第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その30
総督府は厳重な警備体制が敷かれていた。だが、それゆえにトーマ・ノーランの作戦は見事に機能していた。特別な『増員部隊』という命令書は、疑われることはなく、オレたちは総督府の広い敷地の中へと侵入出来た。
まあ、敷地の中では、走るだけだった。
トーマ『隊長』殿を筆頭に、オレたち雑兵は走ったよ。春の花が咲く庭園や、白い大理石の彫像……実に文化的な装飾にあふれた美しいはずの庭は、鋼に武装する兵士たちの群れで埋め尽くされそうな勢いであった。
やはり、ここも弓兵の数が多いな……ゼファーの襲撃を、恐れてのことか……。
総督府の敷地内を、オレたち『トーマ隊』は駆け足で走り抜けた。たどり着いたのは、総督府の南西に位置する地下への入り口だった。武装する門番たちと、格子状に組まれた鉄柱で造られた鋼の門があった……それが『バッサロー監獄』の入り口だよ。
トーマが『ボブ・オービット上等軍曹』に化ける。門番の兵士たちに命令書を見せた。そして、お互いに敬礼をする。門番たちが鍵を使い、その鋼の扉の一部を開放してくれる。
隊長殿は、オレたち若い兵士に怒鳴る。
「行くぞ!!仕事だ、野郎ども!!亜人種のクソどもが、この地獄から一歩も出ねえように、しっかりと見張るぞ!!」
オレ以外の兵士たちが、おお!!と声を上げた。オレは口パクだ。帝国の二等兵の真似事なんて、本当にムカつくね。オレたちは隊長殿の駆け足に続いて、門番どもの開けてくれた『バッサロー監獄』の内部へと下りていく。
……そこは、なんとも広大なダンジョンだった。
もちろん一つの国中に広がるような、グラーセスの地下迷宮ほどではない。だが、この半島の先端……『牙の岬』と呼ばれる断崖の絶壁。そこをくり抜いて造った、巨大な地下迷宮は、たしかにデカい。入り口の広さからして、それが分かるぜ。
ゼファーでも潜れそうな程に大きい。竜にくれてやったら、たいそう気に入ってくれるのではないか?
ふむ。ドスケベの海賊王が、1万人の美女を囲った場所か。
その伝説の真贋はともかく、これだけ巨大であれば、たかが1万人を収容することも不可能ではないだろうな。
さてと、オレはこの長い階段を下へ下へとおりて行きながら、オービット上等軍曹殿に……トーマ・ノーランに近づいていった。
「よくやってくれた。『策』を危険に晒すことなく実行できるよ」
兵士たちと殺し合いをするには、まだ早い。ここで警戒をされては、フレイヤが捧げた苦しみがムダになる。
「ああ。上手くいったろ、サー・ストラウス?オレたちの協力を、忘れてくれるなよ」
「ふん。欲深い男だな」
「部下と……あと、ヨメの腹にいるアレの人生がかかっている。もちろん、オレのもな」
そうだ。トーマ・ノーランは、それらのためにオレについた。利益による契約だ。それは純然な仲間意識とは異なるものだが、納得しやすいものでもある。
彼は裏切らないだろう。
オレが『正当な報酬の支払い』に尽力すると誓う限りはな。
「……協力に感謝する。しかし、本当に、総督府の敷地内に、監獄への門があるんだな」
……歴史から考えると、『バッサロー監獄』の上に総督府というか『オー・キャビタル』を『乗せた』という方が正しいわけだが。まあ、この『牙の岬』は船乗りたちに重要な土地だということは想像がつく。
半島の先端だからな、北海にも内海にも接続している。ここは、最も海へと開かれた土地だ。しかも、先端部は高い崖に囲まれた自然の要塞でもある。海賊や商人たちの拠点とするには、なかなかに優れた立地だということは分かるよ。
……だが、あれほどの美しい庭の端っこに、『こんな場所』があるとはな?頑丈な鋼で編まれた門で封鎖しているからといって、庭園と監獄がつながっているとはな。もしかして、緊急時の脱出路として、使っていたのだろうか……?
