第四話 『その海は、残酷な生け贄を求めて』 その11
地上に降りたオレたちは、崩壊していく氷の宮殿の様子をしばらく見物していた。だが、『氷縛の船墓場』で作業中であった海賊たちが、心配してたいまつを片手にこの場にやって来てくれたので、いい加減にして引き上げることにした。
あらかた大きな氷の塊は潰れてしまっていて、派手な音を立てての崩壊を見ることは無かったからだな。
海賊たちは、氷河に囚われていた船の中で、『新鮮』な船を三つほど氷から切り出していたよ。それらの船に関しては損傷がとても少なく、ほとんど修理ナシでも使えるようだ。『皮』と『肉』を運ぶための『船』……。
どこに運ぶのかと、オットーと相談したくなる。どうやら、さらに北の地である北極点には、ガルディーナが創り出した不気味な王国でもありそうだ。いつか足を運んで、ゼファーの炎で焼き払ってしまいたい気もするが―――。
所在地不明の『それ』を求めて北極圏を旅する気分には、今はなれない。オレたちはアリューバ半島の危機を一つ回避した。だが、『ゼルアガ』以上の脅威と言える、ファリス帝国軍については、まだ何も成し遂げちゃいないからな……。
さて。もはやこの『クルセル島』には、海賊たちの宝である船しかない。『霜の巨人』の恐怖は二度と無いということを考えたら、安全なもんだ。
となれば、することがあるな。もちろん、キャンプファイヤーとバーベキューだよ。そして、ビールをガンガン呑むという行為である。
遊びだと?おいおい、バカを言っちゃいけない。こいつは『外交』というお仕事だ。アリューバ半島の反・帝国組織『ブラック・バート』の長である、フレイヤ・マルデルとその仲間たち。この海賊騎士たちとの友情を熟成させるためでもあるし―――。
いや、そんな建前がなくてもさ?
これだけシビアな仕事をやり遂げたんだぜ?……大人として、ねぎらいのパーティの一つぐらい開くべきってものだろうよ。ゼルアガと戦ったんだぞ?神話に描かれるレベルの冒険なんだから、酒呑んで騒ぐのは当然だ。
沖合の海賊船たちには、最低限の人員だけを残して、可能な限りの大勢でオレたちはこの浜に集まっていたよ。おお、見ろよ、海賊たちがボートでやって来る!ビールの酒樽を海賊船から運んで来たぜ。くくく、よく冷えてビール!超、楽しみだった!!
海賊船ってのが、水よりビールのが多く積んでいてビックリしたよ。まあ、水よりも長持ちがするからな、アルコールってのは。なんでか?ロロカ先生に言わせてみれば、おそらく生物にとってアルコールは『一種の毒だから』だそうだ。
毒のなかにいたら、バイ菌さんたちも溺れて死ぬんじゃないだろうか。発酵技術というモノは面白い。バイ菌さんたちを利用して作るののに、出来上がったモノを食べてもお腹を壊すことが無いのだから。
チーズにヨーグルト、数々の美酒たち……オレの大好物たちの多くが発酵食品だ。いいカンジに腐らせると美味くなるというのだから、食料というモノは不思議なものだよ。
あと、今夜は海賊たちが料理を作ってくれるっての楽しみなことだ!!
世界には、『旅行記』を書くことで生計を立てている旅人もいるが、そんな旅人たちでさえ、海賊の料理ってのは、なかなか味わうことが出来ないんじゃないかね。
海賊の料理を食べるというか、食べさせられるヒトか……うん。誘拐の被害者しか想像できんな。ウルトラ雑な食事とか与えられそうだよ。
今回の旅路のグルメ度合いは低かった。船上での料理は、それこそ色気がないというか味気がないというか。軍隊のメシそのものだったよ。味気なく、マズい。食事ではなく、ただの栄養摂取と呼ぶに相応しいものであった。
『ヒュッケバイン号』での食事は、乾パンにベーコンの頻度があまりにも多かったんだ。ホント、海上での武装組織って、大変な食生活を強いられているんだなぁ。食事に夢を抱けない環境は辛いと思う。
まあ、『ブラック・バート』では、通常時ならば、もっとマシな食事を食べられるらしいんだがね?
なにせ、『野菜は取るべきです!』、それがフレイヤちゃんの思想なんだってよ。いいことだ。野菜を食べようと思ったとき、料理の可能性は広がるんだからな。
サンドイッチとかは野菜も取れるし、調理も楽だし、食べやすい。だから、普段の『ブラック・バート』では定番メニューらしいぜ。
くくく、『海賊のサンドイッチ』。いいよね、名前がいい。分厚いハムとチーズがサンドされていそうだよ。きっと、トマトとレタスも厚切りだと思う!!
