第三話 『白き氷河の悪しき神』 その4


 オレとジーンは、ゼファーを森のなかに下ろさせて、そのままポツリポツリと会話しながら、港町トーポの赤い屋根の酒場にたどり着いていた。


 そこには、ちょっと怒っているリエルがいた。


「おい!ソルジェ、遅いぞ!どこをほっつき歩いていた」


「帝国海軍の拠点を偵察し、そして、暗殺騎士団と戦い、もう一つの海賊団、『ブラック・バート』の首領と会ってきた」


「む。は、働いておったのか。それは、スマン。お疲れさま、ソルジェ!」


 本当に、意外と大忙しの夜だったよ。


 ちょっくら、ジーンくんをからかうためと、『ブラック・バート』の首領に挨拶をしに行くつもりだったのだが、


「ああ。ちょっと、腹減ってるから、メシ作ってくれないか?」


「うむ。いいぞ、ちょうど、遅めの朝食を取ろうというところだったのだ。レミと意気投合してな、夜更かしして、私としたことが寝過ごしてしまった」


 時間に厳しい森のエルフさんにしては、珍しいこともあるものだ。


 リエルは、ジーンの方を唐突に向いた。


 そして、友情を感じている女子のことを売り込むのさ。レミちゃんが恋する男に。


「いいか、彼女は、いい子だぞ!!ジーンとやら、さっさとアイツをヨメにもらえ!!」


 あっちこっちで色んなコトが起きていた夜であったらしい。まあ、うちのヨメたちが楽しそうな夜を過ごせたのならば、何よりだ。女子同士あつまって、恋バナとかしていたんだろうな。なんか、夜半に甘い菓子とか食べていそうだよなぁ……。


 さて。ジーンは、レミと結婚しろ!とリエルに言われて、顔を引きつらせて笑う。


 身から出た錆とはいえ、この男も恋の多い男だな。イケメンだからかな?しかし、オレが言えるセリフではないのかもしれない。オレ、ヨメが三人いるし……あと、グラーセスのハーフ・エルフ、アイシャちゃんが誰のヨメにもならない場合、オレと結婚する予定。


 爆弾を除去するためとはいえ、『ハンズ・オブ・バリアント』で、彼女の腹を裂いてしまったからな。その罪滅ぼしだ……。


 ふむ。


 それでも、もめないのは、オレがちゃんと妻たちと愛し合っているからだろうな。


 だが、ジーンくんは、オレのような恋愛マスターではないらしい。


「あ、あはは。じつは、オレ……その、本命がいてさ……?」


「ああ。知っている。『ブラック・バート』の姫騎士とやらだろう?エルフ族の巫女らしいではないか」


「なんで知っているの!?君と、オレ、ほとんど初対面だけど!?」


「ふむ。この半島の一般的な社会常識の一つだと聞いたぞ?試しに、そこらでカニを捕らえようとしていた子供たちに質問をしてみたら、お前の本命が誰なのかを知っていたぞ」


「嘘でしょ!?そんなバカな!?」


 くくく、やはり、ジーン・ウォーカーは、こうでなくてはな!少々、しんみりとし過ぎちまっていたが、やはり、この青年は、これぐらい滑稽なトコロがあって然るべきだな。


「何年も想いつづけても伝わらないのだ。秘めている恋心ならともかく、ダダ漏れの恋心の結果がそれだ。どうにも勝ち目はあるまい。さっさとあきらめろ」


「ダダ漏れじゃないから!?ちゃんと伝わっていないだけでさ!?」


 たしかに、周囲にはダダ漏れなのだが、肝心の彼女にだけは、どうやら本当に伝わっていないらしい。ああ、不憫な男だが、自業自得でもある。行いが足りない。心でいくら愛していても、言葉や態度を使わねば、伝わらないこともある。


