第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その21
「―――錬金術師アルテマは最初の国を滅ぼすと、その国の若い娘たちを捕らえたわ」
「アルテマは女なのに?」
「セックスを楽しむだけが女の価値じゃないわよ」
「知っているよ。だが……戦場で若い娘を捕らえるということは、一般的にはそういう目的が多い」
「そうね。アルテマも彼女たちを、『道具』として見ていたのよ」
「暴虐な為政者にありがちな認識だな。それで、アルテマは娘たちをどうしたという?」
「私たちの『母親』にしたのよ」
「……『ホムンクルス/自分の分身』の『母親』?……『ホムンクルス』ってのは、錬金釜で煮込んで造るんじゃないのか?」
「そういうタイプもいるけれど、私たちは特別製なのよ。ていうか、錬金釜で煮込んで造ってると思ったの?この私を?心外だわ」
「……オレの不理解で傷つけてしまったのなら謝るよ、我が友、美しく聡明なルクレツィア殿」
「いいわ、ゆるしてあげる、ソルジェ殿。でも、二度と、私たちが錬金釜から這い上がったドロドロの不細工どもと同じだとは思わないでね!」
「そこまでヒドい想像はしていないよ」
なんだか、『ホムンクルス』に錬金釜どうこうはタブーらしいな。まあ、女性に対して窯で煮込まれて生まれましたか?って質問は失礼すぎる。というか、男に対してもそうだな……反省しよう。
「……それで、ミス・ルクレツィア。その娘たちに、『星の魔女アルテマ』は『何』をしたのですか?」
オットーが無礼者であるオレに代わって、ルクレツィアに質問してくれたよ。オットーの表情は、いまだに険しいな。オレも……集中して、このハナシを聞くべきだろう。
『青の派閥/錬金術師の集団』どもが、『地下』で何かをしている。『星の魔女アルテマ』と無関係ではない可能性もある……彼女が『遺した』のは、己の分身だけではないだろうさ―――。
「―――錬金術師アルテマは、捕らえた娘たちに、自分の卵巣から取り出して、特別に加工した卵子を植え込んだのよ。娘たちの子宮に、自分の分身の卵を妊娠させたのよ」
「……女が女に女を孕ませたか」
「そうなるわ。男の因子が入らないことで、アルテマはより高い自分自身を『再現』しようとしたのでしょうね」
「何ともさみしい子作りだな。アルテマは男が嫌いだったのか?」
「そうじゃなくて、自分を『保存』したかった。言ったでしょ?錬金術師の最大の目的の一つに、『不老不死』があるって」
「……じゃあ。つまり、『自分』を女に出産させることで、『自分』を永遠に生かすという発想になった?……『自分』を代替わりさせることで」
「そうよ!……発想としては、最高じゃない。ああ、もちろん、倫理的には問題が多い。母体の意志に反した妊娠だったでしょうしね?」
「だろうな。自分の故郷を滅ぼした魔女の分身を産むか……悪夢のような経験だろう」
「ええ。きっと、そうだったでしょうね。でも、そうして……」
「君たちが産まれたんだな、ルクレツィア?……『アルテマの使徒/アルテマの分身』たちが」
「……そうよ。まるでフツーの出産のように、私たちの『最初の先輩たち』は、囚われの娘たちの腹から産まれたわ」
錬金術師の発想とは、かなり歪んでいるものだな。『不老不死』を目的として、自分の模造品を女に産ませる……?アルテマという女は、己で出産した『娘』に、命の連鎖の尊さを感じようとはしなかったのだろうか?
……誰しも死にたくないと願うことはあるだろうが、不死の実践の機会を得ることは皆無だ。もしも、多くの者に、アルテマの知識と力があり、彼女と同様に己を模造した存在を女に産ませることが出来るとしたら―――実践する者は、それほどいるのだろうか?
分からない。
オレは、『自分が増える』という行為そのものに、得体の知れぬ拒絶を覚えるのだがな。アルテマには、オレと同じ感情は発生しなかったのだろうか……。
「……私たち『アルテマの使徒』は、『量産』された。アルテマは、二つの形式をクリエイトしたの。一つは『クイン』……自分により近く、知性と魔力を使う指揮官タイプね」
「もう一つが『コルン』か。戦闘型……兵士タイプ」
「『クイン』がアルテマの言葉を、『コルン』に伝達するのよ……肉体的な能力を強化されている『コルン』たちは、モンスターたちと連携して戦うの」
「想像していた通りではある。戦術的には、それがベストだろうな」
「強かったわ。負けなかった。そのときは、1200の『コルン』と、12の『クイン』が『オリジナル』を支えていたから」
「有能な戦士がそれだけいたのか、どうにも止められそうにないな」
「ええ。アルテマは無敵だった。この土地にあった王国の大半を滅ぼしながら、捕らえた娘たちに、『コルン』を出産させつづけた。戦死しても、すぐに増やせたのよね」
「すぐに?一年近くかかるだろ?」
うちの正妻エルフさんがそう言ってくれた。たしかに、そうだな。フツーはそれだけかかる。フツーはね……『アルテマの使徒』たちに、それが適応するかどうかは不明だな。
「ああ、私たちって、急げば2ヶ月で出産出来るのよ?」
「早いな!?……では、年で、6回産めるのか!?」
「ええ。『コルン』はね、捕らえた娘たちの腹でも、2ヶ月で産まれて来たわ。ただし、初期の『クイン』は、もっと時間がかかった。13ヶ月もかかる」
「ふむ。そっちは逆に長いのだな……」
「私たちは、『コルン』よりも複雑な造りをしているのよ。『叡智』を継承させる存在でもあるから、それを継承させるのに、時間がかかった」
「べ、勉強には、時間がかかる……って、ことっすね!?」
「そうよ、『吸血鬼』ちゃん。そんなイメージで正解ね。『クイン』は、よりアルテマに似ていたの。時間がかかる。だから、12人しか造らなかったのよ、アルテマは」
「それだけではないさ」
「え?」
「……警戒もしていたのだろう。侵略者の心を持つ自分と、同じ存在を創る?……リスクがあるな」
無敵の集団に思える、アルテマの軍勢。『悪魔蜂/デモン・ワスプ』と『石造りの巨兵/ストーン・ゴーレム』、そして強兵の『コルン』……自分とそっくりな『クイン』。
……そんな集団が滅ぼされた。
女神イースに?
