第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その7


「……スゴい眼力だよ。竜の力なのか?」


「いいや、オレの独断と偏見による、ただの勘さ」


「当たっているよ。そうさ、もちろん、デメリットに比べて、メリットが多くなければ、オレは頷くつもりはないけどね……」


「オレの示したメリットでは、足りないか?」


 欲深い海賊たちにとっても、あの報酬たちは、十二分なメリットであるとオレは考えているけどな。もしくは、こちらの方か?


「―――自由を失うことに、抵抗が強いのか」


「うん。それもある……『義務』……つまり、それは、帝国との戦に駆り出されるということだろう?」


「当たり前だ。そうでなければ、オレたちのメリットがない。オレたちは、軍事同盟だ。ファリス帝国と戦い生存するために手を結んだ組織。その一員になるということは、打倒帝国のために尽力せよということだ」


「……うん。そうだよね。海賊は、犯罪行為だ」


「ああ。犯罪以外の何物でもない」


「それを国家が容認するということは、覚悟がいる行いさ。大変な不名誉をこうむることにもなりかねないよな……」


「そうだ。だが、クラリス陛下は、その不名誉をも恐れてはいない。帝国との戦いにおいて、オレたちには、どうしても君たち、アリューバ半島の海賊の力がいるんだ」


「ずいぶんと、買われているんだな……それで。具体的に、オレたちに、何をしろと言うんだよ?」


「一つ目は、帝国商船への略奪だ」


「それは、今でもやっている―――もっと、難易度の高い行為を要求してくれるのだろう?」


「そうだ。二つ目、こちらこそがオレたちにとって重要だ。帝国の沿岸都市を、君らが襲う。徹底的にな」


「……そう来たか」


「ああ。そう来たよ。出来るだろう?ハイランド王国に対しては、散々にやって来た」


「……まあ、そうだな。ああ、出来る。ハイランドが補給基地を開放してくれるなら、オレたちは、帝国領内の町を攻撃出来るよ……」


「何度か帝国の町を襲ったことはあるな?」


「そりゃね?……オレたちは、元々、そういうコトをするための組織だ。『リバイアサン』は海賊が母体とはなっているけど、帝国と戦う『同盟騎士団』の一員でもあったさ」


「……ならば、文句はないように思えるが」


 無言だ。しばらくの沈黙がつづいた。


 オレは『クマの名医』を口に含みながら、ジーン・ウォーカーの口が開くのを待ってやったよ。とても辛抱強くな。この青年は、思慮深いのさ……だが、ヘタレとは限らん。深く考えることを、悪いことだと罵った賢人は、おそらく未だかつて一人ともいない。


 だが。


 この沈黙は長すぎる。せっかく創り上げて来た友情が冷えるのも、つまらんね。オレは手助けをしてやることにする。考えが行き詰まったら、他の切り口を与えてやることで、ヒトはその思考の迷路を脱出することがあるからな。


「……君は悩んでいるな」


「ああ」


「だが、君の部下たちは悩まなかった。何故だ?」


「オレたちは……そうだな、追い詰められて来ているからさ」


「そうか」


「……アンタらを悪く言うつもりはないが、大陸西方での戦に、アンタらは勝ちすぎてしまったんだ」


 たしかに我ながら見事な戦の連発だったよ。歴史に残る四月だったろうな。オレの子孫は語らうだろうよ、先祖が一ヶ月のあいだに、三つも軍隊を潰したってね?……だが、その『反動』も当然現れる。


 敗北した後に軍隊が思うことは、ただ一つ。今度は『負けないようにしよう』だ。


「帝国海軍にも、『増強』の兆しがあるのか?」


「……うん。警戒を強めようとしている。帝国だって、三つの師団を沈められたことは痛いさ。その上、もしも、このアリューバ半島さえも失えば、帝国は、大陸北西部への重要な侵略ルートを失う」


 それも狙いの一つじゃあるんだがな。


 そうすることで、ルードとザクロア、そしてディアロスたちの住む北の地を侵略の魔の手から守れるようになるのだ。イイコト尽くめだな。


 しかし、まあ今は、ジーンが語りたいことを、語らせてやるとしよう。


「連中は、躍起になっている。海賊の取り締まりは、強くなっていくだろう……だからこそ、補給を受けられるようになるのは、素晴らしいことだ。海賊稼業は不安定だ。いい日もあるが、悪い日もあるからね」


 安定と保護を求めてしまうのは、ヒトの性というものだろうな。海賊たちは……少なくとも、『リバイアサン』は、オレたちの庇護を求めている。


 しかし、その長の考えだけが異なっているのさ。有能なのか、ヘタレなのか。有能でヘタレなヤツもいるだろう。


「部下たちが『私掠船』に認定されたがっているのは、追い詰められているからだ。それは分かるが……追い詰められた状況で、仕事の手を広げる?……その末路に、オレは怖いモノを感じるんだ」


「だろうな。それで、『絶対に不可能なこと』なのか?」


「え?」


「お前たち、『リバイアサン』が、仕事の手を広げて、帝国の港町を襲うことは、不可能なことなのかと聞いている」


「……いや。それは、やれるよ。だけど……リスクが大きいってことさ」


 ふむ。ここに来てヘタレ癖が出て来たぞ、と、バカにすることはしないよ。


 ジーンの懸念は当然のことだ。


 たしかに、遠出をすることになるし、最初の何度かは楽な仕事になるだろう。だが、やがて対応されるのは目に見ている―――。


「―――もしも、海賊狩りが盛んになれば、オレたちは……長くは保たない。こっちは、もうボロボロに使い古された16隻しかないんだぞ?……帝国の大艦隊が建造されれば、すぐに駆逐されちまうよ」