 残念なことに、そして厄介なことに。


 竜の背から、彼女のために空へと飛んだ、あのウルトラ・カッコいい光景を目撃しているのは、オレとゼファーだけなんだよな……。


 だから、いらん感情移入までしちまっているのだろう。


 さて。


 オレの正妻エルフさんは、ジーンの言い訳を聞きながら、あのストレートでうつくしく、そして腰の上辺りまである銀色のロングヘアーを指でいじっている。ジーンの必死な言い訳が、本当に聞くに耐えない雑音に過ぎないと確信しているらしい。


「だから、オレは、そうじゃなくてね!?まだ、フラれたわけではなく―――」


「そうか。わかった」


 言い訳に納得したわけではない、ただ、面倒になったのだろう。リエルは冷酷な狩人の目で、やかましい青年海賊を射竦めながら、トドメを刺すように語り始めていた。


「じゃあ、伝えて来たのか?伝えに行ったのだろう?バーテンダーのオッサンが言っておったぞ?」


「そ、それは!?」


「ほら見たことか。オッサンも言っておった。どうせ告白は出来ないだろうと」


「店長、ヒドいッ!?」


「それだけの覚悟しかないのなら、その愛は、お前にとって相応しいものではない」


「……え!?」


「あきらめろ。告白も出来ん、告白もされない。そんな状況が何年も続いているのだ。戦況は、圧倒的に不利ではないか?」


「そ、そうかもだけど……それでも、オレは……」


「レミが不満か?」


「え?」


「お前のようなドがつくヘタレ野郎でも、いいと言ってくれているのだ。そんないい女をお前は、いつまでも放って置くのか?」


「それは……」


「レミに可能性が無いのなら、ハッキリと拒絶しろ。この店にも来なければいい。そうであれば、レミも他の男を探すだろう。乱世での命は、儚い。私たち少女の愛情を、弄んでくれるなよ、ヘタレめ」


「は、はい……その、今後は、誤解の無いように、がんばりたいというか……ッ!?ああ、オレ、そこまで言われなくてもいいんじゃないかな!?」


 ヘタレ野郎が、オレに助けを求めるような表情を向けて来やがる。コイツが幼なじみだったら、オレ、本当に苦労させられただろう。ジーンくんがガルーナに産まれていなくて、良かったぜ。


 もしも、ガルーナにジーンくんがいたら。


 そうだな、9年前に殺されていただろうし。


 ああ、あちこち戦火ばかりでイヤになる時代だねえ。


「なあ、サー・ストラウス、ちょっと何か言ってくれって?」


「ん?……まあ。恋愛なんぞ、ややこしい方が面白くもあるんじゃないのか?」


「そうか?ソルジェは直情的で、獣のようだったが」


 うちの正妻エルフさんが、オレの社会的な体裁を悪化させるような言葉を口にするんだけど!?……顔を赤らめながら言っているから、リアルさが強いというか?オレ、そんなに獣のようだったかね!?


「……やっぱり、ガルーナの恋愛観って、鬼畜系なんだ」


「おい!誤解をするな。オレの愛は激しいだけだ。なあ、そうだよな、リエル?」


「ふ、夫婦の夜の営みにまつわることを、朝っぱらから、他人の前で持ち出すなあっ!?」


 リエルの鉄拳を、オレは顔面で受け止める。うん。全力じゃないけど、かなり痛い。避けられたけど、避けない。そう、これも一つの我が家の文化さ。


「……なに、これ。結婚生活って、こんなにカオスなの?」


「ヒトの家の結婚生活を、カオスといったか、このヘタレ!?」


 リエルがキレている。このヘタレにも、その殺気を帯びた視線が向かう。エメラルド色の美しい瞳だが、怒っている時は、なんかこう、圧倒的に逆らえない。ジーンは、蛇に睨まれたカエルさんのように硬直しちまうよ。


「歯を食いしばれ。首の骨が折れんようにな」


「え、あ、は、はいッッ!?」


 そして、リエルの左ハイキックが彼の黒髪が生えた頭に命中していた。ジーンのヤツは、そのままバタリと酒場の床に倒れるが、さすがに海賊の首領はタフだよ。ふらつきながらも、ゆっくりと立ち上がる。


