第三話 『白い氷河の悪しき神』 その16


「敵だああああああああ!!総員戦闘配置につけええええええええッ!!」


 マストの上の見張りも、ようやく望遠鏡のなかに見つけたようだな。大声で仲間たちに伝えていたよ。見張りの声が響く甲板を走り抜けて、オレはゼファーに飛び乗ると叫んでいた。


「行くぞ、ゼファー!!」


『うん!わかったよ、『どーじぇ』!ていさつだね!!』


「そういうことだ!!」


「団長、私も行きます!敵の動きを分析するなら、私の瞳術も使えるはず!」


 『かまくら』から飛び出して来たオットー・ノーランが、そう主張する。夜通しの警戒任務に備えて睡眠中だったのだが、起こしてしまったようだ。


 オレは迷ったよ。オットーがわざわざ甲板なんかに『部屋』を作ったことには、意味があるのだ。たんに趣味というだけではないさ。


 この船を守るために、その場所を陣取った。


 彼の瞳術を用いることで、警戒と護衛の任務を行うためだった。遠距離を見る能力だけはゼファーに負けるかもしれないが、より近い距離での分析と索敵能力は、ゼファーやオレの竜の眼を上回る能力がある。


 フレイヤ・マルデルを守る。そのために甲板上に作った『見張り小屋』だと思うのだけどな―――そうさ、オレもオットーも、信じちゃいない。ビードがいた。『ブラック・バート』にも敵との内通者がいたんだよ。


 たとえ、この『ヒュッケバイン号』の上だとしても信じてはいけない。どこに裏切り者がいるか分からん。フレイヤ自身は仲間の海賊たちを疑わないだろうが、オレはこの海賊たちを完全に信じるわけにはいかない。彼女を凶刃から守らねばならないからな。


「お兄ちゃん!私が、フレイヤちゃんの護衛に回る!!」


 ミアがそう言いながら、マストの上からロープを使って降りてきた。そして、そのまま黒い風となり、フレイヤのもとへと走る。うむ……ミアは理解している。破壊力とリーチに欠く自分が、この戦闘では攻撃的な存在になりにくいということを。


 だからこそ、偵察能力を持つオットーを自由にする道を選んだ、自分がフレイヤの護衛になることで。オレはうなずく。うなずきながら、叫んでいたのさ!


「わかった!頼むぞ、ミア!そして、乗れ、オットー!!」


「了解だよ、お兄ちゃん!」


「はい!団長、行きましょう!!」


 オットーが素早くゼファーの背に乗った。オレはブーツの内側で、ゼファーのウロコを叩いていたよ。その動作に反応して、ゼファーが甲板を蹴り、『ヒュッケバイン号』から空へ向かって跳んでいた。


 黒い翼が空を掴むように広がり、海面すれすれを低く滑空していく。そして、二、三度その翼を羽ばたかせ、空へと上昇しながら加速していく。敵の距離までは、10キロほどある。


 かなりの寒さをまとった風が、オレの体を打ち付けてくるよ。当然のことだ。北上を続けて、すでに北海に入っている……五月の頭とはいえ、かなり気温は低い。氷の塊が、そこらに浮いていたよ。


 多くは、ただの流氷に過ぎない。ただ、オレの眼は見ている。はるか前方にある、大きな氷の塊は、流氷のように波に動かされているわけじゃない。あきらかに、動力を持って動いている。まるで、海賊船たちのようなスピードで、こちらへと一直線に向かっている。


「……大きさは分かるか、ゼファー?」


『……みえているのは、にじゅうめーとる、ぐらい』


「海上にそれだけか……ならば、全体では、どれぐらいになるのだろう」


 氷ってのは水が固まったもので、水に浮くのだが。流氷は海上にある体積よりも、水面下にある体積の方が、よっぽど大きい……ならば、ヤツもそうなのだろうか?


