第一話 『星の降る山』 その10


 『バガボンド』のことはイーライに任せることに決めて、オレたちは港にいるゼファーと合流したよ。見送りにはレイチェルと、ようやく目を覚ましたジーンが来てくれていた。


「レイチェル、ジーン、それでは行ってくる」


「ええ。リングマスター、アリューバはお任せ下さい。『人魚』と海賊で、どうにか守りますわ」


「海賊船の復活も進んでいるよ。それに、かっぱらってきた帝国の軍船もある。商船を改造したものもね……数はそれなりにまかなえている」


「手持ちの戦力で、海賊船を直すための時間稼ぎは出来そうか?」


「もちろん。イドリー造船所を破壊出来たことは、かなり大きい。敵はあちらの守りにも船を割くようになるだろう。イドリーの運営者たちは、それなりに有力な貴族だ」


「金持ちさまどもは、再建に必死になる?」


「いいや、再建は不可能だからね。出資者が逃げ出さないように、再建するフリを必死にするだけさ」


 やはりジーンくんはオレより頭が切れそうだ。


「そうか、とにかく良い状況だ。これなら、フレイヤにたっぷりと褒めてもらえそうだな」


「……ああ。きっと、喜ぶよ」


「それを利用して口説くべきですのに……」


 レイチェル・ミルラも積極性の低い恋愛哲学をお持ちのジーンくんに、腹が立つタイプの女性らしい。まあ、彼女の夫との恋愛は、物語のように美しいしな。浜辺の空に踊る『人魚』を口説くなってのは、愛に素直な男でなければムリだろう?


「う、うるさいなあ。ヒトの恋愛なんだから、好きなタイミングで告白させろよ?」


 それも、当然至極の意見ではあるが、ジーンくんが告白出来ないせいで、多くの海賊たちがイライラしているのも事実だ。視界の隅っこにいる、『ブラック・バート』系の海賊さんが、舌打ちしながら、ヘタレ野郎が!と、こぼしていた。


 まあ、いいや。すんなり交際をスタートされても、つまらんしな。


「……サー・ストラウス、なんか妙なことを考えて笑っていないか?」


「悪人みたいな顔に見えたとすれば、誤解だぞ。オレの顔はそういう造りをしているだけだ」


「どうだかな……」


「それでは、そろそろ行くよ―――ああ。マルコ・ロッサ!もちろん、君のカレー粉を持ってね?」


 煙管を噛みながら、こちらを見守っていた中年ケットシーが、オレに名前を呼ばれて、ゆっくりと近づいてくる。


「……正直、オレのカレーのことなんて、忘れられていると思っていたよ」


「アンタのカレーは世界一だ。オレが知る限りでサイコーのカレーだよ。自信を持つといい」


「そうか。まだまだ道は長く果てしないが、極めるために一歩ずつ研究を重ねるよ」


 ……うむ。完全にスパイの言葉ではないな。カレー職人の言葉だ。オレはマルコ・ロッサから特性のカレー粉をプレゼントされた。いいや、それだけではない。スパイスの詰め合わせももらったぜ……。


「君も、働きすぎだから。スパイスをプレゼントしておくよ。過労死しそうなぐらい、ストレスがたまったら、理想のカレーを求めて、フライパンで粉を炒めるといい」


「……心が安らぎそうな行為だな」


「ああ。ドラッグをするよりも、はるかに健全だ」


「そりゃそうだろうが……」


 カレーに多くを求めすぎている気がするな。もっと気楽な食べ物だと思うのだが。


「心を深く病むとね、色々な宗教の勧誘が、君を待ち受けている。真に仕事で疲れて、摩耗しきった心はね、路上で客待ちしている売春婦よりも強く、君を怪しげな宗教団体に誘導することもある。カレーを食べて、目を覚ますのだ。神に、スパイは救えない」


「カレーなら、救われると?」


「もちろんだ。薬物中毒者にもならず、オレは、今朝もホテル経営者に偽装しながら、ルードの尖兵としてアリューバを舐め回すように視察している」


「……ジーンくんの目の前で言うようなセリフではないぞ」


「いいのさ。ジーンくんは、オレの古くからのお得意さまだ。彼は、君が思っているほど単純な男ではないよ」


 ようやく昔からの付き合いだと白状したな。そうだとは予想していたがね。


「イドリー造船所の情報をジーンに与えたな」


「ああ。彼ならやれる仕事だから。まさか、アンタまで参加してくれるとは、思ってもいなかったが……上出来だ。イドリーは死ぬ。帝国北部の材木の価格が上昇しているそうだよ。君の狙い通りだ」


