第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その32


「フレイヤ!」


 ゼファーに乗ったまま、オレはフレイヤに声をかけた。彼女は、あのよく動く頭をこちらに向けて、海のように大きくて美しい青をたたえた瞳を輝かせる。


「まあ!ストラウスさま!!西の兵隊たちとの戦闘は、もう終わったのですか?」


 フレイヤはこちらを見上げてくる。黒髪エルフさんは、いつものようにニコニコしていたよ。ヒト相手の戦場でも平常心を失わない。彼女のキャリアを感じさせるね。


「……ああ。5分で片付けてやったぞ。全員で協力すれば、こんなものさ!」


「すごいです!!さすが、ストラウスさま!そして、ゼファーちゃん!!」


『えへへ!がんばったよ、みんなが!』


「えらい子です、ゼファーちゃんも!!」


 なんとも微笑ましい。これで、あの勇猛な指揮をするのだからな……ヒトの内面というのは神秘的だよ。しかも、男心をよく掴む。魔性の女っぷりをも見せつけている……。


 『スゴい』って言われると、男って、そう言ってくれた女子に、なびいちまう。その子が美しい乙女であれば、なおさらのことな。


 『自尊心』を満たしてくれる女子って、男にとっては、とんでもなく嬉しい存在だよ。


 海賊どもも、この魔性の声を浴びると、普段の2倍ぐらいの力を発揮してしまいそう。男って本当に単純だ。海賊とか竜騎士とか、そういう蛮族の類いは特にね―――。


 ……さて、褒められてデレデレと照れている場合ではないな。オレはゼファーをホバリングさせながら、操舵輪をあの小さな乙女の手で握っているフレイヤに訊く。


「フレイヤ。どう戦うつもりだ。敵の船の方が、一回りは大きく見えるが……」


「はい。このまま、まっすぐ仕留めに行きます。突撃しちゃいます」


「……ん?」


 なんだかシンプル過ぎる言葉が耳の穴から入って来た。オレの脳みそは、ちょっと戸惑う。あっちの軍船の方が大きいし……?正面からぶつかるってどうなのか?


 いや……なんていうか、ワイルド過ぎるというか。


「……作戦とか、ないのか?」


「ありますよ。すでに作戦にはハメているのです」


「え?」


「私たちは、ルートと船速をコントロールして、彼らを『浅瀬』に誘導しています。もうすぐ、彼らの船は、自船では通れない浅瀬にぶつかってしまう」


「ほう」


「だから、彼らは、これから東に舵を切るしかありません。こちらも大型船ですが、この時刻であれば……『リバイアサン』の船ならば、ギリギリであの浅瀬を進むことが出来ます。そうですよね、みなさん!!」


「そうっす!!フレイヤさまッッ!!」


「オレたちの、『リバイアサン』の、この船なら!!」


「多少、こすっちまうかもしれませんが、ヨユーで突撃出来ますぜ!!」


 『リバイアサン』の海賊たちは、まるで生粋の手下のように、フレイヤを称えている。うむ、このカリスマ性。ジーンくんには、まったく無いものだな……。


「……と、いうことです!!」


 フレイヤ・マルデルは嬉しそうだ。


 まったく。エルフの姫ってのは、みんな可愛いドヤ顔を持っているようだね。


「みなさーん!協力、ありがとうございます!おかげで、勝てちゃいますよー!!」


 フレイヤは船乗りの声を使い、船のあちこちにいる海賊たちに感謝を伝える。無垢な子供のような声でね。


 海賊どもが、大いにデレデレしちまっているよ。マストに登っているヤツも、サーベルを倉庫から出しているヤツも、甲板で鈎つきロープを用意しているヤツも。全員が、フレイヤに恋をしているようだったな。


「へへへへ!!」


「いやいや、フレイヤちゃんのおかげだあああ!!」


「この海の、女神サマだああああああああああッッ!!」


 くくく、女神サマとまで来たか。


 スゴいカリスマだよ。


 まあ、見た目も可愛いし、性格もいい。血筋だってね、この半島の名門である、マルデルの巫女だ。カリスマ性の根拠がてんこ盛りさ。だが……なによりも、その知略こそが、海賊たちをまとめているようだな。


 歴戦の海賊たちが、心の底から確信している。フレイヤの『策』が、絶対に成功するということを。


 それゆえに、『リバイアサン』の海賊たも、彼女が船長どころか……『リバイアサン』の『団長代理』をつとめることを許すのだろう。この四つの海賊船の全てが、彼女の作戦に命を賭けている―――その事実は、彼女への信任の証だな。


