第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その28


 そこにいたのは帝国海軍の兵士どもだった。彼らはトーマ・ノーランの部下たちであり、この宿にいる25名の全員が『狭間』であるようだ。


 以前から自分の両親の片側が亜人種であることを知っていた者もいれば、『異端審問官』殿が訪れたときに、己の血と友人の血を混ぜる『実験』で気づいた者もいた。そういう人物は『狭間』と人間族のあいだに生まれた存在……つまり、クォーターらしい。


 亜人種の血が『四分の一』にもなってくると、外見的な特徴はすっかりと薄まり、ほとんど人間族と同じような見た目になる。種族的な能力も、失われている。彼らは人間族と変わらないが―――迫害される対象ではあった。


 血の一滴でも混じっていれば、亜人種扱いか……?


 いよいよ、人間第一主義とやらも、排他性を強めて来ているな……。


「さて。状況を説明してもらおうか。君らは、オレたちにつくんだな?」


 ここは玄関の近くのホール……と呼ぶには、あまりにも小さな空間だが。そこが今回も作戦会議質だ。二階に行くための階段には数名の『狭間』の兵士たちが座り込んでいる。オレと自分たちのリーダーであるトーマ・ノーランの会話が気になっているようだな。


 オレの言葉に、煙管で煙草を吸っているトーマ・ノーランは、うなずいたよ。


「……そうだよ。もう、帝国軍にはいられない。『血狩り』は、軍属の全員にまで拡大される予定だ。年に四回の調査。しかも、報酬でつる密告制度の拡充。抜き打ち検査の実行と、とにかく色々やられる」


「隠れきれないか」


「……ムリだな。帝国軍にいるのは、楽だったが、お終いだ」


「そんなに楽だったのか?」


「衣食住が保証されている。そして、迫害されることはない……軽蔑するかね?」


「……いいや。ヒトの生き方はそれぞれだ。生きるのに楽な道を選ぶのも、当然の選択だよ」


 マルコ・ロッサの作ってくれていたカレーを食べた後で、オレたちはミーティングをしている。時刻は夜の8時半……フレイヤ・マルデルの処刑までは、3時間半だ。


「……マルコ・ロッサは?」


「……彼はフレイヤ・マルデルの周辺に潜伏しておくと言っていたぞ」


「連絡は取れるか?」


「……直接、会いに行くしかないな」


「つまり、『バッサロー監獄』に乗り込むか」


「そうなる。オレは、まだ顔が利く……軍曹の階級以上の連中に行われた、『血狩り』の予備検査は、アンタのくれた、例の魔法の粉でやりすごせたがな……」


「予備検査?」


「そうだ。『異端審問官』ではなく、帝国海軍が独自に執り行って来やがった。ジョルジュ・ヴァーニエは、自分の部下たちの中に亜人種の血が混じることを、嫌悪しているようだな」


 ……なるほど。


 シャーロン・ドーチェによる誘拐で、『異端審問官ジブリル・ラファード』は数日のあいだ行方不明だった。その期間に、帝国海軍独自の『血狩り』を計画したのかもな。彼女がいなくても、『血狩り』は実行出来る。血を混ぜるだけ、それは簡単なことだ。


「……とにかく、オレはギリギリでバレなかった。今日は非番だっただけで、明日の昼過ぎからは任務が与えられるはずだ。まあ。行かないがな」


「つまり、アンタを使えば、『バッサロー監獄』へ楽に侵入出来るというわけか」


「ああ、そういう作戦だよ」


「でも。いつの間に、ロッサさんとお知り合いになっていましたの?」


 オレの肩に手を置きながら、美人の踊り子さんはトーマ・ノーランに訊いていたよ。


「……港での爆破テロが起きた翌日だ。オレ宛てに『故郷の弟』からの手紙が届いた」


「なるほどな、そいつはマルコ・ロッサからの手紙か」


「どうやったのか……帝国本土の郵便局の消印が押されていたぞ」


「やるもんだ。まあ、その手の偽造は得意だろうよ」


「らしいな。自分に接触してこいという『命令』だったよ。してこなければ、正体をバラすってね」


「彼には感心させられることが多い」


「……オレは、生きた心地がしなかった。オレはな……この街で店を幾つかやっている」


「氷屋さんだったですわよね?」


 そうだったな。流氷を切り出して運んでいたら、ボートが転覆したとか?……『霜の巨人』が出るかもしれない海に、よく出かけたものだな。もしかして、三つ目の能力を使っていたのか?……それで、ヤツらの接近を感知していた……。


