第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その50


 そうだ、時間は来たのさ。村を焼いたクソ外道、ジョルジュ・ヴァーニエを地獄に突き落としてやるための時間がな……。


 『アリューバ海賊騎士団』の旗艦、『ヒュッケバイン号』は港から出航していく。そこに乗っているのは、フレイヤと、彼女の最も信頼のおける部下たちだ。


 あとはフレイヤの護衛として守りの達人オットー・ノーラン、『コウモリ』の機動力が使えるカミラ・ブリーズ、『人魚』として海戦で大暴れしてもらうためにレイチェル・ミルラ。


 そして……戦闘能力もそこそこ高いシャーロン・ドーチェが乗っているぞ。見た目は『ジブリル・ラファード』のままだが、『敵を混乱させる』という意味では有効だろうな。


 ああ、ターミー・マクレガーも合流したよ。


 彼は奪った帝国軍船の一つの船長になった。フレイヤさまを売って帝国の軍人になった褒美みたいでイヤだとか、ブツクサ下らんことを言っていたが、せっかく奪った軍船を使わぬまま放置するのは勿体ない。


 血気盛んな戦士と船乗りたちを乗せて、ターミーの軍船はフレイヤの後に続いたのさ。


 沖合に出ると、『ブラック・バート』の海賊船たちが合流してくる。


 ふむ。時間ピッタリだ。太陽を見て時を計るか。悪くない精度だ。


 計8隻の海賊船が『ヒュッケバイン号』に並ぶ。空から見ると、その技巧の素晴らしさに唸り声が出ちまうよ。見事に『縦一列』さ。


 アレには意味があるらしい。何でも、『ヒュッケバイン号』の衝角に刻まれた『風』の紋章、それが海を切り裂いて作る『波』に『乗る』ことで、後続の船たちは、かなり早く走れるようになるそうだ。


 ゼファーの上でリエルは、オレとゼファーにそう教えてくれたよ。


 海賊の知識をたくわえて、彼女はまた一つ世界の秘密を見抜けるようになったようだな。森のエルフの弓姫とは思えないほどに、海の知識が増えている。


 とてもいいことだ。


 知識が多い方が、世界をより深く楽しめるとオレは信じているぜ。それを証明するように、今のオレはワクワクしながら『ヒュッケバイン号』が起こす波を見下ろしているんだからな!


 『ヒュッケバイン号』の上空を、守るようにオレたちは飛んだ。


 ああ、他の仲間たちも配置についたぞ。


 ロロカ先生は、『アリューバ海賊騎士団』の主力部隊を率いて、南から来る5000の敵にのみ備える陣形を選んだよ。『北からの部隊に備える必要はない』からな。まあ、ジイサンたちの護衛に500ほどいるから、それだけで十分だ。


 ミアは偵察だ。


 杉林を風よりも速く駆け抜けて、南から迫る兵士の群れを偵察しに行く。エルフの魔笛を持たせてもらっている。ミアにはその音はもちろん聞こえないが……単純なリズムで、鳴らすことは出来る。


 ロロカ先生が、5秒ぐらいで創り、3分かけてメモに記した楽譜みたいなもの。それの指示にそって、吹けばいいのさ。『ぴー、ぴぴー、ぴー、ぴー』。で、『最前列は軽装歩兵』という意味の音になるらしい。


 ホント、賢い人って、スゴいなぁ……。


 エルフより速く走るミアの偵察があれば、敵の動きはゼファーがいなくても丸分かりだ。


 連中が休憩しようとしたら、ミアはその群れを『スリングショット』で狙撃して、休息時間を阻むという地味な攻撃を繰り返すはずだ。


 行軍に疲れている連中には、死ぬほど効果的な嫌がらせだろう。まあ、ミアは狙撃する度に殺すわけだが……オレたちの哲学に従い、『強い敵』から殺すのさ。


 敵の疲労を増やし、集中力を削る……暗殺妖精の活躍で、連中の行軍は地獄の色合いを深めるだろう。


 ピエトロとジーロウ・カーンは、ロロカ先生と共にいる。5000の敵を蹴散らす主力部隊だ。ロロカ先生はピエトロが覚えた『エンチャント』の使いどころを考えてくれていたよ。


 戦場のあちこちに、『火薬樽』を埋めている。敵が突撃してきたら、ピエトロが『炎』をまとった矢で、それらを撃つ。爆発して周囲の敵が吹き飛ぶという作戦だ。ピエトロはワクワクしているのか、ドキドキしているのか……。


