第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その8


 そして……朝がやって来る。オレは、調子に乗ったイエスズメどもの歌で起こされた。屋根の上で、ヤツら我が物顔で歌っていやがるぜ……。


 オレは、それなりに寝起きがいい。


 とくに、変な夢を見て、それを覚えてしまっている朝なんかは、特別にね。


 ゆっくりと身を起こしたよ。このソファーに慣れて来たのか、背骨の調子がいい。体自体は万全だ。昼夜逆転も、これで解消されるかな……ミアは、うん。相変わらず、とんでもない寝相だよ。


 毛布をぶん投げているじゃないか。オレは床の毛布を拾い上げ、綺麗に半分に折りたたむと、ミアの、ちいさなヘソが出ているお腹の上にかけてやるのさ。


 背中を伸ばすよ、背骨が音を立てていく。コキコキパキパキ。いい音だ。ああ、さてと。世界はどれぐらい荒れてるのかね。


 オレはブーツに足を突っ込むと、そのまま竜太刀を背負って町長の家から出かけてみたよ。朝の散歩のつもりだった。


 うん。


 玄関を開くと、丘の上に、巨大なカタパルトがもう一本増えているのを目撃した。ジイサンが情熱のままに設計したのだろう。他のカタパルトの群れから離れているところ見ると……『火薬樽』をぶん投げるタイプだろうな。


 火をつけられたり、誤爆したときに、他を巻き込まないため。ロロカ先生の『守備的な発想』が、そのチョイスをさせているのだろう。


 まあ。これだけ長距離兵器をそろえたのなら、西からの攻めには十分に対応出来る。


 さらに町の西側と北東側には、壁が生まれつつあった。フレイヤたちが仕留めた帝国の軍船を解体して、無理やり『防壁』として再利用したのだろうな……。


「悪くない。のぞき窓があるから、隠れながら高さを利用して撃ちまくれる。重量からして……ゼファーに運ばせたのか」


 この発想にも、やはりロロカ先生を感じる―――そう思っていたら、朝から動き回る『アリューバ海賊騎士団』の中にいる、ロロカ・シャーネルがこちらに気づいた。オレは、片手を挙げて、彼女に近づいていった。


「ソルジェさん、おはようございます」


「ああ、おはよう、ロロカ。昨夜も大変な活躍だったみたいじゃないか」


「そ、そんなことはありませんが……」


「いい壁だ。アレがあると無いとでは、もしもここが攻められたとき、人死にの数が、まったく違ってくるだろう」


「そうだと思います。守りは、これで十分です。ですが―――」


「―――攻撃が足りない?」


「はい。『オー・キャビタル』への『ルート』は確保しました。そして、『シャーロンさんの策』も生きていることが証明されました」


「ああ。攻撃の策は、そろっている……つまり、誘導が、足りていない?」


「足りていないこともありません……ですが、より確実な戦略を思えば……もう一押し」


「帝国の兵力を、西に誘導する方法か……」


「……西岸部にある砦を、一つ、落とそうと思うのです」


「なるほど。より西の守りを削れば、帝国は、西へと向かいたくなる」


「ええ、向かわなければ、『自由同盟』に西から上陸されて、国境を南と西から挟み込まれてしまいますから……ですが」


 ロロカ先生は突貫軍事要塞トーポを見回す。そして、ほっぺたをリスさんモードにするんだよ。ああ、ふくらませたってこと。水色の瞳を細くしながら、ロロカ先生は語る。


「……みなさん、働きすぎですね。海賊騎士団による遠征隊は、組織しない方がいいでしょう。やる気がはやりすぎて、『オー・キャビタル』攻めまで、もちませんって、言っているんですっ!!」


 ロロカ先生にしては、珍しく、叫んでいた。


 でも、熱気とやる気がほとばしっている『アリューバ海賊騎士団』の方々は、彼女が叱っていることにも気づきやしない。


「はい!!!」


「やる気が、みなぎっています!!!」


「オレたち、まだ、やれるっすよ、軍師殿!!」


「そうじゃなくて、ペースというものがあります!!交替しながら、ちゃんと、休んで下さい!!スタミナ切れで、戦に負けるなんて、よく聞くハナシなんですから!!」


「ええ!!!」


「大丈夫、だって、オレたち!!!」


「クジラをさっきも、食べて来ましたから!!!」


 ああ。


 情熱とは恐い。


 たしかに、やる気が肉体の限界を超えて、彼らを不眠不休の労働活動に誘っているようだ。セルバー・レパント……あのジイサンだって、片腕なんだぜ?なんで、朝からトンカチ持って、風車みたいにデカいカタパルトの上に登っているんだろう。


 どうやって登ったんだ?


 片腕なのに……?


