第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その51
ゼファーの翼が、空を包むような動きで閉じられる。風を切り裂く竜の下あごを海に向けて、その長い尻尾を太陽へと伸ばした。オレとリエルの体を、吹き飛ばさんばかりの烈風が打つ!!
急降下するのさ。
大地に引かれていくのだ、黒ミスリルの鎧をまとった我が愛竜は。空を貫きながら、オレたちは漆黒の槍に化けて、海上を漂う、敵船の群れへと流れていく。オレは眼力で魔術を成して、眼帯を結んでくれていた紐を切り裂いて空へと捨てた。
左眼を見開いた。
竜の魂が宿る、金色の眼で世界を睨むんだよ。
海が迫る。迫る、迫る―――今だぜ、ゼファー!!
漆黒の翼が大きく広がり、海水に叩きつけられるはずであった軌道が、力ずくで歪められるのさ。ゼファーの骨格が、空との格闘を楽しむみたいに震えている。ゼファーは、今日も空と己の運命を制していた。
翼が風を叩き、ゼファーは海面すれすれを、矢よりも速いスピードで飛び抜けていく。
傾いて行く大型船のとなりを飛び去って、オレたちは獲物を目指していた。
「どれでもいい、片っ端から、攻撃するぞッ!!」
「了解だ、ソルジェ団長ッ!!」
『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』
始まりは竜の歌声だ。帝国の軍船のあいだを飛び抜けていくゼファーが、敵船の甲板に目掛けて劫火の弾丸をぶっ放す!!
「りゅ、竜だあああああああああああああああああああああああああ―――」
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッ!!
爆炎が海上に響き、帝国軍船の甲板が灼熱の火焔に呑まれていった。あの『火薬樽』どもに引火して、三つの大きな爆発が、竜の炎を浴びた帝国軍船を焼いていた。
竜が歌うんだ。
竜騎士も、負けてはいられない!!
魔法の目玉の出番だぜッ!!
高速に流れていく世界を、オレは睨む―――帝国軍船の、マストから三メートルぐらい前……そこに『火薬樽』のストックはあるんだよ。
神速で海上を飛び抜けるゼファーの背で、オレは獲物を呪うのさ。『ターゲッティング』だ。黄金色に輝く紋章が、その『火薬樽』に刻まれる。オレは、右手を獲物に向けて、初級魔術を撃ち込むのさ!!
「燃えろッ!!」
『ファイヤー・ボール』。呪文さえ不要な、基礎中の基礎の魔術をオレは撃った。『ターゲッティング』の呪いに引かれて、その『炎』の球体は、通常のそれでは有り得ないほどに加速して行き、炎の尾を青空に残しながら……『火薬樽』の集積に命中する。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!
ゼファーほど派手じゃないが、また一つ、帝国軍船の甲板を炎が焼いた。
リエルも負けてはいなかった。
『炎』の『エンチャント/属性付与』を帯びた矢を、彼女は敵船目掛けて放っていたよ。矢は、『火薬樽』を見事に射抜く。矢柄を焼いて踊る炎が、次の瞬間、その獲物を爆裂の結末に引きずり込んだ。
ドガカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッッ!!!
『……えへへ!!ぼくのが、いちばん、おおきかった!!』
「ええ。でも、次は負けないわよ、ゼファー!!」
オレの魔眼が背後にある『炎』の気配に勘づくよ。三つ?リエルは三本同時に撃つつもりか!?
「ゼファー、右の船の頭上を飛び抜けて!!」
『うん!!わかったよ、『まーじぇ』ッ!!』
「……『風の猟犬よ、我の矢を、獲物へと導け』、『魔弓』……『フェンリル・ストーカー』ッッ!!」
リエルの矢が三本同時に放たれる!!
これは、オレの『竜の焔演』と同じ―――『複合魔術』だッ!!
矢には『エンチャント』の『炎』、弦を『ピンポイント・シャープネス/一瞬の赤熱』で強化して……矢の軌道を、竜巻みたいに強く、牙のように曲がる『風』の道で導いた!?
