第六話 『アリューバ半島の海賊騎士団』 その9


 オレたちはミアを起こして、朝食を食べることにした。浜に向かうよ。そこにはオットーが寝ているから……例の『氷の魔石』を使うことで作った『かまくら』の中で。


 浜には、うん。あの『かまくら』がたくさんあったよ。


「増えてる!」


 ミアが、見たまんまを語る。うむ、真実を適切に表現する。賢者の質だな。


 幼き賢者の言う通り、『かまくら』は増えている。20ぐらいか。愛好者がこれほどいたのか?……いや、たしかに住居が足りないから、悪くもない解決策なのだろう。


 だが。不思議な光景ではあった。真冬の雪原でもなかろうに、乱立した『かまくら』の群れを見るとはな。というか真冬の雪原でも、こんな光景を見たことはない。文句があるわけじゃないんだけどね。


 ミアはタタタと砂浜を軽やかに走り、オレの知る限り、最も『かまくら』を愛する男のそばにしゃがみ込む。そして、『かまくら』から出ているブーツをつついた。


「三ちゃん、三ちゃん。ゴハンの時間だよ?」


「……はい。了解です」


 そう言いながら、『かまくら』の中から、寝起きのオットー・ノーランが這い出て来たよ。


「おはようございます、みなさん」


 砂浜に立ち上がった紳士は朝の挨拶さ。オレは、うなずきながら、おはよう、と答えていたよ。


「……しかし、オットーよ。それは、寒くないのか?」


「いえ。意外と寒くありません。風を完璧に止めてくれますし。屋外では、防寒着と毛布にくるまって寝るしかありませんから」


「なるほどな」


 この運用実績が、その有効さを語っているとも言えるな。砂浜にあるたくさんの『かまくら』。それがこれの居住性の証明でもあるのだろうよ。


「ですが……これほどの『氷』を発生させるのは、疲れませんか?」


 ロロカ先生の好奇心が発揮されている。


 オットーは、あの細く閉じられているのがデフォルトな瞳に、やや曲げたよ。微笑みを表現しているのさ。


「慣れてくると、かなり楽でして!海水を利用することで、ちょっとした氷山も造れました」


「まあ。海水を凍らせていたのですか?」


「はい。最初は川の水を凍らせて、氷のブロックを造っていたのですが……意外とやれば出来るものですね」


「淡水に比べて、氷にするのは難しいと思いますが」


「そうなのー?」


「ええ。そうなんですよ、ミアちゃん。真水の方が、氷を作りやすいのです。流氷も、ほとんどが川の水から出来たモノなんですよ?」


「え!?海が凍ったんじゃないの!?」


「はい。海に注ぐ川の水が凍りついて、氷になって、流れていく。それが流氷です。海水は波があったりして、凍りにくいというのもあるのだと思いますが」


「へー」


 ミアに化学的な知識が増えていく。いいことだ、未来の賢者への第一歩だな。


「……流氷さん。ナイフで削ってみて、ちょっと舐めてみたら、しょっぱかった。アレ、外に海水がついていたからかな」


「そ、そうかもしれませんね」


 実戦的な科学は、きっと身につきやすいはずだ。オレは、逆立ちしながらパスタを啜っていた大道芸人を見て、感心したことがあるよ。


 あの芸人は、オレたちに教えてくれる。


 ヒトが食物を胃袋に送り込むときに頼っているのは、重力などではない。胃袋に落ちているのではなく……ノドの筋肉をつかい、食べ物を胃袋へと送り込んでいるのだとな。それが分かったからといって、何が出来るというワケでもないがね。


 いや。年寄りのノドがよくモノを詰まらせるのは、筋力が弱っていることが原因だと分かる。だから、『呑み込む筋トレ』をすることで、年を取っても、ノドに肉を詰まらせる可能性が減るかもしれないな。


 筋トレをすることで、高齢でも生物としての能力を維持できる。そういう発想を、医療に転用する時代が来るのかもしれない。ふむ、マッチョが多そうで、いい時代だな。オレは腹筋と二の腕に力を込めて、未来のマッチョたちに宣戦布告してみたよ。


 野蛮人として、叡智を帯びた思想で造られた筋肉などに負けるのは、許されないからだ。


 さて。下らないことを考えていても時間のムダだな。


 オレたち4人は、浜辺にある炊き出しの現場に向かうよ。そこにはレミちゃんがいた。あの酒場の看板娘であるレミちゃん。『リバイアサン』の前団長、老アルバートの孫娘であり、ボウガンの名手。


 彼女の手は、今、巨大な鍋から、鯨肉と野菜をたっぷりと使ったスープを、お玉ですくっては、人々に分け与えていく。働く女性はうつくしいものだ。彼女は、そうだな、もうすぐ失恋するのかも。


 ジーンとフレイヤは、両想いだからね。


 まあ、だからといって彼女が勝てないとは限らない。


 愛は不思議だ。


 何なら、3人で愛し合えばいいわけだしな。うちは夫婦4人で、しっかりと愛し合っているし。問題はないと思う。もちろん、文化や哲学、個人の信条によっては、それを許容出来ないだろうがね。


 戦場で男の命が消費される時代だ。男女の比率のバランスが崩れてしまっている。一夫多妻制度にでもならなければ、未亡人だらけになってしまう。レイチェル・ミルラの亡き夫への愛は美しいが……それは孤独を呼び込んでいる気もする。


 オレを『リングマスター』と呼ぶとき、ときどき、とてもさみしそうな顔をしているね。オレは『パンジャール猟兵団』の長であり、彼女のサーカスの長ではない。帝国を滅ぼした後で……彼女は、新しい夫を見つけるべきではないかとも思う。


