第五話 『復活の聖女は、仮面の下で嗤う』 その2


「くくく!……ああ、任せろ。友よ。それに関しては、頼まれることもなく、やってやるぜ」


 ファリス帝国を滅ぼす。そうだ、それがオレの人生そのものだからな。


「……うん。知っている。だから、僕とクラリスは全てを賭して、君をサポートするよ。それが、僕たちの願いであり、祈りだから」


「ずいぶんと評価してくれているんだな」


「君をよく見てきたからね。そして、竜を取り戻してからの君は、かつてよりもはるかにスゴいよ。世界を変えられると、確信した」


「だから、オレたちをルードの戦に巻き込んだ?」


「いいや。確信したのは、あの後でさ。僕はパナージュの中でも、不良なんだ」


 不良?


 その爽やか美少年の典型みたいな顔をしているのにか。まあ、不良というか変わり者ではあるだろうよ。


「最悪、クラリスだけでも誘拐して逃げるつもりだった。でも、君と組んで、第七師団を崩壊させることが出来たのさ。だから、僕は、アイリス姉さんに殺されていない」


「ふむ。なかなか、パナージュさん家も厳しい家訓をお持ちのようで何よりだ」


「他人事だからって、軽くないかい、ソルジェ?」


「不幸なヤツらや、家に縛られているヤツら、あるいは進んで背負うヤツらは、世界にありふれているよ」


「……そーだよね!」


「ああ。そうさ。細かいコトまでは分からないが、お前と陛下が幸せならそれでいい」


「……ソルジェ。いい男になったねえ!この感動を、曲にしようかな―――」


 詩人が微笑みながらリュートを弾き始めそうだから、釘を刺す。


「―――お前の音楽の腕は知っている。だが、それよりも先に、状況を説明しろ。『彼女』というのは誰のことだ?」


 こっちも相談したいことがあるから、わざわざ潜入任務中であろうお前を呼び出したんだぜ。なのに、さすがにこの血の悪臭と、『彼女』という謎のワードに気を使って、お前の事情を優先して理解しようとしているのだから、ちゃんとしようぜ?


 ツッコミ・メンバー足りてねえんだ。オレは、お前の友だちだから、お前がフザけ出したら、最終的に乗っちまうんだからよ。


「そうだね。さすがに気になるよね、ソルジェでも」


「まあなあ、このストラウスさんにも、好奇心ってモノがあってな」


「じゃあ。こっちに、どーぞ」


 そう言いながら、シャーロンは崩壊した教会の床石の一つを、ブーツの底で押すように蹴っていた。床石が、重たそうにだがスライドしていき、その下にある闇に堕ちた空間を露わにさせる。


 階段がある、錆び付いて、今にも崩れそうなハシゴが、真っ暗闇の地下へとつづく。


 そして、血の臭いが強まるな……あと、カビと古酒の香りも漂って来ている……。


「ここは、酒蔵か」


「うん。ビールを造って、溜めておいた場所の一つ。『霜の巨人』たちが来た時は、シェルターにもなっていたらしい」


「ここに逃げたか。神の家に。加護はあったのか?」


「石柱が崩れてきて、生き埋めだったみたい。でも、人生の最期はビールと共にあれたということは、重要じゃないかな」


「さすがに、ビールが一緒だったからといって、地下なんぞに閉じ込められてもいいとは思わんぞ」


「だよね。でも!もし、そうなったら?」


「……そりゃあ、死ぬまで呑みまくってるだけだよなあ」


「うん。神父さまと迷える子羊たちも、そうだったんじゃない?」


「……『霜の巨人』の腐肉臭い脚に踏みつぶされるよりは、悪くない死に方か」


「きっとね。そういう意味では、慈悲はあったのかもね」


 アイリスと似ている気がしたよ。


 彼女も、神さまを嫌っているような気がしていた。


 シャーロン・ドーチェ・パナージュも、神々への信仰心は薄いようだ。まあ、世界にいるのは悪神のみで、それ以外の神は、誰も見たことがないのが現実だがね。精神的な救いを宗教に求める人々もいるから……命は救えなくても、心は救えてると信じたい。


 ―――神よ、酒と共に死ねることを、感謝いたします!


 うん。坊主の遺言としちゃあ、ちょっとダサい気もするね。職業人としての死にざまは、その職業の美学をまとっていて欲しいというのは、古くさい願望かな。まあ、いいや。死人のことなど考えても仕方がないし。


 シャーロンがその闇色の暗がりへと降りていく。生き埋めで死んだ連中のハナシをした後で、まさにその現場に降りるか。ワクワクする行いだ。いや、ゾクゾクか?さてと、オレも続こう。オレの変わり種のほうの目玉が幽霊とか見ちまうかもよ?