 彼にはいい経験を積むことになるだろう。有能な弓兵に育ち、ガルーナ軍の強兵になって欲しいのだよな、ピエトロ・モルドーには。


 ジーロウ・カーンと『虎』たちは、ロロカ先生と突撃して、敵を蹴散らす係だよ。まあ、積極的な突撃は、トドメを刺すときだろう。


 野原には、セルバー・レパント・チームのドワーフたちが建てた『カタパルト』が6基もあるからな。これでガンガン岩やら、『火薬樽』をぶっ放す予定だよ。


 ピエトロの矢とタイミングあえば、さぞや豪華な花火となるだろうな……。


 トーマ・ノーランおよびその部下たちも戦場の最前線にいる。彼らは、元・帝国兵だからな。誰よりも激しく戦い、自分たちの忠誠を示そうとしている。部下を失ってしまったトーマがヤケクソにならないようと、マルコ・ロッサがそばにいた。


 ……ゼファーは、空を旋回しながら、はるか遠くを見渡せるその金色の眼を使い、オレに仲間たちの様子を見せてくれる。


 好戦的に笑うミアや『虎』たち、緊張しているカミラとピエトロ、涼しい顔で戦に備えるベテラン猟兵たちと海賊たち、思い詰めたトーマ、心配そうなマルコ・ロッサ……見知った者たちの様々な表情を、オレは見ることが出来た。


 だから、オレは好戦的に笑うのさ。


 笑っていると、背中にいるリエルの指が、オレの唇をつついてくる。指で、オレの表情を確かめているようだ。


「……ストラウスの笑い方だな」


「ああ。そうだ。戦だからなあ。しかも、帝国兵を地獄に落とす戦だ……楽しくて、仕方がねえんだよ」


「そっか。うむ、そうだな……ソルジェ」


「なんだ?」


「この半島では、悲しいことも多くあったが、良い出会いも多くあったな」


「……ああ。今夜は、大宴会だろうから……そうなると、オレは酔いつぶれてしまう。そうなると、君との約束を果たせないから、オレはさ、今から君に色んなコトを話すよ」


「……グラーセスでの約束を、覚えていてくれたか」


「離れていたときのことを、話すよ。戦の前だけど、少し時間があるからね」


「……うむ!時間があるのだから、戦の前にイチャイチャしても大丈夫だな」


 そう言いながら、リエルがオレの胴に腕を回してくる。鎧越しだが、それでも無意味なことだとは思わない。


「聞かせてくれ、ソルジェ!お前の今度の旅が、どんなコトがあったのか。嬉しいコトとか、悲しいコトとか……何でもないコトとか!いろいろ、私の耳に届けてくれ。私も、お前に色んなコトを話してやるから」


「ああ……君の物語を聞くのも楽しそうだ」


「うむ。では、まずはお前からだぞ」


「ああ―――」


 夫婦の空気を呼んで無言でいてくれる。そんな賢いゼファーの背の上で、オレとリエルは作戦時間が来るまで、長話をつづけたよ。


 この半島では、本当に多くのことが起きたから、長い時間があったところで、その全てを語り尽くすことは出来なかった。


 でも、十分だ。


 オレたちは、その時間をとても楽しめたからな。


 蒼穹を駆ける幸せな時間は、すぐに過ぎていく。


 ゼファーは『ヒュッケバイン号』を追い越さないように、ゆっくりと右や左に旋回を繰り返しながら、晴天の中に黒い飛翔の軌跡を描いていったよ―――。


 リエルの笑い声と、同調してくれる声、そして悲しい物語を語るオレを抱きしめて、あるいは頬を撫でてくれる指の熱量を知る。


 いいねえ、なんだか、楽しくて仕方がないよ。


 戦がないとこんな時間が増えるのかね。だったら……さっさと帝国兵どもを皆殺しにして、オレたちの『未来』を、骨の髄まで楽しみたいものだぜ。


『―――『どーじぇ』、『まーじぇ』。じかんだよ』


 ゼファーが太陽の傾きから、正午が近づいたことを教えてくれる。オレとリエルは、ビジネスのための貌になる。猟兵の貌さ。これが、オレたちの本質だ。復讐のために戦場を支配する、最強の戦士、『パンジャール猟兵団』。


