第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その60


 東からの爆撃に慌てて、敵船どもの陣形が乱れている。密集しているのさ。下手すれば衝突しかねないほどに。あれならば、『カタパルト』を使いこなすことはないだろう。


 そう確信していた矢先だ。


 この狭まる戦場に、一人の男の雄叫びのような声が響いていていた。


「撃てえええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


 最も大きな軍船から、漆黒の軍服を身にまとった冷たい瞳をした男が、そう命じていた。ジョルジュ・ヴァーニエだ。戦場に身をさらしやがった、上空に竜が来ているというのによ。


 いい根性をしていやがる。


 ヤツが、明らかにこちらを睨んでいた。


 百年前からの一族の敵。そんな深く粘るような憎悪を、オレは浴びる。今すぐ、あの場に行って、竜太刀で叩き斬ってやりたい衝動に駆られるぜ。


 ……残酷な男だと知っているからな。


 亜人種の村を焼き払った男だ。ポエリ村の、黒く焦げた魂たちが、オレの体のどこか深い場所で、ヤツを殺してくれと願う声を放っている。


 可能なら……今すぐそうしてやりたいところだが。


 今は、アレをどうにかする時だ。


『……『どーじぇ』!!『かやくだる』が、そらに!!』


 そうだよ。


 あの残酷な男が、命じやがったから。ジーンの船団に目掛けて、『火薬樽』がいくつも飛んでいく!!空のなかで、くるくると回る、その破壊の申し子を、オレは睨む。一斉に撃ちやがって……ッ。


 すべきことを、するぞ!!


 今は、これを―――。


「―――撃ち落とすぞ!!」


『うん!!』


 魔眼で『ターゲッティング』を仕掛けながら、オレは空へと飛んだ『火薬樽』に火球をぶつけていく。爆発が起きる。


 ゼファーが魔力を爆発させながら、空にむかって劫火の嵐を吐き出した。効率は悪いが、いくつかの『火薬樽』を処理出来た。


 リエルの矢が放たれ、空中にある『火薬樽』を二連続で射抜き、『エンチャント』の炎が生まれて、それらを空に沈めていった。


 しかし……足りない。


 『火薬樽』の軌道は今までよりも低く、その飛翔時間は短いものだった。ジーンの海賊船団が爆炎に襲われる。水柱が上がり、悲鳴も上がった。海賊船の一つが、傾斜していく。


『ああ!!『どーじぇ』!!みんなのふねが、『まーじぇ』のふねが!!』


「リエルの船は大丈夫だ!!仲間を信じろ!!」


『う、うん!!』


 ―――半ば、自分に言い聞かせるための言葉でもあったかもしれんな。


「お返しだあああああああああああああああああああああッッ!!」


 海賊ジーン・ウォーカーはそう叫んだ。とっておきの『火薬樽』を、彼らは『カタパルト』と……中には『バリスタ』の機構を使って、撃ち出していた。射程距離は短いモノだったが、突撃していきながらの今ならば、『火薬樽』は敵船にも当たった。


 お互いを巻き込むようなほどの近くで、その爆発は起きる。


 だが、海賊どもは笑っていた。


「突っ込めええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!」


「突き進みなさあああああああああああああああああああああああああああいッッ!!」


 ジーンとフレイヤの号令が戦場の空で融け合って、海賊たちも歌で応えた。


「いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「『アリューバ海賊騎士団』の力を、見せつけるぞおおおおおおおおおおおおッッ!!」


「白兵戦で、侵略者どもを、皆殺しにしてやるぜえええええええええええええッッ!!」


 海賊船と帝国軍船が、オレの視界のあらゆる方角で衝突していき軋みを上げた。加速していた分、小型の海賊船たちでも、帝国軍船に当たり負けはしなかったようだ。


 海賊どもが、ハシゴと板を使い、帝国軍船へと乗り込んでいく!!


 あちこちで白兵戦だぜ!!オレたちも――――ッ!?