白身フライのサンドイッチとかも、海っぽくていいな。キャベツとあうよね。タルタルソースも……海の食べ物には、おおよそ合うしなあ。
ああ、想像が膨らむと、なんだか食べたくなる。いつか、アリューバ半島の沖合を旅しながら、フレイヤちゃんたちが築いた、サンドイッチ道の軌跡を体験したい。
……でも、警戒、作業、準備、戦闘。その四つに追われながらの、本当に急ぎ足の旅だったから、乾パン尽くしも仕方が無いのさ。
まったく、忙しさとは罪深いものだよ。オレたちから、『海賊のサンドイッチ』という素敵な食文化との遭遇を奪いやがったんだからな―――。
でも、今は違う。バーベキューの時間が始まるんだ!!寒い?大丈夫だよ、古くなった船を浜に引っ張ってきてね、そいつに火を点けて巨大な『焚き火』にしちまっている。もう火事のレベルだ。寒さは消えてなくなっている。バカなら、海で泳ぎ始める頃だ。
海賊どもの知性に期待したいところだな。
船を焼くとか乱暴すぎる?……いいじゃないか、資源の有効活用だ。使えそうな部分は回収してある。海賊どもはプロの船乗り。使える船を焼きはしないさ。修理不能か、古過ぎて航海に耐えないモノを火にくべているのさ。
ホント、海賊どもは大喜びだよ。アリューバ半島を襲う『ゼルアガ・ガルディーナ』を仕留めたという勝利が、彼らを無邪気にさせている。
それは『ブラック・バート』だけじゃない。『リバイアサン』の海賊たちも、喜んでいるよ。
彼らだって、アリューバ半島の出身者だからね。海賊化が進んでいるとはいえ、故郷が悪神の脅威から解放されたと聞けば、それは単純に嬉しいだろう。
それに、彼ら自身も、その戦いに参加していたのだから、勝利の実感に心が酔うのさ。
いい結束が生まれているよ。
……これで、希望が持てるね。『氷縛の船墓場』で、相当数の海賊船の数が確保出来るだろう。いや、ここはもう海賊たちの最大の拠点と呼べるの場所かもしれない。ふむ。『自由同盟』の『海軍基地』になってくれるかもしれん。
ガルディーナの蓄えた船という資産は、オレたちの海上戦力を大きく上げてくれる可能性もあるな。
まあ、『自由同盟』と対等な立場で渡り合うためにも、まだまだ工作が必要だ。それに『オー・キャビタル』にやって来る、ファリス帝国の『新たな総督』……。
コイツにも注意しなくてはならないところだ。
だが、今は……。
「なあ。ロロカ?」
「はい。なんですか、ソルジェさん?」
「今夜からさ、また戦の準備が必要ってことかな。その白フクロウさんがやって来たということは……?」
そうだ。それを不吉の象徴みたいに呼ぶのは、間違っている。だが、『フクロウ便』がこの『クルセル島』にまでやって来ていたよ。オレの赤毛を見つけたのか、くるくると上空を旋回したあとで、浜辺で眠っているゼファーの鼻先に留まったのさ。
ゼファーは一瞬眼をあけて、その呪術で縛られた猛禽類と挨拶する。ゴクロウサマデス。瞳で、そう伝えたのだろう。白フクロウは、くええ!……と、何かに応えるように鳴いていたよ。
ロロカ先生が、その白フクロウの足輪を回収するのを、オレは見ていた。
「シャーロンさんからの情報です」
「よくない情報か?……ああ。こういう言い方はよくねえな」
「……はい。『有益な情報』です。新たな総督が、アリューバ半島に到着したようです。その人物の名前は『ジョルジュ・ヴァーニエ』……まだ歴史の浅い帝国海軍ですが、その創設期からの海軍将校の一人です」
「ふむ。帝国海軍の重鎮か。なるほど、あの夜の『暗殺騎士ども』の『不思議な行動』が納得出来てしまいそうだな」
「はい。でも、今は……ビールを呑んできて下さい、ソルジェさん」
「いいのかな?」
「『ゼルアガ』を倒した英雄の一人です。ソルジェさんが暗い顔をしていると、皆が楽しめません。今夜は、外交的側面もある宴会になりますから。ソルジェさんは、楽しまないといけません」
「ただ大騒ぎしちゃうだけだけど?」
「それが結束を産むんじゃありませんか。私は、ソルジェさんのそういう絆の結び方を、見ているのが好きです」
「オレ、自分の奥さんに、告白されちゃったね」
「は、はい。そ、そう、ですね……っ!?」
ロロカ先生が顔を赤らめていた。なんか、こういう素直なところに癒やされて、とても賢いところに頼ってしまう。オレは、ロロカ先生の頭に腕を回して、ゆっくりと抱き寄せる。眼鏡の下にある水色の瞳が、オレを見つめた後で閉じられる。
