第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その46
フレイヤの勧告に従い、降伏したのは400名ほどだった。想像していたよりも、少なかったな。
戦士たちの手により、彼らは拘束されて捕虜になる。死人の群れが横たわり、その肉からあふれた血で赤くなったこの戦場に、死を選べなかった臆病な帝国兵どもは、震えながら座らされている。
フレイヤの方針は、いつもの通りだ。
手の骨を砕かれて生きるか、それとも死ぬか。それを選ばせるのさ。
降伏を選ぶ人々だからな、どちらを選択するかなど分かりきっていたことだった。フレイヤは戦士たちに、その作業を任せるらしい。村を焼かれ、家族を傷つけられた男たちには、さぞや打って付けの仕事だろう。
「手を砕き次第、この街から追放して下さい。南に向かった軍勢へ、合流させます。いいですか、生きることを望んだ侵略者たちよ。あなた方の軍に、私の生存を伝えなさい。フレイヤ・マルデルは生きていると。それが、命を助けてあげる条件です」
敵へのメッセンジャーにするのか。オレはロロカ先生を見たが、彼女は無言のまま頷いた。戦に疲れたオレの判断力は低下している。この400人の怯えたファリスの豚どもを、斬り捨ててしまいたい衝動もあるが―――それは不作法だな。
ヤツらにではない。
この国の『女王陛下』であられる、フレイヤ・マルデルに対してだ。
彼女が決めたことなら、オレは従うべきだな。副官であるロロカ・シャーネルが反対していないのならば、それは最良の選択であるに違いない。有能な乙女たちに、ここは任せるべきだ。
オレは……すべきことがある。
「フレイヤよ。凱旋だ。街を軍隊で移動し、オレたちの勝利を『オー・キャビタル』の市民に伝える。帝国人は、怯えて抵抗をしなくなるだろう。生粋の半島人たちは、『アリューバ海賊騎士団』に合流しようとする者も現れるはずだ」
「……兵力を補充するのですね」
「そうだ。圧勝とは言え、こちらも1000人近く死人が出ている。戦士たちは、連行されて来た身だ。村に帰りたいと願う男もいるだろう……今後を考えて、兵力を確保すべきだ」
「……分かりました。それでは、行進をしましょう。我々の勝利を知らしめながら……総督府へ向かいます」
フレイヤ・マルデルの青い瞳が、総督府を見つめる。険しさはない。そうだろうな、彼女は故郷のひとつに帰るのだ。
彼女の母親であるドーラ・マルデルが、アリューバ市民同盟の議長として君臨していた場所へと―――。
戦士たちと共に、フレイヤのパレードが行われる。
市民の反応は両極端なものだ。
帝国人は絶望している。そして、平然な顔で道を歩いて行くフレイヤに畏怖の眼差しを向けていたよ。
昨夜、フレイヤが胸を射られ、『ヒュッケバイン号』と燃えていく光景を見たはずだからな。『魔女』と罵っていた存在が、真に超常的な存在であったかのように誤認しているのかもしれない。
敵の『恐怖』の存在になるということは、良いことだろう。
そして。
半島人たちからは祝福を受けるのさ。大きな声で、『解放者』と称えられる彼女は、太陽のような微笑みを浮かべていたよ。『お帰りなさい、フレイヤ・マルデル』。その言葉には、英雄となった乙女の瞳は涙を浮かべた。
……オレたち『パンジャール猟兵団』は、彼女の周りを歩いた。目立ちたいわけではない。フレイヤ暗殺を企む者がいる可能性、それを考えてのことだ。だが……まあ、少しは目立つ場所にいたいという気持ちもあったことも否定は出来ないかもしれんな。
オレたちは、この戦いにおける最大の功労者でもあるからな……戦勝を祝う乙女たちのキスを受けるとすれば、オレであってもいいだろう。
まあ、戦帰りで返り血まみれのオレを怖がってのことだろうか、乙女のたちの口づけが、オレに雨のように降り注ぐことはなかった。
……構わんさ、勝利のキスは先でいい。
まだ肝心な『ヤツ』を仕留めていないからな。
もう一戦しなくてはならない。
もちろん、『ヤツ』が、この総督府ですでに『彼女』の剣で殺されていたとすれば、ハナシは変わってくるが。そうではないはずだ。『ヤツ』は大勢の部下を引き連れ、南の国境に向かったのだろうからな。
もしも、『ヤツ』……ジョルジュ・ヴァーニエが『オー・キャビタル』に残っているのなら、この総督府へと続く緩やかな坂道が、これほど無警戒なはずがないからな―――。
大陸から生え、牙のように曲がりながら北東へと伸びる、このアリューバ半島。その北に広がる海を、今ごろ、帝国海軍の軍船どもが進んでいるはずだ。『自由同盟』の『侵略』に備えてな。
ヤツらはこの冷たい北の海を西へと進み、やがて南下して、オレたちが襲撃した砦が並ぶ、『半島西部』の海を守るつもりだ。かつての『羽根戦争』のときのように、ザクロアの戦士たちに、あそこから上陸されたら?
