第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その47


 我が友、シャーロン・ドーチェは生きていた。


 あの教会の地下で、『ジブリル・ラファード』に変装したシャーロンは、護衛の一人を斬り殺して『脱出』した。ジブリルちゃんの護衛どもを連れてな、証言者に仕立て上げるためさ。


 護衛どもは混成部隊だった。ジブリル・ラファードの前任地から一緒にやって来た護衛と、『オー・キャビタル』からの護衛だ。生き残っていた護衛どもは、二人とも『オー・キャビタル』から派遣された連中だよ。


 だから、彼らはジブリルとの付き合いが短いし、顔を斬られて殺された前任地からの護衛サンが、誘拐犯なのか護衛の一人なのかも分からなかったのさ。


 何よりも、疑わなかっただろう。『ジブリル・ラファード』は、貧乳ではあるものの、まごう事なき美少女だ。コレが、『男』?……そんな発想を出来る人物が、この世にどれだけいるのだろうか。


 魔眼を使っても、正直、見破れない。オットーたちの『三つ目』ならどうだろうか?今度、時間があるときに聞いてみたいものだ。高度な女装を見破るコツがあるのなら、知っておきたい気もする。


 高度な女装をした男に、キスとかされるのは……オレの性的な趣味に反する行いだ。オレは女に見える女が好きだ。女に見える男が好きなわけではない。外見だけを見て判断しているわけじゃない。


 ……まあ。それはどうでもいい。


「相変わらず、見事な女装だな」


「えへへ。そうでしょ?クラリスにも褒めてもらっているよ!」


「……陛下の頭痛のタネだな」


「クラリスは偏頭痛持ちだけど、僕が、いつもマッサージをしてあげているから、最近は大丈夫だよ」


「……そうかい。まあ、過酷な任務、ご苦労様」


「うん。そちらこそ、僕のメッセージに気づいてくれて、ありがとうね」


「鏡に口紅でしていた落書きのことか」


「そうそう、『あっかんべー』して、『君と同じに』って描いてたよね」


「よく書けてたよ、詩人さん!」


 ミアがニッコリしながらシャーロンに近づき、ハイタッチを交わす。そうだよ、連絡を寄越さないシャーロンが、生きているかどうかが気になり、『ジブリル・ラファード』の寝室に侵入したときのことさ。


 あのとき、『彼女』の部屋にある鏡台の鏡は、そんな落書きがされていたのさ。


「ミアも、いい仕事だったよ?あと、一センチでも深ければ、ソルジェとおそろいになっていたよ!」


「うん。リアルさを、追求したの!」


「ウフフ!名女優になれる!!」


「ほんと!?やったー、お兄ちゃん、ミア、女優になれるって!!」


「ミアほど可愛ければ当然のことだな」


 これはオレがシスコンだからではない。社会通念に則する分析の結果だ。こんなに可愛い13才の美少女ケットシーが、女優になれないわけがない!!


「そ、それで、シャーロンさん」


「シャーロンって、気軽に呼び捨ててくれていいんだよ、ロロカ!」


「……ま、まあ、その。おいおい……?」


 ロロカ先生はシャーロンがどこか苦手らしい。オレは面白い男だと思うけどね。女子の意見では違うのかも知れない。まあ、変人だもんな、シャーロン・ドーチェは。


「と、とにかく、シャーロンさん。報告を」


「うん!そうだね、皆も分かっていると思うけど、ジョルジュ・ヴァーニエはここにはいないよ。いたら、僕が斬り殺していたんだけど……殺したのは、武官と、この総督府の護衛たちだけ……おかげで、『バッサロー監獄』に誰も行かなかったでしょ?」


「……ほう。オレたちが怪しまれないように、工作してくれていたのか?」


「そういうことだよ。ジブリルちゃんのマネしてー、近づいてー、殺しまくったのさ」


 意外と仕事熱心というかね……シャーロン・ドーチェ・パナージュは、有能な猟兵だよ。オレだけじゃなく、クラリス陛下の部下でもあるけどね。


 どっちにしろ、オレたちの仲間であり『家族』ということには変わらない。変人だが、オレたちをいつも守ろうとしてくれているのさ。


「『じつは、私、貴方のことを、好きになってしまったんです……は、はしたないコトです。め、女神イースに仕える身でありながら……で、でも……こ、こちらに、いらして下さい……あなたに、と、とくべつな祝福を、授けたいのです』」


 シャーロンが『ジブリル・ラファード』に化けながら、そう語った。うむ、正体が分かっているというのに、ドキドキしてしまうレベルではあるな……。


「こうやって、告白っぽい雰囲気を出したら、皆、部屋にどんどん入ってくるんだもの。男って、単純だよねえ、あはははは」


「……ふう。スゴい芸なのは認めますけれど、どこか悪趣味ですわ」


 たしかに、シャーロンほどの腕があるのなら、そこまでの演技をしなくても、サクッと殺せたかもしれない。だが、それもヤツなりの美学なのだろう―――?


「ええ?僕は『恋愛小説家』志望なんだよ?……美少女に告白されて、ドキドキする屈強な海軍兵士が、どんな下品な顔で性欲を表現するのか、取材するコトも大事だよ!」


 恋愛小説の取材だろうか?


