第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その14


 フレイヤ・マルデルにより、『霜の巨人』どもの親玉である『ゼルアガ・ガルディーナ』は討ち滅ぼされた。


 こうしてアリューバ半島は、悪神の略奪行為に遭うことは二度と無いだろう。


 諸手を挙げて喜び、彼女を称えるべきだ。


 フレイヤ・マルデル、今日、誕生した世界で最も新しい『英雄』のことを。


 でも。オレは……なんだか心が薄汚れちまっているのかもしれない。この勝利が、フレイヤちゃんの『政治力』を強化してくれることにこそ、大きな期待を抱いているんだ。


 彼女は、かつての半島の統治者、ドーラ・マルデル議長の娘だ。


 帝国の支配に最後まで反対し、最後には帝国の手により処刑された母親。その意志を継いで、帝国海軍をゲリラ的に襲撃しつつ、『霜の巨人』とも戦って来た姫騎士フレイヤ・マルデル。今までも半島民の尊敬を集めていた存在ではあったが……。


 今までは、『マルデル一族』の仕事と立場を『継いだだけ』の存在であった。


 だが、これからは違う。彼女は『ゼルアガ・ガルディーナ』を仕留めるという、一族どころか半島の戦士たちの誰もが成し遂げなかった『偉業』を達成したのだ。この事実は、ウワサ好きのアリューバ半島の民に、すぐに広まるだろう。


 『英雄・フレイヤ』の歌はね。


 そして、彼女の政治力は増し、それゆえに―――命を狙われることにもなるだろう。


 帝国も、彼女の評価を改めるはずさ。


 アリューバ半島に誕生した『真の英雄』として考える。民衆の結束を促し、帝国の支配に対して『反乱』を起こさせるに十分な存在としてね。


 タイミングとしては、いいやら悪いやら。


 『オー・キャビタル』に新たな総督がやって来た。ジョルジュ・ヴァーニエ総督がね。古来より、『新たな王』が最初にすべきことは『結束』の構築だ。


 群れとは、忠誠や血縁関係、哲学や信条などでもいいが……とにかく、リーダーのもとで結束していなければ、能力をフルに発揮することは出来ないからな。


 さて、その結束を作る方法は幾つかある。


 フレイヤのように偉大な哲学、『正義』を掲げる。これは王道だな。あらゆるリーダーが忘れるべきでない道だ。


 ジーンのように『利益』をもたらすことも手だ。職業集団や犯罪組織には、これがふさわしい。ヒトは『欲望』に弱い。それを満たしてくれるリーダーには、ヒトが集まる。


 そして……オレが思うに、もう一つ、強力な『結束』を生み出す手段がある。


 なにか?


 『敵を作る』だ。外敵の存在を煽れば、ヒトは結束しようとする。政治屋がよく使う手段だな。『憎しみを煽る』。人類とは邪悪な獣に過ぎない。この手段を用いることで、多くの軍勢が構築出来る。帝国の人間第一主義なんかも、その一つ。


 少数派への差別を助長することで、多数派の自尊心を満たせるからね。『憎しみ』による結束もまた強いのさ。


 これが、一番厄介だ。困ったことに、世界を支配するほどの力を生み出す結束だ。きっと、オレたち人類の本能に、最も適した方式なのだろう。


 『正義』や『利益』よりも、『憎悪』。それが生み出す結束が、世界で最強の力だなんて、恥ずかしくて人類をやめたくなるレベルだ。


 だが、真実だから否定も出来ない。


 『オー・キャビタル』の新たな主、ジョルジュ・ヴァーニエは、どの手段を選ぶのかな?侵略者の『正義』には、民衆はついていかない。だから、これまでの総督は『利益』を使っていた。アリューバ半島を帝国の経済に組み込むことで、富をもたらした。


 ゆっくりとした侵略だ。血を流さないため、比較的住民の抵抗が少なかった。ある意味では好ましい侵略スタイルかもしれない。


 だが、帝国から見たとき欠点もある。海賊たちをのさばらせていた。それでも、良かったのさ。ゲリラ的な活動では、帝国は致命的なダメージを受けない。それよりも、本格的な海賊弾圧を行えば、半島人の反感を買い、武装蜂起を招くかもしれなかったから。