どうだろうな。イースに滅ぼされるよりも先に……『クイン』。そいつに裏切られて滅びる可能性の方が、ずっと高いような気がするぜ。
「……鋭いわね。ソルジェ殿は……知識に乏しいけれど、悪意を暴く力に長けていそうね……」
「傭兵稼業も長年やってるからね。ヒトの悪意に関しては、鼻が利くのさ。ジュナの腹にいたトカゲには気づけなかったが……今のオレは、そのおかげで、普段以上に洞察が利くようになっていると思うぞ」
警戒心と集中、それらが間違いなく強まっている。敵意を探ろうと、必要以上にオレは過敏になっているのさ。遅れを取らぬためにな……。
「……私の言葉から、私が『ホムンクルス』だと悟れるほどに?……私の予定だと、ソルジェ殿より賢い三つ目のお兄さんに、気づかれるつもりだったのにね」
「だろうね。でも、オレでも気づける。オットーの目には無い力が、竜の目玉にはあってね。敵意を読めるんだ。アルテマという名前を口にする度に、君は……怒りを覚えている。君はアルテマのことが大嫌いなのさ」
「……スゴい洞察ね。当たりだわ。ちょっと、ズルいけど?」
「フェアじゃないのは分かっているさ。でも、宿った力だ。使わせてもらうよ」
「……そうね。私だけに存在する意志ではないと思う。『クイン』たちには、アルテマという『自分のオリジナル』に対して、コンプレックスというか、憎悪みたいな感情が備わっていたのよ」
「だから、アルテマを裏切ったのですか?」
オットーの言葉に、ルクレツィアはうなずいていた。
「……ええ。初代の『クイン』たちの一人が、己のオリジナルであるアルテマを裏切ったのよ。アルテマを呪詛にまみれた槍で串刺しにして、大地の底に封じたの」
……ん。アルテマを退治してしまったな……まあ、女神イースなどという架空の存在がやって来て、魔女退治をするとは考えていなかったが……。
「あれ?女神が倒すんじゃなかったの?」
お茶にたっぷりの花蜜を注いで、猫舌を甘味に溺れさせていたミアが、ルクレツィア・アルテマ・クライス・クインに質問してくれた。
ルクレツィアは肩をすくめる。
「ごめんね。歴史上では女神は来てくれなかったわ」
「そーなんだ。まあ、戦なんて、そーだよね。強い組織でも、身内争いで崩壊することも多いもんねえ」
戦場を知り尽くす13才は、クールの言葉を放つと、猫舌に甘味を補給するために花蜜たっぷりの紅茶を口にしていた。
ミアのクールさに感動するオレの耳が、ため息まじりの声を聞いた。オットー・ノーランだった。
「……女神はいなかったんですね」
「ええ。そんな存在はいないわ。少なくとも、私たちの土地にはね……」
「そうですか……」
オットーは女神の存在に期待していたのだろうか?イース教徒でもないのに?……まあ、神さまが魔女を倒したという物語の方が、探検隊の心を掴みそうだしな。少なくとも身内に裏切られて殺されたという殺伐とした現実よりも。
「……気を落とさないでもいいのよ、サージャーさん。この土地にはいなかっただけで、他の土地の女神の伝説が偽りではないかもしれないわ」
「ええ。すみませんね、勝手に期待して、ガッカリしてしまって……でも。宗教史に対しての『収穫』はありましたので、満足もしているのです」
「……そう?貴方はイース教徒なの?」
「いえ、違いますよ。古い存在や、歴史的なもの。あとは伝説や神話が好きなんです」
「さすがね!!男って、大昔から、変わっていないわ!!昔から、歴史オタクが多いのよね!!受け継いだ知識通りだわ!!」
伝統ある趣味らしいな、歴史オタクか。しかし、オットーは、何を見つけたんだろうな……歴史オタクとなりやすい性別に属するオレは、ちょっと気になるね―――。
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