第一話 『海賊どもは、拳闘の美学に酔いしれて』 その8


「さあて!『魔王』、サー・ストラウス!!この第十七回トーポ杯に来てくれて嬉しいよ。最高のゲストだ!!」


「……十七回もやっているのか?」


「ああ。一年半前から、毎月のようにね」


「毎月、こんな祭りをやっているのかよ……っ。よほどボクシング好きな連中だな」


「……いやあ。そんなつもりじゃないんだけどさ。そこのご老人が原因でね?」


「ほう。どういうことだ、ジイサン?」


 オレは背後にいるセルバー・レパントへと質問する。彼は機嫌が悪そうに鼻を鳴らす。


「フン!さっさと、始めないか!!ワシは、敵と戦うお前が見たいだけだ!!」


「……それはいいんだがな」


 なんとも気になるじゃないかね。毎月、これだけの男たちが集まって、殴り合いをしないといけない理由ってのがさ……。


 オレの表情から何かを察してくれたのか、ジーン・ウォーカーが口を開いた。


「勝者には、彼が持っている『女神像』が渡される」


「『女神像』ね?」


「ああ。我々、海賊にとっては、とても大事なモノなんだよ。それの所有権を巡って、オレたち『リバイアサン』と、『ブラック・バート』の船長たちは、毎月ボクシングをしているのさ」


「殴り合いの勝者が……そいつをもらえるのなら、17回もやる必要はないはずだが?」


「……そうなんだけど。変則的なルールでね。優勝者が得られるのは、挑戦権なのさ」


「挑戦権……ん。まさか」


「そのまさかだ。セルバー・レパント氏への挑戦権だよ。といっても、かなり横暴なルールだ……セルバーじいさんの好きなタイミングで、その試合は始まる。そのタイミングがね、過酷なんだよ。さすがに、アレじゃあ勝てないよね」


 ジーンは看板娘の隣の席に座っちまいながら、愚痴をこぼした。彼は天井を見つめながら苦笑している。きっと、過去16回の敗北を思い出しているんだろうな。


「ねえ。サー・ストラウス。どんなタイミングだと思うかい?」


「……決勝戦の直後か」


 最も過酷なタイミングと言えば、それだろう。疲れ果てたあげく、まさかの延長戦が始まる。ジイサンは、片腕だけど、かなりの猛者なのは肌で分かる。


「そうさ。だから……オレたちは、毎回負けていた」


「負ける方が悪いんじゃ!!」


 たしかにな。勝てばいいだけのハナシだ。たとえ、過酷であったとしても。


「それはそうだけど……アンタ、年寄りとは思えないほど強いんだもん。コレを勝ち抜くのも、相当ハードだしね」


「……腰抜けが。『リバイアサン』の長のくせに、もう半年も戦っていない」


「『彼女』は?……最初から戦っていないよ」


「……フン。あの子は、別に『女神像』を求めてはおらんだろう」


「そうだけど……はあ、まあ、いいさ。じゃあ、ジイサン。そろそろ始めようか?」


「おう!!挑戦者は、全員、リングに入れ!!」


 ジイサンのかけ声に合わせて、凶悪なツラをした海賊どもが、隊列を崩して、この試合場へと入ってくるね。オレも含めて、8人もいるな。7メートル四方の狭い空間では、相手との間合いが近すぎるぜ。なんだコレ?


「ボクシングじゃないのか?」


「うーん。基本はそうだけど、かなり変則的なルールだよ。この8人で、同時に戦う」


「はあ!?」


「でも、ボクシングっぽさもあってさ?攻撃に使っていいのは手だけさ。ああ、あと……リングの外にいる『壁』役の海賊たちは、近づいて来たヤツを殴っていいルールだよ」


「なんとも、ムチャクチャなハナシだな」


 紳士的な殴り合いなど、どこにもない。こんなもの、ただの無法地帯だぜ。でも、なんかワクワクしちまうのが、オレの悪い癖なのかもしれん。


「そのジイサンが考えたんだよ、オレに文句は言うなって」


「いい案だろう?……一対一で総当たりしているよりは、早い!!」


「……毎月こんなことをするのか、海賊も大変だな」


「分かってくれるかい、オレたちの苦しみを?……じゃあ、体感してくれ。オレたちのお祭りをさ!!」


「始めッッ!!」


 いきなり始まったよ。ああ、アホな祭りが始まってる。目の前で、海賊船の船長どもが殴り合いを始める。一対一ではないな。なんか、もう四方八方から襲いかかってくるカンジだ。


 だが、連中……慣れてやがる?……毎月やっているからではないな、コレは、おそらく船の甲板の上での戦闘に似ているのか。なるほど、海賊の流儀ではあるのだなッ!?


