第二話 『白き氷河の悪しき神』 その2


「……なあ、サー・ストラウス」


「どうした、ジーン?」


 オレとジーンはゼファーの背の上だ。フレイヤちゃんを始め、『ブラック・バート』の連中と別れた後、オレたちはもちろんトーポ村を求めて南下しているというわけだ。


「フレイヤの作戦、どう思う?」


「君も賛成していただろう?」


「ああ。そうだけど……『ゼルアガ』って、強かった?」


「強かったな。常人が一対一でやり合えば、勝てるような存在ではない」


「でも。アンタたちは勝った……まあ、常人ってカテゴリーではないよね?」


「そうだな。オレたち『パンジャール猟兵団』は武術の達人と、希少かつ強力な人種で構成されている。それに、訓練と経験がバッチリだ。お互いの良いところを研究し合い、教え合い……ミックスさせた」


 ベテラン猟兵、ガルフ・コルテスの思想であり哲学だ。


 ―――いいとこを集めて、混ぜちまおうぜ?面白え技があるなら、パクる。なんでも使えるようになれば、いろんなことに対応出来るじゃねえか?……あと、新しいコトするのは、面白えことだしなァ。


 そういいながら、武術に医学、薬草学に魔術、地理学、気象学……オレたちは色んな能力と知識を混ぜ合わせていきながら、『猟兵』という存在を創り上げたのさ。もちろん、個々の才能も極めて優秀だが、それをより強靱にしているのは、知識と経験値だ。


「……才能を集めて、世界中を巡った。珍しいヤツ、強そうなヤツ。色々な連中が集まって、お互いを識ることで、強さを磨いたのさ」


 もちろん、それを帝国人という敵を仕留めることで、研磨することも忘れなかったがな。戦場で使えば、問題点が浮き彫りになる。それに対して、オレたちは対策を施しながら、猟兵を組み立てていったよ。


 色んなヤツがいるから、色んな視点があるからこそ、強くなれたんだ。


「オレたち『パンジャール猟兵団』を支えているのは、集団の多様性だ。質の高さと、種類が多いチームだからこそ、切磋琢磨したとき、達人のレベルをも超越する。だから、オレたち猟兵は、『ゼルアガ』にさえも勝てるんだよ」


 毛色のちがう達人が集まり、その達人たちが己の技巧と知識を共有している。人種の枠をも超えてな。だからこそ、オレたちは個でいたときよりも、はるかに強さを増した。そして、だからこそ、怖い敵はいない。


「そっか。だから、彼女は言ったのか、『あらゆる色が混じって黒へと至る』?」


 フレイヤの言葉だな。


 オレにガルーナの『魔王』を感じながら、あの偉大な巫女が使った言葉。


「彼女の洞察は、大したものだな。さすがは旧いエルフ族の巫女か」


「……そうかもね。そう言えば、彼女のお母さんもスゴかったよ」


「ドーラ・マルデル議長か」


 『処刑された』と言っていたな。ふむ、彼女もエルフの巫女だった?議長をやりながら?……かつては、それほど『霜の巨人』の襲来も多くはなかったのか―――あるいは、こちらの方が可能性は大きいと思うが、マルデルの一族は、そのときは多く生きていた。


 ドーラ女史だけが必死に巫女の勤めを果たさなくてもよいほどには。だが、マルデルの一族も、多くが殺されてしまったのかもしれない。


 まったく、暗くなるハナシだ。その部分については、これ以上は触れないでおくか。悪い予想は、だいたい当たっているものだしね。


「……それで、議長殿には、つまりフレイヤの母親は、どんな洞察能力があったのだ?」


「それが、スゴいんだよ。ビックリする。ヒトの心を読めたんだ」


「読心術か……そいつはスゴい」


「あのヒトはね、このオレを一目見てさ、フレイヤに気があることを指摘したんだ」


 ……それでは、洞察力のあるなしを計測する逸話にはならないな。読心術などいらない、バッタを追いかけるのに夢中なガキでも貴様の恋心なんぞ、悟っちまうだろうからな。


 だが、フレイヤの母親で、このアリューバ半島の都市同盟の議長さまなのだからな。きっと、優れた勘があり、誇り高い女性であったのだろう。


 まったく、素晴らしい人々が、このアリューバ半島から星へと旅立ってしまっているのだな―――。


 帝国の侵略戦争のせいで、オレは、その人々と語らうこともなければ、酒を酌み交わすこともなく……まして、武術の腕を競うために、鋼をぶつけ合わせて歌を奏でることもない。ここで、ヘタレと共に空の中にいるんだからな。