「……フレイヤよ。敵は、浅瀬とやらに気づいてはいないのか」


 海戦の専門家ではないから、オレはそんなコトを訊いていた。彼女の策に穴を探す。悪い癖だが、経営者とは若者の失策を嗅ぎつけたい性格をしている。フレイヤは、オレの質問に首を振るよ。横にだ。ノーという意味だろうな。


「……じつは、あちらも浅瀬に気づいているんです。おそらく、最初から」


「最初から?」


「はい。浅瀬があることを知っているのは、共通の認識です。そして、彼らはこう思い込んでいます。『大型船は、あの浅瀬を通れない』。だから、向こうは、こちらも船を東に向けると考えている」


「なるほど。だが、こちらは曲がるどころか直進する」


「はい!最大船速で!」


「ふむ。相手の予測を裏切り……横っ腹へ目掛けて、そのまま突っ込むのか」


 『虚』を突く。戦法の基本にして極意だな……。


「この船の衝角は、とっても大きいですから。それを当てれば、こちらの勝ちです」


「船首の下にある、波を割っている『角』か」


「はい。それを敵の右舷に突き立てます。可能ならば、まん中から、二ヤードほど後ろが最適です。『そこ』ならば、あちらには大損害を与えられます。そこに当たれば、下手すれば一撃で沈められる」


「船の急所みたいなところか?」


「そんなトコロです。でも、それに当てるのは至難の業ですが。まあ、衝角を当てるだけでも十分です。それから先は……接近戦で仕留めればいい」


「……なるほど。オレも参加しようか?」


「いえ。手は足りています。あそこに、レイチェルさんもいますし」


 フレイヤが海を指差す。たしかに、この海賊船に並行するようにして、ゆっくりと『人魚』が泳いでいた。火傷も心配していたが……オレが竜から、エルフが森から『力』を得るのと同じように、『人魚』は水から加護を受ける。


 火傷を負った後、海に飛び込んだのが良かったのかもしれない。元気そうで何よりだ。オレがニヤリと笑うと。『人魚』が嬉しそうなイルカのように宙へと踊ったよ。


「接近戦は問題なしか。それで、相手の遠距離攻撃は?」


「今から加速すれば、撃たれても、くぐれちゃうから大丈夫です」


「くぐる!なるほどな、『近づきすぎれば』、カタパルトの射程からも外れるのか」


 フレイヤはオレの言葉にうなずいてくれる。


 そうだ。カタパルト。それは長距離射程の設計だ。とくに帝国軍船に乗っているモノは、山なりの弾道で放たれる構造だ。そいつは今朝、『樽爆弾』で確認済みだよ。


 帝国軍は武装の転換を一斉に行う。指揮官の好みで、装備を一新するのが習慣らしい。悪くはない発想だ。そうすることで、指揮官は戦力を明確に把握できるのだからな。


 となれば、あの軍船にあるカタパルトも、今朝の軍船と同じく、『海賊船キラー』である可能性が高い。もしそうだとすれば、フレイヤの言う通り、射程が長すぎる。接近戦で使えるようなシロモノではないだろう。


 だから、もしも撃たれても、大きく山なりに浮かぶその弾道の下を、加速すればくぐれるってか?


 ……いいねえ。さすがは、フレイヤ・マルデル。爆弾の下をくぐる。素敵な発想じゃないか。ホント、君って勇敢。どこかでストラウスの血でも入っているんじゃないかって思うよ。


「だからカタパルトは気にしなくても大丈夫です」


「いらん心配をしてしまった。すまない、こちらは素人でね」


「いいえ!親身に思っていだけることは、とても幸いなことですから!」


 輝くような笑顔だったよ。


 ああ、この笑顔に、海の男たちは骨抜きにされちまうってわけだな。


「……さあ。皆さん!!加速しましょう!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


「野郎どもおおおおお!!フレイヤさまの言葉に、従えええええええッッ!!!」


「帝国のクズどもを、溺死させてやるぜええええええええええええええええッッ!!!」


 くくく。海賊どもめ、楽しそうで何よりだ……。


 このまま加速し、浅瀬を乗り越えて、突き破るように海賊船をぶつけるってわけだ。ワクワクする戦い方だよ。


 その後で、海賊どもが帝国の船に乗り込んで行くってわけだな。しかも、『炎』の『エンチャント』が施された、サーベルと矢を使ってだ。


 マストにいる射手の矢にも『炎』が付与されているのなら、敵船の甲板にある火薬を狙って、撃ちまくれるということか―――虚を突かれた上に、その攻撃ならば確実に圧倒できるだろう。


 帝国海軍の連中は、この船を『リバイアサン』としか認識していないはずだ。フレイヤほど『好戦的』な性格と想定することはないだろう。なにより、『エンチャント』で海賊たちの武装が死ぬほど強化されていることも、知りはしない。