それとも。
ここが海賊王の欲望を満たすための『ハーレム』だとすれば、性奴隷の美女たちは夜な夜な、この階段を登らされて、あの美しい庭で海賊王の毒牙に弄ばれていたのだろうか。それならば、庭園と牢獄が繋がっているのも説明がつかなくはない。
そして。
その淫猥ながらも壮大な歴史を、半島の支配者どもは『コレクション』したのかもな。
王城を『継ぐ』ということには、さまざまな意味がある。
資産価値のある素敵な住居、防御に優れた要塞……そして、『過去の支配者たちの威光』を手にするということだ。
海賊王の『威光』。それを自分たちの権力に取り込むために、悪しき歴史をも封殺することなく、受け入れたのだろう。この『バッサロー監獄』は、半島の権力者たちにとって、支配者の『力』を象徴してくれる、最高の『コレクション/芸術品』ってことさ。
とはいえ。
「……警備を考えれば、脆弱だな。総督府といえば、つまりは王の居城。それと囚人だらけの監獄をつなぐ?」
「もとはセックス奴隷の美女ちゃんたちを閉じ込めていた、夢のダンジョンだ。王さまが夜の相手を求めるのに、わざわざ遠出するのも手間だろ?権力者ってのは、忙しいはずだぜ、今も昔もな」
権力者は忙しいか。そうかもしれないな、ジョルジュ・ヴァーニエの睡眠時間は、どれぐらいだ?かなり削られているだろうな。仕事の出来る男ではある、しかも憎悪のある相手には、わざわざ出向いて拷問を観察した。
今夜はどうかな?メインディッシュは見に行くだろうが、これだけ表立って兵士を働かせている中で、趣味を発露するヒマはないと信じたいものだがな……。
「……だが、ここがハーレムではなくなって数百年だ」
「ああ。そうだな。でも、何も、『ここから』だけじゃない。海からの入り口も崖の下にある。桟橋と鋼の門で封印されていたがな。そして市街地の方からのルートもある。捕らえられた『亜人種の皆さま』は、それらのコースから入ったわけだよ」
「それは知っている」
なにせ、この『バッサロー監獄』こそ、『シャーロンの策』における要の一つだ。あの教会の地下でもらった書類には、この地下迷宮の見取り図があった。古くて細かいトコロまでは頼りにはならないが……それらの大まかな入り口ぐらいは分かったさ。
「マルコが言うには、『バッサロー監獄』の囚人たちってのは、エリート層が多かったらしい。大商人やその子息、ご息女……政治家のそれら、そして他国の王族や貴族。ここはそういう『高級な人質』さんたちを捕らえていた場所さ」
「なるほどな。ここは、その尊い身分の人質どもを、『買い手』に見せつける場所でもあったのか―――商談の場。だから、支配者の屋敷からも近い」
「そんなカンジらしいぜ。まあ、権力者の考えることってのは、どこか傲慢なものだ。この監獄は……囚人たちで出来た、『玉座』みたいなもんさ。美女奴隷や政治犯、敵の貴族。そんな囚われどもの上に寝てると考えたら……権力者さんたちは良い夢が見れたのさ」
「……大した分析だ。オットーに似ている。少しだけだがな」
「へへへ。そうだろうな。オレは、弟みたいにマジメじゃねえし」
「アンタたちは、オットーのような性格ばかりかと思い込んでいたよ」
「それは偏見だ。あんなマジメで融通の利かない連中ばかりだと、堅苦しくていけねえ」
「兄弟仲が悪いのか?」
「悪くはないだろ。ただ、性格の不一致はある。お互いに、合わないだけさ」
「……そうらしいな」
「さーて。もうすぐフロア1だ。オレたちは巡回兵として、各フロアを回れる。人手が足りてねえんだろうな」
「だろうな。明日にはトーポを焼き払うために大兵力が動くだろう」
「……そうなのか。いい田舎だったんだが」
「ヒトが無事なら、また作ればいい」
「タフさがいることを平然と口にしてくれるな」
「事実だからな。マルコ・ロッサは、どこにいる……?」