 ありえるな、この人物はオットー・ノーランの兄貴だ。似たような目玉の力を持っているのかもしれない。


「……そうだ。氷屋もやっているんだ。地下にね、デカい氷室を作って、そこに氷をたくさん貯蔵している」


「そいつを時々、総督府の調理場にでも下ろしているのか?」


「ああ。食料保存用の氷室もある。氷で作る菓子なんかも、貴族さまには受けてね……って、脱線しているな。とにかく、その氷室に行くと、マルコ・ロッサがいたのさ」


「ずいぶんと寒そうなトコロですわね」


 踊り子さんはそう言いながら、オレの耳の裏をタオルで拭いてくれる。なんか、子供扱いされている気持ちだ。今夜のオレは彼女の息子の代わりでもあるのかも。


「ああ、もちろん寒かったよ。そこで、オレはヤツに協力させられることになった。『血狩り』の検査を、ギリギリでパスしたばかりだったし……サディストの『異端審問官/復活の聖女』サマの新聞記事を読んだ後だと、もう限界だと悟れた」


「そして……部下を誘って逃亡を企てているのか」


「……そうだ。アンタたちは、帝国海軍を潰すつもりなのか?」


「イヤかね?」


「……もちろん、古巣というか、今も公式には所属しているからな。なんというか、複雑な心境ではある」


「正直者は好きだぞ」


「そりゃどうも。だが、全てに優先するオレの人生哲学は、『生存すること』だ」


 オットー・ノーランの『生き残ろうとする意志の強さ』……それに似た哲学を感じる。この男は、やはりオットーの兄貴なんだろうな。いい哲学だ。皮肉じゃなくて、本当に感心している。


 ファリス帝国が支配するこの世界で、亜人種が生き抜くことは大変なことだよ。


「……オレは、自分と部下が生き残ることの方が大切だ。軍隊の部下だけじゃなく、この街で経営している店の従業員たちもな……亜人種が多いんだ。オレは、帝国人に化けているが、亜人種だし、亜人種と組んで、『こすい金稼ぎ』もしていたからな」


「亜人税の誤魔化しだっけ?……トーポの漁師から聞いたよ」


「そうだ。そういうのもやっていた。自分で言うのも何だけど、オレは、なかなか面倒見がいいんだよ。『サージャー族』には、かなり珍しい性格だ。弟もそうだろうが、フツーのサージャーってのは、その三つの目で、自分の好きなことばかり見やがるもんさ」


 ……たしかに、オットーは冒険好きというか、探険好きというか―――古代の文明とか、歴史の遺産とか……あと秘境とか極端に厳しい大自然とか。そういうモノがやたらと好きだな。そして、それらを探るためなら、命の危険を惜しむことさえない。


 サージャーという人々は、そういう『趣味/好きなこと』に人生を捧げる存在なのだろうか。類い希なる観察と分析の能力を注ぐに足る『テーマ/目的』を探しているのかもしれないな……。


「とにかく!オレはサー・ストラウスにつくぜ。部下たちも、その覚悟がある。オレたちは帝国を捨てて、サー・ストラウスの軍門に降る。イヤか?」


「いいや。願ったり叶ったりだ。君らを使えば、この『袋』を『バッサロー監獄』に運ぶのが簡単になる」


「……その袋、メシを食うときも脚の間に置いていたが、よほど大切なものか?」


「……うん。囚われた者を解放する、魔法の鍵が入っている」


 なかなかのアイテムだよ。『人魚』さんも『バッサロー監獄』の『沖』に同じアイテムが詰まった樽と、ギンドウ製の『爆弾』を沈めてあるんだがね―――。


「鍵?ふむ。それで……フレイヤ・マルデルを救出する気なのか?」


「いいや、違うさ。彼女の『救出手段』は、これとは別にある」


「……なら、マルコに言ってやるといい。ヤツは、相当、気を揉んでいたぞ?」


「オレが、フレイヤを見殺しにするつもりだとでも、言いたいのか?」


「……アンタ、帝国軍の中でも、悪名高い存在だ。今日も西岸部を襲撃したんだろ?」


「噂を拾える良い耳を持っているようだな」


 オレの耳は、レイチェルに念入りに磨かれている。耳穴に入った水滴が気になるのかもしれないし、彼女が耳フェチで、オレの耳は彼女の理想形に近いのかもしれない。


「それで?オレが半島の西を襲撃したから、どうしたというんだ?」


「……アンタぐらい強いヤツなら、フレイヤ・マルデルを危険から守ってやれたことも出来たんじゃないのか?……そう、マルコは思っているんじゃないかね」


「かもしれんな」


 オレがあっさりと白状したコトで、オットーの兄貴は驚きのあまりか、瞳を開く、額の眼もわずかに開きそうになる。年齢のせいか、オットーよりもまぶたが緩いようだな。


「だが。一つ訊くぞ、トーマ・ノーラン」


「……なんだい?」


「フレイヤ・マルデルを『囮』にすることで、多くの命を救える『策』がある。そして、フレイヤ・マルデル自身がその手段を許容した。ならば、彼女の覚悟を『策』に使うのは、間違っている行いなのか……?」


