第一話 『星の降る山』 その8


 さて、食事を済ますと、我々は旅立つ準備に入るのだ。リエルとカミラは食糧や医薬品、そしてロープやロウソクなどの消耗品を購入するため、道具屋へと向かうのさ。


 買い物は美少女チームに任せるべきだ、オレのような竜太刀を背負った筋肉質の大男とは異なり、大なり小なりのサービスが適応されるだろう。


 ヒトは美しいモノに弱く、武骨なる男に対して、それなりにシビアだ。オレなんぞに買い物という行為に対する適性は低いのだ。


 オレとミアは酒場に走る。


 ジーンとドワーフどもがまだ眠り続けていたが、レイチェルはまだ一人でワインを呑んでいた。自制という言葉はどこに行ったのだろうか?


 まあ、ホントに酔っ払っていないけどな。『酒豪レベル』で、負けているような気がする。レイチェルはアルコールの一気飲みとか、そういう行為を絶対にせずに、自分のペースで呑み続けることに強さの秘訣があるような気がする……。


 レース向きではない、真の酒好きさ。


「レイチェル、朝からお酒飲み過ぎだよ!!」


 ミアに叱られて、レイチェルも苦笑。たしかに、カウンター席の上には山ほど空瓶が並んでいる。


「そうねえ。久しぶりだから、ついつい飲み過ぎてしまいましたわ。でも、休日の午前に私を探しに来たということは……お仕事ですか、リングマスター?」


「ああ。そうだ。オレはバシュー山脈に向かう」


「ずいぶんと遠くですわね?お山に出かけて、どうするのですか?」


「『ナパジーニア』どもが使っていた薬の原材料が分かった。バシュー山脈にあるレミーナス高原……そこにあるらしい」


「まあ。そうなのですか?では……私はどうしたらよいでしょうか?」


「……戦をするような任務ではない。君は予定通り動いてくれ」


「ここで待機でよいのですね?」


「ああ。このアリューバ半島を守ってくれるか?海賊船団の復活まで……君がいれば、オレたちは安心してバシュー山脈に向かえる」


「さみしくなりますわね、リングマスターとしばしのお別れです」


「また、すぐに会えるさ」


「ええ。どうか、ご無事で……ジーンとドワーフたちには、私が説明しておきましょう。彼らは疲れ果てています。しばらくは眠ったままでしょうから」


「わざわざ起こすのも、かわいそうだな……ドワーフたちも、故郷を離れて辛いはず。君がオレの代わりとなって、彼らの相談に乗ってくれるかい?」


「……リングマスターの代わりはつとまりませんが、善処しますわ」


 レイチェル・ミルラは激しい憎悪の炎を胸に抱えた女性ではあるが―――それと同じぐらい大きな母性の持ち主でもある。炎に燃えるトーポの酒場に、子供のために飛び込んだ美しい『人魚』。それもまた、レイチェル・ミルラの真の姿なのさ。


 彼女に任せておけば、ドワーフたちの今後も安心というものだよ……。


 オレはソファーに座ったまま、酒瓶を抱きしめたまま『フレイヤ、好きだ』という寝言で告白している我が友の顔を一瞬見た。まったく、ヘタレめ。夢でまで告白の練習してるぐらいなら、さっさと告白してくればいいのだ。


 そんな感想を胸に抱きながらも、なんだか口元を楽しげに歪ませて、その酒場を後にしていたよ。


 そうさ、オレもだけど、皆それなりに忙しい。


 フレイヤ・マルデル新議長が、戦災に遭った半島の村々を回っている以上、総督府……もとい、『海賊騎士団本部』に残り、この『オー・キャビタル』をまとめている『彼』もね。


 『海賊騎士団本部』にミアと共にたどり着いたオレたちは、『海賊騎士団本部』に押し掛けようと長蛇の列を作る人々を見た。商売人どもが多いようだ。


「うわー。たくさんのヒトがいるね」


「支配者が変わったからな。『掟』も変わる。新たな『掟』に従っているコトを示すための書類や何やら、そういうモノを提出するために来ているのさ」


「へー。さすが、お兄ちゃん、物知りさんだね!!」


「まあね!!」


 妹に褒められたからシスコンの魂に、深い歓びの色がわき上がるよ。オレはミアと肩車モードで合体し、彼女を肩に乗せたまま、商人たちの列を越えていく。


 順番抜かしはズルい?


