は、せいぜい10人だと彼は主張している。
100という数字になるのは、10人では少なすぎるからだ。だから、一つ上の桁を選んだだけさ。10人の兵士を操る有能な兵士を管理職にして、その管理職10人を操る指揮官が1人いる。それが、100人という単位の構成だ。
大陸の戦士は、その単位を有効だと見なし、軍隊の運用を学んできている。だから、その数で動くための戦術が、大陸のどこの軍事組織にも根付いているんだよ。
『黒羊の旅団』が援軍として呼ぶとすれば、100か、200か、300だが……多いほどに分け前が減る。そのことを考えれば、100人で来る可能性が高い。『ヤツ』は『メルカ』の戦力を把握しているようだしな……。
「……だから。ソルジェ兄さんたちが背後から襲われないように、私が警戒にあたるんですね?」
ククルが意志を強めた、真っ直ぐな瞳でオレを見てくれる。こういう素直でマジメなトコロが、ククル・ストレガなのだろう。情熱を前面に出して、人懐っこいククリとは異なるクールさがある。
「そうだ。ゼファーと……いや、状況次第だが、カミラとオットーと、ククリも駆けつけてくれたなら、100人程度の増援なら蹴散らせるからな……」
「100人を、そ、それだけの数でですか?」
「ククル。『空を飛ぶ』というアドバンテージは、それほどに圧倒的だぞ。上空から射る矢は、すさまじい。避けようがない」
「たしかに、城塞の上から、地を這う獣を射抜くのは、とても簡単ですもんね。一方的な殺戮になる……」
「それに、夜が来れば、ますます無敵だぞ。こっちは闇に隠れるし、そもそも空に浮かぶ敵には、誰しもが不慣れだからな。弓を使える、お前たち双子がゼファーに乗ってくれていれば、100人の傭兵を殲滅するのは軽い」
「な、なるほど……っ」
「安心しろ、ククル。私にも、ゼファーの背で弓を使えた。私よりも弓の上手なククルなら、もっと活躍が出来るさ」
「そ、そうね。私の方が、ククリより、弓は上手だものね。剣は、ククリに負けちゃうけれど……」
当たり前だが、戦士の『記憶』を継いだ『コルン』たちの中にも、それぞれに得手不得手があるようだな。
「ククリ、『メルカ・コルン』は、剣と弓と槍、そして、『炎』と『風』の攻撃術と、『雷』の補助魔術を使うと言ったな」
「うん!私は、その中でも『剣』と、『炎』が得意!」
「私は、『弓』と『風』が得意なんです」
「そうか。それに、ククルは『左利き』なんだな」
「え?」
「……違うのか?」
「いいえ!そ、そうなんですけど……どうして分かったんですか?」
武術家を舐めてはいけない。
「筋肉の付き方と、体の動きだな」
「み、見てて分かったんですか?」
「ああ。お前たちの動きは、かなり似ているが、真逆だからな。ある意味、その差が分かりやすいのさ」
「スゴいです、ソルジェ兄さん!」
ククルはオレの武術家としての洞察力を褒めてくれている。『メルカ』では、あまり『利き腕当て』をすることが無いのかもしれないな。ちょっと教えて起きたいかもしれない。
「お前たちにも絶対に出来る技巧さ。相手の体の全身を見ろ。基本的に、利き腕の方が大きいし、利き腕の方が、わずかに高く上がっているもんだよ。とくに、肩の峰がな」
そう言うと、双子たちが立ち上がり、お互いを見つめ合う。鏡合わせのように並んだ二人は、相手の肩のラインを見つめている。
「……あ。本当だ!ククル、左肩のが若干、高い!」
「……そうですね。ククリは右肩です」
「理屈は分かるな?お前たちは、錬金術士の知識がある。解剖学的な知識があれば、その理屈が分かるはずだぞ」
「……え、えーと」
「解剖学的な知識ですか……」
双子たちが思索の時間に入る。オレは妹分たちと遊べて嬉しい。ちょっと気になって、ルクレツィアを見てみると、彼女は自分の両肩に指先を当てながら考え中だった。多分だが、彼女は悩んでいるんだろう。ルクレツィアは『両利き』だからな。
