第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その21


 冷静な判断をしろ、冷静な判断をしろ!!


 心で繰り返す。分かりきったことを心で繰り返すが、それでも焦る。


 トーポ村の連中は、とんでもない勢いとなった火勢に怯み、入ろうとしても、入れやしない。クソッ!!子供の悲鳴が聞こえていると、なぜか、集中出来やしねえッ!!……自分にガッカリする!!オレは、こんなにも未熟な心をしていたというのか!?


 目の前にいる敵に、集中することが出来なかった。


 たしかにコイツらは強い。薬物による肉体の強化も、手傷に怯まぬ興奮状態もある。そのうえで、戦闘を行うに足る集中力と判断力も有していた。まちがいなく、この浜を襲撃してきたヤツらの中で、最強のコンビだろう。


 だが!!


 オレからすれば、コイツらを斬るなど、造作もないことのはずなのにッ!!


「あつい!!あつい!!あついよおおおおおおおおおおッッ!!」


「たすけて!!たすけてええええええええええッッ!!」


 セシルが、オレを……ッ。呼んでいる気がして、オレは、こんな雑魚どもにまで手間取ってしまっているッ!!


 強烈な動揺が顔にでも出てしまったのだろうか。帝国人どもが、嬉しそうに笑った。


「コイツ。子供の悲鳴なんかに動揺してやがるぜ?」


「ハハハッ!大賞金首さまのくせに、かわいいじゃねえか!!」


 攻め立てられる。オレは……なんて、甘いッ。目の前の敵に集中出来ていないどころか、弱点まで見破られてしまっているとはな。


 正直、こんなヤツらに背を向けて、あのガキどもを助けてやりたい。いいさ、オレなら大丈夫。オレは、あんな炎なんてへっちゃらだ。そんなことよりも、セシルを、助けてやりたい―――。


『……私が、行くわ」


 海から『人魚』が跳び上がり。回転する彼女は、宙のなかで美しい踊り子に化けた。トーポ村の連中が驚いている。


 オレを攻め立てている二人組も、攻撃の手を緩め、レイチェルに警戒する。そうかい、この反応……やっぱり、この海に『人魚』はいないらしいな。


「に、『人魚』!?」


「ば、バケモノ……っ」


 村人どもが目の前に降り立った彼女を見て、怯えている。村にも亜人種が多い。だが、異質な存在に対しては、どうしたって怯えてしまうものなのだろう。


 そうだ、『狼男』のジャン・レッドウッド。


 あるいは『吸血鬼』のカミラ・ブリーズ。


 そして……『人魚』のレイチェル・ミルラ。


 この三人は、世界的にも珍しい存在。大いなる力と、圧倒的な孤独を併せ持つ彼らは、たとえ亜人種たちの村からしても、異質な存在―――ヒトの心は、どこまでも寛容というワケではないのだ。


 ばけもの。


 彼女に誰かが言い放った言葉に腹が立ち、オレは怒りで心が黒くなりそうだった―――だが、レイチェル・ミルラは大人女子。オレみたいな短気な未熟者とは違う。


 サーカスの儀礼で、彼女は村人たちの前で一礼する。すらりと伸びた背骨が、大きく曲がる。サーカスの終演のあいさつみたいだ。ユーモラスなほどに、彼女のそれは大きさだったのさ。


 彼女は起き上がる。その背を堂々と伸ばしている。


 笑顔を浮かべていた。


 それは、復讐者のための笑顔などではない。


 どこにでもいる一人の女、レイチェル・ミルラとしての笑顔だった。


 慈愛に満ちた、母親の笑顔だよ。


 ただの明るい笑顔に村人たちは魅了され、そのとき異質な者に対する恐怖は消えていた。


 『人魚』の口が語るんだ。


「ええ。私はたしかに『人魚』ですし、もしかしたら、バケモノかもしれませんわ。でも……これでも『母親』なのよね。だから。子供の悲鳴は、どうしても放っとけませんの!」


 そう言い残し、レイチェル・ミルラは炎渦巻くその酒場へと飛び込んでいく!!


 オレは焦ったよ。


 なんで、この戦場は、オレをこうも混乱させるんだ!!


「ふざけんな!!こっちを、お前が相手しろよ、レイチェルッッ!!お前、『人魚』だから……熱いのは、人一倍、苦手だろうがああッッ!!!」


 冷静じゃない、どいつもこいつも、オレも……ああ、冷静なままでいられるかッ!!


 レイチェルが心配だし、子供たちも心配だ。


 焦りすぎて、どうにも、体の動きが悪い。


 ああ、なんたる未熟だ、ソルジェ・ストラウス!!この程度の心で、竜騎士を、名乗っていいはずがないッ!!


 だが。


 それでも、オレは……あの炎に呑まれる酒場のことが、気になっちまうんだよ、アーレス……。


「こいつ……弱っているのか?」


「魔力を使い過ぎた……いいや、体力もか?」


 目の前で薬物強化兵どもが、何かをほざいていやがる。


「へへへ。いけそうだぜ、ブライト」


「おうよ、オレたちの連携なら、やれるぜ、ヒックス!」


 どうでもいい。お前ら黙っておけ。オレは、お前らなんて―――。


「で、出て来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」


「ま、窓から、海に……飛ぶ気だあああッ!!」


 オレは敵兵から目をそらし、宿屋の窓から、両脇に子供を抱えて海へと飛ぶ踊り子を見たよ。


 彼女はそのまま海に落ちた。でも、大丈夫、海が『人魚』を苦しめることはない。海に落下したレイチェル・ミルラは、再び『人魚』に化けたいた……。


 そして……その腕で、2人の幼い子供たちを抱きしめていた。魔性を秘めた言葉が、朝焼けの光が水面に揺れる場所に響いていた。やさしい笑顔の母親が、幼子たちに声をかける。


