第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その25


 ゼファーの背にオレはひとりで乗り、『オー・キャビタル』へと旅立つ。


 ロロカ先生と『白夜』は『アリューバ海賊騎士団』の最前列を行く。敵の偵察兵に遭遇すれば、彼女たちが突撃し、蹴散らすことになる。夜間での山道の戦闘になるが、あのコンビならば問題はない。


 ユニコーンは夜間でも視力を失わないからだ。そして、十名の『虎』たちが彼女に続く。夜間戦闘での戦闘能力は証明済みだ。山道を踏破するスピードも圧倒的。ユニコーンの突撃で混乱した敵兵を狩り尽くす、最高の援護攻撃をするだろう。


 集団中央に帯同するのは、ミア・マルー・ストラウスとピエトロ・モルドーである。ミアの索敵能力と、高速機動、そして……戦闘能力。夜間における戦闘のスペシャリストだ。昼寝をずっとしていたのは、この作戦行動のためだ。


 彼女を出し抜ける敵はいないだろう。


 そして、ミアをカバーするのが、ピエトロ・モルドーである。彼は難民としての生活経験があり、そして善良な青年だ。この夜間の強行軍に出る『文句』や『不満』を聞くのも彼の仕事だ。


 とても大切な仕事である。


 ヒトの愚痴を聞いて、愚痴る人物のサポートをする。そうすることで集団のまとまりを維持する。彼は、森林の強行軍も、避難民の苦しみや心細さを知っている。それに、オレを信じてくれている。


 あの17才の少年に頼ってしまうのは、大人として少し恥ずかしいが。彼は、この集団を心理的にサポートするには、最高の人材と言えるのだ。


 集団の最後尾を守るのは、オットー・ノーランとジーロウ・カーンたち。後方からの襲撃も、オットーならば時間を稼げるだろう。索敵能力にも長けているのは言うまでもない。


 ジーロウは……戦闘能力頼みだな。まあ、こないだ心臓が一度止まっちまったが、フーレン族の上級戦士『虎』だ。しかも、エリート系の『螺旋寺』出身らしい。この半島の貧弱な敵兵など、容易く蹴散らすだろう。


 オレたちは、夕闇の訪れと共に出発した。トーポに残っているのは、海賊たちだけである。彼らには、それなりの役目がある。この戦は総力戦だからな。誰しもが、それぞれの場所で役割を持つ。


 まるで星座の星々のように、夜の闇のなかで、孤独なまでに一人で輝いていたとしても。見えない物語の絆で、オレたちはつながっているのだ。


 この旅路に孤独を感じることはないのだぞ、ゼファー。


 心にそんな言葉を浮かばせながら、オレはゼファーの首元を撫でてやる。


 ゼファーは幸せそうな、グルルという歌を口からこぼした。


 オレは口元に微笑みの歪みを浮かべたよ。作戦行動中に不謹慎?……いいや、そうじゃない。オレたちは、いついかなる時でも、楽しみを忘れてはならない。瞬間的にでもいい、苦しい戦いの中にでも、笑顔を浮かべることは大切だ。


 心を強くする。


 笑顔は、戦いのために作られた。


 口の両端を上げて、牙を世界に晒すんだ。


 心を軽くして、肉体の挙動をも速くする。


 オレたちは獣になるんだ、夜の闇のなかに笑みを残すことで。


 ……ゼファーの飛翔は、偵察も兼ねている。高高度からの竜の瞳で、『アリューバ海賊騎士団』の進軍ルートを確かめる。敵はいない。読み通りではある。


 『裏切り者のマケット・ダービー』のおかげで、敵は『アリューバ海賊騎士団』がトーポに立て籠もると信じているだろう。ヤツは裏切り者だが、海賊としての側面もあった。だから、オレたちに利用されたことを、あの世で少しは喜んでいるだろう。


 ヤツが勝ち得た信頼。


 それは偽りだけではなかったのだろう。


 そう信じる。


 おそらく、フレイヤ・マルデルならば、彼の生きざまを認めるだろうからな。敵の群れの中に一人で潜む……偽りの仮面をつけたまま。バレたら人生が終わるというのにな。なんとも壮絶な生きざまだよ。