「死ねやあああああああああッ!!」


「若いモンの脚の仇、討たせてもらぜッ!!」


 殺す気満々の大柄な海賊たちが、2人ががりでオレの前面から襲いかかってくる。ホント、戦場みたいに混沌としている。だからこそ、オレは、躍動する。


「……んがッ!?」


 海賊の一人の懐に踏み込みながら、右のフックをヤツの顔面に叩き込むよ。ヤツは、そのまま、仰向けに転ぶように倒れる。だが、力を使い過ぎたな。もう一人の海賊のフックがオレの首を薙ぎ払うように放たれていた。


 ガシンンッッ!!


 荒縄を巻いた腕で、どうにかその一撃を受け止める。だが、海賊脂肪のついた重たい腹と腕が、オレを押し込んでくる。重量を浴びせられちまえばな、こうなるさ。ラリアットで体ごと押されている形さ。


 もちろん、膝蹴りで仕留めたり、このまま腕を掴んで背負って投げることも出来るが、それではボクシングではないからね。オレは甘んじてルールに従い、押し込まれ。


 『壁』役の海賊どもから、しこたまパンチを浴びせられるよ。頭を振りつづけていたから、後頭部には入らなかったが、背中と腰にはパンチを入れられる。クソ痛いし、腹が立つぜ。


 だから、オレは一瞬の隙をついて、押し込んでくる巨漢の腕を押し返した。体重と加速で圧せたからといって、いつまでもオレの怪力に耐えられると思うなよ?


「なんて、馬鹿力だッ!?」


「ターミー船長を押し返したぞ!?」


 バカが。それだけで済ますとでも、思うかよ。オレは、海賊の左ボディに右のフックを叩き込む。荒縄で補強された拳に衝撃が走るが、ターミー船長のあばら骨の方が、もっとヒドいことになっていた。


 多分、三本同時にへし折れたよ。ターミー氏の顔が歪み。脇腹の破壊に体が怯えていた。貴様の知らないレベルの打撃だろうからな。壊れた体を固定しようと、腕を下げ、背骨を丸めているが……。


 オレは、残酷な男だぜ。


「ターミー、ガードを下げるなあああああああッ!!」


 同じ海賊団の仲間かね?その貴重なアドバイスは、ターミーを突き動かしたよ。オレの左ストレートが、彼がとっさにあげた腕の荒縄に命中する。だが、力の強さが違うんでね。そのままガードした腕を押し込みながら、拳を突き抜いた!!


 ドガン!とターミーの顔に、拳が刺さったよ。だが、残念なことに、浅かった。いいガードだったな。だけど、オレの本命は、このアッパーさ!!


 怪力で握りしめた指が、荒縄を引き千切りそうな程に軋ませて。オレの拳は、彼のみぞおちを穿つように突き立てられた。この奥には横隔膜と、胃袋があってね。そして、その奥には心臓の底がある。内臓が揺さぶられる感覚に、ヒトは耐えられんよ。


 ターミーが、苦悶の表情を浮かべるが……海賊どもの代表ということはあり、必死にダウンに抗う。だが、もうロクに反応は出来ない。オレは技巧ではなく、大振りの右と左を繰り出して、グロッキーなターミーの体を大きく揺さぶり、彼の脚をもつれさせる。


 ダウンしたターミーは、しばらく動けそうにないが、他の6人は元気に殴り合いをしている。壁になっている海賊どもも、殴り合いを始めたよ。ああ、クソヒデえ!!まったく、海賊式のボクシングってヤツは……最高だぜッ!!


