第二話 『汝、供物の聖痕を刻まれし生け贄よ』 その20
不思議な形でヨメが増えたな。そして、そのヨメのことをすぐさま埋葬する。花に満ちた墓穴は、甘い香りに充ちていて。ジュナ・ストレガはとても美しかったよ。
彼女へと土をかけたのは、オレが最初だったさ。
それはそうだろう、なにせオレは彼女の夫だからな。
死に装束の花嫁に、スコップで冷たい土をかけていく。ジュナはこれから氷河の一部になるわけで、彼女は死んでしまった後でも永遠に故郷を守る壁の一つとなる。おそらく、かつて死んで、この氷河の下に眠る『コルン/戦士』たちと共に……。
勇敢な女戦士の墓とするには、この氷河は相応しいな。
双子の戦士たちが、彼女の埋葬に参加する。
泣きながら、それでもその口元には、わずかな笑顔を浮かべていた。ククリの方が、より多く泣いている。『筆頭戦士』は、まだ幼いのさ。
スコップで土をかける手は、どんどん増えていく。『コルン』たちが、ジュナの埋葬を手伝ってくれた。親族以外は、七回ずつ土をかけるようだったな。その決められた回数の土をスコップですくうと、『コルン』たちは交替するようだ。
幼い顔と、少女の顔と、大人の女性の顔。
みんな、ジュナにも双子たちにも、ルクレツィアにも似ていた。彼女たちが、それぞれに違う『花』を家名に持とうとする理由が、少しだけ理解できたような気がする。それは個性の表現なのだろうよ。
『ホムンクルス』たちは誰もが似ているが、それぞれにしかない物語が、ちゃんと存在している。好きなものが違うということは、大きな個性だ。自分が好きなものとは何か、それで自分を表現しようという試みは……良いことだと思えたよ。
うちの猟兵たちも土をかけていく。オレがジュナと結婚したことで、オレの家族であるリエルとカミラとミアは、ジュナの義妹になるわけだもんな。家族が増えた。なんだか、さみしいはずの葬儀に、ちょっとだけ喜びが混じるよ。
……ジュナを埋葬したあとで、オレたちはルクレツィアのアトリエに戻る。
不思議な感覚ではあるな。
死人を娶り、娶ったばかりの彼女を埋葬した。失ったような、手に入れたような……どちらに脚がついているのかも分からない、なんとも不思議な体験だ。悲しみもあるが、偉大な女戦士を娶れたという誇りと喜びも同時に存在している。
ならば、あの一瞬の結婚は、オレやジュナにとっても価値のある行いだったのだろう。
ルクレツィアのいれてくれた花蜜がたっぷりの甘い紅茶を口に含みながら、オレと猟兵たちは、しばしの休息にひたったよ―――。
「―――『ホムンクルス』と結婚してくれて、ありがとうね。一瞬の儀式だったとしても嬉しいわ。私たちは造られたニセモノの命に過ぎないかもしれないけれど、自我はあるの。願望もあるし、夢もある……そうね、異性と結婚する。そんな行為は、私たちにとっては夢物語の世界だった」
「私たちの夫が、ジュナの慰めになったというのならば、誇らしいことだ」
「そうですね。ソルジェさまは、素敵な結婚をしたと思います!」
「ウフフ。さすがは、魔王の『星』に定められた人物ね。死人と結婚するなんて!」
「伝説の魔女の跡継ぎに褒められるとは、うれしいね」
「『ホムンクルス』にはね、独特の劣等感があるの。ソルジェ殿は私たちをヒトとして見てくれているけれど、私たち自身が、私たちのことをヒトとは思えていないからね」
「特殊な生まれをしたからといって、気にすることはないだろう」
「貴方はそう言うけれど、昔からの劣等感よ。そう克服することは出来ない」
「……ふーむ?……具体的には、どんな風に特殊な生まれ方をするのだ?」
知りたがりエルフさんは知的好奇心に素直だった。オットー・ノーランでさえ、言葉に出来ないことを質問する。邪気がない質問だからだろうな、ルクレツィアは微笑みをもってリエルの言葉を受け止める。
「―――いい質問ね。エルフちゃん。私たちの特殊性を説明するためには、手っ取り早い質問よ」
「そうだろうな。特殊な生まれ方と言われるだけでは、私には分からん。私が見たことのある『ホムンクルス』は、もっと小型で、儚い存在だ。お前たちとは、あまりにも異なっているぞ」
