第一話 『海賊どもは、拳闘の美学に酔いしれて』 その7
「さて!入るぞ!!おいコラ、クソどもッ!!新人を連れてきてやったぞッッ!!今日が貴様らの命日だッッ!!」
そう言いながら、ジイサンが酒場のドアを勢いよく開いたよ。
オレたちジイサンについて酒場に入るのさ。
ああ。やはり、たくさんいたぞ、ゴロつきどもがな!……港の沖合に停泊してある二隻の帆船の乗組員たちだろう。つまり、『ブラック・バート』と『リバイアサン』。アリューバ半島の海賊たちだ。
ホント、この酒場の厳つさったらないぜ。
いや、語弊があったな。店はいいんだぞ?……広いし、内装も小綺麗だよ?ソファーの革とかも穴が開いたりしちゃいないしね。
ああ、見ろよ!港町の酒場らしく、古びた操舵輪が壁に飾られていたりするよ。かなり使い込まれた、年季を感じる操舵輪。この店のシンボルかもな。
歴史ある船が死んだとき、記念にもぎ取って来たモノかもしれないね。そういう歴史をカンジさせる品物ってさ、オレは好きになれるな。たとえ、その先っちょあたりが、時間の重みのせいで欠けちまっていたとしてもね。かえって味がある。
さーて、アレも見つけたぞ!趣味は分かれるかもしれないが……反対側の壁には、デカいサメのアゴの骨が飾ってあるよ!オレは、好き。なんか、ワクワクするじゃん。
異論も認める。だって、魚の口なんて下品と言われれば、まあ、そうかも?……って、折れちまいそうな程度の理論武装しか出来ないもん。
でも、感覚的には好きだ。サメの歯は、ノコギリ状で、ギザギザしている。肉を切るための、素晴らしい進化だよな。生粋の殺し屋サンだよ、ちょっとリスペクトしてる。生粋の殺し屋同士のシンパシーってヤツだ。
いいアイテムで揃えているな。ワクワクしてくる!酒場ってのは雰囲気も楽しむところだもんなあ!!
……天井からつり下がっているランプの灯も美しい。ランプの金具が、錆び付いているのもオレは好き!……昼間っから締め切っているこの酒場を、あのランプの群れが足下までしっかりと照らしてくれているんだよ。
酒が染みついた壁は、ブランデーを薄めたような色合いで、年季を感じさせてくれるし、それがランプの光と重なることで、赤みを帯びた茶色に輝く。
ああ、ホント。いい店。サイコーだよ、このド田舎には勿体ない。なんとも酒が進みそうな店だよ。ほーら、アレもいいカンジじゃねえか。カウンターの奥に置いてある、横倒しになった樽どもの組み体操が!
二つの樽の上に、一つの樽が乗っかっているぞ。きっと全てに素敵なアルコールさんが詰まっているぜ!!
んー……ビールかな?
いいねえ。樽から蛇口さんが生えている。アレをひねれば、グラスに向かってビールの滝が始まりやがるんだ。非の打ち所がない!どこまでも、オレ好みの酒場だよ。ガチで気に入ったぜ。今夜にでも、呑みに来たくなる。それぐらいに、いい店だが……。
今は、『客層』があまりにも悪いな?
『お客さんたち』、どいつもこいつも日に焼けているね。海の荒くれ者にはよく似合う、真っ赤な肌をしているよ。赤い肌は『働き者の証』と、好印象を持つことだって出来るがね……その顔の多くが傷だらけだからなぁ。
一目で分かるよ。カタギじゃないのが丸分かり!!そんなレベルの荒くれ者ばかりだ。
なんだ、コイツら?
雨の中で仔犬を抱きかかえるだけで、そのギャップが画になりすぎて感動できそうなぐらいのヒドい顔ばかりだぞ?
暴力を好み、暴力を振るい、暴力を受けても来た。
そんな履歴が1秒以内で悟れてしまう、生粋の荒くれ者フェイスばかりじゃないか?
……もしも、善良な市民がここに来たら、迷わず引き返しちまうよ。ホント、傷だらけ過ぎる。傭兵だらけの酒場でも、ここまで傷だらけの顔がそろうってコトはねえぞ―――?
