第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その17
ジッド街道をしばらく進み、オレたちは開けた丘の上に出る。そこにはゼファーが降りていたよ。『白夜』は歩調をゆるめて、仲間たちの前に、やさしげな蹄の音を響かせながら、歩いて行く。
「おつかれさまー、お兄ちゃん、ロロカ、『白夜』!!」
ミアがそう言いながら『白夜』に抱きついていた。その大きな頭にミアの腕とほっぺたが絡みつくよ。
「無事で何よりでした。馬の群れに追われていたので、『白夜』がケガでもしたのかと心配しましたよ」
『白夜』の背から飛び降りたオレに、オットーが声をかけてくれた。
「そうか。心配かけてすまないな。オレたちは全員、無事だ」
「敵の強者を仕留めていたんです。騎兵の数を、少しでも減らしたかった」
オレはそう言うロロカ先生に手を差し出すよ、彼女は微笑みながら、オレの手に自分の手を絡める。昼前から、いちゃついているよ、オレたち。
「なるほど。騎兵の数を減らすのは有効な戦略ですね」
「ああ。技量のある敵だった。帝国人でなければ、好きになりそうだったよ」
「団長らしいですね。強者を好むという発想は」
そうだよ。だから、オレ、オットーのことも大好き。
「いい戦いを見せてくれたな。完璧な連携だったじゃないか。ミア、オットー、そして、ゼファー!!」
『うん!!ばっちりだったよ!!』
そう言いながら、オレのゼファーが近づいて来て、偉大なるアーレスの一族の特徴でもある黒い頭を大地に下ろす。オレは、指でゼファーの頭を撫でてやったよ。
「よくやったな。おかげで、敵の注意を西に引ける」
『うん。『どーじぇ』たちも、すごかった!!『ちから』だけで、とりでをくずした!』
「まあな。ちょっと疲れちまったが、メシでも食えば元通りだよ」
「……めし……っ!!お兄ちゃん、お腹が、ペコペコさんだよう!!」
そう言いながら、ミアがオレの背中にドッキングする。跳び乗って来たってことだよ。
「そうですね。そろそろお昼です。トーポに戻りましょう。できれば、その……大急ぎが好ましいですね……彼らのやる気が、とんでもない空回りを起こさないうちに」
ロロカ先生は、どこか疲れた顔で東の空を見るよ。
あの白い雲の下には、トーポがあるんだよね。
『アリューバ海賊騎士団』の、過剰なまでのやる気は確かに心配だ。それに、オレも腹が空いて来ている。クジラの肉を胃袋に収めてやりたい欲求が強まっているのさ。
「よし。移動を開始するぞ!」
「うん!」
「はい!」
「了解です」
『らじゃー!!』
『ヒヒンっ!!』
オレたちは移動準備を始めるよ、ゼファーには、あのベヒーモス・バンドを装着する。『白夜』を運搬するためのアイテムだよ。ゼファーの腹の下に、『白夜』を吊り下げるアレだ。
西岸部に来るときも、もちろん、コレを使ったわけだ。なかなかシンプルな設計だけど、とても有用だよ。
ゼファーと『白夜』を結びつけると、オレたちはゼファーの背に乗った。ゼファーは丘の上で大きく翼を広げて、北風を選ぶと、そのまま脚で大地を蹴り、丘の上から飛んでいた。
丘の上から風と共に滑空し、速度を得たゼファーは翼を三度羽ばたかせて、青い空へと帰還する。
オレたちは、まっすぐにトーポを目指したよ。順調な旅だった。この日のアリューバ半島の空は、青く澄み、太陽の加護を浴びた風は、空のなかでもオレたちに寒さを与えることはなかった。
戦闘地域から離れて、オレの心は緊張から解放される。
地上を見つめるよ、豊かな自然に恵まれたアリューバ半島が見える。鳥たちが春を歌う、北方の国の一つは……今、このときは平和にも見えてしまう。
だが。
まだだ、まだ最後の戦が残っている。
オレは頭のなかで思い浮かべるよ。
ジョルジュ・ヴァーニエに仕掛けている『策』の数々を。
『敵軍の誘導』、『侵攻ルートの確保』、『シャーロンの策』、『海軍軍船への破壊工作』。色々とありすぎてるね……。
頭の中で、ちょっと整理してみるか。