 なんていう喪失だろう。


 やっぱり、これ以上の不幸を知りたくない気持ちになるよ。


 だから、ビジネスのハナシに戻るとしようかね。


「……『ゼルアガ』は、本体を引きずり出せたなら、どうにかなる。いや、どうにかオレたちが殺してやるよ」


「だけど、『霜の巨人』たちだって、かなり大きいんだぞ?見たこともないだろ?」


「あの『砦』と同じほどの個体もいたのだな」


「なんで知っているんだ!?」


「はあ、『砦』の『古傷』を見れば、分かるだろ」


「……ほんと、スゴい瞳だな。いや、経験値の分厚さと発想の多様性?」


「そうだ。竜の力を使わなくても、分析は出来るぞ」


「だよね?……オレも、まだまだ実力不足だな!」


「ああ。だが、悪くはない。期待しているぞ」


「おう!任せろって!……でも、悪神と『霜の巨人』の群れが住む島に行くのかァ……なかなか、キツい戦いにはなりそうだよ」


「否定はしない。だが、その『見返り』は大きいんだろ?」


 二つの海賊団が……『ブラック・バート』と『リバイアサン』。その二つの勢力の団長が、その価値を認めている。ということは、信頼してもいい情報のはず。


「そうだな、『見返り』は本当に大きいよ。先週だって、北海貿易船団の護衛についていた帝国の軍艦が、いきなり行方不明になった。嵐の夜でもなかったのにね」


「くだんの『ゼルアガ・ガルディーナ』の仕業というわけかい」


「うん。オレたち船乗りは、全員、そう考えているよ」


「頻繁にあるのか、その、船の行方不明は?」


「もちろんさ。北海の荒波は、オレたちアリューバ半島の海賊でさえも手こずる。でも、護衛していた船団の古い船のほうが無事で、新鋭の軍艦だけが消えるなんて、変じゃないか?」


「そう言われるとな」


 ……新たな装備には、熟練が伴わない。新鋭の装備というものには、誰も熟練者がいないからだ。そういう意味では、新造された艦船が遭難しやすいという理屈も考えていたが。この海で生きてきた専門家の意見と勘を信じる方が、きっと正解に近いのだろう。


「なんだかさ、格上のアンタに情報を教えてやっていると、嬉しくなるよ」


「ほう。自尊心が満たされるか。良かったな」


「な、なんかトゲがある言い方じゃないか?」


 小さな器を持つ若者への、ちょっとした意地悪な言葉なだけだ。


「オレは船の専門家ではないからね。君らの判断にケチをつけれる自信が無いだけさ。オレはプロフェッショナルという存在にリスペクトを捧げる。ジーン、君はこの海の専門家だ。オレは君を信じるよ」


「あ、ああ。信じてくれ。きっと、『氷縛の船墓場』には、真新しい帝国の大型軍用帆船がある。ガルディーナが奪った船がね!」


 自信ありげな声でそう語る。そうか、自信があるのなら、オレは友として君の言葉を信じるべきだな。


 しかし、疑問を浮かぶ。彼にではない、『ゼルアガ・ガルディーナ』の行動に対してだ。


「その『ゼルアガ』は、どうして船を盗む?」


「……さあね?」


「ふむ。それだけか?分からないなりに、何か知恵を使って推理の一つでも聞かせてもらいたいものだ」


「うーん、そうだな。オレは海の専門家だけど、悪神退治はしたことない。でも、伝説があっただろ?」


「……『霜の飛び船』のことか」


 空飛ぶロクでもないものがやって来る神話は、各地に伝わっているが。この土地にはガチで『ゼルアガ/侵略神』がいる。神話ではなく、邪悪な周期現象として、アリューバ半島の住民を苦しめているのかもな。


