第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その42


 オレたちはゆっくりと歩く。この通路は長く、幾つもの『門』がある。なにせ、市街地へと続いているからね。警備は厳重さ。


 だが、全ての『門』は開かれている。偶然ではない、マルコ・ロッサの仕事だ。門番たちは全員が殺されていたし、『門』は二度と下がらないように固定されてしまっていた。


 『門』を動かす装置を壊している。修理すれば分からないが、しなければ二度と動かないだろうさ。


「やるもんだろ?」


「さすがはベテランだ」


「……へへへ。ああ、ようやく失態を取り消せた気分」


 カミラに気絶させられたぐらいのことだ、べつに大した失態ではないと思うが。まあ、いいさ。彼の気が済んだというのなら、それで十分だ。


 オレたちは道を歩き、入り口付近にまで到達したよ。朝陽に照らされ始めた青白い街並みが見える。


「……最後の『門』だけは、実のところ開きっぱなしなんだ。オレは何もする必要がなかった」


「どういうことっすか?」


 カミラの質問に、ケットシーの中年スパイはニヤリとしながら答えたよ。


「古いモノだからねえ。動かすのは、ずいぶんと久しぶりだった。開けた瞬間に、ぶっ壊れてな、そのまま開きっぱなしだよ?」


「森羅万象、老朽化には耐えられないということですわね」


「そういうことさ、踊り子の姉ちゃん……って、そう言えば、アンタどこから現れたんだよ?」


「企業秘密、ですわ?」


「……そうかい。スパイとしては知りたくなるが、いいさ。君らは不思議過ぎる人々だからね」


「そうだ。美人はミステリアスな方が良いだろう」


「じゃあ、私、美人度が下がっちゃったんでしょうか?」


 スパイと三つ目の中年コンビに『吸血鬼』ってバレたからか?……まあ、カミラの場合は、ミステリアスという成分はあまりない。元気な可愛いオレのヨメさ。


「……それで、魔王サン。タイミングはいつだ?」


「……そろそろさ。帝国人どもが、そろそろ騒ぎ出すはずだ」


「騒ぎが起きたら出陣だな?」


「それでいいんだが……まあ、オレに任せろ。竜の眼で、戦況を確認するさ」


 あと300メートルも走れば、外だからな。オレとゼファーは、ここからならば魔力が通じ合うはずだ。オレは左眼を指で押さえて、ゼファーの視野と一つになる。


 ゼファーは空を飛んでいる。


 空の高い場所だ。カタパルトでも達人の『矢』でも届くことのない、ゼファーと鳥たちにのみ許された聖域である。空は不可分なまでに融け合うのが常であるが、朝と夜だけは事情が異なってくる。


 尻尾のある西の空は未だに昏く……ゼファーの金色の瞳が見つめる東の果てからは、太陽が昇ろうとしている。青と赤に、空は分かれていたよ。自然がくれる芸術のなかを、ゼファーは力強く飛び、その景色と風を独り占めしている―――。


 その幸福な時間を邪魔するのは悪い気もしてしまうが、ゼファーも『パンジャール猟兵団』の一員だからね。戦士であることを、あらゆることに優先してもらう瞬間もあるのさ。


 ……ゼファー。


 ―――『どーじぇ』、いくさのじゅんびは、おわったの?


 ああ。こっちは終わったよ。『アリューバ海賊騎士団』の本隊はどうなっている?


 ―――もう、じゅんびはできているよ。みんな、くじらの、ほしにくをたべおわったんだ。


 そうか。ならば、ロロカに伝えてくれるか?


 ―――うん!まかせて!!えーいっっ!!


 歌うのかと思ったが、そうではなかった。ゼファーは遙かな天空に鼻先を向けて、急上昇していく。高く、高く。ゼファーの瞳は、朝陽へ呑み込まれて、消えて行こうとする星を見つめていた。


 星に噛みついてしまいそうな勢いだったな。


 ああ、素晴らしい。


 ゼファーの翼が、この半島での戦いを経て、また成長をしている。『霜の巨人』たちとの戦いで得た経験値が、この冷たい北風の舞う空を、より速く、より高く飛べるように翼の骨格と筋繊維に、わずかばかりの修正を施している……。


 世界で最もうつくしい獣は、今飛べる限界の高さまで浮かぶと、空の高みで踊ったよ。大地を見つめるのさ。その金色に輝く大いなる瞳を、好奇心で見開きながらね。


 ……天を貫くほどの急上昇。『それ』が、合図だった。


 無音ではある。それゆえに、オレにはロロカ先生の戦術に勘づくことが出来るのさ。


 そうだ。猟兵たちと『虎』たちは、すでに市街地にまで潜入していたのさ。ゼファーの瞳は、『虎』たちを見つめる。


 彼らは『オー・キャビタル』の城壁をよじ上っていた。見張りどもを彼らは次から次に斬り殺していく。さすがは『虎』だな。この街を取り囲んでいる、あの城壁は、かなり厄介だ。


 防御という面だけではない。何よりも我々にとって懸念すべきは、矢を射るための高台という側面だよ。


 あの高さから弓で攻撃されたら、素人の民兵には、どうにもこうにも防ぎようがない。こちらからの攻撃も当たりにくいしな。


 その場所にいる弓兵たちが、40人ほど……またたく間に斬り殺されていった。『虎』たちは賢い。その弓兵たちがその場にストックしてあった矢を、城壁の外へと、どんどん投げ捨てていく。


