第一話 『星の降る山』 その5
酔いが醒めてきた体から、よりアルコールを薄めてやろうか。水差しから水をコップに注いで、ゴクゴクとそれを飲んだよ。ああ、爽やかな水の味がノドを潤すね。体に染みて、酔いを薄めてくれる気持ちになる。
鼻が自分自身の酒臭さを知覚するが……まあ、脳みそからは、順調にアルコールを追い出せているはずだよ。
頭を左右に順序よく倒して、首の筋肉を伸ばす。
準備は完了だ。ミーティングを再開しよう。
「……さて、敵についての情報をくれるか?敵の錬金術師である、『青の派閥』についての情報をな」
「ああ。もちろんだよ、ソルジェ・ストラウスくん。この地図を見てくれ」
そう言いながら、マルコ・ロッサはオレたちが挟み込んでいるテーブルの上に、地図を広げる。バシュー山脈の二列に割れた山並みと、そのあいだに広がるレミーナス高原の地図だな。
ベテラン・スパイの指が、地図をコンコンと叩く。二週間前の日付がそこには記されていた。
「……さて、こいつはね、二週間前の情報になるんだけど。レミーナス高原にいる『青の派閥』たちが行商人に目撃されたんだが、そのとき帝国軍の護衛はいなかった」
「ふむ。海軍とは仲が良さそうだが―――」
『青の派閥』こそが、『ナパジーニア』が使っていたあの薬の供給源だろう。なにせ、あの薬の『原材料』がある土地にいるのは、『青の派閥』なのだからな。そうとしか考えられないぜ。
「―――大陸中央部の帝国軍とは、疎遠なのか?」
「そうかもしれないね。大陸中央の部隊には、他の錬金術師たちの派閥がついているのかも?……あるいは、海軍うんぬんじゃなく、たんにヴァーニエのような『過激な攻撃性を持つ男』を、『青の派閥』は利用したかったのかもしれないよ」
なるほど。たしかに、ジョルジュ・ヴァーニエは『普通』ではなかったな……異常なまでの攻撃性―――たしかに、そう表現するに相応しい人物だったよ。
「考えられるな。部下や自分に、おかしな薬を打てるような男はそういるもんじゃない」
あの男は目的のためなら、『全て』を捧げる狂戦士だったよ。最終的に、オレを抹殺しようとしたときのジョルジュ・ヴァーニエは、軍船も仲間の命も、そして自分自身さえも、駒の一つとして作戦のために消費してみせたんだ。
まったく、異常な性格だな。
どこまでも攻撃に狂っている男だったよ。
「ヤツら自身が、『人体錬金術』の実験体のようなものだったのかもしれない」
「……そうだね。最終的には、人間族での実験を望むだろうからね、『青の派閥』は」
「当然だな。『兵士を強くするための薬』だ。人間族主体の帝国軍で使うためには、人間族に投与しても、ちゃんと機能するかどうかを試さなくてはなるまい」
「あの薬、機能はしていたんだよね?」
「していた。たしかに、強くはなっていたぞ」
「なるほど……ある程度のレベルまで完成しているのかもしれないな」
「……かもな。さて。『青の派閥』についてだ。連中には、帝国軍の護衛はいないんだな?」
「そうだね。帝国軍にまつわる目撃情報は、それ以前の報告でも、一度だって入っていない。だが、『最新の情報』は、あくまでも二週間前のものさ。鮮度の乏しい情報とも言えるよね……現状は違うかもしれないということには、注意して欲しいよ」
「ヴァーニエという『協力者』が死んだ今、次の『協力者』に鞍替えすると?」
「してもおかしくはないよ。錬金術師たちは金持ちだから。連中は、『選ばれる側』じゃなく、『選ぶ側』の存在。ヴァーニエが死んだら、後釜を探しに動くはずだよね」
「……了解だ。帝国軍がいてもおかしくないということだな」
「スマンね。何の頼りにもならない情報で」
「構わないさ。現地を直接、見てきたわけじゃないんだから。さて。二週間前までは軍隊はここにいなかった。それならば、『自前の護衛』ぐらいは用意しているのだろう?バシュー山脈は、かなり未開の土地だ。モンスターが多く存在するはずだぞ?」