「ゼファー!!」


『……っ!!??』


 矢の群れが迫っていた。それなのにゼファーが反応していなかった。リエルを心配して、彼女の姿を戦場に探していた。だから、この矢の群れに気づくのが遅れた。オレはゼファーの首を引き倒すように右へと体を突き出す。


 バランスがずれて、矢が外れていくが、左の翼に七本ももらってしまう。しかも、関節の近くだ。動きが、一瞬、奪われる。飛ぶための勢いが消えて行く。


『ご、ごめん、『どーじぇ』、よそみ、してた……ッ』


「大丈夫だ、右に見える船に、突撃しろ!!そこが、オレたちの戦場だ!!」


『う、うん!!ばんかいする……そのまえに、ついらくだ!!』


 その帝国軍船の甲板が見える。近づいてくる。とんでもない勢いで。仕方ねえ。空を飛んでいれば、墜落するときもあるわな。


 オレは、空中で崩れるように回転するゼファーに巻き込まれないように、ゼファーの身から飛んでいた。


 ゼファーが、その船の甲板に叩きつけられる。叩きつけられながら甲板を走り、敵兵たちを轢き殺して、その肉が作ってくれた摩擦で止まる。


 オレはゼファーの無事を確認しながら、そのままその敵船の甲板に叩きつけられた。だが、体を捻り、衝撃を分散するのさ。回転することで、墜落の衝撃を分散しつつ、オレはその回転んを利用することで立ち上がる。


 竜騎士を舐めるな。


 何百回、竜の背から落とされていると思うのだ!!


 全身が打撲で痛い。だが、知るか、そんなこと!!血が、騒ぐ!!敵がいる!!敵しかいない!!右も左も前も、オレを殺そうと息巻く帝国人どもで一杯だった!!


 竜太刀を抜き、敵の群れへと走っていく。


「我は、ソルジェ・ストラウス!!ガルーナの竜騎士!!魔王にして、『パンジャール猟兵団の長ッ!!死にたいヤツから、かかってきやがれええええええええええッッッ!!!」


 矢を構えていた弓兵どもに、突撃しながらストラウスの嵐を放つ。四連続の斬撃が、敵の弓ごと斬り裂いて、心臓までも斬り裂いた。


 三人の弓兵を仕留めるが、右手にいた弓兵どもが、オレを狙う。だが、別にいい。そいつらは放っておく。


 なぜならば?


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!』


 ゼファーがその巨体では狭い甲板を走り、その大きく開いた口で、弓兵どもをまとめて噛み殺すからさ。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


「りゅ、りゅうううううがああああああああああああああああ――――」


 ゼファーの口のなかで、ガキグギグシャリという命の壊れる音が聞こえて、断末魔が途切れていった。


 オレは船尾にいた弓兵たちに向かっていたよ。ヤツらは、こちらに弓を向けている。オレにも、そして、オレのゼファーにもだ!!


「『雷帝よ、悪しき魂を持つ罪人どもに、鉄槌を下せ』!!、『トール・ハンマー』ッッ!!」


 怒りのままに『雷』を呼び、弓兵5人を焼き殺していた。


 それでも、船尾走る。


 そこには、サーベルを抜いた兵士の一団が、隣の軍船から乗り込もうとしているからだ。


 オレは先頭の男を斬り殺し、二人目の男へは左手を使う。


 『竜爪の篭手』が、オレの血から魔力を喰らって、その巨大な竜爪を展開していく。


「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!?」


「うおらああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」


 魔力の青い焔をまとった竜爪が、己が身を護ろうと防御の姿勢を選んだそいつを叩き斬る。


 薄いサーベルの鋼を切り裂きながら、そいつの頭部をえぐるような深さで裂いて殺す。『板』を使って乗り込もうとする三人目の脚を、竜太刀を横に振るうことで断ち切った。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 両脚を切られた男が、冷たい死が待つ海へと落ちていく。四人目は、そんな状況を目の当たりにして怯えてしまい、オレの目の前で止まる。


「こ、ころさないで――――」


「失せろ」


 オレの魔眼が金色に輝き、となりの船から伝わる『板』に『ターゲッティング』を刻んだ。『ファイヤー・ボール』を放ち、その『板』を爆破してやった。橋代わりにしていた『板』が崩れて、それに乗っていた兵士たちが、次々と冷たい海に落ちていく。


 となりの船は、沈みかけているようだ。『火薬樽』の爆撃でか?


