第二話 『姫騎士フレイヤの祈り』 その4
「ハハハハハハッ!!」
「わ、笑うな、サー・ストラウス!!」
「ああ。すまない、若者の初々しい恋愛感情を見てしまってな……既婚者としては、なかなかに楽しいよ」
若手をからかいながら呑むの酒の美味いこと!!たまらんねえ、最高の肴だよ、他人事の恋愛ネタはな。
「くそ。自分はたくさん結婚しているからって、余裕こきやがって」
「その言い方は語弊があるな。なんだか、離婚歴を繰り返しているように聞こえる」
オレは離婚はしていない。
「リエル・ハーヴェルと、ロロカ・シャーネル、そしてカミラ・ブリーズを娶っているのだが、彼女らの誰一人として離婚はしていないぞ」
「……あれ?」
「なんだ。オレがバツのついた男だと思っていたのか」
だとすれば、失礼な男だ。オレの結婚生活は順調だ。今夜だって、状況次第では三人で愛し合ってたはずだっつーの!!仕事だと思って、君を『接待』してやっているのさ。オレってば、ほんと、『ワーカホリック/仕事中毒』!!
「いや……聞いたハナシだと、アンタの妻は15人いるとな」
「はあ!?」
「ずーっと東にある、ベリーホックの港で、吟遊詩人が歌っていたな。ガルーナ生まれの赤毛の竜騎士が、15人の妻を娶っている……結婚と離婚を繰り返す、性的に荒んだ人生だって……?」
「性的に荒んでなどいねえっつーの。うちの夫婦4人は、プラトニックな恋愛だ」
「いや……ヨメが3人いる時点で、どうにも純愛とは思えないが」
「愛の形はカップルによるものだろ?」
「カップルじゃないぜ、アンタら4人だもん」
このガキ、あげ足を取りやがって……ッ。
「……たしかに、そうだが。オレたち愉快なラブ・カルテットのことはほっとけ。ちゃんと全員で肉体的にも精神的にも愛し合えているから」
「なんか、その……エロいぜ」
「エロいこともするだろう、恋人同士だから。おお、オレたち『ラヴァーズ』なら、ひとくくりになれる!キレイな言葉だな、恋人たち」
「それ、二人組の恋人たちに使うべき言葉だと思うんだが……」
「ケースバイケースだ。経営者なら、臨機応変な思想をすべきだよ」
「テキトーなこをを言って……まあ。3人も15人も似たようなものか」
んー。
「どうだろうな。15人ってのは、さすがに節操がなさ過ぎる気がするよ」
「アンタもそう思うんだなぁ」
「そりゃあ、まあ……なんだ。オレにだって常識ってあるし?」
「魔王の常識か。フフフ、似合わないね」
自分でもそんな気がするよ。破天荒な生き方の方が合っている。一生、常識的な行為からは距離があるままかもしれない。そもそも、ヨメが三人いるとか、オレだって少しぐらいは変だという自覚はある。
でも、いいさ。騎士は有能な子孫を残すのも仕事だしね!
「……しかし。遠くの町のウワサ話に、結婚と離婚を繰り返す、なんだか性的にだらしない男として伝わっているとはな」
「傷ついた?」
「いいや、色男になった気持ちになれて、ちょっと嬉しいんだ」
「そこそこ顔はいいよ、サー・ストラウスは」
「そこそこを付ける意味があったのかね」
「ああ、ゴメン。オレ、嘘をつけない口してて」
「いいよ。そこそこでもイケメン扱いしてくれるなら、お兄さんは拗ねないさ」
「拗ねてるよ。アハハ、面白いヒトだなあ……」
「人生にユーモアを求める。暗い世界を、少しでも楽しく生きるためのコツだ」
「……いいコツだね。分かるよ、オレも……楽しく笑って暮らしたい。だから、海賊になったのさ……」
……それでも、君はいつまでもそのままではいられないと考えているだろう。帝国海軍から逃げ続ける日に別れを告げて……自由のために戦う日が来るさ。
オレは、そう期待しているというか、確信している。
この乱世では、選択が迫られるようになるんだよ。オレたちが、そうするからね。帝国の『人間第一主義』に対して、従うか、武器を持って抗うか。その選択をすべき時が来る。この時代からは逃げることは許されない。
オレたちが生きている時代を拒絶したのならば、剣を取り、仲間と共に在り、敵を殺して証明しなければならない。どちらの正義が正しいか?……人類の正義を証明する手段はいつだって一つ。
