第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その22


 オレは魔眼に力が蘇ってくるのを感じる。竜の魔力が注がれているんだろうか。あるいは、たんにオレの心が仲間との再会で喜びを感じているだけなのか。オレは左眼を指で押さえながら、ゼファーに魔力で話しかける。


 ゼファー!!最高のタイミングだったぞ!!よく来てくれたな!!


 ―――うん!!みなとまちのひとたちを、たすけられたよ!!


 ああ!!それで、ロロカはどんな作戦でいくつもりだ?


 ―――じーんが、ふねをつれてきている。ていこくのふねを、うばうんだ!


 奪う?……そうか、なるほど。では、あまり破壊するわけにはいかないか。


「おい!!レイチェル!!カタパルトを使われたらたまらない。帝国の軍船に、陽動を仕掛けろ!!沈めなくてもいい!カタパルトと帆だけでいい、それらを戦輪で刻め!!」


「イエス・リングマスター!!』


 浜に子供たちを連れ戻っていたレイチェルは、オレに返事をしてくれながら海へと走り、飛び込むのさ。『人魚』になった彼女は、恐ろしいまでのスピードで、帝国軍の帆船へと向かって行った。


 海兵どもは気づいたようだ。


 さっきまで船の周囲を泳ぎ回り、帝国の矢を海水に捨てさせていた『人魚』が、自分たちを襲いに来ることへ。海兵どもは矢を放つが、彼女が少し深く潜れば見失ってしまう。


 とんでもない速さだからな。


 深く潜った彼女を探すために、右舷に集まる海兵どもの裏をかき、彼女は左舷側から宙へと跳んだ。また、あの戦輪の技巧をつかうのさ。宙の中で回転しながら、あの呪われた鋼が放たれる。


 『諸刃の戦輪』が回転しながら、カタパルトへと襲いかかったようだ。『首ながクジラ』の首の腱から取るという、カタパルトの腱が切断されたのだろう。バアアアンン!という、まるで爆発するような音が、海上に響いていた。


 『首ながクジラ』の腱はカタパルトやバリスタの主要な材料だ。とんでもなく固く弾力がある。それを弓の弦みたいに引っ張り、収縮しようとする力で岩やら油を入れた樽なんかを飛ばしてくるってわけだよ。


 だが、そのための機構がぶっ壊された。修理しているヒマはない。なぜか?『リバイアサン』の海賊船が迫ってきているからだよ。


 海兵たちは、ようやく気づいたようだ。警報の角笛が鳴らされる。トーポ村の北東に位置した、海に突き出した岬。その影に隠れながら進んできていたその中型帆船に、今の今まで、まったく気づいていなかったようだ。


 たしかに、非常識だろうね。いくらなんでも陸に近すぎる。しかも今は引き潮だ。浅瀬で船底が削れるかもしれない、そんな危険なルートを『リバイアサン』の海賊船は選んでいた。リスキー過ぎる非常識、だからこそ、相手の裏をかいて接近出来るのだろう。


 この海を、この浜を知り尽くしている。それが『リバイアサン』という海賊団の強みなのかもしれない。


 岬の影に現れた『リバイアサン』の海賊船は、バリスタを放つ。デカい弓だな。その杭のように太い『矢』は、燃えていたよ。先端に油を染みこませた布きれでも巻いているのだろう。


 安っぽい仕掛けだが、いい発想だ。しかも、『散弾』と来ている。


 器用なことをしているぞ。幾つもの燃える杭……無数の『矢』をロープでグルグル巻きにして固定していたようだ。そのロープが焼き切れる寸前でバリスタで放つ。その時の衝撃と、炎にロープが喰われることで、空中で拘束は切り裂かれ、『矢』がばらけてく。


 炎の散弾の完成だよ。


 その太い『矢』の燃える先端が、開花をむかえたつぼみのように開いて行く。オレからは美しいとさえ見えたね。


 でも、撃たれた方からすると地獄だろうよ。


 なにせ……火薬が大量に積み込まれているんだからね。しかも、戦闘中。君たちは次の『樽爆弾』を甲板の上に置いていたのではないかと、オレは予測する。そこにばらけて燃える無数の火矢が降り注いでいくぞ。