……まずは、さっきの西岸部への襲撃。これで、何が出来るか?……国境の南に集結しつつある『自由同盟』の軍へ、より深くヴァーニエの意識を誘導できるはずだ。
まるで、『自由同盟』の西岸部への上陸作戦を、『パンジャール猟兵団』がサポートしたように、ヴァーニエには思えるだろうからな。
ヴァーニエは対応しなくてはならないだろう。国境に対して、より多くの兵士を増援しなくてはならない。本国から来る2万の補充兵を、待っている時間はないと分かっているだろうからな。
そんな増員がやって来るのを、指をくわえて待っているほど……『自由同盟』の長たちは甘くないぞ。もしも、その集団が海を渡ろうとするのなら、内戦で疲弊したこの国を制圧してしまうことを、クラリス陛下もジュリアン・ライチも許容する。
国境線を破られたら、ヴァーニエは『自由同盟』の強さを思い知らされることになるだろうよ。『バロー・ガーウィック』の『ユニコーン騎兵』も来るからな。貴様の軍勢の装備と訓練が、ユニコーン騎兵に対して、恐ろしく脆いことを知るだろう。
……ヴァーニエにとって最大の悪夢は、『自由同盟』によるザクロア半島の征服だ。正直、現状の戦力では難しくはない。
今日、『アリューバ海賊騎士団』への攻撃が緩んでいることで、ヤツがどれだけ『自由同盟』を恐れているかが分かるよ。
兵士は『生もの』だからな。
軍事行動を強いれば、必ず弱る。
ヴァーニエは、昨日、半島全域の亜人種たちの村を襲撃させて、その多くを『オー・キャビタル』まで運ばせた。
おそらく、その旅路はまだ途中だろう。今日も『オー・キャビタル』の街中を、鎖に繋がれた亜人種たちが通り、『バッサロー監獄』へと収監されていく。それを行うのは大量の帝国海軍の兵士たちだ。
海路でも運び、陸路でも運ぶ。
兵士たちは、この作業で疲れ果てているだろうな。だから、今日は、積極的に戦を仕掛けては来なかった。
ヴァーニエは、今日を兵士の『休息日』にしているのさ。ロロカ先生が懸念するように、ヒトは働きすぎで、あっという間に脆くなるからね。連日の激務と、内戦での戦力の消耗があれば……『自由同盟』からすれば、隙だらけだよ。
国境を破れば、あとは疲れ果てた兵士が守る『オー・キャビタル』だけ。そのシチュエーションを回避するために、あの残酷なはずの男が、今日は半島の南部に手を出しては来ないのさ。
攻撃し疲弊すれば、自分たちがクラリス陛下に虐殺されて終わるというシナリオが、現実味を帯びるだろうからな。自分の身は可愛いらしい。あのサディストのハゲ野郎はね。
今日の平和の『原因』は、ヴァーニエの自己保身願望の強さに過ぎない。
……逆に、明日以降の平和は、まったく保証出来ないわけだがね。
亜人種たちを『バッサロー監獄』に運び終えてしまえば、兵士たちは通常のシフトに戻る。休息と作戦実行能力を併存させる、通常の軍事態勢になるわけだ。そうなれば、兵士の疲弊を気にすることなく、ヴァーニエはこの内戦に蹴りを着けようとするだろう。
内戦を終結させない限り、内と外からの攻撃で、帝国海軍は弱りつづけるだけさ。それは、あまりにも放置すべきでない、致命的なリスクだよね。だから、明日以降のヤツは、悪魔の本性をさらけ出すだろう。
『アリューバ海賊騎士団』なる敵が設立されたのだ、それを討つための戦は、帝国人の反感を買うことはなくなる。経済的損失などムシしての強行策も、容認されるようになるだろう。
だからこそ……明日、オレたちは帝国海軍を殲滅しちまう予定なんだがな。
……まあ。
『自由同盟』の存在と、『西岸部の砦の襲撃』。この二つで、ヴァーニエは戦力を南の国境線に集中したくなっているというのが、肝心なことだ。これが、『敵軍の誘導』……ってヤツさ。
それは、好都合なことでね。敵軍を国境線に集めたいのは、オレたちも同じことだ―――。
……他にも、色々と策は考えているんだけど。
ダメだなあ、腹が減ってきて、頭が上手く回らねえぜ。
腹が減っては戦が出来ぬってのは本当だ。脳みそが動かねえや。