「……オーバーワークです。この状態で、敵地への攻撃を教えてしまうと、みんな、ニヤニヤしながらついて来そうです……」


 ロロカ先生が、なんだか青い顔をしている。


「うむ。やる気がない大人は、よく見かけるものだが……ここまで元気な大人ってのは、なんだか、むしろ新鮮だな?」


「え、ええ。協力的ですし、仕事も出来ます。10を頼めば、15ぐらいを持ってくる。フレイヤさんパワーなのでしょう……」


「だろうな……彼女のカリスマ性は大したものだ」


「……ええ。ですから……私たちには聞こえない、このエルフ族の魔笛が頼り。カリスマをロストしたときの、心理的ダメージに、備えてもらう必要がありますから」


 そうだ。


 オレたちの耳には聞こえないが、エルフ族の魔笛で、この半島はつながりつつある。ロロカ先生は、フレイヤを利用する『策』を、魔笛で流し始めているのさ。


 昨夜、オレたちが帰還して、『シャーロンの策』が生きていることを確認した直後から、それは始まっている―――情報を共有し、最大の『反撃』に備えてもらうために。


「作戦はスタートしてしまいました。なんだか、ドキドキです……」


「『犬を放て』……と言ってみたんだが、『ダベンポート伯爵』は、引っかかってくれたか?」


「はい。あの『意味の無い言葉』に、意味があると感じて……『彼』に接触しました」


「……そうか。それで、『彼』は、どうした?」


「……ちゃんと、消えました。誰にも言付けを残さずに―――ですが、『あの船』に乗っているはずですよ」


「そうか。なるほど。頼らせてもらおうじゃないか」


 皆が、色々な役割をこなしている。


 オレの見えないところでね。


 リエルとカミラは、北の海で暴れているはずだ。『氷の船』……アレが敵船を沈めたからこそ、『オー・キャビタル』までの『道』は出来た。


 そうだ、かなり『大詰め』ってカンジだよ。


 オレたちは、この半島と、半島の外にまで『策』を張っている。仲間だけじゃなく、敵側にも『策』を仕込んでいるしね。このサイズの『策』に、対応出来るほど、ジョルジュ・ヴァーニエはこの土地に詳しくない。


 『策』さえ、滞りなく済めば……オレたちは最小のケガで、このアリューバ半島を掌握することが可能だ。フレイヤ・マルデル率いる『アリューバ海賊騎士団』の下にね。


 ああ。


 武者震いがするというか、なんというか。


 ようやく、ここまで来たなってカンジだ。


 今日と明日だ。それで、全ては決まる―――。


「ロロカよ……もう、フレイヤは旅立っているのか」


「はい。適当に敵を仕留めて、それから『策』になりますと」


「……そうか、レイチェルは下から護衛か」


「ええ。フレイヤさんが『オー・キャビタル』に着くまでは、完全に安全です」


「フレイヤだけでも、安全だよ。ほかの12人が、キツいけれどな」


「……亡くなられる可能性が、少なくはない。『斬られて海に落ちる役』を、2人ほど志願していただきました。彼らのことを、レイチェルが救出できれば良いのですが」


「レイチェルはやれるさ」


「……はい。そうですね。海での彼女は、無敵ですから」


「仲間を信じ、あとは、オレたちがすべきことをしようじゃないか」


「そうですね!」


「……とりあえず、メシを食おうぜ。その後で……『パンジャール猟兵団』だけで、西の砦を二つほど、ぶっ壊してこよう」


 そうだ。このやる気に満ち過ぎている連中を、使うわけにはいかない。今使えば、間違いなく、肝心な時にぶっ倒れてしまう。ヒトは、限界があるんだ。気合いや精神力では、肉体的な限度は上昇しない。


 彼らは限界が近いはずだ。


 だから、今、必要なのは休息することだよ。『オー・キャビタル』を攻めるのは、最短でも明日になる……『これだけ作れば、もう十分に、引っかけられる』だろうしな。


「……さて。鯨肉のスープ。ワクワクだな!」


「はい。ああ!!す、すみません、ソルジェさん。わ、忘れるところでした!!」


「こんなに賢い君がか?」


「ど、ドジってしまうことだって、ありますから!」


 それは知っている。本来の君は―――戦争なんかを考えないときの君は、オレには考えられないほど、たくさんのコトを頭の中に浮かべているんだもんな。そりゃ、ぼーっとしちゃうことだってあるさ。


「な、なんで、そんなに嬉しそうな顔をするんですか、ソルジェさんっ」


「なんだか君が、とても可愛いからさ」


「あ、朝から、口説かれると……恥ずかしいです……っ。というか、あんまりからかっていると、私だって、怒るんですからね?……うー!」


 ロロカ先生ってば、威嚇能力がゼロのうなり声をあげていた。かわいいけど、ストレス下にある現状で、これ以上からかうと怒られてしまうかもしれない。


 さて。


 ちょっとマジメな顔に戻ろうかな。


「……それで。何を忘れるところだったんだ?」


「え?あ、ああ……それはですね。ソルジェさんが、ハイランド王国で結成された、『バガボンド/漂泊の勇者たち』の皆さんが来ます!」


「ほう。どこにだ?」


「彼らは、義勇兵として、半島の南に向かってくれているそうです」


「国境線に、『バガボンド』が来るか!!」


 くくく。


 さすがは、『オレの軍隊』だ。


「イーライ・モルドー将軍なら、来てくれると信じていたぜ!!」


「はい。それに……別働隊の義勇兵が、『十数名』……こちらの浜に向かってくれるそうですよ」


 『十数名』……その人数に、これほど心が躍ることがあるとはな。『誰』に会えるか、楽しみだよ。


「彼らは、まだ無名の存在です。でも、『自由同盟』の戦士としての存在感や、練度が増して行けば……本当に、ソルジェさんの『軍』……『魔王軍』となる日も近い」


「ああ。ガルーナ奪還の日が、待ち遠しいぜ」


「そうですね。軍団の『器』となる『国』が私たちにあれば、もっと、大きな戦いが出来ます。それこそ、世界を変えてしまうような……大きな戦いが」


「……ああ。そのためにも、とりあえずメシだ!」


「……はい!腹が減っては戦も出来ず、ですものね!」


「そういうことさ!!」



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