第一話 『星の降る山』 その7
朝が来たよ。イエスズメの歌と、ホテルの窓から入ってくる朝陽が目覚ましになったね。オレの左腕をマクラさんにしているリエルは、まだ寝息を立てている。
彼女を起こさないように気を使いながら、ゆっくりと首を動かすと……うつくしいアリューバの海が見えるよ。お日さまはそれなりに高くなっているな。いい天気のようだ。
……8時過ぎぐらいか。
そう見当をつけながら、オレはあくびをしたよ。あくびをして、となりに寝ているリエルを見る。ふむ……寝息を立てている?……いいや、そうじゃない。
「……動いたせいで、起こしちまったか」
「……気にするな。十分に、眠れた」
そう言いながら、リエルの翡翠色の瞳が開いていく。
「お前こそ、休めたのか?……時間があるのなら、もっと眠っていてもよいぞ?時間を指示してくれたなら、その時間通りに起こしてやろう」
「ああ。ありがたいけど、大丈夫だよ」
「そうか。急ぎか?」
「……オットーが戻り次第、ゼファーで南東に移動」
「温かいトコロに行くのか?」
「いや。残念ながら、山の上になる」
「山の上か……メンバーは、どうするのだ?」
メンバーか、ゼファーでアリューバ半島中を巡れば、かなり自由な編成が行えるが。方針としては、こうだな。
「『探索重視』のメンバーになるさ」
「何を探すのだ?」
「……カミラも言っていただろ?『ナパジーニア』の薬物の原材料が分かった。その材料……『ストレガ』の『花』の群生地を探すことになる」
「……なるほどな。特別な植物とは、『ストレガ』のことか」
薬草の知識のあるリエルは知っていたようだ。
「……有名なのか?」
「うむ。直接、見たことはないが、『希少ということが有名』……そんな植物だ」
「『見たこともない珍獣』のようなものか?」
「むー。そうだな、そのようなものだ。薬草学のテキストには、よく乗っているものだが……実物を目にすることはない」
「有名ではあるのか」
「そうだな……希少だが、情報はあるのだ。とくに帝国やらのイース教徒の多い国々は、大昔には好んで研究していたらしいから」
リエルまで知っているのか、イース教と『ストレガ』の関係を……オレは、もっと多くの本を読まねばならないかもしれん。
「……だが。それほど研究されていたなら、『効能』も知られているんじゃないのか?なぜ、今さらになって帝国の錬金術師どもは、それに手を出すんだ?」
「……薬草の道は奥が深い。新たに、『有効な組み合わせ』が発見されれば、劇的な効能を持つ秘薬が作られることだってあるのだ」
「なるほどな。錬金術師どもが、『ストレガ』の価値を再発見したのか?」
「その可能性はあると思うぞ。実物こそ見たことはないが、『ストレガ』は錬金術の素材としは、優秀かもしれない」
「……研究されて来ただけに、情報は多いからか?」
「そうだ。長い研究の歴史をもつ薬草ほど、使い方も増えていくものだ。『ストレガ』もそうなる可能性がある。キッカケがあれば、熟練は、劇的な進化を呼ぶこともあるからな」
つまり、どこかの錬金術師が『カール・メアー』の『ストレガ』を手に入れて、その秘められた薬効を開眼させた?……厄介なことをしてくれる。兵士を『強化』する薬の完成か。
……その発見をした錬金術師は、殺すべきか?
いや、今さら手遅れかもしれんな。『ナパジーニア』の『薬』はすでにある程度の形となっている。
『青の派閥』は巨大な探検隊を構築してまで『ストレガ』を求めているのだ、少なくとも『青の派閥』の多くの錬金術師が、『ストレガ』の有効さを知っているだろうな。
『ナパジーニア』のように、薬物で強化された兵士が大量に蔓延る事態を避けるには『ストレガ』を根絶やしにするしかなさそうだった。
「……それで、ソルジェ。メンバーはどうするのだ?もちろん、正妻は連れていくつもりだろうな?」
「ああ。君は薬草の知識があるからな。あとは山に詳しく、探索能力に優れたオットー・ノーラン。探索能力の高いミア……短距離の飛行が可能なカミラだ」
「少数だな。レイチェルは?」
「海賊船が再建されるまでは、アリューバに残ってもらうつもりだよ」
「たしかに、海でのレイチェルは桁外れの戦力だ……なんか、一部の海賊たちに信仰されはじめているしな!」
あれはあれで異常な光景ではあるのだが。まあ、いいや。広義の意味で、リーダーシップの一部に含まれるだろう。
「……さて。風呂に入って、メシを食って……冒険の準備と行こうぜ!」
「うむ!」
「一緒に風呂に入るか?」
「あ、朝から、スケベなコトを言うでない……っ!!」
正妻エルフに右の頬の肉を引っ張られるよ。
「じゃあ、君から入る?」
「い、いきなり、入って来たりする気か!?」
「……いや、そんなことは―――」
「目を反らしたな。やましいことがある証拠だ」
するどいな。
「逃げ場がないことにつけ込み、な、なし崩し的に、あんなことやこんなことをする気だな!?」
「どんなことをするというんだい?」
「せ、説明できるか、そんな、ふしだらなことを……ッ!?」
そう言いながらリエルはマクラさんをオレの顔面に叩き込んできた。オレは、こんな仕打ちに晒されるほどのことを訊いたかね?……オレに風呂のなかで、どんなことをされちゃうとか考えていたのだろうか。