国境の警備を南と西から攻められて、またたく間に殲滅されるだろう。帝国軍船は、半島西部を守らなければならないのさ―――砦すら破壊出来る、オレたち『パンジャール猟兵団』が、今朝も西岸部の砦を攻めていたかもしれないわけだからな?
フレイヤを『見捨てた』とき、ヴァーニエはオレたちを『クラリス陛下の猟犬』だと信じ込んだろうよ。火刑に処されるフレイヤを放置したんだ、オレたちが真意ではフレイヤを『邪魔者』だと考えているとヤツは思ったのさ。
最も厄介な『パンジャール猟兵団』は、『オー・キャビタル』に来ない。ならば、どこで何をする?……『自由同盟』が半島へ攻め込みやすくするために、半島西部か南部で暴れると、ヴァーニエは判断した。
まったく、合理的な考えだよ。悪人らしく、よく知恵を使って考えていやがるよ。だからこそ、ロロカ先生に読まれて踊らされているのだがな。賢く合理的な者の思考は、たやすく読めるからな―――。
「リングマスター、お待ちしておりましたわ!」
総督府の美しい庭では、レイチェル・ミルラが待っていた。彼女の隣りには、トーマ・ノーランと、彼の『狭間』の部下たちがいる。仕事をして来たようだ。
レイチェルがオレの側へと近寄って、フレイヤにも聞こえるように報告する。
「港の兵士たちは全員、殺し終えましたわ。こちらの損害は軽微。トーマ・ノーランの部隊は特別な働きをなさいました。彼らの3人が命を落としました。その命のおかげで、損害が劇的に少なかったことを、報告します」
「……そうか。君にそこまで言わすのだ、彼らは、見事な働きだったようだな」
オレは部下を亡くしたトーマを見つめながら、勇者を称えるために竜太刀を掲げた。その意味を、分かってくれると嬉しい。オレも……『未来』で部下に出来たかもしれない男たちを失い、とても悲しいのだ。
だが。
それと同時に、彼らのことが誇らしくもある。オレは、ガルーナの竜騎士だ。勇ましさを体現した者たちの死にざまを、称えることで弔いとするのさ。
「トーマ!彼らと戦えたことを、誇りに思う!彼らの名前を、教えてくれ!」
「……ああ、マシュー・スターズ、レッド・アービー、ドミニーク・ミラーだ。勇敢だったよ、オレの部下たちさ」
「ああ。マシュー、レッド、ドミニーク。ジョルジュ・ヴァーニエの首を取ったら、彼らのために杯を鳴らそう、トーマ・ノーラン!」
「……そうだな、楽しみだぜ、魔王サンよ」
「……私も、そのお酒をいただきます。私を助けるために働いて下さった人々です。彼らは、私の大切な仲間です」
フレイヤ・マルデルの言葉は、純度が高いのだと思う。トーマの三つある瞳から、涙が少しだけあふれていたよ。この黒髪のエルフは、その細い指を組みながら、勇者たちのために祈った。
そして……オレたちは総督府へと入っていく―――ああ、トーマは来ない。部下たちと一緒だ。庭には、三人が横たわっているからね。トーマに友情を感じているらしい、マルコ・ロッサは彼らの側にいてやることを選んだようだった。
いい選択だと思う。
さて、総督府の中は、広くて白い。豪奢な造りが、豊かさと支配者の権力を感じさせるな。ヴァーニエの肖像がある。きっと、そのうち燃やされるだろう。油絵だから、よく燃えるのかね?野蛮なガルーナ人だって、誰しもが絵画の焼き具合に詳しいわけじゃない。
