第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その18


 港町トーポに帰還したオレたちを待っていたのは、それほど懐かしくもない顔だったよ。なにせ、一週間ぶりぐらいだもんな。


「ジーロウ・カーン!!」


「ジーロウちゃーん、みーつけたッ!!」


 オレとミアはニヤつきながら、砂浜を走る。目指したのは、トーポの浜辺に乗り付けている十数隻の『旧・白虎』の高速商船だ。そこにいるやや太ったフーレン族の大男に向かい、ストラウス兄妹は走るんだよ。


「ゲッ!そ、ソルジェ・ストラウス!?」


 ジーロウ・カーンは、なんともイヤそうな顔をしたね。あの黒いシマの入れ墨が入った顔で、目を細めて、右の犬歯だけを見せるように表情を歪めている。


「どうした、ルードの二等兵。君がお仕えする女王陛下直々の特務により動く、素敵な猟兵団の団長サマに対して、いい態度してるな?アイリス・パナージュ隊長にチクるぞ?」


「パワハラかますんじゃねえよ!?」


「ハハハハハッ!!」


「なぜ、笑うんだ……」


「いや。冗談だ。よく来てくれた。頼りになる『虎』よ」


「……フン。褒めるんなら、ピエトロでも褒めてやれ」


「ピエトロちゃんも来ているの?」


 ミアがジーロウを見上げながらつぶやいた。


「あ、ああ。そうだよ、ミアちゃん……どこか、そこら辺にいると思うんだが……」


 そうなのか。オレはピエトロを探して、周囲を見回す。浜に上陸した高速商船には、フーレン族が乗っている。彼らは船から積み荷の箱を下ろしてくれているな。見覚えがある顔が多い。間違いない、パナージュ隊の『虎』たちだ。


「……ありがたいな。彼らも来てくれたか」


「まあ、おばさんの……いや、パナージュ隊長の命令でもあるからなあ……」


 ジーロウの口は相変わらず失言が多い。アイリス『お姉さん』がこの場にいなくて良かったな。


「でも、何を運んで来てくれたの?」


 好奇心のままに我が妹が質問する。ジーロウは自分が操ってきた船から、その巨大な木箱を持ち上げて、浜へと下ろす。そしてフーレン族の太い指をつかい、木箱のふたを力ずくでこじ開けた。


「へへへ。見ろよ、『須弥山』の刀鍛冶たちが打った刀だぜ」


「ホントだ!!双刀だね、二本セットだ!!」


 木箱の中からミアは一対のそれらを取り上げる。鞘に入った二つの刀が、縄でくくられたよ。ミアがナイフを取り出して、その縄の拘束を素早く切ると、刀の一本を鞘から引き出した。太陽の光を浴びて、その鋼は銀色に輝く。


「お兄ちゃん、いいカンジの鋼!!」


「そうだな。一級品のようだ」


「……さすがに刃物に詳しい兄妹だよなあ。目利きの通りさ。コイツらは『須弥山』の職人たちが、『須弥山』の剣士たちのために打った刀で、その中でも上等なものばかりだ」


「こんなに良いものなのだから、きっと、お値段もお高いんでしょう?」


 良いものは高い。


 社会の常識だよな。ミアの言葉にジーロウは苦笑する。


「いや、じつは、ずいぶんとお得な値段だ」


「そーなの?」


「ああ……『須弥山』の職人たちは、普段は『須弥山』の修行者か、ハイランドの兵士のためにしか刀を打たない……だから、外国の連中に使ってもらうことを、喜んでな」


「どうゆうこと?」


「いい宣伝になるって、ニヤニヤしていたぜ?」


「なるほどな。将来的には、『輸出品』として売りさばきたいのか」


 つまり、これは『デモンストレーション/商品紹介』も兼ねている。戦場で『須弥山』の職人たち自慢の刀を使わせて、その性能を理解してもらう。最初は格安で提供するのさ、宣伝代わりにな。


 そして、その後、本格的な輸出が始まる。軍隊レベルで購入してくれるのなら、数万本単位の刀が売れる。最初の数千本を安く売ったとしても、最終的には十分に元が取れるというわけだ。