詳しく訊きたい。
だが、やめとこう。リエルが追い詰められた野良猫みたいに、威嚇してるからね。
「私は、ミアたちの部屋についてる風呂に入るからな!!」
そう宣言して、リエルはベッドから去って行く。
「口説きながら誘ってみるべきだったのかな……」
次回は、そういう方向で試してみようか。そんなことを考えながら、オレは行動を開始したよ。
風呂に入って、ヒゲを剃り、朝飯に出かけるのさ。廊下に出ると。リエルが待っていてくれたな。ケンカしたみたいな雰囲気は、イヤなんだろう。
オレを見つけると、不機嫌そうな表情は残しつつも、オレの目をじっと見つめてくれる。仲直りしたいっていうエルフさんの気配を感じるね。
「……遅いぞ、ソルジェ」
「君が手伝ってくれたら、もっと早く……いや、そうはならなかったな」
「す、スケベめ」
「君のことを愛しているだけだよ」
「し、知ってるけども!?……み、みだりに、口説くでない!!」
口説きながらならお風呂にも一緒に入ってくれるかもしれんな。オレは心の底からリエルちゃんを愛しているから、愛の言葉を延々と囁くことだって出来るしね。
「そ、それでは、行くぞ。ミアもカミラも、すでに食堂に向かっている」
「……そうか。待たせてしまっているな。行こうか、リエル?」
「うむ。急ぐぞ、ソルジェ」
正妻エルフ殿に促されて、オレたちは足早に廊下を移動し始めるよ。リエルは、オレの手を引っ張っていく。リエルちゃんからすると、精一杯の仲直りの証かもしれない。元々、ケンカしているわけじゃないけどね。
さて。このホテルは高級な部類に入るのだが……今朝はガラガラだ。元々の客層が帝国から来る商人たちだろうからな。アリューバが帝国から解放されて以来、おそらくヒマにしているのだろう。
食堂も豪華なものだよ。床は絨毯が敷き詰められているし、各テーブルには色とりどりの花が飾られている。
これだけ素敵なホテルだからね、そのうち他の土地からの客もつくだろうさ。従業員たちの教育も行き届いているしな……恨みがましい目で見られなくて、良かったぜ。
「お兄ちゃん、リエル、おはよう!!」
「ソルジェさま、リエルちゃん、おはようございますっす!!」
食堂のテーブルには、ミアとカミラがいたよ。オレとリエルは朝の挨拶をしながら、ホテルの店員が引いてくれたイスに座る。
ふむ。蛮族には少々くすぐったいスタイルだな。
本来ならば、彼らの作り出したこのホテルの雰囲気を堪能すべきであろうが……オレたちは猟兵だからね?
朝食は肉多めというオーダーを出していた。
ステーキに、ビーフシチューに、ハンバーグ!!なかなかの肉加減であった。サラダも色彩まで計算された美しいモノであったが、オレたち猟兵は肉食動物。肉を愛してやまない集団なのであった。
「ハンバーグ、美味し!!……素材もさることながら、手間をかけてるよう!!なかにチーズが入っているのはベタだけど……肉の果てに舌がチーズにたどり着いて時、感動を覚えるよッ!!うれしい、チーズさん、ありがとう!!やさしくとろけて、ソースとは異なる濃厚な味に新鮮さが生まれ、このハンバーグの奥深さを、高めているよッ!!」
グルメな猫舌が、感動の涙を流しながらチーズがインしているハンバーグを褒めていた。たしかに、なかなかの味だ。オレは、赤ワインを感じるこのソースもお気に入りだが、ミアはチーズが好物だもんな。
夏になれば、オレ……茄子でグラタンを作ってやるつもりだ。熱くてもいいんだ。茄子とチーズと、そしてツナ肉のグラタン……ミアの好物が、一番美味しい季節は夏だからね。
さて。
夏に備えて最高のチーズ探しは続けるとして、今朝はこのホテルの提供してくれる肉料理を堪能しようではないか。
ああ。もちろん、さすがは高級ホテルのシェフ殿だ。
どの料理も最高に美味しかったよ。
とくに、ステーキだ。
この分厚い肉のかたまりが、オレの趣味を完全にとらえていた。シェフは蛮族がステーキに求める赤身の多さをよく知っておられるようだ。そうだ、焼き加減がいい。赤身は多い方が好きだ。
噛めば血肉の融けた肉汁が、肉のなかからあふれてくる。わずかながら血の気配を覚える味だが、そこが最高に好きだ。肉食系蛮族として、血の気配を感じる肉汁と、酸味のあるソースの合わさった瞬間の味は、たまらなく響くんだよ。
リエルはビーフシチューを堪能している。オレは分かるよ、自分の得意料理だから、味わいながらも分析し、技巧を盗むつもりでいる。マジメなオレのエルフさんは、向上心の固まりだからね。
カミラはハンバーグが好みだ。子供っぽい天真爛漫なトコロも彼女の魅力だよ。いいのさ、好きなモノは好きと主張出来る素直さがいいんだ。ミアの説明を聞きながら、あのアメジスト色の瞳を大きく開き、なるほど!という表情になっている。
料理の道の奥深さに触れるといいさ。そうさ、美味しいという事実に感動するだけでは足りない。なぜ、美味しいのかを理解・探求することで、料理を楽しむという行為は完成するのさ―――。
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