 ああ。岬の上にジーンくんがいる。


 なるほど、船長直々に偵察兵をしていたのだろう。望遠鏡を覗き込みながら、色々と細かく指示を出している。


 ヘタレで慎重……お坊ちゃん教育のおかげで頭も良い。武術もとりあえず、ならず者どもを率いることには支障がないほどには強い。いい人材だな。海賊としては『ブラック・バート』よりも上なのだという、その実力を、見せてもらおうじゃないか。


 火矢の雨が、帝国の軍船に降り注いだ。


 だが、期待していた大爆発は起こらなかったよ。


 帝国人どもの運がいいのか、ジーンくんの運が悪いのか。でも、オレは思うよ。ジーンくんみたいな慎重な男なら、二発目も用意しているだろうと。


 ほら。


 さっそく、『リバイアサン』が二度目の『散弾火矢』をぶっ放して来たぞ。用意がいいというか、なんだかジーンくんらしいというか……失敗を考えていたな。だからこその、二度目。


 さて……再び同じように炎の雨が降り注ぐ。今度は、当たったようだな。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!


 火遊びを大人が子供に禁止するには、理由があってね?……『火』は、使い方を間違えると、大変に危険だからさ。


 マルコ・ロッサに感謝だな。


 オレは軍事情報をゼファーに『ストック/貯蔵』をしているんだ。オレより絶対的に記憶力が優れているからね。オレの副官であるロロカ先生は、ゼファーに情報を訊いた。彼女なら、オレより軍事情報を使いこなせる。賢いから。


 ロロカ先生は、相手の武装を予測し、ジーンくんに伝えていたのだろう。


 あとは、どの種族かの魔笛でも吹いて、海賊たちに『散弾火矢』を用意させていたのだろうな、ジーンくんは。


 ……いや、あるいは独自ルートかもしれない。『リバイアサン』は、有能な海賊団なのだから……ジョルジュ・ヴァーニエのバルモアでの戦術を知っていた……?


「―――マルコ・ロッサ。もしかして、君なのかな」


 カレーのために、スパイスをフライパンで焦がすだけでの男ではない。ルードのベテラン、スパイ。クラウス・パナージュの弟子。ジーンの『リバイアサン』を高く評価して、敵であるジョルジュ・ヴァーニエの戦術にも詳しい男。


 マルコ・ロッサが前々から、ジーンくんに情報を流していたとすれば、ジーンくんが『散弾火矢』を大量に用意していた理由も納得出来る。


 突貫で作ったのではないのだな……なにせ、執拗なことに、『三発目』の『散弾火矢』が撃ち込まれていたから。大量に備蓄していないと、ジーンくんは三発も撃たさないだろう。だから、きっと、前々から知っていて、準備を怠らなかった―――そんな気がする。


 今度も当たりだ。


 再び大爆発が起きた。船が沈むんじゃないかと思ったが。沈まない。


 なるほど。なかなか頑丈なのだな、船というものは。喫水線の下を壊されない限り、沈没はしないか。たしかに、いくら船の上部が吹き飛んだとしても、たんに『軽くなった』だけという評価も出来る……。


 『破壊する場所』が肝心だということだな。勉強になったような気がするよ。


 勝負は決まった。甲板にいた海兵たちは、死ぬか海まで吹き飛ばされたかだろう。ゆっくりと忍び寄る海賊船たちは、鈎つきロープを投げて、獲物を引き寄せていく。


 マストに登った射手が、牽制するように帝国軍船を狙っているが、大した抵抗はないだろう。


 さすがの一言だ。


 船を沈まずに無力化したな。あとは兵士を処理していけばいい。火薬に武装。沈んでいない船。その全てを奪い取れるチャンスだな。


 オレは『白夜』の背に飛び乗る。行かねばならんトコロがあるからだ。『白夜』も知っているよ。だから、風のように走り始めていた。


 海の脅威は去った。あとは、『人命救助』といこうじゃないか―――生きていてくれると嬉しいぜ。セルバー・レパント。


 町外れまでは、すぐさ。『白夜』の脚なら一瞬だったよ。


 ジイサンの孤独な家が見える。


 クソ。なんで、帝国人は民家に火をつけるのが好きなんだよ!?