……ああ。そうか、そうだな。
『海賊行為』ってのは、つまり、船から船に乗り移っての肉弾戦闘がメインだ。至近距離での戦闘。ということは、長いリーチの武器を振り回すための間合いは存在せず、棍棒やミドルソードか手斧あたりの短い武器で、とにかくガンガン殴り合うってわけだ。
海の上だから、鎧もつけないんだろうよ。フツーの鎧に、フツーの戦士なら、鎧着けたまま海に落ちたら溺れ死ぬ―――竜騎士は?くくく、そうなるとは限らねえ。
つまり、コイツらは防具もナシに、至近距離で、肉厚かつ重心が手元に近い、鈍器のような武器で殴り合うのがお仕事ってわけだ。
そんなことばかりを繰り返していくと、あれだけ肌に深い傷が刻まれていくということだな。傷が多いから、それを隠すためのタトゥーも多いのか。なるほど、傷の縫合跡をデザインに取り入れているモノも多いようだ……うん。勉強になった。
鈍重そうな戦士が多いのも、その戦場であれば、アドバンテージになるからだな。君らの怠惰な不摂生は、結果的に牙を研ぐことにつながっているということだ。
その太い体は、海での接近戦専用の肉体だよ。
海の上では、素晴らしい強さを発揮するだろう。脂肪も、重量で相手を制圧するための武器になるし……防具にもなる。関節ねらいの……つまり、血管ねらいの致命的な攻撃を脂肪が惑わすこともあるだろうからな。
逆に言えば、陸に上がると……その鈍重なファイター体型は、有利とも限らない。防具の技巧も低そうだからな。オレは、君らのあいだを縫うように走って、君らの肉を深く撫で斬るようにして、立て続けに斬り殺せるぞ。
まさに海の戦士、海賊。
うむ。君らを識ることが出来て、オレは海での戦闘に対する心構えと攻略法が見えて来たよ。ありがとう。オレの知識を増やしてくれて。いいエサだよ、君らの在り方を識ることは―――。
さて。オレはこんなに感謝をしているのに、連中はオレのことを睨みつけてくるぜ?あと、少々、煙たいな、この酒場は。ふむ。煙草か……そういえば、ここの漁師も煙管を咥えていやがったな。海賊どもが略奪した品なのかね。
あるいは、作ったか?
煙草の栽培は、およそどこでもイケると聞いたことがあるな。この半島でも作っているのかもしれない。名産品か……?ロロカ先生が持っている資料になら、載っているかもしれないが、まあ、別にいいか。
「……で。大会はどこでするんだ?」
「あそこだ。バカども!参加者に道を開けろ!!ノミで貴様らの脳みそを突くぞ、ボケナスどもがッ!!」
ジジイは口が悪いね。海賊さんたちは、彼には一定のリスペクトを捧げているようだ。素直に道を開けるよ。
オレは歓迎されるのかな?
はなはだ疑問だが、空気を読んでる場合でもない。
肌の下でな、血がワクワクして燃えている!!接近戦闘ばかりを経験してきた、生粋のファイターどもと、ボクシングってか!?
くくく!猟兵として、それをワクワクせずにいられるかよ!!
オレはニヤリと笑いながら、セルバー・レパントが作った道を歩く。殴りかかられはしなかったけど、脚を出して来たバカはいた。暗がりに乗じて、オレの脚を引っかけるつもりか。まったく、陰湿なイジメっ子のようなヤツだな。
でも。そういうのは、お兄さん嫌いだ。
知っているかい?下腿骨ってのは、下から三分の一のあたりが、とっても折れやすい。だから、出された脚にブーツの裏を乗せて真下に踏み抜くようにしてやれば。骨は乾いたような音を上げるんだ。
ボギリ!!
「があああああああああああああああああああッ!?」
「ハハハハハハハハッ!!ああ、悪い。つい、脚が出ちまった」
海賊さんが転がるよ。わめいているけど、オレはムシだ。仲間に折れた骨を接いでもらえ。船医はいるだろう?……君らの傷を縫合して生かしたヤツは、間違いなく名医の質を持っている。
「おお。いきなり楽しませてくれるな、赤毛!」
「すまないねえ。殺した方が盛り上がったかもしれんが、オレは器が大きいんだ。あの程度の安いイタズラぐらいじゃあ、殺すコトは出来ない」
「まあ。この場で殺して大乱闘ってのは、つまらんな」
「ああ……だが。海賊どもよ!!オレは、感動したぞッ!!」
オレの演説癖が始まるぜ。
「君らは戦士だなッ!!あの折られた脚は、自業自得だッ!!無礼には、罰を与えるッ!!それが戦士の誇りだということを、よく知っているッ!!だから、君らは騒ぎもしないッ!!オレの正統性を、認めてくれているからな」
まあ、どっちかというと、ドン引きしているんだろうけどね。
でも、いいさ……何人かは、そういう武人としての解釈をしてくれているようだから。あの脚の骨を踏み折りながら、暴動になるかと心配もした。だが、あの程度で騒ぐような集団ならば、練度も知れている。
そう考えて、思い切りへし折った。
コイツらはケガ人にも悲鳴にも慣れている。いいねえ。合格だ。オレたちの『海軍候補』としては、十分な質があるだろう。
「すまんが、彼に酒をくれてやれッ!!ああ、リエル!!金を払っておいてくれよッ!!」
「うむ。後から返せ」
「うん。ちゃんと返すさ……」
さーて。場が静まっている?