 いい破壊工作である。


 そして……見つけたぞ。オレの愛しいヒトを。ロロカ先生がいたぜ。『白夜』に乗り、たった一騎だけで戦場を駆けていた。堂々としているな。あえて目立つつもりだ。


 ロロカ先生は、『アリューバ海賊騎士団』の襲撃を警戒していたのか、街の正門前に集まっていた兵士の群れにその姿を晒す。


 兵士たちが気づく。警笛を鳴らした。戦の始まりだよ。警笛は警鐘の歌を呼び、街中を巡回していた、あるいは睡眠中だった兵士たちを叩き起こす。いいタイミングだね。彼らは朝食をまだ食べていない。


 ロロカ先生は敵の動きを察知しているが、止まらない。騎兵止めの柵を、『白夜』を軽々と跳躍で飛び越えると、交替直前の夜間の警備に疲れ切っていた歩兵を踏み殺していた。


 ユニコーン騎兵は、サーベルと槍を構える兵士たちの群れへと突撃していく。兵隊たちは隊伍を組み、ボウガンを持つ者たちが最前列へと現れた。


 『白夜』を射るためにだな。悪い考えではないが……あえて言うならば、相手が悪い。


  ボウガンの有効射程まで引きつけて撃とうとしていたからな。近距離から一斉射撃ならば、たとえ『白夜』でも躱せない?……そうとも限らないが、そもそも躱す必要があるとは限らないのさ。


 ユニコーンの額から生える『水晶の角』が、強力な『雷』を解き放つ。一瞬のうちに、ボウガンを構えていた兵士14名の手が焼き払われていた。


 手の肉が裂けて骨が焼けている。アレでは、どうにも使い物にはならんな。殺すことよりも、戦闘能力を奪うことを目指した結果といえる。


 ロロカ先生は、悲鳴を上げさせたいのさ。その方が、敵にこの襲撃を知らせることが出来るからだ。


 さて、ボウガンの守護を失った兵士たちの隊列に、ユニコーン騎兵が突撃していく。彼女は槍を振り回し、サーベル兵と槍兵を打ち殺していったよ。


 ユニコーン兵の槍の舞いだ。


 圧倒的な破壊力と、リーチを有する、ロロカ先生と『白夜』の必殺技だよ。死が量産されていく。半端な戦士に、彼女たちの舞いは止められはしない。


 しかし、帝国軍という集団の強さは、『個の才能』ではなく、『群れとしての統率力』だ。兵士たちが恐ろしい勢いで集まっていき、正門から飛び出していく。早馬たちだな。敵の数少なく、貴重な騎兵たちが、ロロカ先生と『白夜』を狩り殺すために出陣して来たよ。


 かなり速い馬たちだ。だが、馬がユニコーンにスピードで勝ることなど、絶対に有り得ないがな。


 その数は、20。その騎兵たちは、大きく左右に広がっていく。ユニコーンを囲い込むつもりだろう。スピードで負けることを想定しての、チームワークだ。


 左右に広がる馬群を見つめていた『白夜』が、踵を返して走り始める。


 その走りは、『白夜』にしてはあまりも遅いよ。オレには明らかに誘っているのが分かったが、帝国人どもは、どうだったのだろうな。馬では追いつけるか追いつけないか、微妙なトコロだ。だから、騎兵は必死になってついて行くしかない。


 騎兵たちはロロカ先生に引きつけられるようにして、山側へと走る……小高い崖があり、その上には、まばらながら林が生えていた。


 騎兵たちは、その崖に近づいていく、ユニコーンを囲むために。だから、気づけなかった。小高い崖の上から、エルフの射手たちが姿を現したことにね。


 ピエトロ・モルドーが、最初に矢を射る。最も遠くを走っていた騎兵の頭を矢が射抜いた。狩人たちも次々に矢を射ったよ。どれもが狙ったのは馬ではなくて、兵士のほうだ。 馬の背から、死体が次々と転がり落ちていく。


 馬は……主を失い、路頭に迷う。『白夜』は立ち止まり、馬たちを睨む。馬たちは、どこに行く当てもないかのように、『白夜』に近づいていった。


 馬は群れる動物だ。草食動物だからね。馬たちが、『白夜』を頼るように近づいていく姿を、ゼファーは興味深そうに見ていたよ。


 その馬たちに、崖から下りてきたピエトロが跳び乗った。見事なもんだったよ。馬は一瞬、暴れるようなそぶりを見せたが、ピエトロの技量がそれを抑え込む。暴れようとした重心を崩されたのさ。


 馬は、納得せざるを得ないようだ。その乗り手は、きっと、あの馬の中で、最も有能な乗り手の一人だろう。群れで動く本能じみた行動か、ピエトロが仲間に騎乗したことで、馬たちはエルフを受け入れる。


 エルフを拒もうとする馬には、『白夜』が近づいていき、鼻先をそっと当てる。何かを囁かれたのか?馬は、それ以後、従順だったよ。


 エルフの狩人たちが、すべての馬の背に乗る。そして、彼らは走り始めたぞ。敵を殺し、敵の貴重な早馬を奪った。最高の戦い戦果をあげたというわけさ。


 これで有能な騎兵に蹴散らされる、素人の民兵たちという構図を見る可能性が、大きく減ったよ。

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