「ああ。そうだよ。彼らは自衛のために傭兵団を雇っている」
「傭兵か……軍隊の護衛がいなければ、当然そうなるな。どこの連中だ?」
「『黒羊の旅団』……聞いたことがあるかい?」
「もちろんな。なかなか大きい傭兵団だぞ。仕える国や組織を、よく変えているイメージの集団だ。5年前は、バルモアにいたんじゃないか?」
そのとき……何人か斬り殺した記憶があるな―――そこそこ強い。それぐらいの印象を捧げるのに丁度良い集団だったはずだな。
「……連中、バルモアのあとは、各地を転々としていたような気がする。たまに『黒羊』の旗を戦場で見かけたことがある……帝国の敵であった時期さえ、あるはずだぞ?」
「その通りだよ。彼らは柔軟な組織なのだろう。傭兵らしく一つの勢力に長く肩入れをすることは少ないらしいね。忠誠ゼロの、徹底されたビジネスライク。雇用される期間は6ヶ月刻み。雇用の延長時には、料金20%増し。それが彼らの組織哲学のようだ」
まさに、己の武力を商品にしているという感覚だ。しかも、契約期間を延長したければ、報酬の増額が条件なのか……クールだぜ。ウチもやってみようかな?……でも、ヨソさまのマネするのもカッコ悪いかもしれん。
しかし『、黒羊の旅団』よ……。
「なんとも、傭兵らしい集団だな」
「……そうだね。ソルジェ・ストラウスくんのトコは、傭兵組織とは思えないほどに、情熱的すぎるもん」
「……まあ、うちは、基本的に、帝国憎しで動いている集団だからね」
「君たちの組織哲学が、オレたちルード王国に都合が良い方を向いていてくれて、本当に助かるよ」
「それで、『黒羊の旅団』は、そこにどれぐらい来ている?ヤツらは、2000人近い大手だ。まさか、山のなかに全員集合ってことはないだろう?」
「およそ400人。『青の派閥』の食糧の運搬や護衛をしているようだ。彼らと、どんな関係性になりたいのかは、君次第。クラリス陛下からの指示はない」
「ふむ。たしかに、連中は生粋の帝国人でもないからな……それほどの殺意は、現状ではない」
「ルード王国としても興味はない存在だよ。彼らの生死に関心はない。今回、クラリス陛下の望みは一つ、『ストレガ』。『人体錬金術』の材料の一つを、焼き払って欲しい。その花の群生地は、レミーナス高原にしかないそうだから、竜で焼き払ってくれよ」
「……ああ。分かった。しかし……この程度の任務なら、何故、こんな時間にオレの部屋を訪ねて来た?」
「……することは簡単だよ。竜で侵入して、花畑を見つけて、焼き払う。でも、今回は時間が限られている」
「時間?」
「ああ。『ストレガ』の花が密を垂らすのは、春の終わりの新月の晩だけ……つまり、5日後の晩が、収穫される日だ。それまでに『ストレガ』の花畑を見つけて、焼き払って欲しい」
「……なるほど。しかし、その情報は、誰からだ?」
「シャーロンくんがルードに輸送中の『ジブリル・ラファード』から吐かせた。彼女をかつて尋問したときに、彼女は自分が好きな花を『ストレガ』と答えていたそうだよ。シャーロンくんは、彼女になりきるために、そんなことまで吐かせていたのが、奏功したね」
ふむ。情報というモノはどこでつながるか分からないものだな。だが……やけに情報がつながっていく。これは偶然の一致ではなかろう。
「……『人体錬金術』の薬には、『カール・メアー』も噛んでいるのか?」
「みたいだよ。何事にも『例外』ってあるものだよね?」
「ああ?」
「例の『花』の棲息地にも、『例外』があるんだ……」
「まさか……『ストレガ』は、『カール・メアー』の恐ろしい山にも生えているのか?」
「そうさ。『カール・メアー』は女神イースの聖典に書かれているモノを、なんでも集めたがるんだけどね。『ストレガ』もその一つだ……」
「イース教の聖なる花なのか?……それなのに、『ストレガ/魔女』?」
オレの浅学を残念に思っているのだろうかね?マルコ・ロッサはゆっくりと首を横に振ったよ。敵の宗教についてぐらい、知らないオレが悪いのかな?