「き、効いたあ……ッ。サー・ストラウスのヨメ、ムチャクチャ強い……ッ」


「ああ。私は強いぞ。そして、美しくて、聡明で、夫に尽くすタイプの可憐な正妻だ」


 美しいのは認めるが……ちょっと全体的に盛っている気もするな。


 自称、素直な男であるジーンが返答に困っていると、リエルの唇が動く。


「……どうした、海賊。私は、どんな正妻だと思うんだ?」


「え?そ、その……う、美しくて、そ、聡明で、お、夫に尽くすタイプの可憐な、正妻です」


「そうだ。心に刻め。何ならば、タトゥーにでも彫り込んでおけ」


 うちの正妻エルフさんが、ムチャクチャなことを言っているな。


「お、オレの体に、サー・ストラウスのヨメを称える文字を、彫るのか!?」


 ふむ、面白いが……意味は分からないな。彫り師に伝える時点で、困惑されそうなレベルだろう。どうして?……そう訊かれそう。自前のヨメについてならともかく、ジーンくんの肌に、オレのヨメを称える文字が刻まれているのは変だよ。


「オレ、そんなことを、するのか……?」


「ああ。二度と、私の正妻ぶりを愚弄しないようにな。我が家は、いついかなるときも円満だぞ」


「は、はい!!分かりましたから、タトゥーはカンベンしてくれッ!!さすがに、意味が分からないよ!?」


「分かったのではないのか?」


「貴方のうつくしさとか、聡明さとか、可憐な正妻っぷりは、十二分に理解しました!!」


「ふん。愛する者への告白も出来ぬようなヘタレの言葉を信じるのは、正直、難しいことだが……その必死さに慈悲をやる。信じてやるか」


「あ、ありがとうございます……っ」


 うむ。リエルめ。さすがに、キレ過ぎているな?


 おそらく、このヘタレた男の恋愛模様の逆サイドである、看板娘レミちゃんの物語を知ったリエルは、ジーンに大きな怒りを抱えているようだな。


 あまりにもハッキリしないこの男に、友情を感じるレミちゃんがたぶらかされている気がしているのかもしれん。


 だが。


 リエルの言葉は正論だ。


 さっさとフレイヤに告白して、フラれるなり何かを遂げるなり、すればいいのだ。そうでなければ、ヘタレにやさしいレミちゃんも、身動きが取れなさそうだ。今は、乱世。この土地にいる誰もが、明日には死んでいてもおかしくない時代。


 恋愛をのんびりやっている猶予など、我々のような戦人には無いのだ。


 レミちゃんの時間も、貴重なんだぞ。


 あんまり奪わないでやれよ、ジーン?それが、きっと、乱世で女性に愛された男のつとめの一つでもあるんじゃないかね……。


「みなさーん!朝ゴハンの準備、出来ましたよ!今が、一番、おいしいときですから!すぐに食べましょう!」


 ロロカ先生が、労働の汗を輝かせながら、カウンター席の奥にある厨房から出て来たよ。その両手が持つトレイには、大盛りのシーフード・パスタさんが盛られているぜ!!


「ああ!!そういう炭水化物の群れを、腹に収めたかったんだ!!」


「……む。食事の時間か。ではな、ヘタレ。我々、夫婦三人は食事だ。邪魔をするなよ」


「お、オレも、ここに朝食を食べに来たんだけど……?」


「パンとベーコンなら、厨房にあったぞ。ネズミのように、勝手にかじるなりしておけ」


「は、はい……っ」


 ふむ。どうやら、ジーンくんが、この素晴らしいパスタを食べられなさそうなのは、ちょっと残念だが。


 ヤツにも反省すべきことはあるからね?そもそも、ジーンくんがフレイヤに告白できていないのが、全ての原因のような気がするもん。


 さーて、腹が減っては猟兵稼業はつとまらない。おいしい朝食を腹に入れて、今後のスケジュールを固めようじゃないかね?……なにせ、『ゼルアガ』狩りだ。気合いを入れる必要があるからな。

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