第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その43


 敵は城壁のなかで隊列を組み、順番に出陣していく。ふむ、よく統率の取れた隊列だな。こうしてゼファーの眼を借りて上空から見ていると、連中が隊列を上手に組むことに、どれだけの情熱を注いでいるのかと目を疑ってしまう。


 規則正しく整列したその動きは、動物性を感じさせることはなく、英雄の動きを制限してしまうだろうが……物量任せに戦うのであれば有効なスタイルだ。『どこも均一の強さ』を生み出そうと心がけているからね。


 攻める方からすると、攻め込むべき弱点が見えにくくはあるのさ。隊列を遵守するということの利点は、戦術的には大きい。


 しかし、隊列の出来を競うことばかりが戦ではない。戦も武術も同じこと。相手の弱点を見出し、そこを攻めることが肝要だ。弱点が無ければ、作り出せばいい。うつくしい隊列に強さを依存するのなら、混乱させて、それを崩してしまうのも手である。


 帝国人どもは、まだ気づいていないことがある。


 ロロカ先生はどこから現れたのか?


 南側だ。そして、単騎駆けで門番たちを蹴散らして、敵を誘い出した。馬を奪ったエルフたちと共に、今は南へと逃げている。


 『オー・キャビタル』から飛び出して来た帝国兵たちは、当然ながらロロカ先生を追いかけて、南下を始めていた。彼らは早足だった。何故か?くくく、まさか馬に追いつきたいわけではない。


 自軍の最前列に『壁』を築くためだよ。ヤツらは戦で『陣形』を大切にする。最も効率的に戦うために、それを成そうと戦では全力を尽くす。そのために、わざわざ隊列を組んでいるのさ。


 子供のときに経験済みだろう?『まとまりのない砂』で城を作るには、それなりに時間がかかる。だが、積み木みたいな『ブロック状』の物体で城を作るのは簡単だ。順番通りに組めばいい。


 最初から単位として『まとまっている』と……つまり、隊列というものが整然としているほどに、隊列で組み上げる『陣形』というモノは、速やかに構築出来るというわけさ。


 だから、ヤツらの『陣形』の最前列を作るために、あの連中は死ぬほど走っているんだよ。最前列を起点にしないと、戦場で素早く『陣形』なんて編むことが出来ないからだ。


 彼らはよく走り、最前列を組み上げたよ。


 そして、次から次に『オー・キャビタル』から出てくる敵兵どもは、それぞれに与えられた配置につこうと走っていく。陣形が組み上がっていく。


 もちろんだが、ロロカ先生とピエトロたちがいる『南』に向けてな。追いかけることはしていないが―――『南』から来る敵に対して、ヤツらは兵士の『壁』を二重に構築している。


 彼らは軽装歩兵だ。戦闘能力は高くない。『壁』は、あくまで敵を受け止めるための係であり、主力は『壁』の後ろにつく予定の『重装歩兵』だ。


 『南』から突撃してくる『アリューバ海賊騎士団』の軍勢を、『壁』で受け止め、突撃の速度と威力落とす。もしくは『壁』はあえて左右に散って『道』を作って誘うだろう。


 民兵だらけの『アリューバ海賊騎士団』は、敵が『壁』につくった穴に、本能的に誘い込まれるさ。


 ヒトは肉食獣。『弱った敵』はあまりにも魅力的に映る。素人の兵士なら、その『道』に誘導される。


 そうすると、どうなるか?


 『道』の先には、主力の『重装歩兵』がいる。素人どもでは、歯が立たない。その強兵どもに突撃は止められて、次の瞬間、わざと左右に避けることで『道』を作っていた軽装歩兵どもが、挟み込むように攻撃してくるだろう。


 そのための、陣形を構築しようと必死なのだ。


 連中は攻めて行くつもりはない。攻めさせて、反撃で殲滅する予定なんだよ。敵が素人集団だということを、よく知っているな。


 そうだ、帝国人はアホではない。アホだったら、もっと楽に勝てたか?そうとも限らないのが世の中の不思議だ。


 おおむね、『罠』にかかるというヤツは、そこそこ知性があるヤツだからだ。よほどシンプルな『罠』では別だが、基本的に『罠』というのは、相手の対応を逆手に取って作るものだからさ。


 オレたちが一番されたくなかったのは、敵が何も考えずにロロカ先生たちを大勢で闇雲に追いかけるということだった。猟犬みたいに獲物向かって一直線。知性の欠片もないが、コレを物量に任せてやられると辛かった。


 今度の戦は、今までとちょっと違う。『質』で劣っているのだ。素人の民兵と、帝国の兵士だからな。ロロカ先生の逃げた『南』には、1000の民兵がいる。もちろん、弱兵だ。単純に雪崩込まれていたら、あっという間に殲滅されていただろう。


 だが、ヤツらはロロカ先生の『思惑通り』に、深追いはせずに『陣形』を構築しようとしてくれた。『南』に向けてな?