 さて。その崩壊寸前のハシゴさんは、鍛えあげられたオレの肉体でさえ、どうにか支えていたよ。シャーロンみたいな美少年タイプと違って、男の中の男であるオレさまの肉体は筋肉の搭載量が違うんだが……どうにか、ハシゴはもってくれた。


 揺れたし、手にちょっと錆がついて指が鉄臭くなったけどね。


「いいリフォーム業者を紹介してやりたいところだな、この建物の管理者には」


「そうだね。喜ばれる」


「……ていうか、激安物件なら、村ごと買い取りたい」


「なるほど、大人の財テク!誰も知らない最新情報で、一儲け!もう二度と『霜の巨人』が来ることはない。アリューバ半島の北側は、最高の漁場でもある……きっと、この漁村の土地を買い取っておけば、近いうちに爆上げ必死!一財産築けるね!」


「ああ。参加するか?」


 オレとお前の貯金を出し合って、可能な限り土地を買い漁って―――。


「でも。残念だけど、アリューバ半島の土地は、半島人か帝国人の市民権を持っていないと買えないよ」


「なんだそれ。侵略者のくせに、土地を外国人に買われることを嫌っているのか」


「侵略者だからこそ、なのかもしれないよ」


「……たしかにな。ルードのスパイ・チームの橋頭堡にされるかもしれん」


「うん。売ってたら、絶対に買っていたよ」


 こういうキツネさんたちを防ぐための策でもあるのか。なんだか、納得。社会勉強になったような気がする。うまい話なんて、ないんだ。地道にヒトを斬り殺して得た金だけが真実の財産ってことさ。


 汗水流して働こうかね。


 さてと……ここは、どうなっていやがるんだ……?


「酒蔵という割りには、悪趣味な檻があるな」


 オレはその檻に近づき、檻を拳でコンコン叩いてみる。古びて錆び付いているが、崩れそうではない。


「悪人を浄化するための施設さ」


「ほう。なんだか怖い響きの言葉だな」


「そんなことはないよ。ただ、軽犯罪者をここに閉じ込めて、毎日、聖典の詩を読まされる。悪意が心から去ったら、出してあげるのさ」


「……ふむ。野蛮なガルーナだけじゃなく、世界のどこにでもあるんだな。教会の地下に牢獄は……それに。この酒樽の刻印……イース教の教会か」


「うん。アリューバ半島に宣教しに来たイース教徒が建てた教会だった。活動資金は、例によって黒ビール」


「……ここを建てたのは、厳律修道会の一派か?」


「そういうこと。彼女たちの教えは救いの実践。この悲惨な悪神に襲われる土地で、人々を守ろうとした。結末は、ちょっと、さみしいものだったけどね」


 帝国の『協力者』。『アーバンの厳律修道会』。ふむ、シャーロンは、彼女たちから、この教会の情報を得ていたのだろうか……?


 しかし、それはどうでもいい。もっと気になるのは、この檻の中の死体たちだ。ほぼ全裸で、アザだらけで血まみれ。心臓が止まってから久しいようだ。


「ずいぶんな残酷仕様の拷問だったようだな。つまり、コイツらはプロか」


「うん。幅広い言葉で、ズルいね」


 たしかにな。プロ、専門家。どのジャンルのそれなのかを言わなければ、幾らでも解釈のしようがある言葉だ。分析とは言えないな。


「戦士。そうか、『彼女』の護衛か……」


 オレは檻のなかに並ぶ死体たちを観察していくよ。シャーロンにバカにされるのは、少しイヤだ。友と思う存在には、対等の力を示しておきたい。腕力でも、知力でも。さて考えるぜ。死体を観察するよ。


「重要人物の護衛なら、相当な手練れ。だが、こいつらの体格は痩せすぎているな。鍛えているというよりも、過度な節制を感じられる……僧兵か」


「ピンポン!大正解!さすが、ソルジェ!赤毛の頭の中身はいいってホントだね」


 赤毛の頭の中身はいい?


 嬉しい言葉だけど、きっと、それニセ慣用句だろうな、シャーロンのよ。


「僧兵が、この厄介な時期に、この半島に来るか……」


「誰だと思う?」


 その問いの訊き方をヒントだとしようか。


 考えれば分かることだから、そう訊いているとするのなら。予測の範囲内の存在なのだろうと確信する。それ以上、ひねられると難しい。まあ、答えは、オレの中には一つだけ。


「……シャーロン。お前、『カール・メアー』の『異端審問官』を捕まえたのか」


 『彼女』とは、ルチア・アレッサンドラの同僚か。『カール・メアー』の巫女戦士。


「大正解!さすが、可愛いソルジェ!旅をさせる度に、賢くなってる!!」


「舐めんじゃねえ。コイツら、つまり総督に呼ばれたのか。新しい方の『オー・キャビタル』の総督……ジョルジュ・ヴァーニエに」


 ヤツはこの政権交代に、独自色を持ち込む気だな。タカ派で右翼で高級軍人……皇帝に媚びたのか、それとも自分の本質にそれが合うのか―――『血狩り』の専門家、『カール・メアー』の異端審問官を、このアリューバ半島に招いた。


 亜人種の弾圧を、本格的にするというメッセージは放つためかもしれない。あるいは、皇帝お気に入りの『カール・メアー』派の教会に媚びるためか?


