第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その8


 アリューバ山脈の北側は、北海からの吹く北風が冷たかった。だが、それだけにゼファーの翼は風をよく受ける。ゼファーの羽ばたきと、その北風の力が重なり、この飛翔は恐ろしいほどにスムーズなものであった。


 だが、疑問も浮かぶ。


「……これだけの北風を受けて、『ブラック・バート』の船は、帝国の手こぎ船から逃れるのか?」


 資料によれば、帝国の軍船は大きくて鈍足だ。だが、それからはボートが降りてくる。その手こぎのボートたちに乗った海兵隊たちが、獲物に襲いかかると。この風に揉まれれば、『ブラック・バート』の海賊船たちは、接近戦で追いつかれるのではないか?


「ああ。大丈夫だ。『ブラック・バート』は北風を読むのが上手いからね」


「航海技術は『リバイアサン』の方が上ではなかったのか?」


「どこ情報か知らないけど。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


「違うのか」


「いいや。オレたちは、それぞれに得意が違うってことさ。フレイヤたちは、帝国船を襲うことを躊躇わない。どうするか分かるか?」


「……さあてな。海戦は素人だ。ただし、思いつくこともある」


「へー?どんなことだい、聞かせてくれよ。アンタの考えをさ」


 コイツ。他人事となると、さっきまでの暗さが嘘みたいに明るくなるな。さみしがり屋の特徴かもな。他人の情熱に依存したいタイプかもしれん。人付き合いの良さそうな性格ではあるが、自主性に欠くヘタレ野郎ってことさ。


「ガルーナでの『鹿狩り』の手法を思い出した」


「どんなだい?」


「猟犬たちをはなす。追い散らし、こちらの想定している狩り場の方角へと誘導していくんだ。そして、トドメはオレたちが刺す」


「つまり、船で言うと?」


「足の速い複数の小舟で敵の商船を追いかける……敵を誘導しておいて、大型船で近づき、制圧する」


「いいね!そういうテクニックもあるよ!……なかなか、やるじゃないか!アンタなら、きっと、いい海賊になれそうだ!」


「海賊か。スパイに続いて、ワクワクする職業の一つじゃある」


『りゅーきしは?』


「もちろん!!ウルトラがつくほど、最高の職業さッ!!」


『えへへへ!』


 オレはゼファーの首のつけ根を撫でてやるよ。


「なんだか、アンタたち本当に仲が良いよね?」


『まあね!ぼくと『どーじぇ』は、とっても、なかよしだよ!』


 珍しいな。ゼファーが他人に懐いている。どこか、下に見ているからかもしれないな、このヘタレのジーン・ウォーカーのことを。


「さっきの答えだけど、実はアンタの作戦も有り。彼女たちもだけど、オレたちもやるんだ。小舟で追いかけるだけじゃなくて、小舟をエサにするときもある。遭難したフリをして乗り込んで……寝首をかくのさ」


「悪党だな」


「まあね。でも、ゲリラ戦と呼ぶことも出来るんじゃないか?」


「物は言い様というわけか」


「オレたちは、ボロ船ばかりさ。まともに戦っていたら、すぐに殺されている。勇敢な戦い方をして死んでいった……親父たちの二の舞はゴメンだ。素敵な死にざまだけど、遺されたオレたちは、孤軍奮闘で、ずっと惨めな戦いが続いている」


 この海で枯れ果てていく。そんな絶望を彼らは感じているのかもしれないな。たしかに、先ほど見た『オー・キャビタル』は、あまりにも巨大だ。あの城塞都市と、わずかな手勢とボロ船だけで戦い続けて……彼らも疲弊が極まっているのかもしれない。


「……オレはね、死にたくないし。死なせたくない……アンタは、どうだい?」


「……もちろんそうだ。だが、オレは迷わない」


「……強いね。親父たちみたいだ」


「オレが死ぬと思うのか?」


「……分からない。アンタはとんでもなく強いし、この竜っていう裏技を持っている。でもさ……それだけで、勝てるのかな、帝国に」


「いいや。勝てない」


「え?」


「だからこそ、君たちをオレの戦に巻き込みに来たんだよ」


「あはは。そうだな。そういうことだよね……」


『ねえ。『どーじぇ』……したに、はいきょが、みえるよ』


 ゼファーがその大きな瞳で、眼下に広がる惨状を見つけていた。町だった。燃やされた町だ。燃えて焼け残った石材が崩れ落ちて、そのまま放置されている。石材だけが残って、他が朽ちていくその廃墟は、まるで白骨死体のようにも見えたよ。