……ここにいる役人どもは、あきらめたように静かだった。
抵抗はなかった。武器も持っていないしな。フレイヤは、彼らを『アリューバ海賊騎士団』の戦士たちに運ばせていく。
多くの情報を持つ者たちばかりだからな。殺すのは惜しい、情報源として扱うべきだ。それに、人質として帝国との交渉に使うのもありだろう。
だが、それはフレイヤの仕事だ。オレたちが口出しすることではないのだ。
彼女こそが、この国の『女王陛下』になるのだからな―――それとも、王無き土地の伝統に従い、『新議長』なのか?まあ、よく分からんが、フレイヤが支配者であることは変わらない。
「―――お兄ちゃん。リュートが聞こえるよ」
ミアの猫耳さんが黒髪のあいだでピクピクしていた。
「なるほど、『合図』か。ヤツは近いらしい」
「合図をしてくれるということは、『ややこしい姿』のままなのでしょうね……」
ロロカ先生が、ため息を吐いた。
「……功労者ですから、文句は言いたくありませんが……戦場で悪ふざけが過ぎると思います」
気持ちも分かるが……悪ふざけを取ると、シリアスで笑えないヤツになりそうだから、酒を呑む仲間としてはさみしいよ。
「……さてと、混乱を避けるために、ここからはフレイヤと『パンジャール猟兵団』のメンバーだけで行くのがいいだろう。それでいいな、フレイヤ?」
「はい。ストラウスさまにお任せします」
「そういうことだ。スマンが、君らの姫さまを借りるぞ」
『アリューバ海賊騎士団』の戦士たちには、そう言い残し、オレたちはリュートの音を辿り、総督府の階段をのぼるのさ。
「……覚えています。ここの先には、パーティーなどを開ける、大きなホールがあったのです」
フレイヤが子供時代の思い出を語ってくれるよ。
姫騎士としての勇ましい姿も美しいが……彼女のドレス姿も、たまらないものがあるだろうな。とくに、ジーン・ウォーカーにとってはな。
「……しかし、いい音ですこと。あいかわらず、音楽の才能だけはありますのね」
ヤツは何故か猟兵女子にウケが悪い。まあ、別にいいけどね。
「この曲は……アリューバ半島に伝わる、『港歌』です」
「『港歌』?」
「再会を誓いながら、旅立つ者たちが……かつて港で奏でていた曲です」
「……再会の歌か。いい選曲じゃないか、さすが……『パンジャール猟兵団』のお抱え詩人殿だよ」
オレはそう言いながら、口元をニヤリとさせる。
ホールのドアを、オレの腕が押し開いた。
そこに、ヤツはいるのさ。
リュートを奏でる、赤いツインテールの美しい乙女―――の姿をしている人物。
その名は『異端審問官ジブリル・ラファード』……ではない。
「……元気そうで、何よりだ。『左眼』はどんなだ?」
リュート弾きの指が止まる。『ジブリル・ラファード』はリュートを足下に置いて、左眼を覆っていた白い仮面を捨て去った。人懐っこい笑顔で、ヤツは笑うのさ。
「えへへ。だいじょーぶだよ、ソルジェ。あれも含めて、『全部、演技だもの』」
「……そうだな、『シャーロン・ドーチェ』。元気そうで何よりだ」
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