赤い軌跡が戦場の空を駆け抜けて……流れ星みたいな勢いで、敵船を撃ち抜いていく。二つの軌跡が『火薬樽』へと当たり、一本だけが外れていたよ。だが、二連続の『火薬樽』の爆発が、軍船の甲板を焼いた。
「……くっ!!一本、外してしまった……ッ!!」
「いや。さすがだぜ、リエル。遠距離攻撃のエキスパートは精密さが違う」
「これぐらいやらせてもらわねば、『ヒュッケバイン号』で海賊見習いの真似事をしていた甲斐がないのだ」
「……くくく!!そうかい!!ならば……オレも、『パンジャール猟兵団』の団長として、技巧を見せようじゃないか」
オレはゼファーの背で竜太刀を抜く。焼き払うばかりが芸ではない。『風』を集中させるんだよ。竜太刀の刃に、ザクロアの『風』を呼ぶ。騎士の太刀が放つ……『風』の魔剣だ。
そして。
オレだけの力じゃない。
ゼファーの翼が起こす『風』も呼ぶし、北海から吹く北の風も集めていく。竜太刀に翡翠に輝く竜巻が宿る。刃から噴き出すように、翡翠の暴風があふれて奔る!!……ザクロアの奥義に、近づいている気がするぜ。
「なんだか、今までのアレと違うぞ!?……ゼファー、狙いをつけさせてやれ。ソルジェ、背中を支えておいてやる!!思いっきり、放て!!」
「おうよ!!」
『『どーじぇ』!!みぎのてきで、いいよね!!』
「ああ。やってくれ、ゼファー……ッ!!『魔剣』ッ!!『ストーム・ブリンガー』ああああああああああああああッッ!!!」
瞬間、竜の飛翔速度までもを重ねた、『暴風』の魔剣が蒼穹と、青で繋がる海をも両断する。真空の断裂が、空と海と……そのあいだにいた帝国軍船を切り裂いていた。翡翠色の一閃が、全てを切り裂く。
斬られた海が深く傷痕を走らせる。斜めに走った魔剣の斬撃が、海に大きな泡を発生させていく。
敵兵どもがわらわらと出て来ていた甲板の上を、ゼファーが飛び抜けていった。
『……あたらなかった……?』
「いいえ、違うわ、ゼファー。斬っている―――帆柱を三本まとめて、斬り裂いたわ」
そうだ。オレが狙ったのは、あのデカい丸太ん棒だよ。天を衝くように伸びたそれらが、中途の位置で、斜めにスライドしながら落ちていく。それらは甲板を強く叩いた後で、その船の右舷へとせり出しながら、海中に沈んでいく……。
船を引っぱる風にも耐えるロープたちが、その帆柱には結びつけられているからな、船の動きに、大きな制動がかかる。だが、船についていた勢いは、違う形の運動に化ける。
海へと刺さった帆柱に、引きずられるようにして船が傾いて行くのさ。勢いが余って、その船の腹が、宙に遊ぶ鯨の腹みたいに反り返っていた。
「ふ、船が、て、転覆するぞおおおッ!!」
「は、早く、ロープを切るんだああああッ!!」
「く、クソ!!なかなか、き、斬れない!!」
オレはその大きく傾斜していく帝国軍船の『腹』を睨む。船底さ。脆さがあると船大工が語ったという……そこに、オレは『ターゲッティング』を施すんだよ。
あんなところに『ファイヤー・ボール』を撃ち込んだぐらいでは、どうにもならんだろう。だが……竜の『劫火』を強化して、爆撃を加えてやったら、果たしてどうなるもんかね。
「ゼファー!!あの『呪眼』に向けて、『風』を混ぜた劫火を放てッ!!」
『……っ!!りょ、りょうかい、『どーじぇ』ええええええええええええええッッ!!』
両脚の間で、ゼファーの体が膨らむのが分かる。胸郭を広げながら、肺に空から喰らった風を取り込んでいるのだ。
ゼファーが宙返りだ。
尻尾を天に向けながら、その身を捻るように空で踊らせた。傾いた敵の船が見える。マストと帆が海面に引っかかり、船体がどんどん反り返っている。傾斜はゆっくりと進むが……そろそろ止まりそうか……。
だが……そんな体勢で、これほどの火力を浴びせれば、どうなるかな。
「ゼファー!歌ええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
食い千切った空を混ぜた、竜の劫火が巨大な火球となって堕ちていく。
「……呪いに誘導されている。加速しながら、魔力が、膨らんでいくぞ」
「ああ。そのまま、破裂しろ!!」
竜の吐いた小さな太陽が、黄金の呪いに触れたよ。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンンッッッ!!!