 問いに対しての答えは、すぐには戻って来なかったよ。でも、何分もかからない。オレが沈黙という手段を使うことで、答えを催促していたせいかもしれないな。


 トーマ・ノーランは、その古い刀傷の走る右の側頭部を指で掻きながら、オレを静かに見つめて、彼なりの答えを聞かせてくれたよ。


「……オレの哲学には反することだが。それが、アンタや彼女の哲学なら、有りなのかもしれん」


「……そうかい」


「アンタ……自分で言いながら、迷っていたのかい?」


 ……さすがはサージャーだ。鋭いじゃないか。今、トーマ・ノーランは三つ目を開いて、オレを観察していた。最高の眼力を有する種族に、人間観察されるか。嘘をつけない気持ちにさせられる。


 だから、嘘はつかない。


「わずかながらに迷っていたさ。彼女の命を危険に晒す。その行為を、オレは素直に受け入れられない」


「……だろうなあ」


 そう言いながら、サージャー族は三つ目を閉じていた。オレに何かを見たのか、見ることを選ばなかったのか……まあ、いい。オレをどんなヤツだと感じるのかは、アンタの自由なことだからな。


「だが、迷いを覚悟でねじ伏せることは出来るさ。オレとフレイヤは選んだ。オレはフレイヤに危険を強いてでも、戦に勝たせる。そして、それでも、フレイヤを死なせはしない……それがオレの答えだよ、マルコ・ロッサ」


 オレはそう言ったのさ。


 ここに、あのカレー好きのスパイはいない。だが……机の下にあるトーマ・ノーランの左手の指が、あの魔銀の輪っかを握っていることには気づいていた。


 オレの言葉を聞くと、トーマ・ノーランが机の下から左手を抜いた。そして、机の上に拳を置く。彼は、ゆっくりと指を開いていった。ゴトリという重たい音が響いて、あのフクロウにつける脚輪が、オレの目の前に現れていた。


 言葉を閉じ込める、魔法の輪っかがね。


「……サー・ストラウス。アンタ、オレが、マルコのリングを持っていることを知っていたのか?」


「瞳術を使えるのはサージャーだけじゃない。オレには、竜から継いだ魔眼がある」


 オレは眼帯をズラして、トーマ・ノーランに金色の魔力に輝く魔法の目玉を見せていた。彼の三つの目が興味深そうに開いて行き、オレの魔眼に集中する。


「……ほー。サージャー以外にも、素晴らしい瞳術の使い手がいるとは。それは、魂が、残存しているのか?『臓器』として動き、アンタの魔力を高めてもいる……」


「そんなことはどうでもいいさ。マルコに、さっさとフクロウで届けろ。そういう役目だろ?アンタはオレが嘘をついていないか、その瞳術で確認する。そして、それをマルコに届ける」


「……ああ。色々と見抜いてくれる。なあ、ジーク」


「は、はい!」


 ジークと呼ばれた年若い兵士が、トーマ・ノーランのそばにやって来る。トーマは、ジークとやらに脚輪を渡した。ジークは足早に、この安ホテルの階段を登っていったよ。屋上にいるんだろうな、あの働き者の黒フクロウは。


「……さて。オレたちも行くぞ、トーマ。戦争に勝つ、フレイヤも守る。そのために、この『袋』を届ける必要があるんだよ」


「了解だ。看守たちの交替時間が来る……オレたちは、次のシフトの看守に化けて、馬車で移動さ。アンタをそれで運ぶ……『人魚』の姉ちゃんは、どうするんだ?」


「私は別行動ですわ。明日の『戦』に備えて……破壊工作をしてきます。リングマスター、もしもの時は、例の手段でお呼び下さいまし」


 そう言いながら、踊り子さんはオレのホッペタにキスをする。耳の掃除が終わった合図だろう。これで敵の悲鳴がよく聞こえるようになったよ。


「……そういうことだ。トーマ、運ぶのはオレだけでいい」


「了解だ。それじゃあ、作戦開始と行こうじゃないか」

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