 白い石材が放置された骨のように、潮風に吹かれて、星の光を反射している。その光景は、あまりにもさみしいものだった。


「帝国の焼き討ちさ……北は抵抗が強かった。ドーラ・マルデル議長が……フレイヤの母さんが、徹底抗戦を訴えていたから」


「なるほどな。ミス・フレイヤは、そのことでも悔いているのか」


「そうだよ。マルデル議長の遺志を継ぎたいと思っているし、母親の指示で戦い、その結果、広がっていった戦火に焼かれた北の市民たちの死を責任に感じている」


「それは間違った責任だな。悪いのは、侵略者である帝国軍だけだ」


「……そうだけどさ。世の中って、複雑だろ?」


「複雑なのは、ヒトの解釈だ。現実ってのは、至極、シンプルだよ。それをややこしく受け止めてしまうのは、ヒトの心の問題に過ぎない」


 ストラウスは、こんな哲学だから、バカとか言われるのかもしれない。


 もっと繊細に悩むべきかもしれないな。でも、やはりオレはストラウスだからね。そのシンプルな思考を、嫌いになれない自分がいるんだよ。


「……アンタは、強すぎる。魔王と言われる理由が、分かった気がする」


「そうかな?」


 まだ。君にはオレの本気の暴力を見せてもいないんだがね?


「……それで。彼女たちの拠点は、この先になるのか……オレの持つ資料によると、古びた砦がある……ああ、お前の生家だったか?」


「生家じゃないが。ガキの頃、よく親父たちと行っていた。もちろん、夏だけね?安全なのは、その時期だけさ」


「……どういう意味だ?」


「……実は、アリューバ半島の北側にはさ、ときどき、北海から『霜の巨人』が流れついてくるんだよ」


「『霜の巨人』?」


 そう言えば、ゼファーに乗る前に、『霜の飛び船』という言葉も口にしていたな。おそらく関連がありそうだ。


「ああ。モンスターだよ。北極圏に渦巻く、呪いの風が……ヤツらを作る」


「『ゼルアガ/侵略神』の使いか……つまり、『アガーム/呪われた信奉者』。高位のモンスターが流れつく土地なのか」


「そうだよ。だから、帝国軍も、夏場以外の侵攻は避ける。アレに出くわすと、相当に厄介だ。『炎』の使い手でなければ、仕留めることは難しい」


「『炎』は有効か」


 ならば、オレは安心だ。


 そして……フレイヤ・マルデルたち、『ブラック・バート』がここに拠点を構えていられるということは……。


「フレイヤ・マルデルは、エルフ族か」


「……正解だよ。マルデルは、『炎』を受け継いだエルフの一族。彼女の『炎』もまた強力だ。それを、剣に宿せば……『霜の巨人』たちでさえ、容易く倒してしまう」


「では、『ブラック・バート』たちも、『炎』の使い手が多い?」


「……エルフたちが、それなりにはいる。でも、『霜の巨人』と戦えるのは、フレイヤが矢に『炎』の魔力を捧げているからだよ。マルデル一族は、そうだな……巫女、みたいな存在だ。昔から、『霜の巨人』と戦うために、武器に祝福を与えていたんだよ」


「……では。今も、そのシーズンか?」


「……そうだね。帝国とも戦うし、夜は……『霜の巨人』の襲来にも備えているはず」


「働き者だな。そして、健気な愛国者だ」


「……ホントにね。でも、ムリしているって、思わないか?20の、若い女だぞ?」


「彼女がそれを受け入れたなら、それでいいだろう」


「まあ、そうなんだけど!?ああ!!物わかりのいい大人だな、アンタってば!!」


「褒めてもらってありがとう」


 もちろん、皮肉を言ったまでのことさ。褒められたなどとは、さすがに思ってはいないよ。だが。この恋するおしゃべり野郎は、情報源の宝庫だな。敵に捕まってしまうと、いらん情報まで吐くか……何も吐かずに殺されるか。どちらかのタイプだ。


 オレの予感では、フレイヤちゃんのためなら、君はどんな秘密でも吐いてしまいそうだがな。愛に行きたいのかの?ならば、愛を手に入れるべきだ。お前がフレイヤちゃんと結ばれようが、レミちゃんに体で慰めてもらおうが、どっちでもいいが。