太陽が爆裂する。『ターゲッティング』に触れた魔術が、全てそうなるように。あの小さな太陽も、狂暴な力を帯びて、世界に破壊を刻んでいたよ。
灼熱の衝撃波が、海水を蒸発させながら波を起こし……沈みかけていた船を、海中目掛けて押し込みながら、その圧力で破砕していった―――帝国海軍の兵士たちが、焼き払われながら空を飛び、やがて、砕けて割れた船と一緒に、貪欲な海の胃袋へと呑まれていく。
船を沈めた。
ひっくり返して、底を砕いてやれば。
あんな不安定なモノを、オレたちだけの力でも沈められるということだな。
「……うむ。良い作戦だぞ、ソルジェ団長。これならば、船を沈めることも出来るな」
『ひょうめんを、やくだけじゃ、なかなか、しずまないもんね』
「ああ……だが。魔力の消費が激しいし、そろそろ兵士どもが、わいてくるぞ」
「そうだな。距離を取るのだ、ゼファー!!このまま、敵陣のど真ん中にいると、矢で射られて、お前の翼にいらぬ傷をつけてしまう!」
『うん!きょりを、とるね!!』
ゼファーが翼で空を叩いて、狂ったようにオレたちを狙う、帝国人の矢の雨から遠ざかっていく。
欲張れば、さすがに死ぬな。
奇襲で、アレだけ攻撃出来れば、上々ではある。
オレは蒼穹に踊るゼファーの背から、海上を見下ろす。神さまにでもなったような気持ち?いいや、魔王だな。帝国人どもを殺しまくる、破壊の神だ。
四つの大型船が、沈んでいく。
そこからは、兵士がわらわらと飛び出していく。この海流は激しい。多くの者が、もがきながら溺れ死んでいく。海は、貪欲だな。広くて大きいだけに、ヒトの命なんていう、些末なモノなど、いくらでも喰らってしまうようだ。
帝国海軍は、救助作業に入る。船を止めて、ボートを下ろし、溺れていく仲間たちを救助しようと海をオールで漕いでいく。
だが、それで助けられるとは思えない。
燃えていく船を消火作業で、どうにかしようと努力しているが、乾いた北風を浴びた帆は、よく燃えてしまうものさ。帆を張り替えることも時間がかかるだろうが、帆柱が燃え始めたことはサイアクだな。二度と、あの船は動けなくなる。
「混沌を産む。そういう哲学のための攻撃としては、最高の出来ではないか」
「……ああ。そうだな。この早い海流では、救助作業も手間取るだろう。ほとんど助かるまい。大勢が溺れ死ぬ……これで、2000の歩兵については、気にしなくていい」
それに、これは相手にとって深刻なことなのだが……。
「……ヤツらの昼食時間をぶっ壊してやったぞ」
海軍の兵士は12時きっかりに食事らしい。資料に書いてあって、マジか?と驚いたことだ。だから、ギンドウの爆弾は、このタイミングで炸裂したよ。この時間なら、確実に兵士たちが船に乗っているからというのもある。
メシを食わせずに、歩兵を下ろすはずがないだろう?戦場に向かわせる兵士が、空腹ってのは、悲惨な状況だぜ。
さて。連中は、空腹時に、この疲れる作業をさせられることになるのさ。食事を取っている場合ではない。消火作業に救助作業……戦闘もだ。オレたちに目掛けて、矢を撃ちまくらなければならないしな。
さすがにオレたちだけでは、艦隊は沈められない。
だが……痛めつけて、ヤツらの体力を限界まで削ってやることは可能だ。
船は人力で動かすモノだ。オレたちはセルバー・レパントによる例の特訓で、その事実をよく知っている。帆を張り、ロープを引っ張り、帆柱に登る。あるいはオールで海を漕ぐ。どれもこれもが過酷な労働だ。
しかも、寒い風に体力を奪われながら行う。
これで食事まで奪われると、緊急時の狂気の熱が奪われたとき……どっと、疲れが出てくるはずだ。ゼファーは、敵の矢が当たるか当たらないかの場所を、ジグザクに飛び、敵の矢と体力の消費を狙う。
「来たぞ!!よく狙って、撃て!!」
「近づかせるな!!焼き払われるぞ!!」
「撃ちまくれ!!矢の雨で近寄らせるな!!」
どんどん叫べ、帝国人どもよ。竜を警戒しての大声も、疲労の元だからな。
ド派手な強襲は、警戒されてはもうやれない。あとは、地味に削る……オレたちの役目は猟犬さ。獲物を追いかけて、疲れさせ、吠えて集中力を消していき……『飼い主/アリューバ海賊騎士団』にトドメを刺してもらうタイミングを造るんだよ。
……ある意味、傭兵の道を究極に体現していると思うぜ?……地味だが、相手を弱らせる。戦術の基本にして奥義だ。相手の集団全ての強さを、オレたちだけで奪っているんだからな。
さてと、ほら見ているか?……『アリューバ海賊騎士団』の、波状攻撃が始まるぜ?北の海から……『ケストレル』が見える。ジーン・ウォーカーと、シアン・ヴァティの乗る船が、わざわざ角笛鳴らしながら、堂々と乗り込んでくるぜ。
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