『アリューバ半島の海賊騎士団』

序章 『ザクロアの休日』 その1


「アハハハハハッ!!まだ、雪が残ってるううううううううううううううッ!!」


 オレの脚のあいだでミアが叫んでいた。そうだ、5月の頭だが、この北の大地ザクロアには、まだ雪が積もっている。もちろん、大雪というわけじゃないが、融けかけの雪球でよければ、雪合戦を楽しめるほどには積もっていた。


 黒い針葉樹林の上空を、西へと向かいオレたちは飛んでいる。いつもみたいにゼファーの背中ではしゃいでいるぜ。一番前から、ミア、オレ、リエル、カミラの順番だ。


「ミア。寒くないか?」


「うん!!へっちゃら、お兄ちゃんの体温が、ミアに伝わってくるからー!!」


 そう言いながら、ミアはその黒髪の生えた頭で、オレのアゴをぐりぐりと圧してくる。


「オレもだぞ!ミアのおかげで、ぜんぜん、お兄ちゃんは寒くないんだああああ!!」


 そう言いながら反撃するのさ。ミアの頭ぐりぐり攻撃さんに対して、オレはあごを動かしてミアの黒髪の感触を楽しんでいた。


「きゃはははは!!お兄ちゃん、おヒゲが、チクチクするっ!!」


「ああ、悪いな。夕方近くになると、ヒゲも生えてくるのさ」


 うん。もうお日さまが、かなり西へと沈みかけている。そうさ、今日は出発が遅かったからな。あはは、うん、オレ、酔っ払ってる!


 ハイランド王国での戦いは、オレにとってアルコールを断つという厳しい戦いでもあった。フーレン族の上級戦士、『虎』たちはかなりの使い手たちばかりだったし……何よりも、難民の皆さんの困窮を目にした状態では、飲酒を楽しめる心境にはならなかったんだ。


 オレも意外と気が弱いというか……空気を読むタイプであったことに、自分でも気づかされてビックリだなァ……。


 それはともかく。ハント大佐の『国盗り』が成功してからは、連夜の酒宴だよ!!シャクディー・ラカにある全ての種類の酒を呑んでやろうと、ガンガン呑んだ!!いいのさ!!めでたい祝勝の杯だぜ?呑まない方が不適切だっつーの!?


「おい、ソルジェ?あまりはしゃいで落ちたりするなよ?」


 リエルが指が、オレの両耳を外に向かって引っ張りながら、そんなことを言った。


「オレの耳は、そんな風に引っ張っても、君みたいなエルフ耳にはならないんだが」


「そうか。だが、意外と伸びて、おもしろいぞ」


 若い娘のハートは謎に包まれている。好きな男の耳を引っ張るという謎の行為でも、笑えるのさ。笑いのツボって、男と女でも結構違う。オレは、好きな女性の耳を引っ張っても笑えないな。


 ていうか、リエルの耳をつまんで引っ張ったら、なんか殴られそうだ。舐められるのは嫌いじゃないって知っているけど……おっと、妹がいる前で、セクシャルなトークは口に出さないよ。


 ミアには汚れた大人の性欲とか知らずに、純粋なまま育って欲しいんだ!!お兄ちゃんんは、清純派な妹、ミア・マルー・ストラウスの大ファンなんだからッ。


「……ふー。寒いっす。ザクロア、春なのに、とんでもなーく寒いっす!!」


 吸血鬼の新たな弱点が発見されていた。最後尾にいるオレの第三夫人のカミラちゃんが、震える声でそう言っていた。たしかに、ザクロアは寒い。ゼファーで飛んでいるから、冷えた風がガンガン当たるしね?


「お、おい。カミラよ、そんなにくっつくな」


「いいじゃないっすか、リエルちゃん。私たち、ソルジェさまの妻同士なんだから」


 背後で何が起きているのか?


 あはは。女子同士が密着している。ていうか、オレの第三夫人さんが、オレの正妻さんに抱きついて、エルフ耳にホッペタを当てている。どういう意味が秘められた行為なのかというと、ちゃんとした意味が伴う行動なんだ。


 カミラちゃんが得意なレズっぽいアレじゃなくて、実はエルフ族は体温が若干高めなのさ。森とか自然と調和した生活をしすぎているせいなのか、エルフ族は体温調整能力が極めて優秀だ。


 基本的に他の種族より体温が高い。免疫も強く、風邪を引かない。かつてはそう自慢していたのだが、世の中には『バカは風邪を引かない』という言葉が伝わっていることを知ると、年に一度ぐらいは引くのだ!!……という『設定』を盛るようになったのさ。