 ……しかし、大陸西部の状況は、以前とは大きく違う。


 帝国にとって困った形になり始めている。三つの侵略師団を潰されてしまったのだぞ。アリューバ半島の支配を固めたい。皇帝ユアンダートは、そう考えるはずだ。つまり海賊たちを泳がせておく猶予はなくなった。


 となれば、比較的、穏やかであったこれまでの『利益』派の総督をクビにして、より攻撃的で支配的な総督にしたいと考えるだろう。総督ジョルジュ・ヴァーニエ、新たな半島の王。そいつが結束を産むための手段は、『憎悪』なのではないだろうか……。


 『正義』でもなく、『利益』でもない。ならば、考えられる手段は……『憎悪』による結束の構築―――。


「―――人間第一主義の徹底。つまりは、『敵』である亜人種への弾圧。それを促進することで、人間族のみの統治体制を築く」


「その明確なターゲットとして、『英雄フレイヤ・マルデル』を狙うというわけですね。彼女はエルフ族でもある」


「ああ、絶対に狙ってくるだろう。狙ってくれないなら、最高だが。悪意で動くヤツは合理的で、こちらの予測から外れちゃくれないさ」


「ウフフ。明日からも忙しくなりそうですね……とくに、ロロカは忙しそう。ジーン・ウォーカーを詰問している」


「彼はヘタレで騎士の息子だから、女性に強く言われると情報を吐く、悲しい騎士道を心に宿しているのさ」


「なるほど。それでは、私もロロカに協力して参りましょう」


 レイチェルの尋問か。ジーンは、いくらでも情報を吐き出しそうだよ。


 そうだ、『情報提供者』は多い方がいい。『情報提供者1号』であるジイサン、そして、シャーロン・ドーチェの情報源である『情報提供者2号』―――コイツからシャーロンは提督の情報を引き出したんだよな……。


 ジーンも猟兵女子に問い詰められたら、逃げられないだろう。理詰めで情報を訊いてくるロロカ先生に、感性で攻めてくるタイプのお姉さんまで加わった。かなりの情報を吐いてくれるだろう。


 『イドリー造船所』への襲撃計画。それを成すための情報を、君が集めて持っているのなら、吐かせてもらうさ。なあに、ロロカ先生とレイチェルに両サイドから美女に挟まれた状態なんて、最高にビールが美味いだろう?


 なのに。なぜ、君は青い顔をしているのか。ガタガタと震えているね。知ってる!ヘタレだからだよ!氷の宮殿での戦いで、骨の髄まで知らされているからな、その二人のとてつもない強さを……だから、ジーンくんはビビっているのだ。


 でも、心が冷えようとも、目の前には轟々と燃えている廃船がある。肉体が冷えて死ぬことはないんだ。安心して、全ての情報を吐くといい。


 『イドリー造船所』の場所、警備体制、規模……それらがあるのなら、最高のタイミングで攻撃出来る。オレたちには、ゼファーがいるんだからな。


「ならば、オレもすべきことをするか」


 このまま一人でビールを呑んでいても、つまらないからね。


 オレはこの海賊たちの宴が広げられ、いびきをかく海賊たちが転がる浜を歩いて行くよ。そして、目当ての人物を見つける。彼は黄昏れている泣き上戸の酔いも冷めているのかもしれないな。


 一人で誰からも離れている。


 寒いだろうにな……そこは焚き火の熱も届かない。こんな寒い夜に、ひとりぼっちを選ぶとはね。君に、オレの予想通りの葛藤が訪れてくれていたとすると、嬉しいような、悲しいような……。


 とにかく、ひとりはつまらんぜ。


「よう。ターミー船長」


「……ん。ああ、サー・ストラウスか」


「となりに座ってもいいか」


「え?……ああ、かまわんよ」


「ありがとう」


 そして。オレは彼と一緒に浜辺に座るよ。太った海賊と竜騎士サン。なんて血なまぐさいコンビだろうな。しかし、丁度いい。皆が深酒で寝静まっている。魔眼で確認したよ。今、この会話は誰からも秘匿されている。