 『北』に対して無警戒でいたいわけではない。あくまでも、『南』から突撃してきそうな敵に対して、優先的に行動をした結果だよ。


 『北』の守りは後続の部隊に、任せればいいと考えていたのさ。兵隊は『オー・キャビタル』がら、どんどん出てくる予定だからな……。


 それでいいハズだった。だから、およそ2000の軽装歩兵たちが、『南』向きに『壁』を構築しようとしていた。


 その『壁』が今にも完成しようとしていた瞬間に、『虎』たちは、ロロカ先生の命令通りに動いていた。彼らがいなければ、ミアとオットーがやったのだろうな。


 『虎』たちは、『オー・キャビタル』の『城門』を閉ざしたのさ。分厚い木で作られた、その門は、樹齢200年クラスの巨木で構築されている。横幅は二十メートルほどある、分厚く重たい、『オー・キャビタル』の『玄関』さ。


 『オー・キャビタル』を囲む城塞の、ほぼ唯一の巨大な出入り口だよ。その『門』がいきなり閉ざされていた。


 『虎』たちが、閉鎖装置を弄くったからだ。


 本来なら、『オー・キャビタル』が敵に『攻め入られそうになった時』に使う装置だな。


 ルード・スパイの情報によると、鎖でとんでもない重量の岩を吊っているらしくてね、その鎖を止めてある『杭』を14本も抜いちまえば……その岩の重みを使って、何トンもあるはずの門が、自動的に閉ざされる原始的な仕組みだ。


 全身をガチガチの鎧で固めて、重たい槍を装備したばかりの重装歩兵さんは、いざ出陣と歩き始めたそのとき、自分たちの城門により、せき止められていた。


 なにせ、敵の猛攻撃に耐えるための門だからな。逆に言えば、出撃を妨げる最大の邪魔モノにもなるってわけだよ。帝国兵どもは慌てるが、なかなかその門はビクともしないだろう。


 ロロカ先生は、敵を『分断』することに成功したのさ。


 『虎』がいてくれて助かったな。


 ミアとオットーの仕事が減ったよ。


 ああ、もちろん二人だって仕事をしている。『オー・キャビタル』の北側には灯台を兼ねた砦が二つあるが……その砦を二人は早朝から襲撃し、全滅させていたんだろうよ。だからこそ、帝国兵どもは『北』の動きに気づけなかった。


 さて、その『北』に何があるかというと、もちろん『アリューバ海賊騎士団』の本隊である、4000の戦士たちがいる。


 北側の海岸沿いを『アリューバ海賊騎士団』の本隊が、ゆっくりと『オー・キャビタル』に向かい近づいていることを、帝国兵どもは知らなかった。


 まさか『霜の巨人』がいる土地を通ってくるとは、さすがに思わないだろうしな。『霜の巨人』を倒せる、フレイヤ・マルデルは捕まえていたし、処刑もしたわけだから。それだけに『北』への警戒は薄かった……。


 そして……『南』に1000人いたことも納得したんじゃないか。帝国兵どもは、アレが総力だと考えていたのかもしれない。『アリューバ海賊騎士団』は、要塞化したトーポに、ほとんどが立て籠もっているはずだからな―――。


 ああ、あんなにがんばって、カタパルトとかバリスタを設置してのも、もちろん『囮』だよ。アレだけ武装して、まさか放棄するとは思わないだろう?でも、オレたちはしたのさ。


 ロロカ先生がそういう『策』を作ってくれたおかげで、今、『アリューバ海賊騎士団』の主力部隊は、こっそりと帝国の軽装歩兵どもの『背後』に回り込めていた。


 仲間の主力が来てくれるどころか、4000もの敵が背後に現れたのさ、軽装歩兵は、さぞかし驚いただろう。


 そうだよ……この戦は、『質』では劣るが、『数』ではオレたちが多くいるんだ。


 数の暴力を教えてやると言わんばかりに、4000の主力が軽装歩兵を襲撃していく、左右に開いて、取り囲むのだ。普段は出来ない戦術だが、人数が多い今日は出来るのさ。


 しかも、先陣は……あの『虎』だ。


 『盲虎』をも倒した隠れエリート……ジーロウ・カーンだ。両手に『盲虎』の形見の双斧を握りしめ、ニヤニヤギラギラ笑っていやがるぜ!!


 ああ、明らかに分かる。体脂肪が減っている。ヤツは、相当に牙を研いでいるぜ。ハイランド王国で、オレがボコボコにしてやった時の、倍は強いさッ!!


 さーて。


 そろそろ、オレたちも行こうぜ、ゼファー?


 ―――うん!あの、にせんの、へいしたちが、なかまに、やをいらないように……ぼくが、ひきつけるんだッ!!


 天空の暴れる風、それを受け止めるために広げていた翼をゼファーがたたむ。重力に引かれて、黒い竜が矢のように落ちていく。地上から見上げれば、きっと、黒い流れ星のようだろうな。


 ゼファーの口のなかに、竜の劫火が発生していく……金色の瞳は、2000の軽装歩兵どもを睨みつけていた。突撃してくる『アリューバ海賊騎士団』に向かい、矢を構えようとしていた一団を、ゼファーは狙う。


 そうだ、そいつらは対騎兵を想定していた連中だ。『ユニコーン騎兵』を……ロロカと『白夜』を射るために、集まっていた、腕利きたちだよ。そいつらが、その2000の中で、最強の弓兵どもだ。


 いいか、ゼファー。『強い敵』から殺すぞ、それが『パンジャール猟兵団』の哲学だ!!


 ―――うん、なかまを、まもるんだッッッ!!!


「歌えええええええええッッ!!ゼファーああああああああああああああッッッ!!!」


『GAAHHOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』


 竜の歌が空に響いて、特大の劫火の炎球が敵のエリート弓兵どもを、蒸発させんばかりの熱量で消し飛ばしていた!!大地は灼熱の風に炙られて、何百人もの兵士が炎に呑まれている。


 炎と血肉の破片が舞う、赤い地獄の中を、ゼファーが敵の目を引きつけるために、ゆっくりと飛ぶ。


 敵兵どもの、ファリスの豚どもの、心の底から怯えた瞳が、オレのゼファーを見上げていたぜッ!!

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