 オットーはオレの言葉に反応してくれるよ。彼は、もう三つの目を全て開いている。


「団長、あの流氷は―――いえ、『霜の巨人』は海面下に、より巨大な本体があるわけではありません。見えているだけが、ヤツの全てですよ」


「さすがだ。オレたちの眼には映らないことまで、よく見てくれる」


『すごいね、おっとー!』


「いいえ。まだまだです」


 紳士は謙遜が常のようだ。だが、本当に彼の観察眼はスゴいぞ。竜の眼よりも、魔力を感知する能力は高い。オットーが語る。分析は、すでに始まっているのさ。


「……ヤツの体は、氷で作られていますが、動いています」


「氷が動く、か。なんとも、壊れちまいそうな気がするが……」


「ええ。ありえませんね、我々の世界の理の外にいます。さすがは、『アガーム』。『ゼルアガ/侵略神』の力を模倣している存在。アレもまた、局所的に我々の世界を侵略し、世界の法則を改変しているのです」


「どう改変されているか、分かるのか?」


「逆算になりますが」


「なるほど。君にさえも見えない部分から、推察するということか」


「ええ」


 ところどころが黒塗りされた秘密の書類があったとしても、前後の文脈が読めるのであれば、その黒塗りに隠蔽された言葉にさえも、予想が立つということさ。オットーの賢い脳みそと、脅威的な魔力感知能力は、『ゼルアガ/侵略神』の異能さえも分析するようだ。


 『氷魔石の指輪』で、第四の属性『氷』を研究して来た成果かもしれないな。今のオットーは、おそらく『氷』について世界で最も詳しい人物の一人であるはずだよ。


「ヤツらの氷は、この指輪が作る『氷』とはまったく異質の存在。そもそも、水でも海水でもないみたいですね」


「そこまで分かるか。そうか、物質が帯びる魔力に質が違う……それを見えるのか?」


「はい。水が帯びている魔力の属性たち、その構成が私には分かりますが、アレは、その構成からかなり逸脱しています」


「つまり氷ではないのか」


「ええ。いわゆる『水が凍った物体』ではないという意味では、そうです。『謎の液体』が、凍りついたものといったイメージですね。だからこそ、動いても損傷が少ない。氷とは違い、わずかに伸びている」


「ふむ、『炎』が有効だと効いているが?」


「周囲の温度が上がることで、融けるはずです。そうすることで我々の世界の理である、物理現象を強制的に刻みつけて、我々の常識に取り込めている。なんというか、侵略された空間を、我々の魔力で奪還しているような感覚なのだと思います」


 難しい言葉を使われちまったよ。


 きっと、オットーも自分の脳内にある情報を、簡単な言葉にして伝えることが難しいのだと思う。それはそうだ。魔力の痕跡だけを頼りに、摩訶不思議な現象を説明しようとしているのだから。難解なことは、難解な言葉でしか表現できないってことさ。


 つまり、オレみたいなアホ族には、難しすぎてついていけないってこと!


「けっきょく、『炎』は効くんだな!?」


 ちょっとバカみたいな言葉を口にしていたよ。自分で言ってても、知的さの欠如がカッコ悪いと考えていたよ。でも、いいじゃないか。分かりやすいし、最も大事なことの一つさ。


「ええ。『霜の巨人』にも。そして、その主である『ゼルアガ・ガルディーナ』にも、十分に有効なはずです―――最適解までは、見つけられていませんがね」


『それなら、ためしてみればいいよ!』


 そりゃそうだ。百聞は一見にしかず。


 世界で最強の火力を持つ竜がいるんだ、『炎』が有効かどうかを知りたいのなら、実際にやってみればいい。


 ゼファーの口の中に黄金色の灼熱が発生していく。


「オットー、ゼファーが火球をぶつける。有効そうな理由を、見つけてくれるか?かなりムチャクチャなコトを言っているのは、承知の上で言うが」


「ええ!やってみせます!」


「スマンな。目玉にムチャをさせるよ」


 瞳術ってのは、かなり術者の負担になるんだよ。強い力であればあるほどに、術者の肉体にダメージを与える。


 オットーが、いつも目を閉じているのは、目を閉じていたところで日常生活に支障のないレベルの感度を発揮できているからだし、負担を削減するためでもあるよ。


 部下にムリをさせることは、させたくないのは本音だよ。目玉の酷使のあげく、失明なんてことになったら、責任が取れないからな。


 だが、もし『霜の巨人』に対して、『炎』が有効である理屈が分析できれば?