『ウフフ。熱くなかったかしら、坊や、お嬢ちゃん』


「う、うん。もう平気」


「お姉ちゃん、その尾ひれ……人魚姫さんなんだ!!」


『ええ。私は、『人魚』。この海の守護者なのよ!』


 ―――そうさ。うちのレイチェル・ミルラなら、大丈夫だよ。彼女は夫も大好きだが、子供も大好きなのさ……。


 そうだ。


 心配する必要など、無かったのだな、アーレス。すまない。ああ、もう大丈夫だよ。オレの血は冷めて、心は氷よりも不動。ほんと。みっともないところを見せてしまった。だが、アーレスよ……もう大丈夫だ。


「ハハハッ!!もらったぞ、赤毛――――――」


「隙有りだああああ―――――」


「うるせえ。雑魚が」


 集中力が、戻っているんでね。オレには君らの自慢の連携技なんてモノは、遅すぎて止まって見える。2人の薬物強化兵どもの斬撃を、踊るように躱しながら……オレは竜太刀と共に舞うんだよ。


 竜太刀が肉と骨を断つ感触を、指に覚える。死線は交差して。殺意のぶつかり合いはオレの勝利となったのさ。


 2人の戦士たちの肉体が、大きくズレて行く。斬られた体からは、命を動かしていたはずの血潮が放たれて、朝焼けの空をより赤くした。村にいる敵兵で、もう動けるヤツはいない……。


 一瞬の勝利を感じるが―――。


 まだだ。


 まだ、あの軍船がいやがる。


 オレは沖合に浮かぶその帝国海軍の帆船を睨みつけていた。ヤツらを牽制してくれるはずであった、レイチェル・ミルラを、オレは呼び寄せてしまったのだ。そのおかげで、彼女はここにいる。


 連中、今なら好きなことをこの村にしてくるぞ。オレは痛む魔眼に力を込めて、沖合の軍船を観察するのさ。甲板の上に動きがある。慌ただしく海兵たちが動き、何かの作業をしている。カタパルトだ。甲板上のカタパルトに、何かを装填しているのか。


「くそ。おい、みんなあああああ、カタパルトだあああああッッ!!軍船が、何かを投げてくるぞおおおおおッッ!!」


 村人どもの注意を呼ぶために、オレはそう叫んでいた。だが、村人が避難意識を持つよりも先に、『何か』は空へと射出されてしまっていたよ。目玉が痛むのと、朝陽がにじむせいで、それが何なのか人間としての視力ではよく分からない。


 ろくでもないものだということだけは、ハッキリとしているのだがな……必死になり、目を細めながら、空に踊るそれを睨む。


「……アレは。樽……ッ」


 知識というのはありがたい。見たことさえ無いモノについても、その正体を予測させもするのだから。


 記憶が語ってくるんだよ。マルコ・ロッサの言葉にあったはずだ。『火薬を詰めた樽』。それをぶん投げるというリスクを取る作戦。旧バルモア連邦領で、ジョルジュ・ヴァーニエが作った戦術。


 それを継承したのは新生『ナパジーニア』だけではないのさ。『ナパジーニア』を援護する帆船も、そうだったようだな。


 あの樽はつまり、巨大な『爆弾』だよ。


 この南の内海に現れたということは、『リバイアサン』の大型船。つまり、首領であるジーン・ウォーカーのデカい海賊船を破壊するための火力が計算されているはず。どれほどの威力があるのだ、あの『樽爆弾』は。


 しかも……この軌道は、上手くこの場所を狙えているようじゃないか。ほとんど風がない穏やかな朝だ。あの軌道が外れることは、あるまい。


 ……くくく。


 ほんと、いいタイミングで来てくれたじゃないか。


 オレの、ゼファーよ。


「……歌え!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッ!!』


 竜の歌が空に響いていたよ。こちらを目掛けて飛んできていた『樽爆弾』を目掛けて、歌と共に灼熱の劫火の奔流が解き放たれていた。


 この村を爆撃しようとした、その『樽爆弾』が、竜の劫火に焼き払われて吹き飛んだ。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンッッ!!


 樽のなかに詰め込まれていた大量の火薬が爆裂し、強烈な音の津波と、肌には熱風を感じていたよ。


 さすがに、大型海賊船用の爆弾と言ったところだろうか。


 もしも、アレが地上で爆発していたら。この村の一割が吹き飛んでいたかもしれない。少なくとも、ここにいた村人たちの多くが焼け死んでいただろうよ。


 村人たちは、天空をゆっくりと旋回しているゼファーを見上げていた。驚いている。自分たちが爆撃されかけていたことよりも、漆黒の翼をもつその竜が、上空を悠々と飛ぶ姿にこそ驚いているようだ。


 そうだろうな、このアリューバ半島とストラウス家の縁は少ないようだから。彼らも竜を見たことは、無かったのだろう。村人たちの口が開かれる。


「……りゅ、竜……?」


「どうして、こんな場所に……」


「いや、それより、あの竜の炎が、こっちに飛んで来ていた何かを……」


「デケー爆弾を、吹き飛ばしたぞ……!」


「もしかして、あの竜、私たちを、守ってくれたの……?」


「―――そうだ。聞け、トーポの住民たちよ。あの漆黒の翼こそ、我がソルジェ・ストラウスの竜。ゼファーだッ!!」


 さて。ストラウスの剣鬼に、竜の翼が戻ったぞ。本格的な反撃と行こうじゃないか。

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