第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その31


「ボブ・オービット上等軍曹、および、その部下!命令に従い、参上した!」


「おお。アンタまで動員されたか?非番だってのに、大変だな」


「しょうがないさ。人手が足りてねえんだろう?」


 ……門番たちは、オービット上等軍曹と仲良しのようだ。社交性の高い男だな、そういう面ではオットよりも器用だ。彼は門番としばらく話していたが、部下に、隊長、と注意されて仕事モードに戻った。


「頼むが、開けてくれるか、このデカい門を?」


「おお。待ってろ!いいモンを見せてやるぜ!」


 そう言いながら門番は、壁に埋め込まれたハンドルを回した。すると、巨大な鉄柱が動き始めたぞ!?重たげな金属音を響かせながら……十数トンはありそうな鋼の構造物が浮かび上がっていく。


「おいおい。こんなモノが動くのかい?」


「そうさ、軍曹。オレたちも驚いたが……海賊王とやらの発明らしい。何でも、壁の中を長い鎖が走っていて、それを巻き上げているらしいぞ」


「巻き上げるって、何がだい?」


「そこまでは知らない。だが……このハンドルを回すと、壁の奥が熱くなる。『炎』の魔石でも組み込まれているらしい、しかも特大の!」


「へー。『炎』を動力にする?珍しいな、『風』ってハナシはよく聞くが」


 たしかにな。爆風で押し上げているのだろうか?……ふむ。炎というか、熱は上へと向かう性質がある……それを動力にする?……ありえそうだが、オレの頭じゃ理解出来そうにない。


 海賊王……ずいぶんと腕のいいドワーフを部下に持っていたようだな。高度なカラクリを残しやがって……そして、ふむ。『炎』の魔石を加工するか。ひょっとして、エルフの部下もいた……?


 『パンジャール猟兵団』みたいに、色んな種族の力を集めた組織だったのかもしれないな。


「まあ、いいや。それじゃあな!」


「おう。亜人種どもは静かなもんだ、激しいのは『異端審問官』殿だけで……っと。失言だったな。忘れてくれ。このハナシは二度としない」


「……ああ。『異端審問官』サマに目をつけられるのは、カンベンして欲しいところだよなあ。じゃあ!オレたち行くわ。また、呑もうや?」


「おお!」


 兵士たちは挨拶を交わして、それぞれの仕事に戻る。オレは引き上げられた鋼の下をくぐっていく。ふむ。この重量を持ち上げるか―――とんでもない力だな。


 魔力と構造の一体化は、芸術作品というしな。


 常人ではこの『構造錬金術』を理解も出来ないだろうし、投資者も集まりそうにない。そもそも職人が再現するのも難しかろう。『芸術』は継承することが出来ないのだ。『職人技』とは違ってな。


 『奇剣打ち』の才能が、カルロ一族の連中にさえ受け継がれないのと一緒。高度過ぎる技術は再現が困難だ。だから、世界の進歩というのは遅いのさ。この門を見ていると分かる。世界は天才が支えているわけじゃなくて、凡人が造っているんだ……。


 まあ、興味深い芸術品については心のどこかにしまっておこう。『炎』を『力』に変える……その発想は、オレの『魔剣』をより強くしてくれる可能性があるからな。


 だが今は、十数トンの重量を持ち上げる『炎』よりも、『そよ風』だ。


 オレは『そよ風』を床に走らせて、ホコリと共に魔銀の粒子を浮かせていく。あとは先頭を歩くトーマ・ノーランが、その圧倒的な視力を用いてルートを選ぶ。オレはこのチームについて歩けばいい。


 仕事もするがな。


 魔銀を消費しながら、薄く輝く魔銀灯。数十メートルおきにあるそれだけが頼りの陰気な洞窟。岩盤を掘削して造り上げた、十の階層からなる牢獄か。『そよ風』が教えてくれた大まかな構造は、長方形の通路が走っているイメージだな。


 そのメインの通路から、幾つかの道が生えている。そして、その道に沿うように無数の部屋があるな。その部屋は兵士の詰め所や倉庫だ。


 オレの『目的』である牢屋は……このメインの通路の側面にあったよ。


 陰気で湿度の多い、この暗い道。その側面に、牢屋が見える。1万人を収容出来る牢がな。その中に、捕らえられた亜人種たちが寝転んでいた。長距離を歩かされたことで、その移動に疲れ果てたといった様子だ。


 しかし、それでいい。休んでもらわなければならない。君らが暴れるのは、明日だからな。それまでは体力を温存し、戦場で命を爆発させるように燃えるといい。


「……『アリューバ海賊騎士団』からだ。『首かせ』を削れ、呪いが消える」


 オービット隊の兵士たちに隠れながら、オレはその言葉と共に、牢屋のなかへ『袋』の中身を投げ込んだ。


 麻布で包まれた『それ』は、岩盤で出来た床に転がった。


 囚人たちは、それに気づき、オレに視線を向けてくる。オレは口元をニヤリとさせたよ。巡回する兵士はオレたちだけじゃない。反対側から来る兵隊もいるし、ときおり、牢屋の前に突っ立っている兵士の姿もあった。


 闇とヒトに隠れているとはいえ、必要最低限の動作で行うべきだ。


 これは敵にバレたら、終わりだからな。


 オレはフレイヤへと続く道をトーマ・ノーランたちに歩かせながら、その作業を継続したよ。敵の目を盗みつつ、『袋』から取り出した例の物を牢屋へと転がしていく。言葉と共にな。