 オレは『オー・キャビタル』に潜むスパイたちを心に想う。


 だからだろうな。


 マケット・ダービーのことに、感情移入してしまっているのは……。


 ……よし。


 マケット・ダービーのことは、これ以上は考えないようにしよう。スパイとしての生きざまを貫き、その死にざまは海賊として在った。ヤツは、十分に幸せな人生であったはずだよ。


 夜の闇は冷えていく。


 アリューバ半島に注ぐ北海からの風は強いからな。この北風に乗り、彼女たちも南下してきてくれているはずだ。『クルセル島』で取れた鯨の肉を用意しているだろう。だから、『アリューバ海賊騎士団』の仲間たちよ……この辛い夜間行軍を達成してくれ。


 そうすることで、君たちの損害を減らすことが出来るのだから。


 今夜の苦しみは、必ずや明日の勝利につながるのだ―――そうだ。たとえ、どんなに苦しかろうと。たとえ、目の前が真っ暗闇であろうと、進んでくれ。その脚で歩き、前に進め。そこは『未来』につながっている。


 この半島を解放するのは、君たちの歩きだ。


 この強行軍の果てにあるのは……君らの勝利だよ。


 オレにファリス帝国の侵略者どもに支配されていない、本当のアリューバ半島を見せてくれよ。エルフとドワーフ、そして人間族……わずかながらケットシーたちもいる。この様々な人種が自由に生きるアリューバ半島を、瞳に映して心に刻みたい。


 いつか。


 鯨狩りに連れて行ってくれ。


 オレは槍を投げるのだって得意さ。ガルーナの野蛮人だからね。槍もモリも似たようなものだろう?……ちがうコツがいるのなら、教えてくれ。大魚と殺し合う、煙管を咥えた勇敢な漁師たちよ。


 オレは、あの大魚の肉をね、『パンジャール猟兵団』の仲間に……いや、オレの命よりも大切な『家族』たちに食べさせてやりたいんだ。


 40センチのナマズでも、オレは『家族』たちに自慢げな顔を出来るんだ。ならば、あの十数メートルもある大魚なら?


 くくく。考えるだけで、素晴らしいね。人生史上屈指のドヤ顔を浮かべられそうだ。ああ、そういう思い出が欲しいんだ。だから、オレの仲間たちよ。夜の闇を歩き抜き、明日、この半島を取り戻そうぜ。


 一日で片がつく。


 これだけの仕込みをすれば、十分だ。


 オレたちは誰もが、よくやった。


 あとは……大暴れするだけさ。


『……『どーじぇ』。みえたよ、『おー・きゃびたる』だ』


「……ああ。そうだな、『オー・キャビタル』だ」


 オレとゼファーの目が、夜の闇のなかで明るい光を放つ、その海に突き出る都を見たよ。今夜は明るい。それはそうだ。ジョルジュ・ヴァーニエにとっては、あの爆破テロで飾られた悲惨な式典をやり直すための夜だ。


 今夜、彼は火祭りで帝国からのゲストと民衆を喜ばそうとしている。


 『アリューバ海賊騎士団』の初代団長である姫騎士フレイヤ・マルデル、そして、彼女が操り、無数の帝国海軍の軍船を沈めて来た、伝説の海賊船『ヒュッケバイン号』。その二つを焼き払うつもりでいる。


 その炎で、彼は人々の心を掌握したいらしい。


 エルフの英雄と伝説の海賊船を焼くことで、この半島の亜人種たちに『恐怖』を与えて、抵抗する心を砕くつもりだよ―――そして、帝国からの移入者たちからは、己の『強さ』を顕示して、支配を強めるだろう。