 そうかもしれないが、アリューバの国防を担っているオレには、それぐらいの特権はあるだろう。オレとゼファーが半島を離れる。防衛能力は、もちろん大きく低下するのだからな。教えておかねばなるまい。


 オレは『彼』の『秘書』に案内されて、『彼』の仕事場にやって来た。膨大な数の書類に、目を通しながらハンコを押し続けているターミー・マクレガーがそこいたよ。


「よう、出世頭」


「……さ、サー・ストラウス?」


「少し、痩せたか?」


「ああ、慣れない書類仕事をさせられているからな……」


「そうか。子供たちは元気か?」


「うん。皆、元気だよ……今まではフレイヤさまの個人授業ばかりだったが……『学校』という場所に、初めて通わせることが出来た」


「そうか。ずっとゲリラ生活だったからな」


「街の生活も楽しんでいるようだ。これほど、多くの子供たちを見たことは、あいつら、なかったから。友達も増えたようだ」


「そいつは良かった。新たな生活に父子ともに適応出来ているようだ」


「オレは……適応、出来ているのかなあ?」


 疲れた顔で父親は、そんな言葉を吐いたよ。まあ、海賊どもの中では、最も知性的な部類に入る男には違いない。元々、騎士だしな。頭も悪くはない。彼にがんばってもらうしかなかろう。


「さて、本題だ。ターミー船長、オレとゼファーに次の依頼が来た」


「……そうか、アンタは、ルード王国の傭兵だったな。すっかり同じ半島人になったような気がしていたよ」


「うれしいことを言ってくれるな。たしかに、オレたちはクラリス陛下の傭兵だ。だが、『パンジャール猟兵団』と『アリューバ海賊騎士団』は『家族』さ。君らの窮地には、必ず助けに現れる」


「頼りになる言葉だよ」


「……ミア。彼に、『アレ』を」


「ほーい!!ターミーのおっちゃん、コレ、どーぞ!!」


 ミアがその書類を、ターミー・マクレガーの机の上に広げた。ターミーの疲れた瞳が、その書類を見回していく……書類なんて、今は一枚だって見たくないような表情でな。


 だが、すぐに顔色が変わった。


「帝国軍船!!しかも、新しく採用された形状!?……敵の、最新の軍船の設計図じゃないか!?」


「えへへ。がんばる、おっちゃんにプレゼント」


「……そういうことだ。敵が作ろうとしている、次世代の軍船の設計図だ。それに、ヴァーニエのオーダーかもしれない、新型の『カタパルト』の設計図もある」


「敵の船と武装の情報!!ありがとう、サー・ストラウス!!これがあれば、次に来る帝国海軍の戦力とも、かなり戦いやすくなる!!」


「有効に活用してくれ」


 フレイヤが『新型カタパルト』の間合いを知れば、彼女の操る海賊船は、それをかいくぐりながら敵船へと攻撃を仕掛けるだろう。勇猛だからね。


 敵船の設計図を読み取ることで、海賊騎士団はそのスピードや、攻撃すべき弱点を見破れるようにもなる。


 海戦とは読み合いだからな。敵の情報を持っていれば、その読み合いでは圧倒的なまでに有利になれるというわけさ。


 ちなみにアリューバの海賊船たちは、それぞれ大きさや性能が違うから、対応されにくいだろう。先代の『リバイアサン』の長である、アルバート船長の教えらしいな。


 なかなかの賢者のようだ。


 存命であれば、一度、お目にかかりたかったものだが―――すでに、故人なので会うことは出来ない。


「ターミーよ。この資料を提供したことを忘れるな。『新型カタパルト』の設計図を見つけたのは、ミアではなくドワーフの青年だ」


「うん!!私は見逃していたけど、ドワーフさんが、これも大事そうって!!」


「……そうか」


「彼らはすでに大きな貢献をアリューバにしているのだ。イドリー造船所から連れ戻ったドワーフの戦士たちが、この土地に受け入れられるように、ターミー船長の方からも、いろいろと働きかけてもらえると嬉しいよ」


「……ああ。もちろん。彼らは、船大工としての訓練も受けている。その時点で、大歓迎したい存在だよ」


「彼らは、よく働くはずだ。船に揺られながらも、仕事をしていた連中だからな」


「……サー・ストラウスたちへの、感謝の印だろう」


「それもあるだろうが、彼らはアリューバの海賊騎士団に運ばれて、自由になったのだ。彼らは、この国に尽くすだろう」


「わかった。彼らのことは、任せてくれ。サー・ストラウス。アンタのことだから危険な任務だろ?……ご武運を祈る」


「君もな。ああ、君の子供たちに、よろしく伝えてくれ」


「きっと喜ぶよ。アンタはこの半島の英雄だからね」


 オレとターミー船長は、最後に握手を交わしたよ。


 多忙な彼の時間を、いたずらに取るわけにはいかないな。たくさんの仕事に追われているらしいからね。国家を運営するという行為は大変だ。


 オレとミアは、大急ぎで駆け回る海賊上がりの役人たちのあいだをすり抜けて、『海賊騎士団本部』を後にしたよ。


 しかし、荒くれた海賊たちに、ここまで必死に役人としての作業をさせるとはな。フレイヤのカリスマは見事だ。不慣れゆえの混雑なのだろうが……鉄は熱いうちに打てと言うしな?