「紛争地帯で、武器商人がよくやる商法だな」


「なんだか、人聞きが悪く聞こえるぜ?」


「考え過ぎだ。『アリューバ海賊騎士団』にとっては、最高の贈り物さ」


 この半島での鉄の採掘量は乏しいと聞くからな。戦後、鉄鉱山を多く所有するハイランド王国から、武器を輸入することになりそうだ。


 ジーン・ウォーカーはそこまで考えていたのだろうか?……ありえるな。アレも中々、頭は切れる男だから。帝国との蜜月が終わったハイランド王国の経済には、新たな産業がいる。


 ハイランド王国の北の港を使い、双刀をアリューバ半島に輸出する。そのビジネスルートを、『リバイアサン』が邪魔しないのであれば、最高の輸出産業が生まれるだろう。


「そう言えば、お代は、ジーンちゃんの『命』だったよね?……ジーンちゃんの『命』、グッジョブ!」


 空の高いところを見つめながら、ミアは親指を立てた。


「いや……あの海賊野郎は死んじゃいねえぞ」


「そーなの?」


「ああ。ハント大佐は、ヤツに約束させたのさ。戦後、ヤツは『自由同盟』に協力することを対価に、斬首を免れた。もしも約束を破れば、シアン姉ちゃんがヤツの首を落としに行くそうだぜ」


「そいつは破れない約束になったな」


「そうだな。破れば、100%死ぬ」


「しかし。ハント大佐らしい、いい判断だよ。ジーンは、『命』ではなく、『自由』を対価にして武器を買ってくれたようだな」


 『自由』。あの責任を嫌うヘタレ野郎にとっては、何よりも大切なモノの一つだろうが。フレイヤのためなら、それさえも手放せるか。


「どうしたよ、ソルジェ・ストラウス。悪人顔で、にやついて?」


「楽しくなるようなコトがあったのさ」


「これから大戦争しようって時にかよ?」


「まあな。それで、ジーンはどうした?ヤツの『海賊船/ケストレル号』がいないぞ?」


「内海の北東だよ。シアン姉ちゃんと一緒に、帝国海軍を相手に海賊行為でもしているんじゃないか?」


 内海の北東―――ふむ、こちらがヤツに求める仕事を、よく理解してくれているな。『オー・キャビタル』沖に、待機してくれているのだろう。たんに、フレイヤが心配なだけかもしれないが……。


 だが、シアン・ヴァティも同行してくれているんだな。彼女まで、あの『策』に参加してくれるのなら、ますます、オレたちは有利になる―――。


「サー・ストラウス!!」


「ん?」


 若者の声が浜に響いたよ。オレはその声の主を知っている。明るく弾む声で、尊敬と親愛を込めて呼んでくれるエルフの少年。オレには強烈に思い当たる人物が1人だけいるのさ。


 振り返ると、ピエトロ・モルドーがいた。17才のエルフ族の少年だ。『バガボンド』の将軍である父親のイーライ・モルドーを支える、才能ある弓使いだよ。


 彼がオレに向ける顔は、満面の笑みであることが多い。


 なぜなら、彼はオレの『大ファン』を自称している少年だからね。ジャン・レッドウッド2号みたいな存在だ。


 今日も彼は太陽みたいに明るく、その純粋な心を現すようなスマイルをオレに捧げてくれていた。彼のはつらつな声が、トーポの砂浜に響いて行く。


「お久しぶりです!!」


「ああ。元気だったか、ピエトロ!!」


「はい!!」


 エルフの少年は、本当にいい笑顔を浮かべてくれている。その表情はとても魅力的だったが……オレは気づいたよ。彼の背中には新調された弓があるな。戦士としての習性みたいなものだ。武器に対して、オレの視線はどうしても行ってしまうのさ。