そうだな。『ホムンクルス/人造生命』というのは、呪術で造るモンスターの一種とも言えるような存在だ。『ゴーレム/動く土塊』だとか、『ガーゴイル/動く石像』みたいなものだな。
主に、錬金術師本人の血肉を培養した、『ミニチュア/模造小人』が一般的だが……その寿命は短く、知性もほとんど存在しない。与えられた呪術に、肉が勝手に動くだけのモノが多いのさ。
そういうのを『瓶詰めの小人』として、祭りなんかの露店で売ったり、見世物小屋などの出し物にする。すぐに死ぬがな。
「―――たしかに、『ホムンクルス』と言っても、色々あるわね。私たちは、その色々の中でも、最も特殊な立場でしょうね」
「どう特殊なのだ。ルクレツィアよ、そのような言葉では、私には分からない」
「知りたいの?」
「ああ。義理の姉のことだからな。知っておきたいだろう?本人からは、教えてもらうことが出来ないのだから」
「……ジュナを、『姉』と呼んでくれるのね、ありがとう、エルフちゃん」
なんだか『ホムンクルス』たちは、ルクレツィアの言う通り劣等感に取りつかれているようだな。どこか自虐的なまでに、自己肯定が弱い気がするな。
「オレからも頼むよ。君たちのことを知りたい」
「……ええ。そうね。貴方とジュナは家族なのだから、知っておくべきことかもしれないわ。もし、私たちがどんな存在なのかを認識したとき、あの結婚を嫌悪することになったとしても―――」
「そんなことにはならないっすから、大丈夫っすよ。ソルジェさまは、『吸血鬼』も受け入れる器が大きな男のヒトです!『ホムンクルス』だからとか、そんな細かいことを気にするような方じゃありません!」
「……そうね。ソルジェ殿。聞かせてあげるわ!」
「ああ、頼むよ」
「私たちの『祖』は、イース教の伝説に謳われる『星の魔女アルテマ』よ。かつて、このバシュー山脈に堕ちて、山を吹き飛ばし、レミーナス高原を創造した『星』。その『星』を求めて、この土地に来た錬金術師たちの一人よ」
「イース教では、賢者の一人と伝わっているらしいが……まあ、賢者も錬金術師も同じような存在だな」
「ええ。賢者の職業が、錬金術師」
「……ふむ。賢く聡明な女性であったということは分かったよ。おっと、ああ見た目も最高に美しかったんだよな?君たちに似ているわけだから」
「その通りよ!人類史上屈指の才色兼備ってわけね!」
ルクレツィアが元気にそう言ってくれる。やはり、美人というのは活力にあふれている方がオレには魅力的に映るよ。
「……他の錬金術師たちとの争奪戦に勝利して、『星』を手に入れた錬金術師アルテマは大いなる魔力と、『異界』の知恵を手にしたわ」
「……『異界』……つまり、それは『ゼルアガ/侵略神』どもの世界のことか?」
「そうね。我々の世界と、つながりつつも遙か遠くに在る、別の世界……やって来るのは神さまだけじゃなかったというわけね。流れ星も来たのよ。いや……あるいは、それは『星』の形をした『ゼルアガ/侵略神』だったのかもしれない」
星の形をした『ゼルアガ』か。たしかに、そんな存在がいたとしてもおかしくはないかもな。連中は、何でも有りだ。
「『星』を手に入れたアルテマは、それを砕いて呑み込んだ。我が身と一つとしたのね。それこそ神のような魔力と知恵を手にしたアルテマは、この土地に己の『理想』を体現しようとした。その力で、この土地を支配しようとしたわけね」
「力に溺れたというわけだな」
容赦ない真実を射抜く言葉を、リエルのかわいい唇が放っていたよ。欲深な錬金術師の分身である女は、あはは!と笑い返していた。
「そうね!本当に、私の『オリジナル』とは思えないほど、欲が深い……まあ、『星』に心を呑まれていたんじゃないかしらね?」
「……それで、どーなったんすか?」
「錬金術師アルテマは、この土地にあった、多くの小国を支配していったわ。モンスターの軍団を造ることだって、彼女には可能だったもの」