より強い暴力が、正義の根拠になる。
悲しいね。
でも、真実だ。
「……アンタ、楽しそうに笑うよなあ」
「楽しいときには笑う。それが出来なければ、おそらく、歩むべき人生を間違っているのだろう」
こんなに美味しい酒を、笑いながら呑めないか、ジーン・ウォーカーよ?でも、それは君が背負うべき大義への葛藤から来るストレスではない。おそらく、今の君は恋煩いというヤツだろうな。
「はあ。さっさと、フレイヤちゃんとやらに告白でもしてきて、玉砕しちまえ」
「ヒドっ!?」
「ん?最高のアドバイスだろ。お前の泣きっ面を、レミちゃんのおっぱいに埋めながら、一晩中セックスでもしていたら、新しい相思相愛のカップルが翌日にも誕生しているんじゃないのか?」
「発想が荒んでない?」
「そうかね、海賊とか猟兵の恋愛とすれば、最高の形じゃないかね」
「……まず、オレがフラれるの前提なのが、おかしいし」
「まったく。これだからイケメンはいけない。自意識が過剰だぞ?あらゆる女が君に惚れるとでも考えているのか?」
「そ、そこまでは言わないけど?だって、オレ、モテるし」
くくく、ムカつく発言だよね。オレが独身者で、君が帝国人だったら、ブン殴っていたよ。そして、全裸にして軒先につるし上げるところだが―――おっと、君は大切な『海軍候補』。そんなことはしないよ。
オレは、蜂蜜をかけたチーズをかじる。ああ、美味え。甘みが突発性の怒りを抑えてくれるよ。これを考えたヤツ、やっぱり最高に天才……っ。
「なあ、チーズばかり食ってないで、オレの悩みを真剣に聞けよ?」
「悩み?恋愛のならば、さっき、言っただろ。最高のアドバイスを」
高嶺の花をあきらめて、レミちゃんとくっついちまえばいいだろ?十分、可愛いじゃないか、レミちゃんってば。
「レミちゃんに不満でもあるのか?健気だぞ、ヘタレなお前にゾッコンだ」
「ヘタレって言うなって。まあ、ヘタレてるけどさ?」
自覚出来るのなら、更正の余地もあるかもしれん。
「でもさ……レミがオレに対して真剣なのは分かってるけど、他の女に振られたからってさ、それで彼女に逃げるのとか、なんか卑怯じゃないか?」
「下らん考えだ。レミちゃんはそんなこと百も承知で、健気に君を慕っている」
「え?バレてるの、オレが、フレイヤのこと好きってこと?」
「会って半日のオレにバレた。とっくの昔にバレてるだろ。なあ、店長?」
オレはカウンターの奥で皿を拭いている小太りに質問をした。彼は、うなずく。
「ええ。おそらく、世間一般的な認識です」
「はああああああああああッ!?せ、世間一般的な認識ッ!?」
「くくく!秘めた恋だとか勘違いしていたのは、君だけのようだな、ジーンくんよ」
「……う、うるさいっつーの。クソ、なんだよそれ、どうなってるんだ!?ま、まさか、フレイヤも知っているのかな!?」
迷える若者が、色々と事情通らしい店長に訊いていたよ。店長、夜も遅くにバカがすまんな。でも、そういう商売だよね、酒出すのと、バカな客の相手をしてやる、とっても難しそうなお仕事だ。
「さて……フレイヤさまは、知らないのでは?」
「マジか、助かった」
「助かったのかね?」
「え?」
「いや、思い人に対して、君の恋心が届いていないというハナシだぞ」
「そ、そうだああああああッ!!と、届いてないのか、オレの想いッ!?」
「半島の南の海でだらけてる海賊の男と、北の地で巨悪と戦い続ける姫騎士さまだ。接点がなさ過ぎる」
「せ、接点ならあるし。オレたち……幼なじみだし」
「そーなのか。なら、脈無しだ、あきらめちまえ」
「なんでだ!?」
「お前、彼女のことが好きだったんだろ?」
「うん。昔は、妹のように思っていたケド」
「成長した彼女の肉体と美しい顔に、情欲を覚えて変わったのか」
「なにそれ、言い方が悪すぎるだろ!?……た、ただの、純愛さ」
その言い方はキレイすぎて、空虚にも思えるよ。成就もしていない恋は、美しいが、それをキレイに飾る言葉は、果たして、正しいことなのかね。
「……昔から好きだったら、相当に優しくしたはずだ。君は紳士だからな」