 だから、『火薬の樽』は、甲板に持ってきているはずだぜ。


 そいつに『エンチャント』つきの矢を当てれば、かなりの大爆発か。船の脇腹に大穴が開いた状態のそれなら、かなり面白いコトになりそうだな―――。


「……角度も速度もバッチリです。あとは、このまま突撃すればいいだけです」


「わかった。それで、オレとゼファーはどうするべきだ?」


「そうですね。とくに手助けがなくとも、かなり楽な相手だと思うのですが……ストラウスさまも、ゼファーちゃんも、戦い過ぎなように思いますし……?」


 かなり楽な相手、か。


 油断ではなく、余裕というヤツだな。


 さすがは姫騎士フレイヤ。


 ……でも。このまま引き下がれるか。


「……せっかく来たんだ。何でもいいから、使ってくれるとありがたい」


「そうですね。分かりました。それでは、敵の矢を引きつけてもらえませんか?上空に意識を向けていただけると、我々の負傷者が減るはずです!」


「わかった。ゼファーで連中の周りを飛び、ヤツらの矢を引きつける」


『それでいい、ふれいや?』


「はい!お願いします!」


「だが……もしも、敵が君の策に乗らない場合は?たとえば、この間合いで停船するとか、反転したら?」


「背中を見せてくれるなら、そのまま背後から追いついて襲いかかります。速度で圧倒的に上回れますから、背後から舵を衝角で破壊するのもいいですね。停船すれば、横に回り込んだ後で、ぶつければいいじゃないですか」


「勝ちパターンは複数用意済みか」


「はい。私、チェスとか得意なんですよ!」


「だろうね」


 ……なるほど。海戦とは、ポジションの取り合いと環境の読み合いということか。すでに、この戦は、勝ち負けが決まっているというわけだな。


 さすがだ、フレイヤ。あれだけの少数団で、帝国海軍に滅ぼされずに、これまで戦えて来た。その事実は、やはり、君の指揮能力の高さゆえのことか。


「……わかった。君たちの戦いを見せてもらうぞ。矢の方は任せろ。いい囮になってやる」


「はい。危険な役目ですが、お願いいたします!」


「ああ。仲間の傷を少なくする。最高の任務だ!!行くぞ、ゼファー!!」


『うん!!』


 オレたちは空へと戻る。空の上は、少々やかましい。カモメたちが、海戦に興味を惹かれているのか、この海に大量に集まって来ていたよ。連中が黄色いくちばしで、甲高い歌を空に流していた。


 まったく、無粋なほどに明るく歌っているな。こちらは、これから命がけの戦いをするんだけどね……。


 コイツら、もしかして屍肉を喰らうつもりかな。


 鳥に食われて、空を飛ぶというのも、魂の救済に近い行為かもしれん。そんな下らないことを一瞬だけ考えていた。


 ……ふん。せいぜい、こちらもカモメのエサにならないようにしようじゃないか。


「さて。そろそろ、矢の間合いだゼファー。翼と背中に力を入れておけ」


『うん!!』


「行くぞ……オレの魔眼が示す通りに、飛んでくれ」


『わかった!!』


「……いい仔だ」


 オレはそう言いながら、眼帯を取る。魔法の目玉のクールダウンは終わっているよ。オレの視界と、ゼファーの視界がリンクしていく。今のオレたちは、四つの眼で、敵を見ているのさ。


 敵兵の動きが分かる。近づく浅瀬に対応しようとしているな。


 さて。連中が読み間違えたのは、どうしてだ?……『リバイアサン』は、積極的には攻撃して来ないと考えてのことだろうか。それとも、あの浅瀬の近く……崖の側面を駆けるように降りてくる、西側から吹く風を利用しようとでもしたのだろうか。


 あの西風を浴びれば、『リバイアサン』を置き去りして、すばやく沖に出られる。浅瀬の対応で、速度を落としてしまった『リバイアサン』たちの海賊船は、カタパルトで狙うことが容易いという発想だろうか。


 だとすれば、フレイヤには、そこまでも読まれているのだろう……。


 『船の構造』への理解と、『この海』の情報。


 どちらも、海賊フレイヤ・マルデルの勝ちだな。


 まあ、フレイヤは『氷縛の船墓場』で複数の帝国軍船を、船大工のジジイと一緒に観察済みだ。君らの船にも、かーなり詳しいはずだよ。ある意味、この戦いはフェアではなかったかもしれない。


 だが、容赦なく仕留めさせてもらうぞ。


 貴様ら侵略者には、死だけが相応しい。

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