ベテラン・スパイは答えてくれるよ、素朴な疑問に、彼は分かりやすい説明をしてくれる。
「……かつて、女神イースが『魔女アルテマ』を殺した時に、イースの瞳は慈悲の涙を流したそうだ。その涙がレミーナス高地に花を咲かせた。その花の名を―――」
「―――『ストレガ/魔女』か。つまり、女神サンが、殺した敵への供養にすべく名付けたってことなのかね?」
「そうらしい。イースの『慈悲』にまつわる奇跡の逸話だよ」
「……『現世で苦しむしかない者は、死を与えることこそが慈悲』……『カール・メアー』の恐ろしい教義を代弁する、象徴的な花かもしれんな……」
「連中もそう解釈したんだろうね。だから、レミーナスから採って来ていたのさ。『カール・メアー』にも、『ストレガ』は咲いているようだ」
「おい。じゃあ、オレがレミーナス高原で、その花を焼く意味はあるのか?」
「ああ。あるんだよ、『カール・メアー』の、『それ』からあふれる蜜は、あまりにも少ないらしいよ?……どうにも、環境が合わないのかもしれないね」
「……『ナパジーニア』の薬の材料は、もしかして、『カール・メアー』産の『ストレガ』の蜜なのか?……蜜が少なかったから、薬の数も少なく、ヴァーニエは『ナパジーニア』と自分ぐらいにしか使えなかった?」
「そうかもね」
「では、『青の派閥』とやらの目論見は……レミーナス産のモノを使って、例の薬を大量生産することか?」
「『青の派閥』が、レミーナス高原に向かったのは、8週間前さ。降雪が緩んだ直後には入って行ったらしい……収穫期にしては、早いよね。だから、そのときはまだ見つけてなかったんだろうさ、『花畑』を」
見つけていない。だから、それを探し出すために山に入れる最速の時期に入ったわけか。だが、8週間か……。
「……8週間もあれば、見つけているかもしれないな」
「『青の派閥』の錬金術師についても、クラリス陛下からの指示はない。これは、君に選択を委ねているって意味だよ」
「……ああ。分かっているよ。可能な限り、殺す。『パンジャール猟兵団』の正義が、亜人種に人体実験などを施す者たちを、許すわけがないだろう」
「……うん。でも、臨機応変にね?」
「どういう意味だ?」
「……『青の派閥』にも、色々な錬金術師がいるだろうから……オレたち、ルード・スパイがね、『青の派閥』が亜人種への人体実験を強行していることを知り、『青の派閥』の動向を探らせていたのも……人体実験の施設から逃げた者がいるからだ。それは逃亡者だけの力によることではない―――」
「……つまり、逃した者がいる?」
「そうだよ。『シンシア・アレンビー』。23才の女性錬金術師。帝国人で、人間族だけど……彼女は、15名の命を助けているみたいだよ。接触出来れば、味方に出来るかもしれない。彼女が被験者を逃したという事実を、脅しに使うというのも有りさ」
「了解だ。でも……なんだか、オレ、完全にルードのスパイみたいだな」
「そうだねえ。ソルジェ・ストラウスくんは、もう立派なスパイだと思うよ」
ベテラン・スパイにお墨付きを頂いてしまったな……。
まあ、竜騎士、魔王、スパイ、猟兵……あらゆる力を駆使して、作戦を遂行するのみだ。今回は、『花』を探すという、なかなかロマンチックな任務のようだがね。
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