「逆に言えば、『それ』を許さなければ、勝てるのか?」


「……え?」


「帝国の大艦隊を建造させなければ、お前たちは帝国の海上通商路と、沿岸部の港町を襲撃出来るのかと聞いている」


「それは、そうだな。出来るよ。でも、どうやってそれを防ぐ?」


「オレよりも君の方が詳しいはずだ。どこを陥落させれば、この北海周辺の海で、帝国艦隊の活動を制限させられるんだ?」


「そんなのは……決まっている。決まっているぜ、サー・ストラウス」


「どこだ?」


「もちろん、『オー・キャビタル』だ。アリューバ半島が帝国に制圧されてから、この土地こそが、アリューバ半島こそが、帝国海軍の軍船を作る拠点となっている」


「ほう。それは、あそこか?」


「え……っ!」


 君には言っていなかったが、ゼファーはただ真北に飛んでいるワケではない。姫騎士さんに会いに行くついでにな、この半島における、敵の『総本山』ってトコロを拝んでやりたくなってね?……地図通りに、空を飛んでいたんだ。


 初めてじゃなくても、位置が分かっているのなら、問題はない。あそこだ、オレたちはたどり着いた。あの灯りがたくさんある大きな街が、『オー・キャビタル』だな―――。


「……空から、見ると……あんな、感じなのか……っ。星が、落ちてきたみたいだ」


「星が落ちてきたか。ロマンチックな言葉だな、ジーン」


『ろまんちっくだな、じーん』


「おいおい……二人してからかうなよ。でも、ホントだ……たしかに、『オー・キャビタル』だよ」


 それは大きな街だった。三日月のように湾曲しながら先細っていくこの半島。その先端部は、高い城塞に守られた、巨大な都であった。深夜でも、その軍港の周辺は警備の兵士たちが隊伍を組み、たいまつを片手に動き回っている。


 それに、歓楽街も繁盛しているようだ。夜の闇のなかを、色とりどりの光が照らす。色つけガラスのなかで踊る炎が、そのカラフルな色彩を夜に放っている……店が多く、街並みが広い……。


 ふむ。アリューバ半島南部の田舎っぷりからは、とても想像がつかない規模の街だな。資料を信じれば……この半島の先端には、3万の帝国海軍の兵士と、55隻の大型軍用帆船があるという。


 それに隣接する市街地には、ここに元から住んでいた住人たち3万と、2万人の帝国からの『入植者』がいる……ふむ。なるほど、軍事、経済の一大拠点であるな。


「あそこの入植者たちのさ、仕事として、造船所を建てたんだよ、帝国海軍が……」


「なるほど、入植者たちの労働の場と、海軍の増強が同時に行えるというわけだな」


 さすがは金に汚いファリスの豚どもだと感心してやるよ。経済政策と軍事の増強が、上手に両立出来ているじゃないか?……大したものだ。


「……アリューバ半島の森林は豊かだからね。その古木たちが、船を作るのに、丁度いい材料となってくれている」


「森を開墾もしながらというわけか?一石二鳥どころのハナシではないな」


「そうだよ。ファリス帝国ってのは、それだけデカくて……優秀なんだぜ?」


「敵の強さは知っているさ。この9年間、世界中を駆け巡りながら、戦い続けて来た」


「……今のところ、アンタはさ、勝利を重ねてるけど……それが、ずっと続くと思うのか?」


「続かねば、滅びるだけだろうな。亜人種たちの国は全て焼かれて、帝国に従わぬ国もこの世から消される。そんな世界は、オレにとって、滅びたことと同じだ」


「……そうだな。それでも、アンタは戦うのか?」


「それだからこそ戦うのだ。オレが戦わねば、もっと滅びが確実になる」


「……強いな、アンタは」


「当たり前だ。そうでなければ、愛する者たちが住むに相応しい世界を創れない」


「世界を、創る?」


「ああ。住みよい世界がなくてねえ。だから、たった一つでいいから、オレの満足できる世界が欲しいんだよ。ワガママかな?」


「うん。とんでもないワガママな言葉を聞いた気がしている。でも、いい言葉だ。世界を創る……か―――」


「―――気に入ったら、すぐに返事をしてくれ。オレは君を気に入っているんだ。君の仲間たちを死なせるようなマネはしたくない。可能な限りの最善、それを用意するには、綿密な連携がいる。そして、熟練もな」


「一日でも、ムダに出来ない感じだね」


「ああ。そうだ。こっちは世界の5%だ。どうしたって、多勢に無勢。数で負けるのならば、質で勝負するしかない」


「……しばらく。考えさせてもらってもいいかな」


「もちろんだ。君と君の仲間たちの命を左右する選択だ。慎重に考えるのが、スジさ」


「……あとさ。質問だけど」


「なんだ?」


「……オレは、今から、こんな複雑な心のまま、フレイヤに会いに行くわけだけど。そもそも、アンタがオレをフレイヤのところに連れて行ってくれるのは、オレを、利用したいから、ご機嫌を取っているのか?」


「それも無いとは言えない。だが、どちらかというと、お前への友情の方が大きいよ」


「……へへへ。アンタって、面白い男だな」


「まあね。さて……敵も見た。今度は、君の愛しいヒトを見に行くぞ」



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