 技巧ではなく、体力と腕力にモノを言わせるような、暴力の混沌がそこにあった。まったく文明的ではない。まったくもって不条理さ。どこから、殴りかかれるか分からないし。拳以外での対応は不可。


 面白いコトに、それだけは皆が守っているな。あくまでもこれは、拳闘ってことかい!!


 気に入ったぜッ!!オレも、技巧を捨てるよ!!


 ただ走り、敵に強打をぶち込んで、沈めるのさ。だが、その直後に、右と左から殴られて、さすがに一瞬だけ視界が揺れる―――が、右のヤツをターゲットに選んだよ。復讐のね。


 オレの右頬に命中している腕に、オレは蛇のように右腕を絡める。そして、ヤツの肩を掴むようにして手前に引き寄せながら、左の拳でノドを打つ。分厚い脂肪が揺れるが、ヤツの呼吸は崩れたさ。咳き込むそいつの顔を殴る。


 そして、そのまま、この小さな戦場を走り抜け、背後から後頭部を狙っていた打撃を空振りさせる。


「逃げるのか―――ッ!?」


 そんなわけがないだろう!?お前には、復讐していないんだからよッ!!


 床を踏むことでブレーキをかけていたオレは、素早く小さなステップで方向転換すると、ヤツ目掛けて走り、跳び、怒りの鉄槌と化した右の大振りで、ヤツの顔面をブン殴っていたのさッ!!


 そうしていると、ターミーが起き上がり、またオレをその巨体で押して来たり、他の連中も右から左へと、オレ目掛けて殴りかかってくる。オレ、気づいているぞ。連中は……オレ以外の連中は、協力してオレに襲いかかって来やがるなッ!!


 いいさ!!来やがれ、このデブどもッ!!


 猟兵が、どんなバケモノかってことを、刻みつけてやるよッ!!


 オレは獣になるのさ。フォームを捨てたよ。両腕では構えを作らない。自然体だ。そして、ただただハンドスピードに頼りながら、軽い乱打を撃ちまくる。脚は軽やかなステップで、巨漢どもの間をすり抜ける。背後に回り、振り返ってくるそいつらの顔を殴る。


 加速し、肩からプッシュして、ガードを弾いたら。飛び込みながらの反対側の拳のフルスイングで、海賊の顔面を破壊しにかかった。


 スピードと、体当たりと、軽い威力の乱射と、ときおり放つ本命の強打!!暴力が融け合い、オレは、集中力を上げていく!!肉体が、さらに速度を帯びて、熱量にあふれた呼気が口から放たれる!!


 こちらの拳が軋むほどの、容赦のない攻撃が連続し、海賊どものガードごと、ヤツらの肉体を破壊していく。呼吸を止めて、ラッシュするのさ。横隔膜が揺れて、重心がぶれるのがいやだから。


 呼吸をしないオレは、時計の歯車みたいな精確さと、呼吸するものには行えない激しいリズムで、拳の速射を産みだして、巨漢の海賊どもに、乱打を浴びせるのさ。息を止めたまま、30回ほど連続のパンチさ。


 そのうち、まともに顔面に入ったのは、たったの三回だが。気絶させるほどの威力へと加算させるには十分な回数だ。脳が揺さぶられちまった海賊が倒れたよ。


 さて、そっから先は血が上って来て、あんまり覚えちゃいない。殴り、殴られ、さらに殴り返すような時間が続いた。気づけば、大乱闘になっている。『ブラック・バート』と『リバイアサン』が、二手に分かれて、殴り合っていたようだ。


 そして、オレだけが、どちらからも襲われたよ。だから、とにかく必死になって、殴り返していった。辛うじて、守られていたルールは、ただ一つ。拳を使って相手を殴れであった。


 オレは、ならず者どもの群れに混ざり、殴り続けていったよ。それから、どれぐらい時間が経ったのか……気づけば、オレの目の前に、セルバー・レパントが立っていた。ジジイはニコニコしながら、言うんだよ。


「いいイメージがわいたぜ!!オメエは、いいカンジの悪党だったぞッ!!獣同然だッ!!」


「……はあ?」


 アドレナリンが出過ぎて、状況がよく分からなかった。体が痛みと熱を放ち、攻撃性が収まらない……どうなった?まだ、敵はいるのか?