「そうだよ。『永久の命』を望む者のところに、風に乗ってやってくる魔性の幽霊船。そいつを作っているんじゃないかって、酒場では噂してる」


「『仕事道具』を確保しているのか?……騙して氷漬けの彫像にするために、飛ぶ船に乗せるという変わったお仕事の」


 『空飛ぶ船』を作るために悪神が船を盗む。ふん、酒場で産まれそうなネタだが、あながち嘘だと断じることが出来ない。


 しかし、『霜の飛び船』に乗ると、氷漬けにされる?……そんなに有名になると、誰も騙されなさそうだが―――まあ、詐欺というのは、知識の有無に対してかける罠ではない。欲望にこそかける罠だ。


 人知を超えた権能を持つ存在、『ゼルアガ/侵略神』。多くの宗教から邪神とされているし、おおむねその判断は正しさそうではあるが、ヤツらは確認できる唯一の『神』だからな。


 必死な『願望/欲望』があれば、ヒトは露骨なまでの邪神にだって頼り、そいつにコロッと騙されてしまうのかもしれない。


「それに……『空を飛ぶ船』か……魅力的だな!」


 そう言いながら、オレは空を飛べる神秘の生物、ゼファーの首のつけ根を撫でるんだ。オレは空を飛ぶ者が大好きだよ。きっと、その船も気に入るだろう。乗せてくれると誘われたなら、ニコニコしながら乗り込むさ。


 ああ、もしかしたら、そういう罠かもしれないね……だって、空を飛ぶということは、あまりにも魅力的な行いだからね?


『あはは!くすぐったいよう、『どーじぇ』っ!』


「ホント、仲がいいな」


「ああ!『家族』だからね!……それに、空を飛ぶと、それだけで気持ちよくなる」


「うん。たしかに、この光景はスゴいよ。神さまにでもなった気持ちにさせてくれるな」


「……ガルディーナとやらも、空を飛ぶ船で日光浴でもするんじゃねえのか?」


 なかなか、それも楽しそうだよな?


「うん。もしくはさ」


「……なんだ?」


 ちょっと声のトーンが真剣だった。だから、オレも顔を緊張させる。オレの背にいる彼には、オレの表情なんて分からないだろうが……一種の礼儀だよ。ジーンは、酒場で流れているのとは別の、オリジナルの推理を口にしてくれた。


「ヤツが船を盗むのは、ただのコレクションかもしれない」


「コレクション?……どういうことだ?」


「……それがね、偶然かもしれないけれど。『新しい形の船』が作られると、そのシリーズの一隻は、確実に消えていくからさ」


「ふむ。収集癖……いい着眼点かもしれん。オレたちが倒した『ゼルアガ』は、どちらも偏執的な傾向が強い。芸術と母性。歪んではいたが、その道を全うするために迷いはない」


「……なんか、怖いヤツらだな」


 そうだな、『ゼルアガ/侵略神』。その名のとおり、善良な神々ではない。だから、この海で暮らす者たちも、その島に寄りつかないのだろう。氷漬けの彫像にされ……ああ、たしかに『コレクション』の一員にされるという見方も出来る。


 案外、これが答えなのかもしれんな。


「もしも、オレが正しいとすると……やっぱり、異常で悪しき神さまだな」


「まあな。この世界の法則を侵略している異界の神だ。怖がるのは自然な発想だろう」


「でも、アンタは怖がっていない。強いから?」


「そうだ。それに、連中についての経験と知識もあるからだ」


「……ホント、物知りだもんね」


「そんな博学なオレにモノを教えられて、自尊心が満たされる。よかったじゃないか、ジーン。おめでとう」


「なんか、そういう風に言われると、まったく、楽しくなくなるよ!?」


 君を楽しませるために生きているわけじゃないからな。


 そこまで皮肉で畳みかけるほど、オレは悪いヤツではないんだよ。コイツは、あんまり拗ねると仕事にまで差し支えるかもしれない。ジーン・ウォーカーのメンタルに対しては、オレは低い評価を与えているからな。


「……どうあれ、いい推理だと思う。今後も頼りにしているぞ、君は、この海では超一流の男だからな」


「ああ、まあな!!」


 くくく、自尊心を回復させるには、よい言葉だろう。超一流の男ってワードは。オレは交渉相手のメンタルも気にしてやれるほどの、出来た猟兵団長さんだよ。

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