 ここ二年間は、君の『設定』がオフになっていることを、オレは気づいているが。言わない。指摘しても誰も得しないことは言わないさ。


「うわああ。リエルちゃんのエルフ耳ぃ。あったくて、すべすべで、いい香りっす」


「こ、こら!!ホホをすりつけるなあ!?」


「でも、温かいっすよー」


「私は、暑がりなんだから、そんなにベタベタするな」


「なら!あと、30秒だけ!!」


「な、長いが……まあ、それでお前の気が済むなら、それでいい」


 リエルちゃんは優しいよ。でも、露骨にカウント・ダウン。しているな。お触りが解禁されているのは、ラスト20秒だ。堪能しとけ、カミラ。


「15、14、13……」


「ああ、あと十秒っす。うー、あー、カプリとやっちゃいたいっすよう、このエルフ耳さんってばあ!!」


「こ、こら、エルフの耳は、食べ物ではないんだぞッ!?」


「うう……分かってるっす。ガマン、ガマン……っ」


 くうう。


 腹ぺこ吸血鬼さんのお腹が、食欲を訴える。リエルが躍動するのを感じる。本能的な危険を感じて、オレに抱きついてきたのさ。ああ、良かった。鎧を脱いでて。おっぱいが背中に当たるもん。そこそこ大きく形がいいんだよね、リエルのおっぱい。


「お、お腹を鳴らすな!!」


「だ、だいじょうぶっす!!理性は、保ってるっす!!だ、だから……そんなに逃げちゃダメっすよう!!離れると、『風避け』が減るっす!!」


「エルフは風避けじゃないぞ!!こ、こら、押すなあ!!お前は、力が強いのだから!!」


 オレの子を孕む予定の女子たちが、オレの背後でイチャイチャしてて嬉しいよ。一夫多妻制の実行者として、ヨメたちが仲悪いとかサイテーじゃん?


 うちは、その点は大丈夫。三人のヨメたち、みんな仲良し。いつか四人でしたいんだが、中々、みんな忙しくて一カ所に集まることがない。夫婦4人が離ればなれさ。それは、ちょっとさみしい物語だよね?


 そう言えば、ピエトロ・モルドーと、ジーロウ・カーンが、オレが3人もヨメがいると言ったら驚いていたな。ピエトロは、小さな声でつぶやくのを、オレの耳は聞いた。『なにそれ、エロい……っ』。


 さすが、17才の健康的な男子だ。顔を真っ赤にしていたよ。反面、そこそこ薄汚れた21才のジーロウ・カーンはオレに怒鳴って来やがった。『なんだよ、それ!!ずっるいぞーッッ!!』。


 シャクディー・ラカの大通りにある、あの超巨大レストランで、嫉妬に狂ったジーロウはオレに腕相撲で挑んで来やがった。なぜ、そんな行為を選択したか?もちろん、ヤツもオレも酔っ払っているからだ。


 フーレン族の『虎』と、腕相撲。


 くくく。どうにか、勝てたけど。ジーロウが鈍っていなければ、結果は逆だったかもしれない。昼の終わりにそんなことしながら、酒をガンガンあおっていたよ。ああ、敗北者ジーロウには、『唐辛子噛み噛みの刑』を与えてやったぞ……。


 その名のとおりのことをする。口に、大きな唐辛子さんを投入し、20回ほど噛むんだよ?……くくく、いいリアクションだった。彼は、きっと、あの宴会芸があれば、パナージュ隊としてもやっていけるよ。


 ああ、そうだ。実はジーロウはもうハイランド人じゃない。あくまで国籍のハナシだが、彼はルード王国への亡命が許可されて、ルード王国軍の『特務少尉殿』に抜擢されている。アイリスは彼のことを二等兵と罵っていたが、能力や功績は買ってくれていたらしい。


 だから、恐ろしいことに、あのジーロウくんはルード王国の臨時外交官&駐在武官という自分で自分を護衛する変な役職をしながら、王都シャクディー・ラカの大通りにある小さな貸店舗で、ルード王国の『臨時大使館』を切り盛りしているよ。


 大人たちの、ワケの分からんイタズラに付き合わされているような気がしてならない。アイリスと、あと彼女の『弟』でもあるらしいシャーロン・ドーチェの思惑を感じてならない。オレの副官三号と、オレの団員が、変なコトに巻き込んで、すまんね、ジーロウ?


