第三話 『賢者の石は、『ホムンクルス』の血肉に融けて』 その23
『ぶぎゃががごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
『醜い豚顔の大悪鬼/ダーク・オーク』どもが、一斉に遠鳴きを合唱させる。言葉は分からんが、魔術で爆撃されてしまったヒドラのことを心配しているのだろうさ。
あるいは、ヒドラを攻撃したオレたちへの怒りの歌なのか……豚顔どもが、ちょっとした火事になりつつある林の奥から、ウジャウジャと飛び出して来やがる。
「兄さん、弓を持ったヤツもいる!」
「ああ。ゼファー、西に向かうぞ。オークどもは沼のぬかるみを突破することは出来ん。西に向かえば、足止め出来る」
『らじゃー!!』
ゼファーは右に体を傾けながら、空に尻尾をなびかせて右旋回する。そして、西に向かって飛んで行く。オークの弓兵どもと戦うつもりはないのだ。
「……ソルジェさま。オーク、死んじゃいました?」
「まさか。あの程度では死なないさ」
「でも……魔力が、どんどん下がって……っ?」
「ん……?」
そうだな。たしかに、背後に感じるヒドラの魔力が下がっている……?
「え!あの一発で、き、決めちゃった!?私たち、スゴいよ、ゼファー!!」
……かなりの高威力だった。それは確かだが、ヒドラはあれぐらいではしなないさ。しかもヤツの『得意技』を知った後では、戦場のベテランは騙せないぞ。
「……死んだフリか」
「あ……そ、そうか……っ。アイツ、魔力を下げて、死んだフリが出来るんだ!?」
ククリが身を倒しながら、背後を向いた。彼女の体が、ビクリと動いた。恐怖が鍛え上げられてはいるが、まだ未熟さを残す体を揺らしたようだ。
「……目、目が……っ」
「目?」
震える言葉に興味を誘われ、オレも背後を振り返った。炎に焼かれるヒドラの胴体を見つめる。悲鳴じみた声をあげる豚顔どもが、その燃えるモンスターに足下の湿った泥を必死に投げていた。
自前の『神サマ』の消火作業にいそしんでいるようだ。それはいいが、燃えるヒドラの背中に、いくつもの黄色く輝く光があった―――目玉さ。大蛇どもの目玉だ。
『SYAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!』
ヒドラの燃える体が、歌と共に裂けた。ビリリリイイイイ!!と荒々しげな音が響き、炎に焼かれていたヤツの巨体は真っ二つになっちまう。
「裂けたっす!?」
「いいえ、アレは、『脱皮』です!!」
そうさ、さすがはオットーだよ。敵の動きを正しく見抜く。ああ、ヒドラは脱皮した。火球に爆撃された後、ヤツはその身のダメージを克服するために、『再生』させることを選んだようだ。
胴体の奥で、新たな首を創り上げていたのさ。いいや、首だけでなく、新たな体の全てをだ!!
古い体を脱出し、無数の首をもつ新鮮な肉体が、腐臭の沼地を走ってくる。ヤツの胴体は滑るように沼地を進む。平たい脚ヒレと、その長い胴体をうねらすことで速度を得ているのだろうか。
さすがは蛇たちの王だ。沼地のぬかるみを、こちらの想像以上に俊敏な動きで駆け抜ける……鈍重なダーク・オークの『歩兵』どもでは、あの『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』には追いつけない。
「き、気持ち悪いっすよう!!」
「ああ、激しく同意だ」
「……団長、ヤツらの中にある、赤い首に、『炎』の魔力が集まっています」
「魔術を使うか!!」
うねりながら沼地を激走する『イモータル・ヒドラ』、それらを構成する無数の首の一つがこちらに向かって槍のように伸びた。その巨大な口は大きく広がり、深いノドの奥から火球を吐いて来やがった。
舌打ちしながら、ブーツの内側でゼファーのウロコを叩いた。右に沈めの合図だ。漆黒の翼が躍動し、ゼファーの飛行ルートが変更される。左上を、ヒドラの放った火球が飛び抜けていった。
なかなかの火力だ。交差したその一瞬に、風が焦げるにおいと、顔に強い熱を感じ取れたよ。
もしも当たれば、そのダメージは甚大なものとなるだろうな。ヤツは、強いモンスターだ。オークどもの連携を受けたまま戦えれば、『黒羊の旅団』さえも容易く呑み込んだはずさ。
『軍隊』と戦うことを想定して創られたモンスターかもしれないな。『ベルカ・クイン』に、東から来る敵を迎え撃てという呪術でも刻みつけられているのだろうか、ここのオーク共々に……。
無私の忠誠で突撃してくれる、オーク兵どもの援護があれば、あのバケモノの襲撃を止める術はかなり少ない。矢の雨のサポートがあるだけでも、相当な威力をもたらすだろう。騎馬隊でさえも、瞬殺してしまうかもしれない。
ヤツを『黒羊の旅団』と戦わせることが出来たら、それは素晴らしいことになりそうだが。放置しておけば、連中をここにおびき寄せるより先に、オークどもを食い尽くしてしまうかもしれない。
オークはともかく、ヒドラは厄介なモンスターだ。しかも、この沼地で戦うのは困難極まりない。どれだけの被害が出るか分からん……。
生かしておけば、『黒羊の旅団』は、この土地での戦いを避けたかもしれん。オークと戦ってくれないのであれば、意味がない。やはり、ムシは出来ん。オレたちで殺すほかない相手だな!!いいさ、それはそれで楽しい!!