「船の製造コストがあがるし……『この冬』に向けて、帝国人の冬支度が忙しくなるだろうね」


「狙い目だね。帝国の辺境は、林業に力を入れるだろう……人手を多く割く仕事だ。攻撃しやすくなる」


 そうだ。まだまだ煮詰められた構想ではないが、帝国を攻めるのは『冬』だ。雪が降れば敵の進軍速度は遅くなる。ゼファーによる奇襲攻撃で、敵を分断しやすくなる。


 造船業による大量の木材消費は……冬場の燃料である炭や薪の供給にも響くだろうからね。


「……ルード・スパイも、コツコツと敵の経済にダメージを与えられるように、情報収集をしている。いい作戦を思いついたら、ルードのスパイを頼りたまえ」


「わかった」


「……今回の任務も、成功に終わることを期待している。五日後の夜までに、『ストレガ』の『花畑』を探して、処分してくれ」


「ああ。空から探せば早いだろうし……上手くいかなければ、色々と手段はある」


「頼りになるね……だけど。一つ、気になることもあるんだ、ただの勘だが」


 ベテラン・スパイの気になることか。


 ぜひとも聞いておきたいことだ。


「……どんな気がかりがあるんだ?」


「……敵サンの規模さ。『ストレガ』の『花畑』を探すには、いくら何でも、期間や探検隊の規模が大きすぎるような気がしてね」


「たしかにな」


「モンスターや獣が多く生息している土地の探索であるとはいえ……傭兵を400人も雇うような仕事には思えない」


「……他にも、連中は何かを探しているとでも?」


「可能性はあると思わないか?」


「まあ、可能性はな」


「敵を捕らえて情報を吐かせるときは、『ストレガ』以外の情報を持っていないかにも注意しておくといい。殺した敵の荷物から、日誌や書き込みが加えられている地図なんかも探すべきだね」


 ……色々とある手段の一つが、バレちまっている。まあ、敵が『ストレガ』を見つけているかどうかを確認する、最も手っ取り早い方法ではあるよね。敵を捕らえて情報吐かせる。追加で殺して荷物漁りというのも常套手段か。


「―――心優しい『シンシア・アレンビー』を探すことも忘れるなかれ。彼女は極右化した自分の組織についていけていないようだ。『上手く口説けば』……引き抜けるかもしれないよ?君は妻が三人もいるスケベ野郎だから」


 リエルちゃんが、オレに鋭い視線を向けているな。


「オレたち四人夫婦を五人夫婦にする計画はないぞ?」


「そうか。女性に対する引き抜き工作としては有効な手段だがな。まあ、男の場合もそうだが……けっきょく、好みの異性を与えれば、母国なんて意外と容易く裏切るものさ」


「真っ昼間の往来で口にすべき言葉じゃないな」


「だろうね。オレは、ダメなトコロが多いヤツなんだ。許してくれよ。まあ、口説くということには、他の種類もあるよね?……彼女が物欲を求めていれば金もいい。自由な研究を行いたいという主張が強いなら……ルード王国は錬金術師を求めていると言えばいい」


「ほう。彼女をルードに亡命させてもいいのか?」


「ルード王国は歓迎だよ。錬金術師は一族の権威でなるボンクラと、自力の知恵と努力でなる一流の錬金術師に別れる。彼女の家は、貧しい家だったらしい……つまり、後者だ」「才能ある女性ということだ」


「しかも、差別主義者ではないからね……まあ、力尽くで誘拐して来ても構わない。そちらの形の方が、彼女や彼女の家族に都合が良い時だってあるからね」


「ああ、覚えのある行為だ」


「さすがにガルーナの蛮族は違うね。おっと、褒めているんだ。君は良い意味の蛮族さを発揮している」


 蛮族って言葉の時点で、それなり以上に失礼な言葉だと思うが。オレ自身も蛮族という言葉に力強さを感じてもいるからな。許してやるぜ、マルコ・ロッサ。


「……ヴァンガルズ兄妹を亡命させた時は、そんな手段を使ったのさ。それを思い出しただけだよ」


「経験豊富なスパイだね」


「……ベテランのスパイにそう言われると、否定しにくいぜ」


 オレは傭兵であり、スパイではなかったはずだが……まあ、別にいいけどね。


「こんなテクニックもあることを覚えておいてくれ。君らがフレイヤ・マルデルでしたことを、彼女にもやるんだ」


「死んだフリをさせる?」


「そうだ。山奥だ。谷底への滑落事故でも偽装すれば、彼女を死んだコトに出来る。実際に落として、竜に拾わせることも出来るだろう?」


「わかった。だが……彼女は、そこにいるのか?レミーナス高原の探検隊に?」


「……彼女が、人体実験の被験者を逃亡させたのは、ランドローという学術都市でのことだよ……『犯罪』になれていない若い娘の発想なら、いつまでもランドローにいたいとは考えないだろうさ」


「犯行現場から離れたいから、遠征隊に志願する?」


「そういう発想もあるだろう。探せば、見つかるかもしれない。我々は『彼女の善行』を知っていると脅せば、素直に協力してくれるかもしれないよね?」


 人体実験の被験者を逃したという事実を、『青の派閥』にバラすと脅せば?……彼女はついてきそうだな。


 もしも、レミーナス高原にいるとすれば、『シンシア・アレンビー』はランドローから逃げ出していたことになるからね。


「わかった。もしも彼女を見つけることが出来たら、協力関係を築けるように努力する」


「知性では負けたとしても、それ以外の野蛮な力では君の方がはるかに上だ。どうにか仲間に引き込んで欲しいね……そうすれば、彼女を使って―――」


「―――敵が、『ストレガ』の蜜の採取以外に企てていることがあるのかどうかを、探れるというわけだな」


「そうだ。敵の動向を探りたい場合のコツは、分かっているかい?」


「……こちらの存在を発見されないように動く?」


「そういうことだよ。だが、それでは行動が制限される。『シンシア・アレンビー』を仲間に出来れば……彼女に堂々と敵の真ん中を探ってもらうことも可能。いい駒になる。探す価値はある」


「……最高のアドバイスをありがとう。若くて有能な女を拉致する。蛮族には得意分野だな」

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