 分からない。だが、それならば―――。


「ゼファー!!」


『うん!!』


 ゼファーが両脚で跳び、その沈みかけている船へと跳び乗った。


 ドガシイイイイイイイイイイインンンッッ!!


 帝国軍船が大きく揺れつ。ゼファーの体重を浴びた衝撃で、壊れかけていた船体がさらに裂けたようだ。ゼファーは、そのまま、こちらの船に跳んで戻った。


 帝国兵どもが、悲鳴を上げながら海へと落ちた。ヤツらは揺れた甲板から落下したのさ。そのまま装備の重さに負けながら、海の底へと落ちていく。


「……フン。ざまあみろだぜ――――」


 そう言いながら、オレの脚はふらつくようなステップを刻む。『千鳥足』。脳震とうを誤魔化すためのステップとして、我がストラウス家には伝わっているが、単に回避の技巧としても使えるものだ。


 二つの斬撃が空を斬る。


 オレを背後から襲った兵士たちのサーベルの軌跡だった。オレは静かに獲物を見る。殺意を帯びた怒りは、冷たく燃えるときもある。今が、そんな状況だ。冷静に、肉体は挙動する。


「ど、どうして――――」


「はいごか――――」


 『千鳥足』のステップは、剣舞のラッシュに連絡する。ストラウスの剣鬼が、避けるだけの技巧など発明するわけがないだろう。


 首を切られた男の頭が、血ですべりながら海へと転がっていく。だから、二人目の男に教えてやる。


「……暗殺を志すのなら、無音をまとうことだな。足音がうるさいぞ」


 未熟者の胸を竜太刀で貫いたまま、オレは答えを教えてやった。あの海に落ちていった頭に教えてやるといい。オレは竜太刀をその死体から抜くと、傾く船のふちから海へと突き落としていた。


 横を向くと、敵兵の上半身を食い千切ったばかりのゼファーが、心に語りかけてくる。


 ―――このふねも、しずむよ、もぐもぐ……せなかにのって、あっちのふねにとぶ。


「飛べるのか?」


 ―――まだ、むり。だから、じゃんぷして、ちかづくから、ぼくのあたまをけって、とびうつって?


「……了解だ」


 敵兵をゴクリと呑み込みながら、ゼファーがオレに背中を向けるはゼファーの背に乗ると、ゼファーは、十五メートルほど先で、海賊たちと白兵戦をしている敵船目掛けて大きく跳んだ。


 たしかに、ちょっと飛距離が足りないな。


 オレは、ゼファーの首を走り、鼻先へと飛び移った。ゼファーが、グン!と鼻先を空へと押し上げてくれながら、海中へと落下する。


 だが、そのおかげでオレは宙高くに跳躍することが出来たよ。


 ゼファーが上げた水しぶきとその音に、弓で海賊たちを狙っていた、敵船の船長は反応する。そして宙にいるオレを見た。目が合う。


 でも、仲良くなれる運命ではない。


 オレは鉄靴の底で、彼の顔面を破壊するように蹴りつける。ミアにも教えた、竜騎士の首降り蹴りだよ。上空からの奇襲技だ。オレは首が折れて痙攣するその死体に乗り、落下の衝撃を分散させる。


 そして、そいつを足蹴にしたまま、海賊たちと敵兵どもが斬り合う、その甲板へと飛び降りていくよ。空中で横に回転しながら、浴びせるような軌道で斬撃を放つ。背後から斬ってしまったことは―――騎士道に反するが、劣勢の仲間を助けられたから許して欲しい。