 途中までは恋愛小説の取材かもしれんが……後半は、あきらかに官能小説の取材のようだ。下品な顔で性欲を表現する様子を文字にしたところで、恋愛小説を読む人々の心に響く文章にはならない気がするのだが……。


「……それで、シャーロンよ。他に報告はないのか?」


「海軍兵士は意外とゲイが少ないらしい」


「そのネタは今度の飲み会で披露しろ?」


「うん。マジメに報告する。ヴァーニエには、およそ30分前に報告が行った。伝書鳩をつかった連絡手段さ。僕たちの『フクロウ』と同じようなものだね」


「30分か……慌てて引き返してくるだろうな」


「そうだね。トーポに向かっていた部隊からも、伝書鳩が来たよ。はい、コレ」


 シャーロンはそう言いながら、オレにその手紙を寄越す。


 オレは手紙を広げたよ。となりにいるロロカ先生にも見えるように、わずかに低い位置にしながらね。ロロカ先生のやさしい声が、その文章を読み上げる。


「……『トーポは無人。海賊船たちも東の海上に消える。西から合流した部隊も敵影を見ていない。そちらに情報はないか』……見事にこちらの『策』にハマってくれたようですね」


「ああ。連中、昨夜は大急ぎの行軍だったらしいな。スタミナは削れているだろう」


「うん。彼らの本命は、国境線だからね。トーポを攻め落として、すぐさまに国境線に集結しようとしている。クラリスは、『自由同盟』の軍に、活発な軍事演習をさせている。商隊の馬たちも使って、大軍を動員したように見せているよ」


「さすがはクラリス女王陛下だ。商人たちを、兵士に見せかけるか」


「うん。そうなんだ。ザクロアからは漁船を借りている。40隻ほどの小舟だけど、兵士を運ぼうと思えば、運べるからね」


「……最高の『囮』ですね。クラリス陛下に、いつか会えた日には、最大級の感謝を示したいところです」


 フレイヤが瞳を閉じながら、うなずいていた。


 何かを考えているのかもしれないな。彼女も乱世の女傑。会ったこともないクラリス陛下を無条件では信じないだろう。


 クラリス陛下の恋人は、フレイヤの前にひざまずいた。


「……フレイヤ・マルデルさま。敵をたぶらかすためとはいえ、昨夜は貴方に『拷問まがい』の行為をしてしまいました。まずは、それを謝罪させてください」


「それは気にしていません。私もアリューバの戦士、海賊ですから。手加減はしてもらえていましたし……大ケガはありませんもの」


「ありがとうございます。でも、言い出しっぺは、オットーなので、それも伝えておきます」


「ちょ!?ひ、人聞きが悪いですよ、シャーロンくん!?あの……フレイヤさん?私は、あくまでも貴方が亡くなったフリをすれば、敵の追跡を弱められると……」


「ウフフ。大丈夫ですよ、オットーさん。気にしていませんから」


 フレイヤの笑顔に屈託はない。だが、マジメなオットーは、生涯このことを気にするかもしれないな。


 だから、オレは『パンジャール猟兵団』の団長として、少しは仕事をするのさ。猟兵たちの心をケアするのも、経営者のお仕事だからね。


「オットー、シャーロン。この『策』はフレイヤが許容した『策』だ。我々は、全てのリスクを承知の上で乗り切った。誰も悪くはない。もしも、気にするのなら……最後の決戦で力を振るえ。それが、全員の利益につながる」


「……そうですね。はい。がんばらせてもらいます!!」


「さすがは、僕たちの団長!いいこと言うね!!」


「まあな」


「さて。それでは、これもフレイヤ殿に伝えておきます」


 シャーロン・ドーチェ・パナージュは、再び真剣な顔になると、フレイヤ・マルデルを見つめる。


「クラリスの……いいえ、ルード王国や、『自由同盟』の全てを信じられはしないでしょう。我々は、貴方やアリューバの民を利用しようとする側面があります。ですが、『自由同盟』の意志は、ソルジェの意志と同じです」


「ストラウスさまの意志と?」


「はい。帝国の侵略から、自分たちを守り、『自由』と『共存』を貫く。我々が望み、求めている最良の『未来』はそれなのです。そのためだけに、我々は戦い続けています。より多くの支配を望んでの野心が動機ではありません。それだけは、信じて下さい」


「わかりました」


 フレイヤ・マルデルは即答するよ。微笑みと共に、その言葉を、ルードのスパイに伝えていた。シャーロンは、スパイ―――アイリス・パナージュに言わせれば、『非合法の外交官』だ。


 正式なメッセンジャーではないが、それだけに、よりクラリス陛下の真意を伝えようとしている。フレイヤは、この不思議な男の瞳と態度に、真摯な感情を見抜いたのだろうか。


 アリューバ半島を守るためには、寛容さも捨てる厳しさを持つフレイヤであるが、今は、自分にひざまずいたスパイに、やさしく手を差し伸べていた。


「信じます。敵のただ中に、一人飛び込んだ貴方の勇気と忠誠心を。何より、貴方は、私の大切な仲間、『パンジャール猟兵団』の一員なのですから!」


 フレイヤの無垢な言葉は、ヒトの心に響く。このカリスマ性が、邪悪な策謀の力学が支配する乱世において、とても貴重なモノに感じるよ。フレイヤの存在は、狂って、暗むこの世界を、ちょっとだけ明るくしてくれるのさ。


 とにかく。


 この瞬間に、『アリューバ海賊騎士団』と『自由同盟』の共闘関係は決まったのさ。書類や法律ではなく、指導者同士の意志が結びついたことでな。シャーロンは、外交官としても大きな仕事を成し遂げたってわけだよ。


 さすがは、我が悪友ってことだな。


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