第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その15


 ―――翌朝、オレたちは動き始める。海賊たちはフレイヤとジーンの指揮のもとに、氷河を削り出す作業に夢中になっていたよ。ガリガリとノコギリで氷を削り、使えそうな船は丸ごと取り出していた。


 ああ、『キラー・エンチャント』も効果を発揮してもいたぞ。


 どの槍や刀も、今、かなりの高熱を帯びているからな、その武器を氷に近づけると、早く氷が融けるという、地味な効能を発揮していた。エルフの美少女たちの努力を、なんとかムダにすまいと海賊たちが発案したらしい。


 意外と紳士な連中であるな。


 リエルは、ドヤ顔をオレに見せつけたものだ。


「見ろ、ソルジェよ!私とフレイヤの術が、皆を大いに手助けしているぞ!」


「良かったな」


「うむ!良かった!あのままでは、我々は『エンチャント』のかけ損というか」


「……まあ、『エンチャント』の特訓にはなったんじゃないのか?」


「そうだな!今後に活かせるぞ!!いや、今も、あの『エンチャント』地獄の成果は出ているのだから、ムダとかではないのだ!」


 地獄。そう言ったな。まあ、あれだけの武器に『キラー・エンチャント/特効属性付与』をかけまくったわけだから、なかなかハードな作業だったろうよ。


「たしかにね」


 そう言いながら、オレは正妻エルフサンの銀色の髪が生えている頭頂部をナデナデする。夫婦だからセクハラじゃなくて、コミュニケーションだよ。


「こ、子供あつかいしておらぬだろうか!?」


「可愛いからね、こうして撫でたくなるんだよ」


「可愛いのは知っておる!?お、お前の正妻なのだからな!?で、でも、ちょっと、なんか、よ、よくわからんが……っ。て、照れるから、やめいッ!!」


 顔を赤くしながら、リエルがオレの指から逃げてしまう。もっとナデナデを楽しみたかったんだがな。撫でられ過ぎの猫さんみたいに、リエルがオレを見て唸る。


「ふ、夫婦とは言え。せ、節度は持つように!!」


「分かったよ。まあ、ちょっと任務で離れるから、『エルフ成分』を補給しときたくて?」


「な、なんだ、その成分は!?え、エルフの頭からは、そんなの出ておらぬはずだぞ!?」


 そう言いながらも、リエルは己の長い銀髪を、あの白くて細い指でさわっていた。エメラルド色の瞳を細めて、じーっと己の髪を見つめていた。ふむ、『エルフ成分』を目視しようとしているのかもしれないぞ。


 うん。


 今日もオレの正妻エルフさんってば、可愛い!!


「な、なにをニヤついておる!?さ、さては!?……ま、また、からかったのか!?」


「からかっちゃいないさ。本気で、リエルを楽しんでるだけで」


「え、エルフは、オモチャではないからして、楽しむなあ!!」


 リエルが怒って近づいて、オレの足をブーツの底で踏む。新たな急所攻めのパターンだな。なかなかに痛い。小指のつけ根は、武術的急所ではある。


「くっ。地味に痛いタイプの攻撃をしてくるな。リアクションがしにくい」


「そ、そうか。だが、お前が悪いのだから、受容せよ!」


「オレはリエルのエルフ成分を補給したかっただけなのに?」


「わ、私の成分とか……言うな。なんか、えっちなカンジがするだろ」


「それはきっと考え過ぎだが……具体的に、何が、どう、エッチなんだね?」


「え、ええ!?そ、それは……その、なんというか、お、お前が、いつも、な、舐めながら……その、リエルの味がとか…………って!!海賊どもおおおッ!!新婚夫婦の会話を聞きながら、ニヤニヤしておるんじゃないッ!!」


 怒れるオレの正妻エルフさんが、作業も止めてストラウス家の夫婦コントを見物していた海賊どもに襲いかかっていたよ。


 おお、小指を踏みつけながら、頭に肘撃ちを入れている。うん。鍛錬していない民間人が受けたら、脳震とう確実だな。海賊たちでさえ、痛みに体が硬直した直後にブチ込まれる肘に、さすがに対応出来ていないぜ。


 ダイナミックな暴力だ。朝の風に長い銀髪が揺れている。その銀色のなかで、オレの美少女エルフさんは、残酷な暴君みたいに嬉しそうなスマイルを浮かべておられた。


「おもしろいヨメじゃなあ。あんなにうるさいエルフの巫女は初めて見たぞ」


 『ヒュッケバイン号』の船大工である老人は、フォフォフォと笑う。彼がレイチェルに帝国軍船の弱点を教えた。エルフ族の年寄りさ。


「元気なだけさ。こっちがボケていないときは、マジメにしてくれるいい子だよ」


「いい子はそうじゃろうな。『エンチャント』なんぞ、地味で疲れる作業を、あれほどしてくれていた……船酔いの薬を飲みながら、涙目なのに、文句もなくな」


 たしかに『エンチャント地獄』だったのだろう。まったく花が無いわりに、とんでもなくたくさんの数をこなす必要があったりとハードな仕事さ。目立つのが好きなリエル・ハーヴェルからすると、かなり辛かったのだろう。