 戦の前には、血が熱く燃えて、魂が敵を殺せとわめいて踊る。


「……そうか。見物だな」


「ギンドウがしくじらなければだが」


「……まあ、ミアが黙って持ち出してきたモノだし……本当に水中でも効果があるのか」


「ロロカ姉さまが、難しいハナシをして、錬金工学的には大丈夫と言っていた。だから、大丈夫だ。もしものときは、あのバカを殴るだけだ」


「くくく。ギンドウ……しくじるなよ?」


 オレはギンドウが育ての親から受け継いだ、時計職人としての技巧を信じている。空を飛ぶ機械など、夢のまた夢だろうが―――片腕が義手のくせに、究極に細かな仕事をする時計職人、ギンドウ・アーヴィングの技巧には、絶対の信頼を置くのさ。


 オレは懐中時計を見るよ、ギンドウが造ってくれたね。


 時刻を確認する……11時39分10秒。


「あと……五十秒だな」


 そうつぶやきながら、オレは左眼の魔眼を使い……10キロほど先の海に浮かぶ、帝国船団の姿をにらみつける。


 34隻の帝国軍船だった。


 情報通りではあるな。特別に大きな船が5つだ。4つは、戦士を運ぶためだけに大型化された船だ。あれに500人ずつの歩兵が乗せられ、運ばれている……ギンドウの『新型爆弾』は、あの大きな船の底にたんまりと装着されているはずだ。


 『ヒュッケバイン号』の船大工が指摘していた、帝国軍船特有の弱点部位にな。そこは数千本の木で編まれるように造られる、巨大な船の『継ぎ目』のような場所。


 そこをピンポイントで爆破されると、周囲の木まで大きく内側に曲がり、流れ込む水流でその傷は広がる。抑え込むことが出来ず、浸水を止めるのが難しいという場所。帝国軍船の急所みたいな場所だな。


 喫水線からかなり深い位置だから、衝角が当たることもない。帝国軍船の巨大化とタフさを支える構造の要となる場所だが、脆さもある。船大工は、かく語りきだ。


 ―――それゆえに、ヤツらは妙に浅瀬を嫌うのじゃろうな。こんなもん、浅瀬に刻まれたら、終わりじゃぞ。まあ、浅瀬以外には、ほとんど痛めつけられることも無かろうがな……。


 ならば、レイチェル・ミルラが『人魚』となって、その場所にギンドウ・アーヴィングの『新型爆弾』を取り付けよう。それが、オレたちの作戦の一つ。


 左舷のその部位に、五つずつ。ミアがザクロアから持ち込んだ、『ギンドウ爆弾』はカチカチと時を刻んでいる。ギンドウ製の時計が内蔵されていて、仕掛けた時間にドカンと炸裂。


 そういうアイテムのはずだが……?


「8、7、6―――」


 リエルのカウント・ダウンが始まる。ゼファーも『マージェ』に言葉を重ねたよ。


『さん!に!いち……どかん!!』


 ……。


「……あれ?」


「あのクズ野郎、失敗したな……折檻だ!!」


 リエルがそう言った次の瞬間、オレの視界のなかで、兵士を満載している、あの大型軍船がゆっくりと傾いて行く……ッ!!


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!


 時間差で、その爆音は聞こえていた。魔銀に、ギンドウ・アーヴィングの魔力を込めまくって、小さな火薬の発火で起こる『炎』を喰らい、魔術となって鋼の破片と爆発で攻撃する。


 ギンドウが、『造らされるのが面倒い』と、有効なのに封じたアイテムが、その威力を証明していた。


『すごーい!!ぎんどうのばくだん!!かなりのいりょくだ!!』


「な、なるほど。ロロカお姉さまが、水中では威力が逃げないから、とんでもなく効果的かもしれない―――とか、言っておったのは、こういうコトか!?」


「……難しいコトは分からんが、ヤツらの急所をブチ抜いてやったように見えるぜ!!」


 左舷の底ばかりに穴が開いたせいで、巨大な船は大きく左に傾いて行く。甲板にいた兵士たちが海へと落ちる。海流が速い……あれでは武装していた者は溺れ死ぬ。どんどん傾斜がヒドくなる。


 連中、避難用のボートを下ろそうとしているが……どうにも間に合わないだろう。とにかく、武器や防具を可能な限り外し、海へと飛び込む他ないのさ。


「いい仕事だ!!ギンドウ!!そして、レイチェル!!……あと、フレイヤのところの船大工のジジイ!!」


「うむ!!我々も、見せつけるぞッ!!」


「おうよッ!!行くぜ、ゼファーッ!!」


『うん!!てきを、こんらんさせてやるんだッッッ!!!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る