第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その25


「いっけええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 カミラが叫びながら、その『魔槍』を『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』目掛けてブン投げる!!


 『魔槍』は世界にあまねく、あらゆる魔力を乱暴に吸い取りながら威力を高める。加速し、巨大化し、竜の呪いに導かれて―――ヒドラに刻みつけていた『ターゲッティング』に命中する!!


 ザグシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!


 肉を裂き、貫き、『闇』は獲物の腹を穿つのだ。その腹の奥深くにある『賢者の石』、ヒドラを強化している物質に対して、カミラ・ブリーズの魔術は到達する。


『ぎゃががあああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!?』


 大蛇の口から悲鳴があふれて、夜へと沈みつつある戦場に、耳心地の良い音を与えてくれる。大蛇の群れが、苦悩し取り乱す若者たちが癇癪を起こしたみたいに、無軌道に暴れていた。


 『魔槍』は、その脅威を剥き出しにしている。第五属性の本領を発揮して、ヒドラの持つ魔力を吸い取っていく。奪った魔力を利用して、その槍は炎とも雷にも見える、激しい闇の衝撃を解き放ち、ヒドラの全身を沸騰させていく……。


 破壊と再生。奪われることと再構築。ヒドラの全身の細胞で、それらが多発的に繰り返されているようだ。それが、ヒドラの血肉に、まるで沸騰しているかのように、泡立つような歪みをもたらしていた。


 あの『核』は、ヒドラの生命力を強化するための装置だったようだ。それを食い荒らされることで、ヒドラの肉体は過酷な競争に参加させられている。『核』を喪失したことによる肉体の急速な疲弊と、その疲弊を補おうとする、ヤツ自身の生命力のあがき。


 破壊と再生を繰り返し、魔力をどんどん使い切っていくのさ。


 それはヤツの体力にも細胞にも、致命的な苦しみを与えるらしいな。ヒドラの沸騰する皮膚が弾けて、全身から血が吹き上がり始める。大蛇の首どもは、怒りの鬱憤を晴らすためか、あるいは助けや慰めを求めるみたいに、お互いに絡み合い締め上げていた。


 苦しんでやがるのさ。もがきの歌と、爆ぜる血肉が上げるグツグツという音を、ヤツは夜と沼地の泥にまみれながら、そこら中を転がるようにして痛苦の葛藤を表現していた。


「ッ!!魔力を隠蔽していた結界が、消えます!!」


「……本当だ!私にも、魔力が読める!!アイツ、どんどん魔力が失われていく!!」


 再生することにも魔力を消費するだろうからな。二十年の冬眠生活のあげくに、この負担は確かに効果的だったようだ。魔力を強化してくれていた『核』を失い、魔力を吸われる傷に、魔力を消費する再生だ。


 ヒドラの不死性を壊しにかかっている。ヤツはその巨体で、緑色の鬼火が浮かぶ沼血を転がった。不潔な泥にまみれながら、それぞれの大蛇の首がのたうち回る。


 細い首が『魔槍』を抜こうと、胴体を貫く、その紫色の凶器に噛みついたが、噛みついたその口からも、生命力を吸い上げられて、肉が焼かれるように沸騰していた。暴れてももがいても、竜の呪いで固定された、『吸血鬼』の牙は抜けないさ。


 『吸血鬼』の牙から抜け出す術は一つだけ。


 『吸血鬼』本体を打撃することさ。しかし、カミラ・ブリーズは竜の背にいて、地上で破滅の苦しみに悶える『イモータル・ヒドラ』からは遠く離れていた。


「えへへ!なんだか、仕事出来た感じっす!!」


「最高の仕事だ。さすがはオレのカミラだな」


「はい!!ソルジェさまの、カミラです!!このまま、ヤツの魔力を奪います!!」


「ああ。魔力を枯渇させろ。そうすれば、ヤツは……滅びる」


 魔眼で、その徴候を確認できた。ヒドラはもう壊れてしまっている。こうなれば、不死と称えられるほどの生命力が災いしているな。普通のモンスターであれば、もうすでに暴れるほどの力も出せぬまま、死の安らぎに包まれている頃だろうに―――。


 痛みに狂った大蛇どもは、沼地に顔を突っ込んだ。生臭い腐臭が、強まる。泥沼のなかに沈む、古い死体を探しているのかもしれん。それを喰らうことで、全身に感じる枯渇と飢えに対応しようとしているのかもな。


 鬼火が浮くのだ、ヒトだか家畜だかの古びた屍肉が、この沼にはまだまだ多く沈んでいるだろうが……それを喰らったところで、消化するための器官は焼けちまっているんだぜ。


 喰うことも叶わないさ。


 その事実を知っているのか知らぬままなのか。『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』は不潔な沼地の泥水ごと、屍肉を口から呑み込んでいく。だが、そんなことでは、この破滅の定めから逃れることなど出来やしない。


 ヤツは、泥水と屍肉を口から逆流させた。己の血潮もそれに混ぜながら。焼け落ちるように崩れてしまった胃袋が、その不潔すぎ捕食を許してもくれないようだった。ヒドラは吐きながら、その全身を力なく弛緩させた。


 嘔吐がもたらす、一瞬の解放感にひたっているのかもしれない。体が軽くなる感覚があるだろうからな。だが、そのまやかしの休息は代償を伴うぞ。


 戦場で肉体を無意味に脱力させ過ぎてしまった。今のお前は、攻撃を躱すための緊急回避も出来やしない。そして、弛緩した肉体は、どこまでも深く、攻撃を通してしまうものだ。


 『イモータル・ヒドラ』は、今このとき、まったくの無防備だった。


『ちゃんすだよ、『どーじぇ』ッ!!』


「ああ!!歌え、ゼファーあああああああああああああああああああああああッッ!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHッッ!!』


 レクイエムのような慈愛の調べなどありはしないが、死へと導く力はある。竜の歌は激しく、強く、煉獄の灼熱をぶっ放す!!


