第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その61


 船と戦士の墓場、そんな状況だった。


 荒れる海には、帝国兵士と海賊たちの死体が浮いている。紺碧に赤い色が混ざっていた。ヒトからあふれた血の色であり、あちこちで踊る炎の色が海を彩った。焦げた臭いに、鋼と血から放たれた鉄の臭い、潮風には死と暴力が融けている。


 燃えた帆に、失われた船員たち。船は波に弄ばれて、ぶつかり合った。その度に船は大きく揺れて、それだけで海に落ちる者もいた。


 それを防ぐためでもあったし、双方の戦士たちが、お互いの船へ乗り込むためでもあるが、鈎つきロープでお互いを引き寄せていく。『板』の橋がかけられ、白兵戦の足場が構築された。


 北風が冷たいこの場所に、戦の熱量を帯びた音が混じる。


 海賊騎士団と帝国海軍の船らが絡み合い、互いの戦士たちがぶつかっていた。


 あらゆる場所で怒声と悲鳴と剣戟が聞こえてくる。海賊たちも盗んだ『火薬樽』を投げたし、敵ももちろん『火薬樽』を使ったよ。爆音もときおり、あちこちから響く。


 なんとも、混沌とした状況だが、戦場になれたオレにはこの空気が肌に合う。オレとゼファーは船を伝うように移動しつつ、片っ端から帝国海軍の兵士たちを殺していった。


 船の上では数十人がかりでオレを襲うことなど出来ないし、ゼファーも翼を痛めてしまったとはいえ、その巨体と圧倒的な力は白兵戦では、ヒトには止めようのない破壊力をおびている。


 そして、帝国人の肉を喰らうことで、魔力を回復しつつあるゼファーに炎は戻った。ボートに乗り、オレと海賊たちを射殺そうと目論んだ敵の弓兵たちを、まとめて炎で焼き尽くす。


 オレも負けてはいられない。


 敵の強兵が粘り、強固な砦となっている敵船の甲板に、単独で乗り込んで鋼と踊る。剣舞は無慈悲な斬撃を連続させながら、敵を刻んで、その守りを大きく崩す。オレの背後から、好戦的に笑う海賊どもが次々と敵船に乗り込んだ。


 そうなれば、オレは背後を気にせずに、敵の血と脂を浴びながら、一気呵成に突撃することが可能だった。『アリューバ海賊騎士団』も、甲板での戦には慣れている。オレが敵の守りを崩しさえすれば、波状攻撃的に連携してくれたよ。


 敵を囲み、肉体の壁となり、押し込むように制圧する。それがアリューバ海賊の戦術さ。敵を押し込めば……彼らはその場所に水だか、ビールだかが入った樽を、敵の密集する場所へとブン投げる。ドワーフの海賊もいる。彼らの太い腕なら、そんな荒技も容易い。


 唐突に投げられた樽を、マジメにサーベルを構えていた敵兵どもでは、受け止められないさ。その強烈な重量に、空腹の兵士たちは耐えられずに膝を屈し、陣形は破綻した。


 敵が弱り始めると、戦士はより強くなるものだ。


 海賊たちは、投げ縄まで使う。隣りの船にいる敵兵を、投げ縄で捕まえて、そのまま海へと引きずり落とす。悪くない戦術だ。縄に捕まれば、一撃で仕留められるか。


 混沌とした戦場だが、オレとゼファーは『パンジャール猟兵団』が最強であることを照明するために、暴れたよ。敵を強襲し、数名ずつで行動する敵兵たちを、瞬殺していく。


 戦況も読めない状況だし、血が熱くなり過ぎているせいで、思考力も薄まる……それだけに、ただ残酷に、目の前にいる敵へと反射する。飛び付き、鋼で敵を仕留めるだけだ。集中はしている。戦術すらも考えずに、ただ命を奪うことのみに集中しているからな。


 普段よりも速くなる。


 思考が消えた分、野性の反射速度を帯びるからだ。


 何隻目かの敵船を、オレは攻め落としていた。ボードに乗って逃げていく敵兵を、ゼファーに焼き払わせると、戦場を移動するために、再びゼファーの背に乗った。


 ゼファーは沈みかけの船を足場にして、跳躍を続ける。


 まだまだ、大勢の敵がいるが、あれだけ殺しただけはあり、南側にいた海賊たちが、どんどん北へと攻め上がる。数では、こちら側が多くなりつつあるほどだ。戦場を、敵の守りを切り崩すことには、オレとゼファーは成功したというわけだ。


 ……しかし。


 『有名人』とは、いかなる状況でも目立つものだな。


「ジーン・ウォーカーがいるぞッ!!」


「賞金首だぜッ!!」


「あっちだ!!ヤツは、三番目に殺しておくべき相手だと、総督閣下はおっしゃられていたぞ!!」


「殺せば、大出世だぜ!!行くぜ、みんな!!」


 帝国兵士らが、喜びの色彩にふくらむ声で、そんなことを叫んでいた。戦場ではよくある声だな。金になりそうな獲物を見つけたとき、ヒトの心には欲望の炎が踊り、戦闘意欲が回復する。