 『アリューバ海賊騎士団』からだ。


 『首かせ』を削れ、呪いが消える。


 兵士たちの監視から逃れながら、オレはその言葉たちと共に、プレゼントをどんどん撒いていく。


 そうだよ。これがオレの役目だ。なんとも地味だがね。『オー・キャビタル』を落とすには有効な『策』に化ける予定だよ。


 オレたちの魔銀の粒子を追いかけての移動はつづいた。第4層まで下りたところで、オレのプレゼントは尽きた。そして……魔銀の粒子が導く旅も、終わりを告げる。


 『現場』が分かったよ。


 『異端審問官ジブリル・ラファード』の、お気に入りの拷問部屋がな。


「……おい。二等兵よ」


「なんだ、隊長よ」


「……これが、アレか?噂の『串刺し棒』か……?」


「らしいな」


 第4層の南側には、異常な光景があった。その辺りの牢屋は無人だった。それはいいが、通路には赤く染まった鉄の棒が立てかけられていたよ。


 その長さは二メートルほどで、先端は鋭く尖り、本体は、ねじられたように、螺旋状の溝が走っている。


「突き刺す構造だな」


「突き刺す構造って、二等兵サンよ?……どこに?どうやって?」


「オレがこんな変なアイテムの使用法を、知っているとでも思うのか?」


「詳しいだろ?……いや、変な意味じゃなくて、アンタは最近の世界を旅している」


「……名前が『串刺し棒』だぞ。この長さだ、下は地面に突き立て、上にはヒトを刺すんだろう」


 それならば、おそらく名前負けはしないだろうよ。オレの言葉に兵士たちに動揺が広がっている。『狭間』の兵士たちからね。彼らも、状況次第では、この棒のお世話になっていたところだろうよ。


「つまり……野ざらしにするのか、ヒトを串刺しにして……マジかよ」


 そんな言葉を口にしながら、トーマ・ノーランが三つ目を開く。何を見たいのか知らないが、幸せなモノを見つけることは出来ないだろう。


「……くそ……っ」


 オレの予想は当たったようだな。彼は舌打ちしながら、その棒の群れから眼を背けた。無精ヒゲが生えた口元を、そろえた指が覆い隠す。吐き気を催しているのか。サージャー族の『三つ目』は……これに何を見たのか。


 トーマの動揺に、兵士たちは声をかけてやれない。兵士たちも、この残虐な処刑器具に恐れを抱いている。この道具の犠牲者に自分もなる可能性があった、それは若者には、それなりにショックであるようだ。


 しかたがない、沈黙するトーマには、オレが言葉をかけてやろう。


「大丈夫か」


「……あ、ああ。オレはな……しかし」


「話したければ、話せ。聞いてやる」


「……これには、ヒトの血が染みついているぜ……ッ。亜人種や『狭間』のモノだろうな。あの『カール・メアー』の魔女は……どれだけヒトが憎いのか……ッ」


「……『カール・メアー』の行動原理は『慈悲』だぜ」


「……『慈悲』だと?」


「そうだ。女神イースの『慈悲』だ。この世界では、苦しみしか与えられない『狭間』や亜人種たちに、『死後の楽園』をすみやかに与えてやる。それが、彼女らの『慈悲』だ」


「……マジか。そんな連中かよ、『カール・メアー』ってのは……ッ」


「オレの知る『カール・メアー』の女性は、それが君たちの『最良の人生』だと信じていたよ」


「ふざけんな……」


「……彼女らは真剣だ。確信しているのさ。亜人種や『狭間』たち。そういった人々の人生は、耐えがたいほどの苦痛の連続になる……ゆえに、真実の言葉を吐かせて、それをイースへの祈りとし、『安楽死』させてやる」


「殺すことが……救いだと?」


「そうだ。真実の言葉と共に流された血を、女神イースとの契約にする。つまり、『死後の安らぎ』。それだけが、帝国で生きる『君ら』への現実的な『救い』だと、『カール・メアー』の巫女戦士たちは考えている。彼女らは、残酷だが……それでも、たしかに『善意』で動く」


 ―――文明的な国の、素敵な宗教だな。


 その皮肉を口にするほどに、オレは残酷にはなれなかったよ。少し前まで帝国を祖国として仕えてきた、この若者たちにはショックが大きいだろう。


 殺されることさえも『慈悲』に等しくなる。それほどまでに深い憎悪と殺意に、帝国域内で生きる亜人種と『狭間』は晒されている。


 若い兵士たちの顔色が悪いな……。


 ……ここから先は、オレと隊長殿だけで行こう。彼らにはショックな光景が待っている。フレイヤ・マルデルの火刑と、それを望み、喜ぶ帝国人の姿。彼らの若く動揺した心には、それらは耐えられまい。


「兵士諸君。君らは、少し休んで、巡回を続けろ。今は……時刻10時48分。合流は2時間後だ。12時50分……深夜1時前に、ここに戻って来い。さあ、行くぞ……トーマ」


「……お、おう。ここまで来たんだ。オレは……確かめに行くぜ。魔王サンよ、アンタが『カール・メアー』の邪悪な女から、フレイヤ・マルデルを助け出す瞬間を見たくなった」


「……フレイヤは助けるさ。さあ、行くぞ。時間が無い」


「お、おう!!」


 オレは不気味なほどに静かな、その道の奥を睨む。しかし、オレの顔は冷静だ。不安はない。この場所にまで魔銀の粒子が導いてくれていたからな。フレイヤの身が、例えどうなろうとも……安全なことは確かだ。


 オレは仲間は信じる。だから、焦ってはいないぞ。ここまで来て、『彼女』と接触出来ていないことにはな―――ッ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る