「……ゼファー、これだけオークどもと離れれば十分だ」
『にげるのは、おしまい?』
「ああ!!ワクワクするだろ!!あの蛇、今から、ぶっ殺すぞッ!!」
『うん!!』
竜は闘争の喜びを、翼で空を打ちつけることで表現する。ゼファーが宙返りしながら身を捻った。ククリが、うひゃあ!?という悲鳴を上げるが、ゼファーから落ちたりしないように頭を押さえてやったから大丈夫さ。
捻りながら回転した視界の果てに……『イモータル・ヒドラ』を見つける。『フラガの湿地』の豚顔どもに崇拝されて来た蛇神は、ゼファーの姿を見ても一切の怯みを持たない。
『SYAGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!』
原始的な闘争本能のままに、無数の大蛇の首が、オレたちに向かって伸びてくる。視界を埋め尽くすように、うごめく大蛇の首と、黄色く輝く獣の目玉の群れを見た―――。
ああ、楽しいな、ゼファーよッ!!
これだけのサイズを持つ敵と戦うのは、やはり格別な喜びがあるッ!!
「『ロール/回転回避』しろッ!!」
『りょうかい!!』
蛇どもの牙に噛みつかれそうになる直前、ゼファーが右の翼をたたみながら、左の翼に風を掴む。
「うひゃああああああ!?」
ククリの悲鳴を回転の軌跡に残して、ゼファーは空中で『側転』したよ。華麗で俊敏なその機動に、『無数の首持つ不滅のくちなわ/イモータル・ヒドラ』どもの大蛇の牙は、竜の影にしか噛みつけなかった。
『ぎぎいいいッッ!!』
蛇どもが口惜しげに鳴く。回転するゼファーは、その口中に灼熱を蓄えている。再び『火球』を放つ!!オレの『ターゲッティング』も、ヤツらの首の一本を狙っていたよ。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!
灼熱と爆風が、ヒドラの首を二つほど吹き飛ばしていた。その爆風の余波を浴びながら、ゼファーは空中でくるりくるりと『側転』をつづけた。爆風に逆らわぬことで、次の動作をスムーズにするためさ。
回転は唐突に終わる。沼地を舞う風を読んだオレが、ブーツの内側でゼファーに合図を伝えたからだ。ウロコを叩かれたゼファーは、翼を力強く広げる。強烈な制動の衝撃が、オレたちを襲うが、カミラはオレに捕まっているし、オットーは問題ない。
我が妹分、ククリ・ストレガの体はオレの右腕が抱きしめているから飛ばされなかったよ。
「め、めが、くるくるまわるう!?」
慣れない空の戦いで、ククリは少し参っているようだ。でも、残念だが戦場では泣き言を聞いてやるヒマはない。ククリの耳元で命令する。
「戦闘に集中しろ。ゼファーが回り始めても、敵だけを見ているんだ。視界に捉えられないときも、頭の中で、ヤツがどこにいるのか予測し続けろ。そうすれば、お前の頭なら、ゼファーの機動の意味が理解出来る。意味が分かれば、目が回りにくくなる!」
「う、うん!!がんばる!!」
「そうだ。お前はジュナの後を継いだ、『メルカ』の『プリモ・コルン』だろ!!」
「ああ!!そうだ!!」
若き戦士に集中力と誇りが戻る。ククリはヒドラの『小さな魔力』を感知して、また首を失ったヒドラをにらんだ。
「兄さん!!あいつ、再生を始めてる!!吹き飛ばされた首が、途中から、伸びて来ている!!」
「……ヒドラの首ってのは、そういうものさ」
厄介なことに、ほとんど不滅の生命力がある。かつてヒドラと戦ったときは、あの首をオレたちは何十本斬り裂いたか?魔術で、焼き、砕き、鋼で切り裂き、潰して貫いた。
そうでもして、ようやく殺せるのがヒドラってモンスターだよ。ヤツらの最大の強みは、ほとんど無限の再生能力だ。
「オットー!!ヤツを観察してくれ!!ヤツの魔力の『低さ』は、オレたちが知るヒドラとは余りにも異なる!!」
「そ、そうっすね!!ヒドラは、もっとパワフルな魔力を放っていた気がするっす!!」