「……ただでさえ『呪いの風』が多く吹き込むこの土地で、そんなことをしでかしたわけか?……モンスターの跋扈する土地が生まれてしまうのも当然だな」
「ええ。でも、アルテマが生み出したモンスターは、私たちを襲うことはないの。それどころか、我々を守るために動いてくれているわ」
「なるほど。アルテマそっくりの君たちを、『ご主人さま』と認識するのか?」
「ええ。そんなカンジね。この土地のモンスターの一部は、私たちの同類のようなものってことよ。しかも、こちらが上位の存在。『悪魔蜂/デモン・ワスプ』と、山に隠れている『石造りの巨兵/ストーン・ゴーレム』は、私たちを絶対に襲わない」
「モンスターが仲間なんだ、カッコいい!!」
ミアの心の琴線に触れたようだ。たしかにカッコいい。ストラウス家の魂が、どうにもこうにも騒いじまう。竜と共に在る我々だからな。他のモンスターを仲間に出来るという行為には、どうにも惹かれる要素があるのだ。
「……本当に変わっている人たちね?モンスターと共存するとか、気持ち悪がる要素でしょうに?」
「おいおい、竜と共存しているオレたちだぞ?」
「……愚問だったわね」
「蜂は微妙だけど……『ストーン・ゴーレム』を仲間にするのは、ワクワク度が高し!」
「まったくだな、ミア!……なあ、方法があるのなら、教えてくれないか?竜とは、一対一で戦い、勝利すればいいんだが」
「そんな野蛮なことして、よく生きていたわね」
「知性に劣る蛮族さんは、体が丈夫でね。それで、あるのか?ゴーレムを仲間にする方法?」
「残念だけど、そんなパワフルな手段じゃないの。私たちの血肉が構成している魔力の形状。それを、『ストーン・ゴーレム』と『デモン・ワスプ』は『アルテマ/ご主人さま』だと認識するように造られているのよ」
「つまり、我々では『ストーン・ゴーレム』を仲間に出来ないんだな……?」
「出来ないわね。そもそも、私たちだって、完璧に操れているわけじゃないわ。私たちを見かけて、私たちを攻撃しようとする存在があれば、戦ってくれるだけね。彼らにも、彼らの暮らしがあるのよ」
「……残念だ。最強の『壁』を『パンジャール猟兵団』に組み込めると思ったんだが」
アルテマはそれなりに戦上手だと感じた。高速で動く『悪魔蜂』、無敵の守備力と巨重を持つ動く『壁』である『石造りの巨兵』。そして、死んだ仲間とも情報のやり取りが可能な、自分自身の分身たちか。
スピードの蜂、パワーの巨兵、柔軟な思考と連携で戦う己の分身たち。この組み合わせは、ほとんど無敵の戦略性を持つんじゃないか?
矢の効かない巨兵を先頭に立たせ、敵に近づいた瞬間、悪魔蜂の群れが高速で敵に襲いかかる。混乱する敵に、完璧な連携を持つ分身兵士たちが各個撃破で蹴散らしていく。
人類は人類との戦争しか磨いていない。モンスターの軍団と、高度な身体能力と魔力を有する兵士が連携しての攻撃。そんなものに対応出来る国家など、おそらく存在しないだろう。
……数さえ確保出来るのであれば、世界だって制することが出来そうな組み合わせだ―――。
「まったく?死んだ『ホムンクルス』をヨメに向かえた次は、『ストーン・ゴーレム』を仲間にしようだなんて……ホントに面白いヒトね、ソルジェ殿は?」
「力については、何でも欲しいのさ。オレたちは、ファリス帝国という事実上の大陸の支配者に、ケンカを売っている身分だからね」
「『外』も大変みたいね」
「それで、ミス・ルクレツィア。モンスターを率いて国々を支配下に収めたアルテマは、何を企んだのです?……彼女は、己の『理想』を体現しようとしていたのですよね?」
探求者オットー・ノーランにとっても、古代史の謎が解明される瞬間は待ち遠しいのだろうか?……いいや、そのときのオットーは険しい表情をしていた。
アルテマの『理想』……それに対して、オットーは『脅威』を感じているのかもしれない。モンスターを創造し、幾つもの国家を滅ぼす女。ふん、そんな危険人物の『理想』か。たしかに、笑えない側面を持っていそうだよ。
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