 芸術的な船首像たちが、軒先に山ほど置かれているあの片腕彫刻家セルバー・レパントの家が、うなるような炎に包まれて燃えていた。


 いたぜ、『ナパジーニア』どもだ。


 四人の薬物強化兵が、ジイサンの家を囲んでいる。ジイサンは、さすがドワーフの元・騎士さまってトコロか、一人殺していた。頭にナタが突き刺さった帝国人が、地面に大の字に転がって、永遠のお昼寝中だ。


「いくぞ、速攻だ」


 『白夜』は、いななきながらステップを変調させる。ユニコーンの『最速』で駆ける歩法だった。加速する世界が、視界のなかで流れていく―――。


 オレは『白夜』と一緒になって踊ったよ。『ナパジーニア』の癖は、掴めている。オレも『白夜』も、悟っている。


 薬物の影響だろうな。ヤツらは、胴体が無意味に前に倒れている。頭が前に出ているのさ。首の前面の筋肉に緊張が見られるのか、あるいは過剰な興奮状態のせいで、腹筋や胸筋に力が入りすぎているのだろう。


 だから、攻撃の前に、重心を通常の位置まで調整する必要がある。わかりやすく言うと、彼らは攻撃するまでに、無駄な時間がある。そのわずかな時間があれば、オレたちは彼らを何人だって斬り殺せるってわけだよ。


 人馬一体の剣舞さ。暴れる刃は無慈悲に踊り……『白夜』も跳ねながら踏みつけ、『水晶の角』でも斬った。四人の狂戦士は、竜太刀と霊馬の舞踏についていけず、ただただ一方的に殺されていった。


 いや、一人だけ生き残りがいた。両腕を切り落とされ、胸から腹にかけても『水晶の角』にえぐられていたが。一人だけまだ、生きていた。


 『白夜』は戦士としての慈悲を果たす。彼のもとに歩き、その蹄を彼の頭部に押し当てて、体重を浴びせていく。


「ああ、ああ……皇帝陛下ああッ!!万歳いいいいいいいいい―――」


 海軍兵士はそう言いながら、オレがいつか焼き殺してやるつもりのユアンダートを称えていた。『白夜』が脚に力を込めたよ。次の瞬間、頭蓋骨が壊れ、彼は死んだ。


 まあ、どうでもいい。死体になど興味はないからだ。そんなことより、ジイサンのほうだ!


「おい!!ジイサンッ!!オレだ、ソルジェ・ストラウスだッ!!生きているなら、返事をしろッ!!」


 容赦なく燃えている家にそう叫ぶ。だが、返事がない。炎のうなる音しか聞こえない。


 現実に文句を言いたいからだろう、舌打ちなんてしながら、疲れている魔法の目玉に鞭を打ち……炎に包まれる家のなかに、燃えていくジイサンの『死体』が無いかを探す。魔力は感じられない。ねずみだって、この家からは逃げ出したようだ。


 ……残念だが、死体を探すことになったようだよ。


 ジイサンは狂戦士どもと戦い、名誉ある傷を負い、命を落としたのだろう。スマンな、アンタではなく、他の者の命を選んでしまい。オレは死体を探すつもりで魔眼を使う……。


 でも、死体が無いぞ……?


「……どうなっていやがる?なぜ、死体が見つからないのだ……?連中に包囲されていたはずだが―――」


『ヒヒン』


「ん。どうした、『白夜』……」


 『白夜』が歩き出す。オレを背中に乗せたまま。彼女は燃える家の裏手に行くと、ジイサンが彫刻のために切り出した木を載せたままになっている荷車の前に止まる。


 彼女の戦の傷が入った脚が、地面をコツコツと叩いた。下にいる……のか、ジイサンが。


 オレは『白夜』の背から飛び降りると、その荷車を引いてみた。そして……鉄製の板を見つける。鍵穴がついているところを見ると、扉だな。


「ジイサンの『秘密の地下室』か……」


 魔眼を使う。深い土の下に、わずかにドワーフ族の『雷』の魔力を見たよ。だが、動かない。ケガをしているようだ。なるほどな、悪いが……家主の断りも無しに、入らせてもらうとしよう。


 オレは地面に腹ばいになって、ピッキング・ツールを取り出すよ。ああ、改めて思うよ。やっぱりスパイみたいだなあ、って自覚する。


 ガルフ・コルテスから習っただけなんだがね、この『鍵開け技術』も。オレはしばらくカチャカチャとその鍵穴と格闘した。


 さすがはドワーフ、難しい鍵穴を作るねと感心するが……やがて、その鍵穴はカチャリという、オレを喜ばす歌を放っていた。

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