唇をそっと突き出すようにして、オレのキスをそのやわらかな部分で受け止めてくれるのさ。やさしく時間をかけた後で、オレはロロカ先生から唇を離すよ。
「こ、今夜は、やさしいキスなんですね」
「激しいのは、また次の機会にな」
「は、はい……っ。ああ、なんだか、照れちゃいますね」
そう言いながら、ロロカ先生は赤く火照った顔に、手をパタパタさせて起こした風を当てていた。きっと、オレの愛情が伝わったんだと思うぜ。
「……苦労をかける。君の知恵に頼ってしまっているな」
「……いいえ。大丈夫ですよ?私はきっと、そのために知識を集めて来たように思えるんです。ソルジェさんのしたいことを、ソルジェさんの見たい『未来』を、私も一緒に見に行きますから!……だから、頼って下さい。情報の分析は、私にお任せを!」
「適材適所という言葉に頼るのはズルいが。オレでは分析力が足りない。ロロカ、どうすれば、この戦に勝てるかを、オレに教えてくれると助かる」
「……はいっ!考えておきますね!……では。いってらっしゃい、ソルジェさん!」
「ああ」
酒を呑むだけなんだが、オレはかなり気合い入れられちまったよ。奥さんの一人に、シャーロンからの読み解くのも面倒な暗号の長文を任せて、ビールを呑むんだ、海賊たちと。
ふむ。この外交は覚悟がいるなあ。何か、情報の一つでも収集せんことにはカッコ悪くてロロカ先生のトコロに帰れないぞ。
さて。誰から行くかね。フレイヤちゃんとジーンくんとは、オレ、かなり仲良しだから。あとは外堀か。『リバイアサン』……連中とは、あまり関係性を築けていない。いい機会だから、一緒に混じって酒を呑むか。
オレは『リバイアサン』たちが集まるテーブルに、歩いて行った。
「よう。君らの故郷から悪神の脅威が去った、この素晴らしい夜に!元気に呑んでるか、海賊ども!!」
「ああ。呑んでるよ、サー・ストラウス」
「そうか!!それじゃあ、誰が一番、この北海で大酒呑みなのか、決めるぞッッ!!」
オレの誘いに、『リバイアサン』さんの海賊どもは乗ってくる。こういう連中には、酒を呑ませちまえばハナシが早い。ニヤニヤしているひょろりと背の高い海賊が、オレのための木製ジョッキにビールをガンガン注いでくる。
「ほら、竜騎士さん!オレたちの故郷の酒で、オレたちに呑み勝つなんてこと、出来るなんて、思うんじゃねえぞ!」
「やってみなければ分からん。ほら、参加者集まれって。各テーブルで、最強の大酒呑みを決めていくぞ!!そして、その次は、その代表者たちによる決勝戦だ!!」
オレたちのバカな大会に、すぐに『ブラック・バート』の連中も食い付いてきた。そして、宴会は始まった。オレ&『リバイアサン』対『ブラック・バート』のアル中候補どもが、壮絶なビール勝負を展開していく。
まあ、どっちが早呑みかってだけだがな?ガンガン呑んで、オレは勝利を重ねていくぞ。勝ったら、ミアが走って来て、『リエルがドヤ顔で焼いたバーベキュー』を届けてくれた。意味はよく分からないが、うちの正妻エルフ殿は、バーベキュー道を極めたのだろうか。
「美味い?」
「うん。素材を活かしきるカンジ!!」
「そいつは、美味そう!!」
オレはビール・バトルのあいだに、バーベキューを喰らうのさ。ああ、北海の寒さが全く関係なくなっているぜ。海賊さんどもと、仲良く飲み比べしながら、馬鹿笑いして、肉を喰って。
最終的に肩を組んで歌うんだよ。なんか聞いたこともない、歌だったけど、適当なところで、おおおおおおおおお!!って、夜空に向かって吠えていたら、どうにかなった。ああ、酔っ払いの歌なんて、そんなものさ。
そして……酔っ払いながらも、オレは任務を忘れちゃいなかった。酒を呑むと口が軽くなる連中がいる。オレは、何人かから聞いたぜ。ジーンくんの『獲物』。ジーンくんってば、なかなか派手なことを考えていたぜ。
まあ、君がそれをやろうというのなら……オレたちと共にすべきことだな。帝国海軍の最大の造船所は『オー・キャビタル』だが―――二番目の造船所は帝国領内の、『イドリー造船所』。
これからアリューバ半島に送り込まれる予定だという、二万の帝国兵。そいつらの船を作っている『そこ』を狙おうっていうのならね。君は、なかなか大海賊の素質を持っているようだな、ジーン・ウォーカーよ。
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