 この多忙さを乗り越えることで、海賊たちは役人としての技巧を学ぶことになるだろう。多くの挫折と混乱を味わえば、より強くヒトは成長するようになるものさ。


 ……フレイヤというよりは。


 我が第二夫人、ロロカ・シャーネルの作戦を感じなくもない。とにかくフレイヤの役に立ちたい海賊どもの熱意を、上手く利用しているような気がするな。


 失敗し傷ついても、前向きな精神があれば技巧の習得は早い。失敗しかヒトは分析出来ない動物だからな。本気で新たなことを学びたければ、失敗しながら苦しむことが最高の近道だよ。


 まあ、うちのロロカ先生と姫騎士フレイヤ・マルデル。あの女傑コンビがいれば、海賊騎士団を最高の形でスタート出来るのではないかね。二人とも賢い女性だしな……ほら、『オー・キャビタル』の街中を、ディアロスの商隊が走っているぞ。


 ユニコーンに乗った商人さ。帝国の経済と切り離されたことへの対策が、もうこの土地にたどり着いたようだ。帝国の代わりに、ルードや『自由同盟』の経済と接続するのさ。


 頭に『水晶の角』を生やしたディアロス族の一人が、オレとミアに近づいてくる。見覚えがあるな。たしか、名前はトトル・バッハ。


 ディアロス族の若者で、いくつかあるユニコーン商隊のリーダーの一人。


「サー・ストラウス!おはようございます!」


「おはよう。トトル。君の商隊は、ルードから来たのか?」


「はい。ザクロアとアリューバは、仲が悪いそうなので……ザクロア組は、しばらくのあいだは来ないっす」


 そうさ、悲しい歴史の経緯があってね。アリューバとザクロアは、今でもかつての戦、『羽根戦争』の傷痕を残しているようだ。


 何世紀も前に、両国のあいだに貿易にまつわる戦が起きた。それ以後、両国のあいだには拭い切れない敵対感情があるらしい。


 どちらの国にも深い縁を持つ身としては、とても切なくなる現実だ。


 だが、ザクロアの代表者であるジュリアン・ライチも好人物だよ。いつか、この二つの国家が、友好的な関係に落ち着く日が来ることにオレは期待している。


「しかし、トトルよ。ザクロアの道が使えないということは、『バロー・ガーウィック』とアリューバは交易をしないのか……?」


「いいえ。ロロカお嬢さまが、船で『バロー・ガーウィック』との交易を計画しているっすよ」


「なるほどな」


「……なんでも、ザクロアともめないように、今までザクロアには出していなかった鯨油の取引をメインにしたいとか?」


 貿易で扱う商品を別々にしたか。矢羽根につかう『猛禽類の羽根』の輸出を巡って起きたという、『羽根戦争』の教訓のようだ。それが生きればいいがな。


 まあ、我が妻、ロロカ・シャーネルの計画だ。オレが心配するような事態が起きる可能性は低いのだろう。もし、アリューバとザクロアがもめたら……オレも仲裁できるような男にならんとなあ……。


「……しかし、ディアロスは鯨も捕っていたんだな」


「ええ。北海にいる生き物は、なんでも捕まえます。オレたちは、有能な狩人でもありますんで!!それじゃあ、サー・ストラウス!!商いがありますんで、また!!」


「ああ。仕事に励めよ!!」


 ……ちなみに。ディアロス族の都、『バロー・ガーウィック』に端を発し、ルード、ザクロア、グラーセス、アリューバをつなぎつつある貿易路を走るユニコーン騎兵たちは、ロロカ・シャーネルの私兵であり、彼女の夫であるオレの部下だ。


 彼らの商売が活発化して、政治力さえも帯びるようになれば……次の『羽根戦争』が起きそうになったとき、オレの働きかけで両国を仲裁できるのだろうか……。


 いいや。


 他力に頼るのは良くないな。


 『パンジャール猟兵団』でより大きな功績を築き上げ……戦の機運をも沈める英雄……そういう男を目指そうではないか!!

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