 元々、軍人だというハナシだからな。


 つまり性格は犬。


 ご主人さまに尽くし、尻尾を振り、全力で組織に媚びるような男でなければ出世は見込めまい。その人生を男らしいと思い込みたいから、自分で心に嘘をつく。偉大な軍に忠誠を誓う自分に、軍人どもは筋肉質な男気でも誤認して、つまらん慰めを見出すのだろうか。


 そして右翼でタカ派で盲目的な皇帝信者が完成しちまうのかね。


 分からんし、興味も無い。


 まあ、そのうち殺す男だしな。


 ジョルジュ・ヴァーニエ……お前が、この土地で亜人種の弾圧を、かなりハード目に行おうとしていることは理解出来たよ。その事実が、オレの殺意の炎にガンガン油となって投入されていることに、お前はまだ気づいていないだろうが……近いうちに思い知らせてやるよ。


「さて。こっちに来て」


「……ああ。『異端審問官』さまとご対面と行こう」


 手招きするシャーロン・ドーチェに導かれて、オレはこの血とカビと酒の香りに充ちた闇のなかを歩いたよ。ビールを冷たく冷やしてくれるその空間の最奥に、下着姿の美女がいた。


 イスに座らされ、手足をロープでイスに縛られている。赤い髪は、幼い髪型だな。ツインテールと来たかね……目隠しされているから、瞳の色は確認できない。寒いからか、恐怖からか、その身はカタカタと震えていた。


「生きているな」


「当たり前だよ。彼女たちは神職だよ。殺すと、あの世でより悲惨な地獄行きの査定がされるらしいもん」


 そんなモンを気にしていたら、乱世で猟兵なんざ出来やしねえよ。だから、たぶん、シャーロンもそのつもりで殺さなかったわけじゃない。たしかに、彼女たちは困ったことにマジメなだけだ。


 歪んだ教義と、悪しき政治に動かされる、哀れな小娘どもの一人だ。斬ることは、あまりにも罪深い。


 この娘も、貧乳にツインテール。ああ、質素な食習慣のせいか、全体的に痩せていて幼児体型だな。半裸にしてイスに縛り付けてるなんて、紳士として胸が苦しい。


「肌もキレイだな。拷問の痕もない」


「したければ、してもいいよ。あ!奥さんたちには黙ってあげる!」


「オレの倫理観を試すなよ」


 そんなエロいことは頭では一瞬、考えても、実践まではせんよ。宿命のライバル的なヒトに、『お前はセックス依存症だ!!』と罵られたこともあるが、妻が3人もいるオレの心は、最近はそこそこ安定しているんだよ。


「……拷問も無しに、この娘から情報を吐かせたのか?」


「ある程度はね。名前、利き腕、好きな食べ物に、好きな詩人。あとは家族構成」


「……それが必要となる作戦に使うつもりか」


「うん。彼女のことを知る必要があったから、彼女だけは生かしておいた。彼女の名前は『ジブリル・ラファード』……ソルジェ、君がいらないなら殺してもいいよ」


「小娘を脅かすなよ。そんなつもりと必要性があったなら、シスコンのオレが来る前に殺して火でもつけてる」


「うん。正解。さすが、僕の友だち!」


「まあね」


「でも。この子は悪い子だ。少しだけ、仕事を『楽しんでいた』から」


「……懺悔でもさせたか」


「うん。でも、昨晩からは反省の言葉をつぶやいていた。だから、許してあげてもいい。というか……ソルジェの『策』に使ってもいいよ」


「……オレの『策』?……あれに使うのか?」


 フクロウ便の暗号文。ロロカ先生が作り、猟兵たちにしか解けない暗号。それでオットーが発想し、オレとロロカ先生が考え出している『策』……フレイヤ・マルデルの命を守るための『策』を、一応は伝えてあるぜ、シャーロンにも。


「……スマンが、使いどころが分からないぞ」


「かなり、大胆にアレンジすることになるけど……いいかな?」


「……お前が確信を持てているのならな。まあ、話してみろよ」


「リスクを増やし、リターンも増やす……そういう『策』だよ。怒らないで聞いてね?」


 ……怒らない努力がいるような『策』か……とんでもないコトを、考えているんだろうな。なにせ、この赤毛のツインテールの小娘の前で、オレに話している。それは、嘘か真実か―――この怯えているジブリルちゃんを、どう使うというのだ、シャーロンよ?

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