「いい弓だな」


「ええ。この弓に気づいてくれるなんて、さすが、サー・ストラウスです!!オレ、『須弥山』の職人に、これを作ってもらえたんですよ!」


 嬉しそうな顔で、少年はその新たな自分の武器をオレに見せてくれる。ふむ、複数の素材を組み合わせた、複雑な造りをしている。自作していた以前のシンプルな弓とは、比べものにならない高性能品だ。


「……魔獣の骨材が使われているようだな」


「はい!!オレ、原初の森林で、モンスターを狩ってきたんです。それの骨で、この弓を作ってもらえて……なんか、とても感動したんです!!」


 一人前の男になろうとしているのさ。


 この正義の心を持つ少年が、順調に成長しているのを知り、オレは嬉しくなる。


「―――『須弥山』の武器職人に認められる。それは、戦士として誉れ高きことだ。その弓に負けないような男になれ」


「はい!!精進します!!」


 まるで、師弟関係みたいになっているな。まあ、いい弟分だよね、オレにとってピエトロは。いつか、『バガボンド』ごと、彼もガルーナの『軍』に招いてしまうつもりだが。この弓使いが、世界を巡る冒険譚を酒場の歌として聞いてみたくもある。


 オレたちのやり取りを見ていたジーロウが、あの大食漢の口を開いた。


「……なんで、ソルジェ・ストラウスには敬語で、オレにはタメ口以下なんだ?」


「はあ?当たり前だろ?お前に敬語を使う理由なんて、オレにはない!!」


「……まあ、そうかもしれねえど……オレ、一応、年上だし?」


 ジーロウも『須弥山』の『螺旋寺』で修行して、上下関係には厳しい。年下で戦いの技術も自分より下であるピエトロに、厳しめの口調で対応されることを納得出来ないのかもしれないな。


 だが、それを言うのなら、ジーロウ自身にも大いに当てはまることだ。オレはジーロウより年上で、腕もはるかに強い。


 でも、オレはこうも思うぞ、ジーロウ・カーン。ヒトの態度は関係性の表れだ。口調が変わるということは、関係性も変わってしまったというコトの証でもある。年下の生意気なエルフと絡んでいるときのジーロウは、どこか楽しそうに見えるんだがな。


 君らの今の関係は、この乱世において、とても頼りになる友情なんじゃないかね。


「そ、それで、サー・ストラウス!!」


「どうした、ピエトロ?」


「聞きたいことが、あるのですが!?」


「何をだ?」


「その。何というか……ちょっと、こっちに来て下さい」


 そう言いながら、ピエトロはオレの腕を取り、オレをミアとジーロウから離すように遠ざけていく。


 なんか、これ、三回目ぐらいな気がするなぁ……。


 ミアとジーロウから、ある程度離れたとき、ピエトロはその赤くなった表情をオレに向けるんだよね。そして、彼の指が、浜でクジラ鍋を煮込んでいる乙女に向けられる。


「サー・ストラウス。あ、あの子、ムチャクチャ可愛いんですけど?」


「そうだな。彼女は、この村にあった唯一の酒場の看板娘だ。名前はレミちゃん。気立ての良い娘だよ」


「顔もいいし、スタイルも……」


 この少年は、どうしてこうも惚れっぽいのかね?


 若くて美しい少女がいれば、だいたい、惚れてるような気がするよ。


「あんまりジロジロと見るもんじゃないぞ」


「は、はい!!そうですね、男として、そんな浅ましいのは、ダメですよね!!」


 思春期にあるピエトロ少年は、弓使いの手で己の頬を叩きながら、若者の浮ついた心を戒めているようだ。マジメな少年ではあるのさ。


「……と、とにかく!!サー・ストラウス、なんでも命じて下さい!!オレは、腕を磨くためにも、このアリューバ半島に来たんです!!」


「ああ。明日は、イヤでも働いてもらうぞ。この半島から、帝国の軍勢を排除する」


「イエス・サー・ストラウス!!」


「……だが。今は昼飯にしようじゃないか。来い、ピエトロ。一緒にメシを食おう。オレたち『パンジャール猟兵団』の、一番新しい武勇伝を聞かせてやる」


「は、はい!!ご一緒させていただきます!!」 

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