 しかも、船酔いもしていたのか。ヒドくはなさそうだったけど、そういうのも当然あるよなあ。


「しかし。ゼファーでは全く酔わないのに、船では酔うんだな……」


 『ジャン・レッドウッド号』の悲劇を思い出す。


「……でも。可愛いだろう?」


「一列にならべ、バカども!!私の鉄拳で、性根を叩き直してやるッッ!!!」


 そう言いながら、彼女は不細工な海賊どもを次から次に拳で殴り倒していく。


「可愛い―――時代が変わると、評価も変わるもんじゃよ。ワシが若い頃は、もうちょっと大人しいエルフの娘の方がモテておった。見た目は100点だが、ふむ……可愛いの物差しは変わったんじゃな」


 そう言い残しながら、ジイサン、トンカチ片手にどこかへ消える。マジメに作業をしていたっぽい連中のトコロに合流し、なにかを早口でしゃべっている。職人専用の略語とかかな。


 暴力コントのとなりでも、マジメに働いている者たちもいるんだな。オレたち、童話だと最終的に地獄行きになるサイドの住人かもしれない。


 だから、オレ、君の分もマジメに働いてくるよ!!


「リエル!行ってくるぞ!」


「え、ああ、おお!!」


「だから、ちょっと来い」


「う、うむ!」


 リエルが小走りだ。なんか、怒ったり従順だったりで、自分でも感情がよく分からなくなっていそうだな。困惑顔で、オレを見つめるエルフさんがいたよ。


「さて。い、いってらっしゃい!」


「おお。いってくるぜ、リエル……」


 なんか、今のやり取りが新婚っぽいから。オレは新婚さんの義務を果たすぜ。リエルの細いアゴに指をかけて持ち上げながら、悪党みたいに笑っていた。


「い、意地悪な顔をするでない……っ」


「魔王だから、仕方がねえさ」


「そ、そうかもだが……爽やかな微笑みとかも、ま、学ぶべきだからな……っ」


 そう注文をつけながらも。美少女エルフさんは瞳をつむり、オレのために従順な態度で唇を差し出してくれる。オレは独占欲に歓ぶ貌になりながら、彼女の唇を奪うのさ。抵抗することはないが、ピクリと動くその身が、可愛らしかったよ。


 唇を離すと、リエルはくるりと背を向ける。


「な、長いぞ!?」


「短いと怒られた夜もある」


「ひ、人前のときは!も、もうちょっと、短くしてくれると、は、恥ずかしくなくて、いいカンジだからな……って!貴様らは、また夫婦の朝の儀式を、盗み見しているんじゃないッッ!!」


 うちの正妻エルフさんが、風のような速さで走ったよ。そして、華麗に空を飛び、矢のような勢いの蹴りを屈強な海賊の顔面に叩き込んでいた。


 オレ!!十分、元気になったから、出発することにする。


「じゃあな!ちょっと、シャーロンに会ってくるぜ」


「お、おう!気をつけろ。アレは、災いを呼ぶ風だ」


 なんかとんでもない嫌われっぷりだ。ほとんど、悪魔の類いに使われるような言い回しだったんだけど?……『災いを呼ぶ風』って?


「……不吉なことを調べる仕事だから、しょうがないさ」


「む。そうかもだが、十分に気をつけるように。オットーやレイチェルもいるのだから、厄介なことに巻き込まれないようにするのだぞ?」


「ああ。それに敵地だからな」


「……うむ。気をつけろ」


 ……そう言えば。


 フレイヤちゃんが言っていたよな。オレにはエルフ族の守護がかけられている。リエルはオレに唇を捧げながら、切なげに唇を僅かに動かしていたけど。アレって、守護をかけてくれていたのかな。


「どうした?何か、気になるところがあるのか?ならば、相談せよ」


「……いや。大丈夫だ。ちょっと考えごとをしていただけさ」


「そうか、ならばよし」


 ……これは二人っきりの夜にでも使って、君を慌てさせるときのために、取っておきたいネタだよ。正妻エルフさんが全力で照れている時の顔は、オレだけが独占したいもんね。


「行ってくる!」


「うむ!無事でな!そして、勝利のために資する情報をもたらせ」


「もちろんだよ。そっちも、作業を頼むぜ。今回も敵は多い。可能な限り、多くの手段を構築しておくぞ」


「備えあれば憂いなしと言うものな!!」


「そういうことだ」


 猟兵夫婦はニヤリと笑う。牙を見せるような不敵な微笑みだ。そうでなくてはな!『パンジャール猟兵団』とは、最強の存在だ。夫婦のキスの後だって、こんな狂暴さがよく似合うんだよ。


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