 欲望は、ヒトを強くする。


 そして、どうにも視野を狭めてしまうものだな。


「……クソ、雑魚どもが!」


 敵に見つかったうかつさよりも、自分を見つけた敵のことに文句を言う。前向きな精神性を持つ男、ジーン・ウォーカーは身軽さを発揮していたよ。


 折り重なった帝国軍船のあいだを、その黒髪の青年は跳び越えていく。猿のように、素早い。なかなか大したもんだ。


 敵からすれば最優先のターゲットの一人だ、よくぞ生きていてくれたな。というか、単独行動なのか?リエルも、シアンもいない?……フレイヤのために、ムリをして前に出すぎたということだろう。賢い男が、戦場でひとりになるのは、理由がある。


「ゼファー」


『うん!!じーんを、たすけよう!!』


 ゼファーはそう言うと、まだ痛むだろう翼を広げた。


 空を叩いて浮かぶことは出来ないが、滑空することは出来た。絡み合う船たちのあいだを、ゼファーが静かに飛行していく。ムササビさんの飛び方だな。悪くない、穏やかで、静かで―――敵に見つからないほどに、静かだから。


 だが、ジーンだけは、オレたちに気づいたようだ。さすがに終われ続けて来た者は、状況を把握する能力を鍛え上げているな。


 ジーンは戦術を即興で組んだよ。敵兵を誘導するように、軍船から、沈んで仰向けになっているどちらかの軍勢の船底に飛び移る。開けた場所に……ゼファーが襲いやすい場所に、敵を誘ってくれたのさ。


 欲に駆られた敵兵たちが、天を向く船底に飛び移ってくる。六人もいるな。オレも欲深い。ゼファーが翼の痛みをこらえながら飛んだのだ、もっと大勢の死で、この飛行を飾りたいものだったが、いかんな。


 欲望は身を滅ぼすのだから。


「へへへ!!」


「追い詰めたぜ海賊ジーン!!」


「コイツを殺したら、オレたち、デケー家に住めちまうぜ!!」


 血気盛んな敵兵たちは、ジーンを殺すために彼を追い込んでいくが……最期まで、オレたちには気づけなかった。


 無音で迫るゼファーの足爪で、連中は無残な形状へと切り裂かれていた。三人がその襲撃で死に。残りへは、竜の背から跳んでいたストラウスの剣鬼の斬撃が、死を刻みつけてやった。


 オレは船底に着地し、ゼファーはやさしく海に降りた。尻尾を振って舵を取り、こちらへ戻って来ようと犬かきで近づいて来た。


 ジーンはその様子を見ると、微笑みを浮かべていた。疲れた顔にな。


「た、助かったよ、サー・ストラウス。それに、ゼファー!!」


「恩に着ろ」


『おんは、かえすものだから』


 ゼファーはそう呟きながら、アゴを船底に乗せて体を休ませる。翼を使ったのは、やはり痛かったのかもしれない。そして、竜には小さすぎて複雑な足場だからな、疲れて体温が上がっている。それを海水で冷ましてもいるようだ―――。


「ああ。いつか、恩返しはさせてもらうよ!」


「……それで。ジーンよ、戦況はどうなっている?」


「見たまんまさ、混乱しているよ。でも、アンタたち猟兵がいるから、この白兵戦の勝利は時間の問題。アンタたちのおかげだろ?南から、大量に仲間が応援にやって来た」


「まあな。リエルとシアンは?」


「四つか五つぐらい向こうの軍船を襲っているよ。敵が大勢で立て籠もっている。敵も味方も集まっていくものだからな、こういう戦になると。あそこも、一つの決戦の場所みたいになっちまった」


『……『まーじぇ』、ぶじだったんだ!!』


「ああ、ムチャクチャ元気。『炎』の矢で、敵船の『火薬樽』を爆破しまくっていたよ。でも……『マージェ』って、古代のドワーフ語?……母親?」


「母親代わりという意味だ」


「なるほど。よく懐いているものな、ゼファーはリエルちゃんに」


『うん。そういえば……じーんは、なんで、ここにいるの?』


「オレは、偵察がてら、使えそうな船を探していたんだ」


 ……1人でひょいひょい出歩くか。高額賞金首の自覚がないのか?