「なあ、ターミー船長……星など見つめて、楽しめる年でもあるまい。悩みか?」


「鋭いな、竜の眼のお方よ……ああ。色々ある。不安がね」


「どんなことだ」


「……オレは、元々は同盟騎士団の騎士さ。アリューバ都市同盟の護り手だ」


「知っている。君は、アリューバ都市同盟の最後の議長、ドーラ・マルデルの護衛だったな」


 すっかりと海賊然とした姿が板についている様子だが、かつては彼も騎士の鎧を身につけていたのだろうか。海賊特有の接近戦で負った傷は醜いが……姫騎士フレイヤ・マルデルを守っての傷であるのならば、それは騎士として名誉の傷だ。


「ああ、そうさオレは護衛だった。それなのに……あの方を守れなかった」


「……そうか。だから、彼女の娘であるフレイヤを守って来たのか」


「かもしれない。きっと、罪悪感からさ。オレは、フレイヤさまほど心が強くない」


「彼女と比べるべきではない。彼女は、特別な魂の持ち主だ」


 姫騎士。そう呼ばれるほどの魂。穢れを知らぬ、純粋で高潔な生きざま……乱世の美しい花であり、花の命は、儚さを宿命とするものだ。


「……オレは、不安だ。フレイヤさまは、再び船団を取り戻す」


「ああ。そうなれば、彼女はまた戦うだろう。お前も口の軽い『リバイアサン』たちから聞いているな。『オー・キャビタル』に、新たな総督が来る」


「恐れていた事態だ。戦況は……シビアになる。守れるだろうか……ッ」


「……どちらをだ?」


「え?」


 怯えたような顔をするな、ターミー船長。オレは別に責める気はない。


「……な、なんのことだ?」


「『君のようなキャリアを持つ人間族』に、『敵』は接触してくるだろう。そう考えていた。ずっとね……」


「お、おい」


「君は今では海賊だが、元々、由緒のある騎士。本名は、ターミー・マクレガー」


「……なぜ、知っているんだ?」


 情報提供者1号がいるからだよ。セルバー・レパント。元は、アンタの同僚。彼もまた同盟騎士団の一員だった。親子孫の三代で騎士だったわけだ、マクレガーの一族は。


 ジイサンから、主要な海賊たちの名前や背景は、聞いている。あの合宿のあいだにな。


「敵との接触の有無は別に問題ではない。肝心なのは、フレイヤの判断だ。君は、彼女に告げたか」


「……ああ。ビードの一件があったからな」


「『砦』の襲撃と、フレイヤの誘拐騒動だな。それよりも前に、敵は君に接触していたわけだ。ビードのように、『裏切れ』と……たしか、ダベンポート伯爵というヤツか?」


 ビードの手紙に書いてあった名前だ。本名ではないかもしれないが、この半島における帝国海軍の『影の仕事』を司る男だろう。


 そのダベンポート伯爵の名前を口にしてみたところ、ターミー・マクレガー船長は、ビクリとその体を震わせていたよ。恐怖の感情が、心から漏れる。魔眼がその青い光を見た。


「……ヤツの名前まで知っているのか」


「君に接触してきたのも、その人物だったか?」


「ああ。おそらく。手紙を渡して来たのは、そいつの下っ端だろうがな。酒場の便所に行ったら、ついて来た男に手紙を渡されたんだ」


「告白ではなくて良かったな」


「……いいや。まだ、そっちの方がマシだ。『裏切り』を勧誘する手紙だぞ?それほど厄介なモノがあるかよ」


「そうだな。それで、その手紙は、フレイヤが破り捨てちまったか」


「ああ……」


 なんて想像がつく光景だろう。手紙を読んで、そのまま破り捨てたのか。あのビード・レリウスの名誉を守るために、そうした時と同じようにね。


「おおむね、君の子供たちを人質にでも取るという内容か」


 ターミー船長には三人子供がいる。フレイヤはそう語った。君の奥さんが帝国との戦いで亡くなったことも知っている。君が守りたいものの、片方だ。


「フレイヤ・マルデル、そして、君の三人の子供たち。どちらを選ぶか……そんな手紙だったのかね?」