「調理場からは脱走して……姫さんの近くに潜んでいるはずだ。姫さんは、総督府でヴァーニエから尋問を受けた後で、ここに運び込まれた『異端審問官ジブリル・ラファード』に拷問されてる。ああ、女の拷問官でよかったな、男だったら陵辱されている」
「男だったらか……そうだな。男は女に残酷だもんな」
「ああ。さて、姫さまの場所は、どうする?若干、怪しまれるのを覚悟で兵士に訊くってのもあるぞ?……美人の姫騎士さんが、拷問でどんな悲鳴を上げるのか、聞きたくてたまらないゲス野郎のマネとか……お前さんは上手そうだ」
「極めて心外な評価だ。オレは女性にはやさしい方だぞ。それに……怪しまれることは避けたいな」
「ならば、自力で見つけるか。広いと言っても、たかが10のフロアだ。上から順番に下りていけば、そのうち当たるだろう」
「そうだな。まずは……この周辺から調べるよ」
さてと、鯨肉を食べて蓄えた魔力の使い場所だな。
オレは『風』の魔術を使う。そよ風を召喚すると、それを『バッサロー監獄』の深奥に向けて放っていた―――魔力を帯びたこの『そよ風』は音を反響させてくれるからな。
オレはその極めて小さな反響音を鼓膜や肌に当てることで、この監獄の構造を気取り、脳内地図に情報を書き込んでいく……。
「ほー。『風』を呼んで……『音で識る』……すごいテクニックだな。人間族の能力とは思えないほどに特殊だ」
「ストラウスの耳は、特注品だ。風の歌が聞こえなければ、竜と共に空など飛べはしない」
「そういうもんかね。空を飛んだことのないオレには分からん……だが……見つけたモノもあるぞ……」
「……魔銀の粒が落ちているな。オレの『風』によく懐く。ホコリに混じって、宙に浮いている。とてつもなく小さい……常人は、暗闇では見つけられんだろう」
せいぜい、たいまつやランタンの火の粉がホコリを照らして光らせた、それぐらいにしか認識しないだろうさ。
「やるなあ、竜騎士殿。その魔法の目玉は、オレたちの眼よりも、幾つかの能力で優れていそうだ。しかし、コレは……なんだ?マルコからの合図……?」
「……いいや。オレの部下からのメッセージだ。マルコ・ロッサは、オレの目玉の性能までは知らない。アンタの眼についても、伝え聞くレベルのハナシだ。彼ではありえないな、この連絡手段を選ぶことなど」
「……じゃあ、アンタの部下も、ここに潜り込んでいるのか」
「そういうことだ。フレイヤの『近く』にいるはずだ」
「……常軌を逸した凄腕ばかりだな。おっと、そろそろおしゃべりは出来なくなる」
「……オレが地を這うように『そよ風』を走らせて、魔銀の粒子を浮かせる……『オービット隊長殿』は、その魔銀を追いかけて、進んでくれると助かる」
「了解だ。報酬目当てにアンタの猟犬になってやるぜ。他に用事があれば、何でも言え」
仕事熱心な男だな。その点は感心するよ。
「あとは……オレを隊列のまん中に。この『袋』の中身を、あちこちに置いていきたい」
「アンタを兵士の壁で、隠せばいいんだな?」
「そういうことだ。頼むぞ、戦後の報酬は、オレが必ず保証する」
「……だそうだ。明るい未来のために、作戦開始だぜ、野郎ども」
『狭間』の兵士たちはうなずいてくれる。彼らはオレを取り囲むように、前と後ろに配置を変えた。『ブラインド/目隠し』さ。ヒトの壁に隠れる。基礎の戦術ではあるが、とても有効な戦術だよ。
地下一階の『門』が近づく。そうだ、ここの門だけは、地上への出口となるだけに、頑強だ。先ほどよりも大きい鉄柱が格子状になり、逃亡する者と収監される者の闘争心を挫くために君臨していた。
いかにも牢獄の始まりといった印象だな。まさに、その通りなのだが。
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