 でも、大出世じゃある。


 ジーロウ・カーンの存在が、ルード王国とハイランド王国の絆でもあるのさ。まあ、そのうち、本職の大使がやって来て、すぐにクビだろうがな?……まあ、ガンバレ若者。祖国が二つになっちまったが、どっちも守ればハナシが早い。


 ピエトロは、親父のイーライ・モルドー将軍と一緒に、『バガボンド』ごとハイランド王国軍に雇われている。南の国境線に陣取ったままの帝国軍の動きを牽制しつつ、代用変団『バガボンド』は、ハイランド王国軍と共に、王国を守るというわけさ。


 ピエトロにとって、あの武術大国、ハイランド王国は、腕を磨くに持って来いの場所となるだろう。一月ごとに、彼の腕は上達していくのではないかね?……父親同様にまっすぐな心の持ち主だ。環境を与えれば、どんどん伸びるだろうさ。


 さて。ハイランド王国での楽しい仲間たちと酒を呑んだ後で……ああ、ピエトロはジュースだったぞ?ちょこっと呑まそうとしたら、リエルにブン殴られたから止めました。


 まあ、そんな愉快な酒宴の後で、ゼファーに乗って、ここにいるってわけだよ。


 ん。他の猟兵たちはどうしているかだと?


 シアン・ヴァティは武術教官として、短期ながらハイランド王国軍に雇用された。フーレン族のカリスマ剣聖、『虎姫』は、『ブートキャンプ/新兵訓練』で王国軍の練度を叩き直すつもりらしい。


 そして……『アイリス・パナージュ・レポート』の通りに、『須弥山』の重鎮どもを王国軍に引きずり出してくるつもりだろうよ。彼女とハントがそろって要請すれば、重鎮の『虎』どもも出てくるだろう。


 ……オレが気になっているのは、『呪法大虎』と『影虎』……前者は呪術の使い手らしい。まあ、そんな名前してるよ。だが、『影虎』……こっちは、かなりの腕をした達人らしいぞ?


 是非とも、一戦交えたいところだが……『須弥山』から出たがらないらしい。アイリスには協力的なのになあ……。


 『影虎』との戦い、それを密かな楽しみにしてオレはハイランド王国を後にした。


 ジャン・レッドウッドとギンドウ・アーヴィングは、西への移住を希望する難民たちの護衛となった。


 難民の通過を以前の通り解禁したハイランド王国は、それだけではなく難民の受け入れも開始している。とはいえ、難民たちはハイランド王国軍と『白虎』に、帝国軍からの逃亡を邪魔されて、何千人も殺されてもいるからな……。


 今さらハイランド王国を信じられないという者たちも多いし、親族が西の国にいるとか、すでに家族が西へと逃げているという人々は、西への旅立ちを希望した。


 新たな王となった6才のシーヴァと、事実上その権力の代行者であるハーディ・ハント宰相殿は、彼ら難民のその希望を叶えてやることにした。その難民たちの護衛を受け持ったのが、ジャンとギンドウだ。


 地味だが、素晴らしい価値がある仕事だよ。オレは彼らの上司として誇らしい。そして、ちょっと、罪悪感も抱いているのさ。


 だって。


 オレ、妹と妻二人とゼファーとで、一日だけ温泉に出かけるんだもの!!


 ああ、すまん。


 だが、これも以前からの約束だ。


 カミラに我がストラウス家が先代から使い続けている、ヴィクトー・ライチ氏の温泉旅館。それを教えておきたい。他の妻たちが知っているのに、彼女だけが知らないなんて、不公平だよ。我が家の家族の歴史を、妻には知っていて欲しくてな。


 ……でも。まさか、吸血鬼さんが寒いの、あんなに苦手だったとはな?


「ううう。寒いっす!!リエルちゃん!!今度は、反対側の耳でいいから、ぷりーずっす!!」


「エルフの耳は、暖を取るためのモノではないのだぁああッ!!」


 ハハハハハッ!まったく、愉快な家族旅行だよ。


 ん?


『みえたよ、『どーじぇ』!』


 ゼファーが首を動かした。ああ、見える。ザクロアだ!!あの古びたレンガの街並みが見えたぞ!!……二週間前に飛び出したばかりなのに、懐かしいな。そうだな……あのときは、カミラが行方不明と言われて、そのまますぐにゼファーでグラーセス王国まで飛んだんだ。


 ……カミラ・ブリーズを失うかと考え、不安になっていたが……。


 こうして、君を無事にザクロアの温泉に連れて来ることが出来て、良かったよ。


「……あ。お兄ちゃん」


「なんだい、ミア?」


「お宿の『予約』を取らないと」


「ああ。そうだな……ゼファーよ、歌えええええええええええええええええええッ!!」


『GHHAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッ!!』


 天空に竜の歌が響いて行く。死霊の伝説が残る、この北の大地に、竜が戻ったことを伝えるために―――そうだ、聞いているな、ヴィクトー・ライチ。オレたち、また来たよ?……もしかして、ちょっと困っているかもしれないが、今夜も頼むわ。


 恩着せがましいからもしれないが……オレ、ザクロアを救った英雄だぞ?『ザクロアの死霊王』こと、ソルジェ・ストラウスですけど?




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