 そう考えながら、オレはその場に立ち上がる。


 すぐ側に、同僚を真っ二つに斬り裂かれた敵兵がいたよ。若い男だ。女にモテる顔だった。それが、恐怖で歪み、オレにサーベルで斬りかかってくる。


 オレは半身になりながら、その未熟な斬撃を躱す。そして、左肩で強烈な当て身を入れて、彼を船から突き落とす。殺すつもりも無かったが、泳いでこちらに来ているゼファーの目の前だったらしい、彼は叫び、ゼファーは反射的に彼を喰らったようだ。


 傷ついた竜は攻撃的だ。


 顔の前で叫ぶ方が悪い。


 オレは戦場を走り、竜太刀の重心と一つとなって、敵の群れへと斬りかかった。サーベルごときでは、竜太刀の威力を防げない。乱暴に鋼を振り回し、またたく間に六人ほど殺す。脂と血潮と、鋼に削れる骨のズズズウという音を、オレの体は浴びていく。


 海賊たちが、竜騎士の剣舞を称えてくれる。


「スゲ!!サー・ストラウス、スゲーっす!!」


「まあな」


 そう言いながら、オレはこちらの優勢に怯えて、船の隅っこへと逃げ込んでいく4人の敵兵を睨む。サーベルを、震える指で握っているな。その眼は怯えきっている。あわれむ気持ちは起きない。さっさと殺して次へと向かおうか。


「く、くるなあああああ!!」


「ば、ばけものめえええ!!」


「う、裏切り者―――」


「に、人間族のくせに、なんで、そんあ亜人種どもと、つるむんだあ!!」


 オレは首の骨を鳴らす。斬りかかる前の準備運動のつまりだったが、ゼファーがそいつらを殺すつもりらしい。水中で勢いをつけることで、水上に跳ねたゼファーが、その4人に腹から乗りかかった。


 慈悲深い即死を、竜の体重は生み出した。そして、この船も少し揺れる……が、安定する。


 海賊たちは、この船の主導権を取ろうとしていた。ほとんどの敵兵が斬り殺されている。オレが斬り殺した者も多いがな。


「……っ」


 オレは魔眼の力で、足下の船室に隠れている敵兵に気づいた。船室に攻め込む海賊たちを、待ち伏せするつもりらしい。


 そして、すぐ近くに『火薬樽』があることにも気づいたよ。オレは竜太刀を鞘に収めると、その樽に指をかけながら、ゼファーに『頼む』。心のなかで。


『わかった!!』


 ゼファーが長い尻尾をムチのようにしならせて、甲板をブチ抜いていた。敵兵どもが隠れる部屋が、砕けた甲板の下に見えた。そこには10人ほどの帝国兵が、サーベルを構えていた。


 こちらを見上げてくる。オレは表情を変えない。『火薬樽』を怪力のままに持ち上げて、その中へとブン投げていた。


 悲鳴を上げながら、敵兵たちが『火薬樽』を受け取る。オレはその穴から離れると、『ファイヤー・ボール』を放っていた。『火薬樽』にはあの呪いがかかっている。甲板の裏側で爆発が起こり、敵兵どもの生命は消えたよ。


 オレは海賊たちを、動かすアゴで指示を出す。隣の帝国軍船へと走れと説明したつもりだ。


「へい、了解っす!!」


「みんな!!となりに移るぜ!!」


 海賊たちは、小太りなのに、海の上では俊敏だったよ。橋代わりの『板』素早く走って、となりの敵船へと軽やかに移った。


 オレはゼファーに近づき、左の翼に刺さっていた矢を思い切り抜いた。ゼファーの体はピクリと動く。かなり痛かっただろうが、戦場では泣き言を口にしないのが、『パンジャール猟兵団』だと理解しているのさ。


 矢を抜いたゼファーの傷口は痛々しい。だが、今は治療してやれない。敵が、まだ大勢いるのだからな。ゼファーの背に跳び乗ると、首をやさしく撫でてやる。


「……行くぞ、ゼファー。北上しながら、敵を殲滅していく。海賊たちを助けてやるぞ」


『うん。そうすれば、なかまがふえる。そうすれば、より、みんなが、あんぜん……『まーじぇ』も』


「そういうことだ。二つ隣の船に移るぞ。あそこにも敵が多い」


『いえす・さー・すとらうす!!』

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