強烈な生命力を帯びた、暑苦しいまでに濃密な魔力の波動。それがヒドラの生命力の元だ。だが、コイツは……その魔力が『弱すぎる』。
それでいて、再生能力は同等かそれ以上、あげく『炎』の魔力を使って、『火球』まで撃って来やがったんだぞ?……弱いわけがない。あくまで、オレたちが感じられる魔力が弱いだけ。
「……遮蔽しているんじゃないか?アイツのウロコだか皮膚に、魔力を外に漏らさない仕組みがあるかもしれん!!」
そういう『魔力を隠す能力』があるからこそ、オレたちはヤツらの生存を見過ごしたのかもしれない。
限界まで魔力を低くして死に近づきながら、さらに、ヤツへ『ベルカ・クイン』が与えた『魔力を隠す能力』が重なることで、死を完璧に偽装出来たのではないか。
そして。
その能力は、『冬眠』専門じゃないようだ。現に、それは戦闘中の今でも発揮されているのだから―――何故か?気配を隠すため?まあ、それも有るだろう。
闇に紛れながら、こちらに飛びかかって来るヤツの首は、魔力の少なさから察知しにくさがあるのは事実。しかし、本当にそれだけのために、するのかね?
「……魔力をひた隠しにする。しなくては、戦闘に際して、不利な事情でもあるのかもしれない!!」
「え?た、たとえば、どんな?」
「魔力を強め過ぎたんだ。魔力が集まる呪術の『核』……あるいは、『心臓』なんてものが弱点で、そいつを察知しやすいんじゃないか」
弱点だからこそ、隠す。見つかる前までや『冬眠中』ならまだしも、戦闘中にその機能を使ったところで、効果は薄い。こんなデカいモンスターが隠れることなんて出来るものか。
「……魔力を強める、呪術の『核』……まるで、『それ』って……ぅぐッ!?」
飛びかかって来た首たちを躱すために、ゼファーが再びロールする。回転する世界の中で、ククリはゼファーにしがみつきながらも、ヒドラの首をにらもうとしていた。
優秀な戦士だ。いい適応力だが、そこには才能ではなく経験値を感じる。『ホムンクルス』として代々で継承してきた知識のおかげだ。それが、ククリに冷静な状況判断能力を授けているのさ。
回転が終わり、オレは魔術が作った『雷』で『イモータル・ヒドラ』を打撃し、ククリは毒矢をヤツの体に撃ち込んだ。
「……いい動きだぞ」
「うん!!コツが、掴めて来たんだ!!」
「……それで、ククリ、お前は何に気づいた?」
「……モンスターを強化する『核』……『それ』って、『人体錬金術』の秘宝……『賢者の石』みたいだよ!!」
「……ッ!?『ベルカ・クイン』は、『賢者の石』とやらを完成させていた?」
「わ、わかんないよ。でも、あの蛇には、それが埋め込まれているのかも!!だから、フツーじゃないのかもって、感じたんだ!!」
『メルカ・コルン』の……『ホムンクルス』の『直感』?そいつは、『魔女の叡智』の一種から来るものなのだろうか……?だとすれば、本当にあるのかもしれんな、『賢者の石』とやらが!!
錬金術の秘宝。ワクワクしちまうじゃないか!!
「―――団長!!見切りました!!」
頼れる魔法の目玉と知識の持ち主、オットー・ノーランが吉報をくれる。
「ダメージを与えたとき、ヤツの魔力の流れが、瞬間的に肥大化しています!!隠しきれなくなる!!その瞬間、ヤツの胴体の奥に……『何か』が、なんというか……その……あります!!」
オットーにしては、歯切れが悪かった。不明確なことは断言しない男なのに。迷いながらも、断言した。ふむ……気になるが、まずはヒドラが優先だ!!
「そいつは、ヤツの『弱点』か、オットー!!」
「はい!!『人体錬金術』の『核』でしょう。ヒドラを強化している呪術の中心!!ある意味では『賢者の石』。『それ』を打撃出来れば、ヤツの弱体化も、可能なはずです!!」
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