「―――まあ。とにかく!これで、仕込みは完成か?」
オレは副官殿の知性に頼ることにした。そういう役目のはずだもんね、副官って。知略のサポートをしてくれるヒトだもの。
それに、オレの百倍はハイスペックな脳みそを持っているんだしね!きっと、お腹が減ってても、『策』の全貌を掌握していてくれるはず。
だから、一言だけ聞けば良かったんだよ。
オレの背中で、ロロカ先生が返事してくれる。
「……はい。あとは、フレイヤさんが『役割』を果たすだけ」
「……そうだな。まあ、安心しろ。猟兵が3人がかりで彼女を守る」
「そうですね。『シャーロンさんの策』も生きていたわけですし。きっと、大丈夫ですよね!」
「ええ。本当に、無事にコトが進んで欲しいですよ……ッ」
オットーはフレイヤを利用する『策』について、少しナーバスになっている。まあ、気持ちも分からなくはない。
今や、『シャーロンの策』と言えるほど変質してしまったが、元々はオットーが言い出したことでもある―――。
「……『死んだことにすれば、守れます』……か。君にしては、かなり攻めた『策』だと思ったよ」
「……はい。我ながら……口にした後で、とても悩みました」
「でも。いい手だよ、三ちゃん。『死んじゃったヒトを殺そうとするヒトはいない』もんね!」
「そうですよ、オットーさん。虚を突く、いい戦術ではありませんか」
「……そう言って下さると、心が落ち着きます。ああ、でも、まさか……私の考えていたことは、こんなに大きなコトではなかったのですが―――」
―――そうだな。
オットーが計画していた『策』は、もっとシンプルなものだったよ。帝国海軍にフレイヤが狙われているのなら、『殺されたフリ』をすればいいじゃないかってコンセプトだ。
それにロロカ先生が手を加え……『内部にいる『裏切り者』からも守るために、一部を除く海賊たちにさえ、『彼女』が殺されたように見せかける』……になった。
そいつにシャーロン・ドーチェまでが食い付いて、『ジブリル・ラファード』も使うことで、この戦を勝利に導く『策』にまで変えてしまいやがったのさ。
オットーの『策』は変わる度に、より派手なことになっている。
フレイヤが命を張らなくてはならない危険度は、ますます高くなってしまったが、ハイリスク・ハイリターンの原則は守られているのだ。
「深く考え過ぎるな、オットー……全ての『策』はもう仕込んだ。あとは、勝てばいい。オレたちが導かれる戦場で、最大の力を発揮すれば、それでいいんだ」
「……はい!そうですね!……賽は投げられたわけですから、悩むことに意味はありませんでした。あとは、自分の領分を全うするだけのこと―――」
―――賢いオットーにアホ族のオレが助言できるコトなんて、滅多とない。オレは、この貴重な経験が持つ希少性を楽しみながら、宣言する。
「そうだ、勝てば良いのだ。そうすれば、フレイヤを守ることも、ジョルジュ・ヴァーニエを仕留めることも、このアリューバ半島を『海賊騎士団/アリューバ半島の民』が取り戻すことも……そして、おそらく、『自由同盟』が私掠船団を手に入れることも叶う」
「いいこと尽くめだねッ!!さっすが、お兄ちゃんッ!!」
オレの脚のあいだで、ミアがそう言ってくれる。シスコンのオレは、その言葉一つで癒やされちまうのさ。
「おう!!みんなで作った『策』は解き放ったんだ。あとは……各々が持つ『強さ』を信じて、戦い抜くだけだぜ」
そう。
これは、『強さ』と『絆』が紡ぐ『策』だ。
『強さ』とは、暴力の性能を語っているのではない。苦しみに耐えて、希望を信じつづける覚悟こそが、『強さ』だ。
……悲しみや、苦しみにも、オレたちは耐えなくちゃならない。だから、信じているぜ、ミアに片目を斬られちまった『異端審問官ジブリル・ラファード』ちゃんよ。君は、うちの『勝利の女神』なんだ。
『シャーロン・ドーチェの策』の通りに、せいぜい大暴れしてくれると嬉しいぜ。
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