「サー・ストラウス。アンタの一人勝ちだ。他の選手と、海賊たちは……みんな、ぶっ倒れちまったよ」


 ジーン・ウォーカーはそう言った。


 オレは、ゆっくりと周囲を見回す。そこにあったのは、死屍累々。いや、死んじゃいないな。殴り合いを続けて、オレに殴り倒されたり、お互いでつぶし合ってぶっ倒れた海賊どもが、皆、床で伸びていた……。


「第17回、ポート杯の優勝者は、ソルジェ・ストラウス。オメエだ!!」


 ジジイの手が、すっかりと疲れた汗ばんだ、オレの背中を叩いていたよ。さすがドワーフだ。クソ力が強い……たしかに、この暴力の祭りの直後に、このジイサンと殴り合うのは辛いモノがあるぜ……ッ。


 そうか……ドワーフだし、片腕で彫刻家なんてやっているから、アホみたいに筋力強いのか……。


 まあ、いいさ。『情報提供者』のアンタと戦うつもりはない。ぶっちゃけ、疲れたよ。なんだ、コレ?ほとんど全員で殴り合いの乱闘だったぞ……?


「おー!!勝利だぞッ!!」


「やりましたね、ソルジェさん!」


 ……でも、うちの奥さんたちが喜んでくれているから、いいや……それに、くくく。勝利したってことは、とんでもなく嬉しいモノだからな―――オレは、そのままリエルとロロカ先生がいるカウンター席にまで向かい、そこに着席すると、注文をするんだ。


「……ビールくれ」


 バーテンダーのハゲたちょび髭のオッサンは、ゆっくりと頷いた。


「ええ、どうぞ……ジーンさまからです」


 そう言いながら、彼は大型ジョッキになみなみと注いだビールを、オレの目の前に置いてくれたよ!!……ああ、麦芽の香りを感じたオレの顔が緩み……オレは意気揚々とグラスを掴む。


 でも。社会人の掟を守るぜ。おごってくれたジーンくんの方を向いて、オレはジョッキを掲げたよ。


「……ありがとな。いただくよ」


「いいさ。祝杯だよ。この結果は、オレも望んでいたものだからさ」


 ―――何だか、意味深な言葉を聞いたけど。汗をかいて疲れているオレは、とにかくその黄金色のアルコールさんで、ノドを潤すのに必死になったよ。薄暗い地化の倉庫で保存されていたそいつは、なかなかに冷えていた。


 ああ。殴られた時に切れた口の中にアルコールがしみて痛いが、まあ……いいさ。オレがそのジョッキを一気にがぶ飲みしちまった。


 そして、そのときだったよ。悪い知らせが飛び込んできたのさ。


 酒場のドアが開いていたよ。メッセンジャーは、さっきのガキどもだった。釣り竿は持ってない。慌てて走って来たせいで落としたのかな?でも、疲れ果てているが、それでも彼らは任務を果たすのだ。


「海賊さんたち!!逃げて!!」


「か、海軍の船が、セイレーン岬の方まで、もう来てるってッ!!」


 その言葉に、気絶していた部下のホホを殴っては目を覚まさせていた、『リバイアサン』の首領である、ジーン・ウォーカーの表情が険しくなる。


「起きろ!!バカどもッ!!撤退するぞッ!!」


「へ、へい!!」


「『ブラック・バート』。お前らも、さっさと動けよ。オレは、自分の部下しか救えない」


「……分かっているさ、アンタに言われんでもな」


 仲が悪いというワケではなさそうだが……溝を感じる。慌てて撤退していく海賊どもを観察するオレは、そんな印象を受けていたよ。ジーンは、オレを見た。


「すまないね、サー・ストラウス。アンタが来るってことは、きっと、このオレにハナシがあったんだろうけどさ……」


「いいさ。さっさと行け。そのハナシは今度だ。仲間を失う前に、さっさと逃げろ」


「……ああ。じゃあ、またね。サー・ストラウス」


 そう言い残し、若い海賊団の首領くんは、大勢の部下と共に、この素敵な酒場を立ち去るのさ。そのあと、『ブラック・バート』たちも、そろって、この店から出て行ったよ。


 さあて……そろそろ、事情が聞きたいところだね。この老人にはオレに話すべきことが幾つもありそうだぜ。

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