「ああ」
「それでも、今、彼女はお前のそばにいない。事情があるのかもしれないが、その事情を含んでも、それが結論。お前を愛しているのなら、この、いつ死ぬのか分からない乱世で、愛を確かめることもなく、お前のそばを離れるものか」
「……っ」
「未練があるのなら、フラれてくればいい。お前も、彼女も、そして、レミちゃんも。いつ死ぬか分からんぞ?今は、乱世だ。君らは海賊、犯罪者。オレのように帝国に命を狙われている。風が裏切る日もあるだろうし、誰かが裏切る日もあるさ。命は、儚い。すぐ死ぬぞ、誰もがな」
オレのような男に、恋愛のアドバイスを求めると、こんな言葉しか言えない。すまないな、期待している言葉ではないのかもしれない。でも、真実を吐いているつもりだぞ。
「……孤独がイヤなら、恋人でも作れ。お前は顔がいい。そして、慕ってくれる子もいるんだぞ?……それでも、フレイヤちゃんに未練があるなら、告白でもしれてみればいい」
「そんな、簡単に割り切れるかよ……ッ」
「ヘタレだなあ、ジーンくん。それでも、海賊かね?」
「……うっせーよ。既婚者だからって、余裕こきやがって」
「まあ。迷っている時間があるのなら、行動してみることだ。万が一にも、付き合える可能性だってあるだろうし」
「万が一よりは、あると思う」
「自信があるなら、行って来い」
「半島の、反対側だぞ?」
「……だから?遠いか?……ああ、仲間を置いては、そう長く出かけられないか」
「そ、そうだよ」
「なら。オレが連れて行ってやろう」
「……え?」
「オレは竜騎士だ、竜がいる。ゼファーという、とても可愛い8メートルほどの、うちの竜だ」
「8メートルの竜が、可愛いわけないだろ?」
「バカな!?大きいほうが、より可愛さが見えやすくていいはずだ!?牙が、爪が、より大きくて、見えやすいんだぞ!?ウロコも、大きいんだぞ!?手のひらぐらいはあってな!?」
「やれやれ、マニアの愛情ってコレだから困る……情熱が、見境ないんだ」
そうさ、見境のない愛。でも、そいつが真実の愛だよ。遠慮した愛など、妥協の臭いがしていけないねえ。オレは、それをつまらんと考えるよ―――。
「……で。どうするんだ?オレの可愛いゼファーなら、フレイヤちゃんのところまで行って帰れるだろう。朝までにはな」
「……ホントかよ?そんなに、早く?」
「もちろん正確な居場所が、分かるのならばだが」
「きっと……彼女は砦にいるよ。船に乗って、戦いに出ていなければ」
「そうか。その砦の位置が分かるか、ジーン」
「分かるよ。オレの父さんも、その砦にいた。オレの、故郷の一つみたいな場所だ」
「ならば、朝までに往復することも可能だ」
「……マジか」
「アドバイスをくれと言ったから、してやった。で、コイツはサービスだ。もう一度、言ってやろう。君らは、いつ死ぬか分からん立場だ。死別する前に、捧げるべき言葉があるのなら、言っておくのも一興だ」
さて。
どうする、ヘタレ野郎?
オレは、どうせフレイヤ・マルデルに会わねばならない。彼女を同盟に誘いたいんだからな。今夜でもいい。君らがもしもカップルになれたなら、オレへ感謝してくれるだろう。公私混同は避けるべきだが……オレの提案を拒みにくくなるな。
コイツは仕事でもある。
さあ、ヘタレ、どうするんだ?
オレは無言のままソファーに腰を下ろしてうつむく、その青年海賊を見つめる。ここは戦場とは違う、オレだって今は鬼ではない。君の恋愛に、無理やり深く介入するつもりはないのだ。
コレは、ただの友情から来るアドバイスのつもりさ。いらないのなら、翼は貸さない。明日の朝にでも、オレは妻たちを連れて、彼女のところへ行くだけのことだ。
「―――サー・ストラウス」
「決めたか。で、どうする?」
ジーン・ウォーカーは、オレをその大きな黒い瞳で射抜くように見つめる。獲物を見つけた獣にも似ている、必死な集中力だな。
「竜に、乗せてくれるか」
「……くくく。いいぜ、ジーン。ゼファーの翼を教えてやるよ」
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