いいや、爆笑しているオレ好みの感性を持ったバカがいるなあ。この『試合場』にはロープはない。いるのは、ガタイのいい海賊サンだけ。海賊たちの体で作った壁が、特設リングってわけだ。
戦士を外に逃げ出さない仕組みってわけだね。
そのリングの奥に、テーブル席があってな。そこに長い黒髪の男がいて、爆笑している。
「やあ。黒髪の紳士よ。アレは、君の部下の脚の骨だったかな?」
そう話しかけてみるよ。
紳士は、オレを見上げる。
本当に楽しそうな顔をしているな。でも、想像以上に優男だ。なんていうか、女受けが良さそうな顔だよ。現に、そのテーブルにはこの店の看板娘なのか、短いスカートと大きなおっぱいが魅力的な若い娘さんが座っているよ。
優男が、笑いながらうなずく。
「ああ。アレはオレの部下の骨だ。スマンね、客人、無礼な振る舞いをさせた」
「いいさ。彼には教訓を与えた。準備運動も出来て、試合前の緊張もほぐれたよ」
「アンタ、何者だ?フツーじゃないよ。こんなに大勢、海賊がいるんだぜ?なのに、ビビってない。それどころか、楽しんじゃってるよね?」
「まあな。ワクワクするよ、戦いってのを愛しているのさ」
「余裕だね?」
「それはそうだろ?……オレは君らとボクシングをしに来ただけだから。殺し合いじゃないからね。今日は、健全なスポーツを楽しもうじゃないか」
「……ああ。そうだな。それで、アンタの名前は?」
「君から名乗ってくれないか?」
「ん?」
「取るに足らない者への挨拶と、敬意を払うべき者への挨拶は……違うものだよ。オレは君が大人物ならば、リスペクトと共に名前を教えたいんでな」
「へへへ。面白いヒトだよ。うん……気に入った。オレは、『ジーン・ウォーカー』さ。この海の海賊団の片翼……『リバイアサン』の団長だ。15人の船長たちを率いている、海の大人物さッ!!」
ジーン・ウォーカーはそう言いながら、いきなりサーベルを抜いて、オレ目掛けて走ってくる。そして、あの美形の顔をにやつかせたまま―――止まる。
「……ビビった?」
「いいや、君の殺気が緩いからな。あれぐらいじゃビビれないよ。でも、勘がいい子だぞ、ジーン。あと一歩でも踏み込んでいたら、オレが君の細首をへし折っていた」
「へへへ。うん……そうだな。そんな気がして止まったよ」
そう言いながら、『リバイアサン』の団長は、鞘を左手で持ち上げて、いやに優雅な動作でサーベルをそれにしまうのさ。オレに見せつけているのかな、武器をちゃんとしまっているというところを……?
それとも、たんに……『染みついた技巧』がそうさせているのか。どうやら、君は、上流階級の出身らしいな。君のお父上は、君のことを強い男に育てたいと同時に、一流の作法をも教え込んだのか。
名のある剣士を雇い、しっかりと技巧だけでなく哲学をも継承させた。その教育は、とても金のかかる行いだ。そして、君の才能と忍耐も必要となってくる。
「お坊ちゃん育ちなのに、これだけの荒くれ者を従えている。その事実に、オレは敬意を持つよ。君の人生は、かなりの荒波にもまれて来たようだな」
「オレの育ちを読むのかい?……気品は、やはり隠せないんだね」
「隠すつもりがないから読める。ジーンよ、君は自分を偽るようなマネが好きじゃない男のようだ」
「へえ。そういうヤツ、お兄さんは嫌いかい?」
「好ましい人物だよ、ジーン・ウォーカー。オレの名を、君に教える」
「大人物扱いか?」
「対等の存在としてさ。オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。『パンジャール猟兵団』の団長であり、ガルーナの竜騎士だ」
「……へえ。聞いたことがあるよ。最近、あちこちでアンタの噂を聞く。だから、幻想の存在かと思った。誰かが創り上げた、影なんじゃないかと。反・帝国主義者たちが作った、希望の依り代とするための、非実在の英雄かとね」
「オレは、『現実』として君の前に現れた。己の目の前にいる存在を、疑うことは愚かだと思うぞ」
「証拠は?」
「君の冷や汗でどうだ?」
「どういうことだい?」
「鍛錬を経て、師の哲学をも受け継いだ才ある君だ。この海で最強かもしれない君が、実感しているじゃないか。オレは、クソ強い君よりも、はるかに強い男だと」
サーベルを持つ指が、冷たくて湿っている。それが証拠でいいだろう、剣士殿。
「フフフ……そうだね。うん、認めるよ、アンタは、本物の『魔王』だ!」
「認めてもらえて嬉しいよ」
「ああ。心から歓迎するよ、ソルジェ・ストラウス。オレたち『海賊』の海へ、ようこそッ!!」
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