「……竜の目玉には、千里眼の魔法でもあるのかよ?」


「あったら、もっと楽に戦争で勝てているのだがな」


「そうかい。ああ、そうだよ。アンタの予想の通りの内容さ!……でも、もちろん断ってるぞ?裏切る気はない」


「心は揺れたか?」


「……揺れてないとは、言えない。だが、選んだ。オレは、どちらも守る。家族もフレイヤさまも。どちらも裏切れない。都合がいいし、可能性の低い道だってことは分かる……でも、それを選びたいんだ」


「……いい覚悟だぞ、ターミー・マクレガー」


 『家族がいる者たち』。それが最もこの戦では、信じられない存在だよ。この戦は内戦のようなものだ。敵と味方が同じ半島のなかに存在している。狙い安い弱点だ。敵は、容赦なく戦士たちの家族を使い裏切りを誘ってくるさ。


 そのダベンポート伯爵とやらが、まさに、そうであるようにな。


 だから……フレイヤのボートに乗っていた海賊たちは信じられた。彼らは家族がいない連中だから。じつは、ターミー船長のことは、信じちゃいなかったよ。子供たちがいて、母親はもう死んでいるからな。


 だが……戦場で見せてもらったよ。君はフレイヤのために必死で戦ったな、あの氷の宮殿で。だから、オレは信じる気になった。


 ……『突発的な事象』を待つつもりだったが、それでは『策』の精度が落ちるかもしれん。このターミー・マクレガーならば、『適役』だな。


「今後、オレは君のことを信じる。だから、君に負担をかけていいか?」


「負担?どんなだ?」


「フレイヤ・マルデルを守るための『策』だ。君になら、任せられる」


「……どんな、『策』だい」


「……君の船に、あの捕虜は積んでいるな?」


「あ、ああ。ビードのときのヤツはいるよ。『砦』に残してきたら、仲間が殺してしまうからな」


「生きているか?」


「もちろん。フレイヤさまは、捕虜を殺す趣味は無い。オレにもだ」


「ならば……都合がいい。そのうち、君にムチャを頼むから、覚悟だけしておけ」


「ど、どんなムチャだよ?アンタが、ムチャっていうと、本当に怖いぞ……」


「……耳を貸せ」


 オレは恐る恐るオレに耳を近づけてきた、この海賊騎士に、フレイヤを守るための『策』を告げた。その耳の穴から脳みそに届いた言葉は、衝撃的だったのか。彼は、オレからわずかに、離れていたよ。


「そ、そんなことを、お、オレがか!?」


「適任だ。リスクはあるが、それだけにリターンが見込める」


 失敗しなければ、フレイヤ・マルデルに対しての敵のマークは外れる。彼女が生存出来る確率が、ぐっと高くなる。


「彼女はきっと助かるよ……君が、『生け贄』になればな」


「……わ、わかった。もしものときは、家族のことは、任せていいのか?」


「フレイヤが絶対に守るだろう。お前が死んだら、なおさらな。後は……より『内容』を詰めたいところだ」


「お、おう。ミーティングしよう!!連携は、大事だ!!と、とくに、その『策』は秘密にしながらも、間違えられない……綱渡りみたいに、ハードだ……っ」


「そうだよ。君ともなんだが―――」


 ―――シャーロン・ドーチェ。お前だ。お前がアリューバ半島にいるのであれば、好都合。こういった『策』には本当に頼りになるからな。


 ああ、『ルードのキツネ』よ。一体、ドコに潜んでいる?……一度、顔を合わせて、この『策』について語りたいところだな。仕方がねえな。直接、接触を要請するか。


 どうせ、いるんだろ?あの半島に……ていうより、『オー・キャビタル』にな。まあ、それのドコなのかは知らないが。


 ふむ。一番危険な場所に潜めば、一番見返りが大きい。ならば、行ってみようではないか、このソルジェ・ストラウスもな。

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