 まあ、オレもヒトのことを言えた義理ではないな。それよりも気になるぞ。


「……なぜ、船を探す?」


「マストに登って偵察していたら、『ヒュッケバイン号』が、ヴァーニエの船を追いかけていくのが見えたからさ」


「この混沌とした状況を、抜け出したか」


 さすが双方の首領同士か。周囲の仲間の船が、脱出を手助けしたのかもしれないな。


 シャーロンはともかく、カミラとオットーがいれば、『コウモリ』で離脱も出来るだろうが……ヴァーニエを仕留めない限り、戦は終わらない。フレイヤは、ムチャしても追いかけるかもしれないな。


「……どうしても、それに追いつきたい。ヴァーニエは、どこか、危険だ。何をするか、分からない。こういう予感だけは、残念ながら、外れないもんだよ」


「そうだな。『火薬樽』の撃ち合いになる直前に、ヤツを見た。この状況でも、頭は回っていそうだ」


 竜を睨みつける男は、なかなかレアな存在だ。ジョルジュ・ヴァーニエもその1人。そういう敵は、まちがいなく異常さを持つ。気をつけなくてはな……。


「最も最悪な状況は?それがヤツの望みだな」


「……オレに言わせるなよ」


「……スマンな。ヤツが、狙うとすればフレイヤの命か」


「……そう、だな」


 そうつぶやくが、ジーンの本心は違うことを考えているようだ。海戦に詳しく、賢さもある男だ。彼が何を考えているのか、気になるね。


「フレイヤじゃないのか?」


「……オレにとっての最悪な状況はそうだ。でも、ヴァーニエにとっては、そうじゃないかもしれない。ヤツが、一番殺したいのは、フレイヤじゃないかも」


「……誰だという」


 その質問に、ジーンは変な表情をする。目を細めて、口をすぼめる。何を考えてるのかは、オレには判断しかねる顔だ。


「もったいぶるな。推理など楽しんでいられる状況じゃない」


「……わかったよ。あくまでも、オレの予測だけど―――ヴァーニエが一番殺したい人物……それは、きっと、アンタだ」


「……なに?……オレだと?」


「うん。脅威の度合い。オレやフレイヤが50なら、アンタは200ぐらいだ」


「買いかぶり過ぎだろ?」


「そうとは思わない。ヴァーニエの策は、ほとんどが完璧だった。フレイヤの誘拐も、村の襲撃も、さっきのボートに乗った兵士の群れも。全部、決まればオレたちは終わりだったよ」


「……それは、そうかもな」


 フレイヤが誘拐されていたら、『アリューバ海賊騎士団』は誕生していない。各地の村の襲撃が、もっと深刻な攻撃になっていたら……トーポを拠点にすることで『アリューバ海賊騎士団』は創れない。


 思い返せば、ずいぶんとヴァーニエを邪魔していたわけだな。ヤツの大きな策と、オレの行動は、奇妙な一致を見せている。おそらく、攻撃性が同じなのだろう。オレは戦場で最速の行動をしたという自負がある。敵に攻め込み、切り崩してやりたいからだ。


 ヤツも、『最速の行動』を目指したから、お互いが似たようなタイミングで動いた。その結果、『スケジュール』が色々と重なったのかもしれないな。


 気が合うとは思わない。


 だが、敵に対しての『容赦のなさ』は、おそらく同格……イヤな敵だな。


「帝国からすると、アンタは疫病神だよ」


「最高の褒め言葉だ」


「……だからこそ、ヴァーニエはアンタを殺したいと願うんじゃないかな」


「願うのなら、殺しに来ればいい」


「ホントだよ。ここに来てくれたら、ヤツはアンタに殺されちまうんだろうけど。まあ、それはいいよ!とにかく、使える船があれば―――ッ!!」


「もらったああああああああああああああッッ!!」


 背後の軍船から、足音と叫びが聞こえて、敵兵がジーン目掛けて飛んでくる。


 ジーンは舌打ちしながら、この場に転がることで難を逃れる。


「ぬう!!躱すか、賞金首!!」


「……おいおい。アンタ、命知らずだな?場違いだぜ、ここはアンタが一人で来る場所じゃない」


「……何を…………」


 その兵士は、ゼファーとオレに気づいていなかったらしい。


 ゼファーは海につかっているし、オレは敵船の影に隠れるような位置を、本能的に選んでいたからな。習慣とは、恐いものだ。自分でも、隠れていることを忘れていたよ。


「……え!?」


 兵士はドジを踏んだが、ドジだったわけではない。オレたちがよく隠れていただけだ。


 だが、その不運な男は気づいたよ。ジーンのすぐ近くに、竜がいることにね。ゼファーは金色の瞳が見開いていく。攻撃性が高まるのさ。


 そんな様子を目撃すると、兵士は、ゆっくりと後ずさりする。しかし、このひっくり返った船底は、それほど広くない。逃げ場は四歩ほどで消えていた。オレには、まだ気づいていないようだな。そして、もう一人にも。


「く、くそ……竜が、こんなトコロにいたのかよ……ッ」


「……そっちには、『人魚』がいるぞ?」


「え―――ッ!?」


 『彼女』の指が、帝国兵の足首を掴み、そのまま海へと引きずり込んでいた。溺れさせた。揺れる海は一瞬だけ泡立つが、すぐに静かになる。あざやかなものさ。海で彼女と戦うのは、オレでも苦労させられそうだよ。


 敵兵が沈んだ海から、うつくしい女性が這い上がって来る。もちろん、レイチェル・ミルラだ。オレは、猟兵と合流出来たぞ。


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