 こういうフラフラして、どこか風に踊る凧のような男は、愛情や家庭という重りを背負わせた方が、よく働いてくれるかもしれないな―――。


「―――そういえば、ジーンよ」


「なんだい、サー・ストラウス」


「『霜の飛び船』とは、何だ……?」


「ああ。『ゼルアガ・ガルディーナ』の船っていう伝説がある」


「飛ぶ船ということは、飛んでいるのか?」


「あくまでも伝説だけどね……真冬の空に、霜で出来た空飛ぶ船でやって来る。『永久の若さ』を願う者の、『願い』を叶えに来るそうだ」


「ほう。ヤツらに『願い』を叶えてもらえるか……ロクなことになりそうにないな。伝説では、どんな笑えないオチがつくんだ?」


「……凍り漬けにされて、誘拐されちまうらしいぜ?……北海の奥にある神殿で、彫刻代わりに『ガルディーナ』のコレクションになるんだってよ」


「永遠の美……つまり、凍りつけにして『保存』するってことかい」


 『ゼルアガ』ってのは、『願望』を独自の解釈で考えるようだ。


「……しかし、『ゼルアガ』か。ザクロアと、はるか北の地で、一匹ずつうちの猟兵が仕留めたな」


「はああああああああああああッ!?」


 ヘタレのジーンが船乗り特有のあの大声を、オレの耳元近くで出しやがった。ああ、クソ!鼓膜が痛いほどに揺さぶられちまったぜ。


「うるせえな。背中越しに大声を出すなよ?」


「い、いや。驚くだろ!?」


「何をだ?」


「『ゼルアガ』を殺したって、アンタら、マジか!?それも、二柱も!?」


「まあ、双子神だったからな。ザクロアで暗躍していたよ。片一方は露骨にクズで……もう片一方は、それなりに優しいヤツでもあった」


「優しい、『ゼルアガ/侵略神』だって?」


 意外だって顔をしているんだろうな。背後だから、見えないけど。言葉の宿した雰囲気で分かるよ。そうだな。『ゼルアガ/侵略神』が『優しい』と思うのは、どこか異端的な考え方だろう。


 でも、『ゼルアガ・アリアンロッド』は……ジャン・レッドウッドの『母親』は、狂っちゃいたが、たしかに、『優しい』と言えるんじゃないかね?ミストラルも、そして、ヴァシリ・ノーヴァも同意見だった。


「彼女は、『ゼルアガ・アリアンロッド』は、貧困や病気、そして迫害で亡くなった、幼い子の死体を、蘇らせていた」


「不幸な子を……復活させた?」


「復活というか、死霊としてな。彼女の『ゼルアガ』としての権能は、『死者を死者が自由に動けるようにしてやる』。そういう力だ」


「……つまり、ゾンビにするってことか」


「……まあ。そんなところだな。とにかく、彼女は慈悲深いことに、不孝な子供の死霊たちを、森で遊ばせてやっていたよ。眷属の騎士に、その子供たちを守らせながらな」


「それは……なんて言ったらいいのか……」


 ジーンめ、引いていやがるな。分からなくもねえ。オレたちは、あの『自由な森』で、とても不幸な死霊の子供たちと、それをたくさんの腕で抱きしめる『母親』と出会った。不思議な体験だな。上手く、伝えるのは難しい。


「彼女にすれば、一種の、愛情だったのだろうが……徐々に、狂気を帯びていた。死が救いと言い出していたな……」


「乱世の現実は、辛いものな」


「ああ。彼女には、ヒトを多く死なせようという願望もあった。やはり……どこか、異常ではあったな」


「でも、そいつを仕留めてくれたんだろう?……じゃあ、世界はまた一つ良くなったさ」


 ……ジーンはそう言った。そう言ってくれたが。


 オレは、時たま思うんだ。


 アリアンロッドの慈悲は……狂っていたが、とても尊い愛情が含まれていたのではなかろうかと。死霊にされた子供たちは、彼女のことを心から慕っていたんだぞ?


 ……きっと、この気持ちを正しく伝えるのは難しい。だから、オレは言わないことにするよ。


 そうさ。オレたちには使命がある……『ゼルアガ』のことを考えるのは―――っ!!


『……『どーじぇ』ッ!!』


 オレの魔眼とゼファーの金色の眼が、同時にそれを捉えていた。


 戦闘だよ。


 『炎』の魔術が、はるか前方で爆発を発生させていた。ジーンはまだ気づかない。人間族の視力では、たしかにこの距離を見るのは難しいからな。たとえ、船乗りのいい目玉を持っていたとしてもだ。


「どうした、二人とも?面白いモノでも見つけたのか?」


「何を呑気なことを……まったく、『ゼルアガ』のハナシなんてしているから、敵が出ちまったようだぜ」


「え!?おいおい、『霜の巨人』が来ているのかよ!?」


「……あるいは、別の『敵』かもしれん」


『……ッ!『どーじぇ』。あれは、ちがう!!もんすたーじゃ、ないよ!!ていこくの、へいしだッ!!』


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