 劫火の津波が沼地ごとヒドラの肉を焼き払うのさ!!弛緩して、伸びきっていたヒドラの体は全く、この攻撃を避けることが出来ずに、ただただ炎を浴びるだけだった。


 内側からの魔力不足による崩壊と、それに抗う再生。


 不毛に思えるその死と生命の競争に、肉体の焼却という課題が加算される。『無数の首持つ不滅のくちなわ』は、もはや力なく、ゆっくりと首を持ち上げることしか出来ない。


 炎に燃える肉体は、再生の仕組みを破綻させていく……。


「……魔力の構造が、破綻します。細胞が……朽ちます」


 オットー・ノーランの分析は的確だったよ。空に伸びたヤツの首から、ボロボロと肉が崩れていく。焼け落ちるにしては早い。魔力をあまりにも失いすぎたからだろうか?


 詳細な理屈はわからないが、あの無限大の生命力はない。首を失っても、また無数の首を復活させるような、底なしの生存本能は消滅しているのだ。


 あとは、火葬になるだけ。


 この腐臭が漂う沼地には、多くの屍肉が眠っている。『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』どもが長年にわたって、貯蓄してきた家畜の肉さ。それからは油とリンが融け出ている。腐敗が発せさせてしまったガスもある。


 それらは燃えるのさ、沼地の鬼火の燃料に、竜の炎は燃え移る。ヒドラはまだ死んではいなかったが……死ぬより先に火葬は始まっていたよ。


「……このまま、焼け死ぬな」


 結論を語った。


 信心深いオークどもが『後追い自殺』などしてくれなければいいのだがな。無いとも言い切れないのだ。彼らは……殉教をも尊く思える、狂信者であるから。


 ともかく。


 オレたちは、この『イモータル・ヒドラ』という強敵に対して、勝利を得たということだけは事実であり……『策』のための強大な障害物を排除した。


 それに。


 『賢者の石』……それを、処分することが出来たではないか。ヒドラと共に燃えて、この沼地に沈むのであれば……誰にも回収されないだろう。


 帝国軍との強いつながりを持つ『青の派閥』の錬金術師どもに、『人体錬金術の秘宝/賢者の石』が渡ることがなくなったと考えれば……悪くない結末―――ッ!?


「何か、動いているっすよ!?」


「……まさか、『彼女』は、生きているのですか!?」


 オットーの言葉が、オレの思考にヒントをくれた。だから、オレはあのとき見えたヒトの形が『何』だったのか……よく分かったよ。


 ククリには、見せない方が良いのではないだろうか―――『ホムンクルス』であるククリには、こんな現実を見せてやりたくはない。


 ククリの目を覆い隠してやりたかったが、すでに手遅れだったよ。ククリは、それを見てしまっていた。『イモータル・ヒドラ』の腹を突き破り……『彼女』は三百年ぶりに外に出て来たようだ。


 全身を火傷に覆われた、その女。


 原形など、とっくの昔に失われた姿だ。焼けていく肉と骨しかありはしないが、それでも、その『ホムンクルス』は動くのだ。


「……『ベルカ・コルン』!!」


 ククリ・ストレガがその言葉を口にしていた。


 そうさ。


 『ベルカ・コルン』。それが、『賢者の石』そのものだ。錬金術師ではないので、目の前で起きている現実を、詳細には分析することなんて出来ない。理解を超えてはいる光景だ。


 だが、それでも直感する。


 『人体錬金術』の素材として、『ベルカ・クイン』は『ベルカ・コルン』をヒドラの腹に埋め込んだのだ。そうすることで、ヒドラを最強の兵器として運用するつもりで。


 それで何がどうなっているのかまでは分からない。


 だが、結果を見れば、目的ぐらいは読めるさ。


 『ベルカ・コルン』は……ヒドラの兵器化のために、消費されたのだ。


 哀れな娘が……三百年ぶりに空を見上げる。


 もう、目玉なんて無かっただろうが、求めるように、星が浮かび始めた空に、顔を上げて、全ての指が焼け落ちた手を伸ばす―――だが、その動作の衝撃で、魔力を失い、炭化しつつあった体は、ボロボロと崩れていった。


 あとには何も残らなかった。


 『ホムンクルス』の少女が、最後まで求めたものは自由だったのだろうか。それとも美しい星を掴みたかっただけか。わからないな。もう、何も残っていない。


 残っているのは、悲しみだけ。


 そして、同じ『コルン』として生を受けた、ククリ・ストレガの叫びだけだった。


「な、なんてことを……っ。なんてことをしたんだ、『ベルカ・クイン』ッッ!!!こんなことが、許されて、なるものかッッ!!!」

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