 彼女が望むなら、オレと再婚するのも有りだと考えている。


 でも……最高の形はオレの妻になることではないさ。


 彼女は、いつかサーカスに戻るべきだと信じている。彼女の技巧は、殺すためのモノではない。人々を楽しませ、笑顔にするために、彼女とサーカス団長だった夫が創り上げた技巧だ。


 芸人としての才能が足りないと、入り江で泣いてた男にね、恋した『人魚』がいたんだと。


 恋する『人魚』は満月に跳ねて、その舞いを男に見せたそうだ。


 その舞いに恋した男は、『人魚』を思わずスカウトしていたんだってよ、サーカスにね。 


 戦場で泳ぎ、悲しい笑いと共に敵兵を刻む彼女を、オレはとても美しいと思う。でも、極貧時代に、道ばたでオレとサーカスごっこをしながら、小銭を稼いでいたときに、レイチェルは、笑う子供たちと同じぐらい……表情を輝かせていた。


 いつか戦場ではなく、舞台で君と踊れる新たな夫と知り合って欲しい。


 そんなことを思うわけさ。


 愛をロストした女性たちを見ているとね。


 乱世は、残酷だ。


 ただでさえ厄介な恋愛を、より複雑なものにしてしまっているから。


「サー・ストラウス!クジラのお肉はお気に入り?」


 レミちゃんに訊かれる。行列に並んでいたが、オレたちの順番になっていたようだ。考え込むと、時間というものは、すぐに過ぎ去るものだね。


 いや、この働き者の乙女が成した結果か。


 酒場で酔っ払ったバカどもを相手に、鍛え上げてきたからだろう。彼女のテキパキとした動作は、この炊き出し現場を支えている。いや、すっかりリーダーシップを発揮しているよ。


 明るい笑顔と、働き者。


 乱世に暗む世の中を、そういう女性が照らしてくれる。


「どうしたの?」


「いいや。鯨肉スープの香りが、とても素敵でね。ああ、クジラの肉も大好きだ。さすがは海の生態系の上位者だな。ジビエ/野生肉のくせに、脂肪もたっぷりで美味い。この海の豊かさの恩恵かもしれない」


「ウフフ。難しいことは分からないけれど。私たち、アリューバ半島の味を楽しんでくれているのなら、よかったわ!なんだか、とても嬉しい!」


 失われそうになった文化が、蘇っている。


 帝国人の価値観では、クジラは喰わないらしい。脂をとって、肉を捨てちまう。殺した獲物の肉を喰わないとはな、狩人としての本質から外れ過ぎている。


 奪い取った命とは、貪り尽くすのが礼儀だ。


 ガルーナの野蛮人は、そう思うんだがね。


「楽しんでね、今日のスープもイイ出来だから。店長も、がんばって肉を切ってくれていたわ」


「……店長。ああ、バーテンダーのオッサンか」


「うん。いいコックよ?おじいちゃんの船では、料理長だったみたい」


「……歴史があるものだな、ヒトの生きざまには」


「ええ」


「そういえば、彼は大丈夫か?」


「なにが?」


「大切にしていた店が、燃えてしまっただろ」


 オレはその焼け落ちた店を見つめる。ああ、赤い屋根がうつくしい、最高の酒場だったのにな。あの空間を創り上げるために、彼がどれだけ苦心していたのか、想像するのは難しくない。


 居心地の良い場所とは、誰かの貢献で創られている。あの場所の居心地の良さは、店長のセンスと、レミちゃんのモップで磨かれていたのさ。


「もちろんショックだったみたいね。自殺しちゃうかもってぐらい、暗くなっていたけど。いいこともあったの」


「どんなことー?」


 ミアが猫耳をピクピクしながら質問する。レミお姉ちゃんは答えてくれる。


「じつはね、お店が燃えるとき、店長が大事にしていた『操舵輪』を、持って逃げてくれたお客さんがいたの」


「そうだ、りん?」


「お船を動かすためのアレよ!」


「ああ。フレイヤが、思いっきり、ぐるぐる回す、アレ!!」


 オレって臆病者なのか、レミちゃんの恋敵であるフレイヤの名前が出たから、ちょっとビビってる。繊細な感情を持っているのだろう、オレみたいな蛮族でも。しかし、レミちゃんは、フレイヤの名前が出たぐらいで腹を立てたりはしなかった。


 満面の笑顔でミアに言うのさ。


「そう。あのアレ!!ぐるぐる回すアレよ!!店長には大切なモノでね、それを、守ってくれたお客さんがいたのよ!!」


「おお!!お客さん、ナイスプレー!!」


「そうだね!!」


 ……そうか。客も知っていたのだろうな。アレが、店長にとっての宝物だってことが。沈みゆく老海賊アルバートの船から、もぎ取って来た……アルバートの遺品のようなものか。


 物語を秘めた宝物が、侵略者の火に焼き尽くされずに残って良かったよ。


「さあ!サー・ストラウス!!」


「ん?ああ、すまないな。忙しいときに、話し込ませてしまった」


「いいわ。じゃあ、楽しんでね、『アリューバ海賊騎士団鍋』よ!!」


「ほう。いいネーミングセンスだ」


「そうでしょ?……戦が終わったら、この半島を私たちのモノに取り戻したら、この海賊騎士団鍋で、お店を復活させちゃうの!!」


 くくく。


 やはり、女性は強いよ。


 村が焼かれたばかりだというのにね。


 もう『未来』を見据えている。あのキラキラとした瞳で。


 さて、喰おうじゃないか、『海賊騎士団鍋』をねッ!!

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