 彼を失脚させようとしちえる政敵たちには、海賊退治の功績を見せつけて、閉口させるという寸法さ。


 なるほど、大した絵空事だ。


 お前が想像した通りに実現するのならば、たしかにお前を幸福にするだろう。だが、現実がそう上手く行くとでも、思っているとすれば、間違いだぞ。


 この半島には、まだオレたちいる……『アリューバ海賊騎士団』と、そして、オレたち『パンジャール猟兵団』がな。


 その意味を……これから思い知らせてやる。


 その意味を知ったときは、全てが手遅れだがな。


 ああ。楽しみだよ、ジョルジュ・ヴァーニエ。お前の首を刎ねてやるそのときが。フレイヤには悪いが……お前の首だけは、オレが刎ねてやる。オレの影にはね、ヤツの就任式の夜に焼かれた『ポエリ村』の怨霊が宿っているんだ。


 殺せ、殺せ、殺せ。


 そうつぶやくのさ、彼らの願いが、オレの耳に聞こえてくる。まるで、酒宴のために焼かれた家畜のように殺された彼ら。クソ外道の祝いの夜を飾るために、焼かれた質素な村の民たちが……復讐の熱量をオレに伝えてくる。


 だから、ジョルジュ・ヴァーニエの首を刎ねるのは……オレの仕事に決まっているのだ。彼らの魂を背負った魔王ソルジェ・ストラウスが……もうすぐ、貴様のいる都に行くぞ。


 お前の奪ったオレたちのお姫さまを、返してもらうためにな。


『……『どーじぇ』。てきがいっぱいいる。みなとのみなみがわに』


「……『あの船』は見えるか?」


『……うん。『あのおふね』が、みえる!』


「そうか。あそこが会場だ」


『ふれいやを、やくつもりのところ?』


「くくく。そのつもりらしいがな……」


『たすけられるよね?』


「もちろんだ。オレたちは『パンジャール猟兵団』だし……彼女はフレイヤ・マルデル。幸運の持ち主だ……『シャーロンの策』が想定していた以上に、難易度が下がっている。最悪の場合は……若い女の死体を、どこぞの墓から掘り起こす予定だったが―――」


 ―――うむ。シャーロン・ドーチェめ、オレに墓泥棒をさせる気だったとはな。まあ、別にいいけどよ……魔王サマは何でもやるよ。


「……結果として、より楽なプランには導けた。『あの船』を焼いてくれるのなら、彼女を救出しやすい」


『ゆうどうできたんだね。『あのおふね』を、くろくぬったことで』


「そうだ。色々と細工というものはしてみるものだ」


『うん!だいじだね、『さくせん』って!!』


「ああ。とても大事だよ。より大きなことが出来る。『力』も大切だが……皆で協力し合い、一つの目的を達成するために役割分担をする。それで、ヒトは大きな仕事をやってのけるのさ」


『えへへ。ていこくは、ぼくたちよりも、いつもかずがおおいけど……ぼくたちのほうが、いつも、なかよし!』


「……そうだ。オレたちは『絆』というもので勝利する。数が少ないのなら、なおさら強く結びつかなくてはならない……上と下の関係ではなく、対等な存在として、横並びになることが大事だ」


『……だから、ふれいやにかたせるんだよね?』


「そうだ。フレイヤに勝たせる。『アリューバ海賊騎士団』という、この半島が生んだ力に……そうすることで、この半島と『自由同盟』は対等な立場として、仲間になれる。支配されることではなく、共存しあう友人としてな」


『うん!なかよしが、いちばん!』


「そういうことさ!」


『……あ!』


「どうした?」


『みつけた。『どーじぇ』。あそこだね?……ていこくのへいしが、しんでる……』


 ゼファーの視界が、その殺人現場を映し出す。オレは魔眼でその光景を共有したのさ。そうだ、それは確かに殺人現場。『オー・キャビタル』の近くにある、小さな港さ。漁船であろう小舟がいくつかつと、帝国海軍の見張りが陣取るための詰め所がある。


 その小さな港には、七人の兵士の死体があった。


「……騒がれることもなく、七人を静かに仕留めたか。くくく、さすがだぜ、レイチェル・ミルラよ」


『あそこにおりるんだね?』


「ああ。あそこから……オレは遠泳をするのさ。5キロほど、息を止めることになる。人間族では、きっと世界記録だな」

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