『クイン』としての才能なのか、それとも、ルクレツィアの持って生まれた質なのかは分からないが、彼女は両利きだ。
「……私、どっちなんだろう?」
「両利きさ。君ほどスムーズに両腕を使う人物は、珍しい」
「そうなのね。あんまり考えたことがなかったけど」
「だが、弓は右で使うし、剣は左で使うのだろう?」
「……武術家って、スゴいのね。私の筋肉の付き方から読んだのね」
「君は、オレのクイズの答えも把握済みだろ?」
「まあ、それは当然よね?」
「長老、分かるのか?」
「なんだか口惜しい。武術の腕は、私たちの方が上なのに……っ」
そうだろうな。筋肉の量そのものが、双子たちの方が上。だが、頭脳は『クイン』の方が上なのかもしれない。いや、単純に29才と十代の違いか。知恵は年を食うほど鋭くなるし、体はどんどん鈍るしな。
もちろん、この考察をオレは口に出すことはない。野生の勘が告げている。そこに触れるべきではないってな。
「若輩者ね。柔軟に考えなさい、『知識』をもっと現実にすり合わせるのよ。『肩が挙上している』……理由なんて、一つでしょ?ヒトの体の動きは、骨と筋肉で決まるのよ?」
「あ!そーだ!」
「僧帽筋……っ」
「そうよ。腕の生えている肩甲骨を、吊り上げるための筋肉ね。そこが発達している方が利き腕だし、結果として、そっちの肩が上がって見える」
「さすが長老だ!」
「長老らしいです!」
「……なんだか、あんまり楽しくならないわ。褒められているはずなのに、どうしてかしらね」
オレはルクレツィアの口から出て来た言葉に反応しないよ。
「いいか、お前たち。白兵戦闘では、敵の武装だけでなく、利き腕も感覚で掴めるようにしておけ。とくに、左利きは敵として戦うと不利だ。左利きの利点は分かるな?」
「うん!左利きは、数が少ないから―――」
「―――右利きの相手よりも、戦った経験値が少ないからですね」
「そうだ。そして、当然ながら左利きの敵は、自分の利点を知っている。右利きのフリをするヤツも、少なくないぞ」
「な、なるほど……っ」
「そういう使い方もあるんですね!」
ククリは警戒し、ククルは自分の戦術に選択肢を増やせたようだ。
「お前たちは、閉鎖された空間で育ち過ぎている。自分たちの中だけで研磨し過ぎたせいで、『敵』を理解するという分野の伸びが少ない」
「う!」
「た、たしかにそうかもしれませんっ」
「……だが。お前たちには解剖学を始め、一般的な戦士にはない『知識』が継承されている。それを上手く利用すれば、短時間でも敵の動きの意味が分かるさ。それを頼れ」
「うん!」
「わかりました!」
「……戦場で兵士は、技巧よりも力に頼りがちだ。利き腕はより強調されて高い位置になる。大規模な戦闘では、意識が散漫になることも影響するだろうな。相手の攻撃の間合いを把握し、ステップワークだけでやり過ごせるようにしておけ。意味は理解出来るな」
「大丈夫!敵の利き腕を見て―――」
「―――踏み込んでくる足さばきを読み、間合いを測るんですね」
「そうだ。お前たちは『ホムンクルス』。その生まれを好んでいないのかもしれないが、『ホムンクルス』としてのアドバンテージは存在している。それを戦場で活かしてくれ。自分と仲間を守るために、より知識を運用しろ」
「……うん!」
「……はい!」
「―――ミアちゃんのお兄さんは、いいお兄ちゃんね?」
『メルカ・クイン』さんが、うちの妹にそう訊いていた。ミアは笑顔になって頷いてくれた。
「うん!いいでしょ、ルクちゃん!」
「そうねえ、私も欲しいわ、そういうお兄ちゃん……さてと、ソルジェ殿」
「なんだ?」
「ククルを、貴方に預けるわ。条件付きでね」
「ありがとう。とても助かるよ―――さて。長いミーティングも、終わりだ。行動を開始するぞ」
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