 『ゼルアガ・ガルディーナ』に対する、より高度な対策を構築できるはずだ。高度な魔術師たち、リエルやフレイヤのような魔術のプロに、オットーが回収出来た情報を提供出来れば?有効性を増した『エンチャント/属性付与』を開発することも可能になる。


 『炎』の『エンチャント』が有効なのはマルデルの一族が実績で証明しているが、実は厳密な世界においては、『炎』100%の『エンチャント』など存在していない。


 そんな能力は人類にはないからだ。究極に『エンチャント』を極めても、『炎』が95%、『風』が3%、『雷』2%と、どうしても他の属性が混じる。まあ、『エンチャント』に限らず、すべての魔術がそうなのだがな―――。


 しかし、その比率を調整することで、ターゲットに対して、より有効な『エンチャント』を開発出来ることがある。魔術というのは奥深いものだね。だから研究者がたくさんいても、まだ研究し尽くされていない。


 『エンチャント』にハナシを戻そう。


 たとえばだが、『炎』が弱点である魔物や物体に対しても、95%の『炎』よりも、80%の『炎』を帯びた『エンチャント』の方が有効なことがあるのさ。


 魔物が帯びた魔力的な属性の比率は、その魔物の肉体の構成に依存するのだから、当然と言えば当然だな。


 魔物によって、それぞれ肉体が違う以上、その弱点の属性比率も異なっているのさ。


 『霜の巨人』に対して、より有効な『エンチャント』の開発を、マルデルの一族だって行って来たと思うが、それはあくまでも主観的な要素に基づく研究でしかなかった。エルフと言えども、『サージャー』のように、対象物の魔力の流動を目視は出来ないからだ。


 だが、オットー・ノーランならば、『サージャー』の高度な魔力感知能力を使うことで、『霜の巨人』に対して、最も有効そうな比率を看破できる可能性があるのさ。


 彼には、魔力と『属性』の流れが、どういう原理原則で作用しているかまで見えているのだから。三つの属性を、三つの瞳のそれぞれが、同時かつ立体的に観測することでね。


 ……オレの目的をひらたく言うと、リエルとフレイヤに、ガルディーナや『霜の巨人』に対して、より有効な『エンチャント』を作らせたいのさ。


 悪神どもに勝つ自信はある。


 だが、より効率的に勝てるのであれば、そっちの方がいいだろ?


 何せ、『ゼルアガ/侵略神』だけが敵なのではない。帝国海軍にも、そして裏切り者にも備えなければならない状況だからな。


「とにかく頼むぞ、ゼファー、オットー」


 ここには、オレたちだけの魔力しか流れていない。多数の魔力が入り乱れ、混沌としている戦場とは違う。分析には、最良の空間というわけだよ。そのために、お前はゼファーに乗ったはずだもんな、オットー。


「イエス・サー・ストラウス!!」


「ようし!!ゼファー、歌えええええええええええええええええええええええッッ!!」


『GAAHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッ!!』


 ゼファーの歌が響き、竜の牙が並ぶその場所から、強烈な閃光と共に、爆熱が解き放たれていた!!『風』を混ぜた『炎』の爆弾。竜の火球だよ!!


 閃光と熱線で、北海の冷たい空気を焦がしながら、ゼファーの撃った火球は一直線に海を泳ぐ『霜の巨人』へと向かった。そして、着弾と同時に、爆裂が起きる。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!


 海が揺れて波が立ち、砕けた氷が―――オットー曰くオレたちの知っている氷とは厳密には違う物体らしいが―――空へと舞い散ったよ。ああ、竜の破壊はいつだって芸術的だ。寒空を、氷の破片どもが太陽の光を反射させてキラキラと輝いていた。


『……『ほのお』、とっても、きいてる!!』


「ああ、有効打だ。だが……まだ、生きてやがるぜ。それに、クソが。連中……海底にも潜っていやがったのか!!」


 そこかしこの海面に、昏い影が揺れるのが見えた。海底に張り付いていた?よくは分からんが、かなり深い場所を潜っていたのだろう。『霜の巨人』どもが浮かんでくる。


 偵察に出ていて良かったぜ。この奇襲を受ければ、船にも打撃が大きかったぞ。


『……ッ!ほとんど、こわれているのに、まだ、うごくよ!』


「さすがは、『アガーム』ということだな」


 そうだ、ゼファーが破壊した『霜の巨人』が、その上半身を海面から出した。右半分が壊れ、残りの肉体もひび割れて崩壊寸前だが、ヤツはまだ生きていたよ。


 ああ、なんとも醜い顔だろうな。凍りついた死体のように青ざめながら損傷した顔をしている。氷の質感を残しながらも、腐肉の形状を選んだような……とにかく、不快で不気味な、女ウケの悪い顔をしていたよ。


 さて。浮上してくる他の『霜の巨人』どもに戦場の魔力とオットーの集中力をかき乱されるより前に、壊しておくか。

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